【令和6年7月17日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10084号(第1事件)、同第10089号(第2事件)】
【キーワード】
容易の容易
1.事案の概要
本件は、特許の訂正請求を認め、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、本件審決における訂正要件適合性、進歩性及び記載要件(サポート要件、明確性要件)についての認定判断の誤りの有無である。
本稿では、上記の争点のうち、進歩性に関して論じる。
2.裁判所が認定した、本件訂正発明1と甲2発明の対比
裁判所は、判決文中において、本件訂正発明1と甲2発明のそれぞれを次のとおり分説し、相違点Ⅰ及び相違点Ⅱの存在を認定している(強調は筆者による。なお、一致点の認定については引用を省略した。)。
相違点Ⅰ及びⅡについては、いずれも、本件訂正発明1の構成要件B(B電動モータ)に関する相違点である。
本件訂正発明1 |
甲2発明 |
A 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具において、 |
a 電動モータ15によって油圧式のパルス力発生装置16が駆動され、前記パルス力発生装置16によって発生されるインパルス力によりツール出力軸19にトルクを増幅して伝達させるトルク制御式パルスツールにおいて、 |
B 電動モータは、 B1 磁極部を持つステータと、 B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、 B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする |
b 電動モータは、 b1 ステータと、
b3 前記ステータの内周側にロータとを備える b4 インナロータ型電動モータである |
C 電動式衝撃締め付け工具 |
c 電動式衝撃締め付け工具 |
(相違点Ⅰ) 電動モータに関し、本件訂正発明1は、「磁極部を持つステータと、磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える、アウタロータ型」であるのに対し、甲2発明は「ステータと、前記ステータの内周側にロータとを備える、インナロータ型」であって、アウタロータ型ではない点。 |
(相違点Ⅱ) 磁石の保持の態様に関し、本件訂正発明1は、磁石が「前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設され」ているのに対し、甲2発明は、磁石を保持する態様が明示されていない点。 |
3.進歩性についての被告(特許権者)の主張及び裁判所の判断
被告は、相違点の認定に当たっては、発明の技術的課題の解決の観点から、まとまりのある構成を単位として認定するのが相当であるところ、本件特許の請求項1のB1からB4までの構成は、B電動モータに関するひとまとまりの技術思想を示す発明特定事項であるから、B2の構成のみを独立の相違点Ⅱとして抽出するのは失当であり、相違点を分けることは、容易想到性について複数のステップを求めることに等しいものであり、容易の容易として認められないと主張していた。
一方、裁判所は、以下のとおり述べ、被告の主張を採用しなかった(強調は筆者による。)。
電動モータに使用される磁石がどのように保持されているかという問題は、電動モータの型式如何にかかわらず独立して検討対象となり得るものである。したがって、本件訂正発明1と甲2発明との相違点を認定するに当たり、電動モータに関し、ステータと磁石を保持するロータとの位置関係による型式(インナモータ型とアウタロータ型)の相違点Ⅰと、電動モータの型式に関わらない事項である磁石を保持する具体的な態様に関する相違点Ⅱを区別して認定することは可能というべきである。被告は、相違点を分けることは、容易想到性について複数のステップを求めることに等しいものであり、容易の容易として認められないとも主張するが、前記のとおり、本件における相違点Ⅰ及び相違点Ⅱは独立したものとして区別し得るものと解されるから、被告の主張は、前提を異にするものであり、採用することはできない。 |
そして、裁判所は、相違点Ⅰについては、甲2発明に、甲1発明のアウタロータ型電動モータを適用することで、相違点Ⅱについては周知技術を適用することで容易に想到できたものであるとして、本件訂正発明1の進歩性を否定した。
4.筆者コメント
特許発明と、主引用発明との間に複数の相違点がある場合において、これらの相違点につき互いに技術的関連性を有するとはいえないときは、それぞれ別の文献を参照することを認めた先例は、既に存在する(知財高裁平成25年3月29日(平成24年(行ケ)第10275号)等。その他、高石秀樹「「容易の容易」の射程範囲(第三の公知文献の位置付け)」パテントVol. 71 No. 13 39頁以下(2018)参照。)。
本件において、相違点Ⅰ及び相違点Ⅱは、共通の分説符号(のうち、最上位の符号:本件でいえば、構成要件B)が付された構成要件についての相違点であるにもかかわらず、これらの相違点は相互に独立したものであると判断された点が参考になろうと考え、ここに紹介する。
以上
弁護士・弁理士 奈良大地