【令和6年8月5日(知財高裁 令和6年(行ケ)10007号)】

【キーワード】
商標法4条1項11号、商標法4条1項15号、取引の実情

事案の概要

 原告は、次の商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願を行ったところ、令和5年3月14日付けで拒絶理由の通知がされ、同年4月14日に指定商品を補正したが、同年6月20日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)がなされた。

<本願商標>

<指定商品・役務(補正後)>
第16類 オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌

 原告は、原査定について、同年7月24日に拒絶査定不服審判(不服2023-12344)を請求したが、特許庁は、本願商標の構成中の「Jimny Fan」の欧文字は、「Jimny」の欧文字と「Fan」の欧文字の間に1文字分のスペースを有することから、「Jimny」の欧文字と「Fan」の欧文字は分離して観察される場合があるところ、本願商標は、スズキ株式会社(以下「スズキ社」という。)が有する以下の登録商標(それぞれ、引用商標1及び引用商標2といい、あわせて「引用商標」という。)と類似するものであり、商標法4条1項11号に該当し、また、スズキ社のオフロード車の名称である「Jimny(ジムニー)」(以下「Jimny商標」といい、オフロード車「Jimny(ジムニー)」を「ジムニー」という。)は、遅くとも、本願商標の登録出願日以前より現在に至るまで、スズキ社の業務に係るオフロード車の名称を表示するものとして、我が国における自動車を使用する幅広い年齢層の需要者の間に知られており、本願商標とJimny商標との類似性の程度が高い等の事情からすると、本願商標の使用により出所の混同を生ずるおそれがあるため、商標法4条1項15号に該当する、として、「本件審判の請求は成り立たない」とする審決(以下「本件審決」という。)を行った。

<引用商標1(登録第6214256号)>

<指定商品・役務(補正後)>
第16類「紙製包装用容器、家庭用食品包装フィルム、印刷物、書画、写真、写真立て」
その他、第12類・第14類・第16類・第18類・第21類・第24類・第25類・第28類

<引用商標2(登録第6623643号)>

<指定商品・役務(補正後)>
第9類・第35類・第41類

 原告は、本件審決の取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

争点

・本願商標と引用商標の類否(商標法4条1項11号)
・本願商標に係る「混同を生ずるおそれ」(商標法4条1項15号)

判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)

第4 当裁判所の判断

1 商標法4条1項11号、15号と「取引の実情」について

(1) 商標法4条1項11号の商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に、商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品・役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察する必要があり、しかも、その商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁)。

(2) 商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品・役務と他人の業務に係る商品・役務との間の関連性の程度、取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、上記指定商品・役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断すべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。

(3) ところで、一般に、自動車メーカーが、自ら又は系列ディーラー等(自動車メーカーのいわゆる親子会社関係や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主をいう。以下同じ。)を通じて、その製造販売する自動車の関連グッズ(キーホルダー、Tシャツ、帽子等)を販売したり、付随するサービス(自動車のメンテナンス、カーライフを楽しむ情報発信等)を提供することは珍しくないと解される。
    しかし、本願商標の指定商品(本願補正商品)は、第16類「オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌」という極めて狭い市場において流通すると考えられる(いわゆるニッチな)商品である点に特徴があり、そのような本願補正商品についても、自動車の関連グッズや付随サービスに関する上記の一般論が妥当するのか等につき、取引の実情を明らかにした上、当該取引の実情に基づいて、商標法4条1項11号及び15号該当性の判断をする必要がある。・・(略)・・

2 認定事実(省略)

3 取消事由1:本願商標と引用商標の類否(商標法4条1項11号)の判断の誤りについて

(1)本願商標について

 ア・イ(省略)

 ウ ところで、結合商標の構成部分の一部が、取引者・需要者に対して商品・役務の出所の識別標識として強く支配的な印象を与える場合、当該一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断するという手法が妥当することはある(最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
   これを本件について見るに、確かに、Jimny商標(「Jimny(ジムニー)」)がスズキ社の製造販売するオフロード車の名称を表示するものとして、我が国の幅広い年齢層の自動車ユーザー等の間で広く知られていたことは上記のとおりであり、したがって、仮に、Jimny商標が「自動車」に使用された場合を想定すれば、商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると判断することには十分な理由があるといえる。しかし、本件で問題とすべきは、本願商標を本願補正商品に使用したときに、取引者・需要者が出所識別標識としていかなる認識を有するかということである。
   このような観点から考えると、まず、客観的な事実として、スズキ社を含む自動車メーカーが自ら又は系列ディーラー等を通じて、「オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌」を発行している事実は認められない。のみならず、原告代表者によれば、スズキ社を含む自動車メーカーは、前述したジムニーのカスタマイズ市場(上記2(2)ア参照)等に係る業務に対して、第三者の活動を側面から援助することはあっても、主体的に関わることは避けていることがうかがわれる。このような中、本願商標を使用した本願補正商品に接した取引者・需要者において、スズキ社を含む自動車メーカー又はその系列ディーラー等が発行主体となっている(可能性がある)と認識するとは考え難い(そのような認識を基礎づける証拠は一切提出されていない。)。
   なお、オフロード車の改造に関心を有しているであろう本願補正商品の取引者・需要者が本願商標に接した場合、本願商標中の「Jimny」及び「ジムニー」の部分が、改造のベースとなる車両として強く支配的な印象を与えることは想像に難くないが(実際、本件雑誌がそれを意図していることは明らかである。)、それは「出所識別標識」とは次元の異なる問題であり、「Jimny」及び「ジムニー」の部分を結合商標の要部として抽出する根拠となるものではない
   本件審決が、「本願商標は、その構成中の『Jimny』の欧文字及び『ジムニー』の片仮名が強く支配的な印象を与えるものであり、引用商標との類否を判断するに当たって、当該文字を本願商標の要部として抽出し、これを引用商標と比較して商標の類否を判断することも許される」とした判断は、「商品の出所の識別標識として強く支配的な印象を与える場合」に結合商標の要部認定を認める前記最判の趣旨を正解しないものといわざるを得ない。

(2)本願商標と引用商標との類否

 上記(1)で判断したとおり、本願商標の構成中の「Jimny」の欧文字及び「ジムニー」の片仮名を要部として抽出し、これを引用商標と比較して商標の類否を判断した本件審決の手法は誤りであり、他に本願商標の「Jimny」の欧文字及び「ジムニー」片仮名の部分を要部として抽出すべき根拠は見いだせない。そうすると、本願商標の全体観察を前提に引用商標との比較をすべきところ、引用商標1及び引用商標2のいずれも、本願商標の構成部分である「Fan」及び「ファン」に相当する構成を欠いている。その結果、本願商標と引用商標1及び引用商標2は、商標全体としての外観が異なることはもとより、下表のとおり、称呼及び観念も異なっており、両者の類似性を肯定することはできない。・・(略)・・

(3)まとめ

 以上によれば、本願商標は商標法4条1項11号に該当するものではなく、取消事由1は理由がある。

4 取消事由2:本願商標に係る「混同を生ずるおそれ」(商標法4条1項15号)の判断の誤りについて

(1)上記1(2)の枠組みに従って判断するに、まず、Jimny商標がスズキ社の製造販売するオフロード車の名称を表示するものとして、我が国の幅広い年齢層の自動車ユーザー等の間で広く知られていたことは上記のとおりであり、また、「Jimny(ジムニー)」は普通名詞に由来しない造語と理解されるものである。したがって、Jimny商標の周知著名性及び独創性の程度は、いずれも高いものと評価される。

(2)そこで、次に、本願商標の指定商品(本願補正商品)とスズキ社の業務に係る商品・役務との関連性について検討する。

 ア 上記1(3)でも述べたように、自動車メーカーが自ら又は系列ディーラー等を通じて自動車の関連グッズを販売したり付随サービスを提供したりすることは珍しくないと解され、スズキ社においても、オフロード車(ジムニー)そのものにとどまらない一定の商品・役務につき、周知のJimny商標に係る信用を利用して、ジムニー関連ビジネスというべき業務を展開することは十分考えられる。

 イ しかし、本願商標の指定商品(本願補正商品)は、第16類「オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌」という極めてニッチな商品であるところ、取引の実情として先に認定したとおり、スズキ社を含む自動車メーカーが自ら又は系列ディーラー等を通じて、「オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌」を発行している事実はなく、また、本願商標を使用した本願補正商品に接した取引者・需要者において、スズキ社を含む自動車メーカー又はその系列ディーラー等が発行主体となっている(可能性がある)と認識するとも考え難い。
   加えて、スズキ社は、原告が本願商標の構成と同じ題名の本件雑誌を10年以上にわたって発行していることを知悉しながら、Jimny商標との関係での誤認混同を生じさせるといった警告、クレームを原告に伝えたことがないばかりか、原告に広告料を支払って本件雑誌にジムニーの広告を掲載するなどして本件雑誌の発行を援助していることも前述のとおりである。

 ウ 以上の事実関係に原告代表者の供述を総合すると、スズキ社がJimny商標の下で展開する業務としては、オフロード車(ジムニー)そのものにとどまらない関連グッズ、付随サービスを含み得るものではあるが、「オフロード車の改造に用いる部品及び附属品に関する情報雑誌」に係る業務は、スズキ社又はその系列ディーラー等とは直接関係のない第三者によって提供されているのが実情であり、スズキ社とは抵触関係に立たない「棲み分け」が成立していると認められる。

(3)以上によれば、本願商標を本願補正商品に使用したとしても、スズキ社のJimny商標に係る商品・役務との混同を生ずるおそれは認められないというべきである。よって、本願商標は、商標法4条1項15号に該当するものではない。
   なお、Jimny商標に係る商品(オフロード車)と本願商標の指定商品(本願補正商品)の取引者・需要者は、相当程度共通していると推認されるが、そうだとしても、上記判断が左右されるものではない。

(以下、省略)

検討

1 商標法4条1項11号及び商標法4条1項15号

 商標法4条1項11号は、出願商標が他人の先行登録商標と類似している場合に商標登録が認められない旨を定め、商標法4条1項15号は、出願商標が他人の周知商標と類似している等の事情によって、その使用により出所の混同を生じるおそれがある場合に商標登録が認められない旨を定めている。
 そして、商標法4条1項11号での商標の類否、及び商標法4条1項15号での「混同を生ずるおそれ」の有無は、具体的な判断基準こそ異なるが、どちらも「取引の実情」が考慮されるものである。本判決でも、同号ら該当性について従来の判断基準を採用しつつ、指定商品における「取引の実情」に基づいて判断する必要がある旨を述べている。
 なお、商標の出願審査過程において考慮することのできる「取引の実情」とは、「その指定商品全般についての一般的、恒常的なそれを指すものであって、単に該商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的、限定的なそれを指すものではない」と解されている(最高裁昭和49年4月25日審決取消訴訟判決集昭和49年443頁〔保土ヶ谷化学社標事件〕)。

2 本判決の内容

 本件では、スズキ社の引用商標が自動車ユーザーの中で周知であることを認定しつつも、指定商品における以下①~③の取引の事情を加味して、「本願商標を使用した本願補正商品に接した取引者・需要者において、スズキ社を含む自動車メーカー又はその系列ディーラー等が発行主体となっている(可能性がある)と認識するとも考え難い。」として、本願商標と引用商標の類似性を否定した。
  ① 本願商標の指定商品が極めてニッチな商品であること
  ② スズキ社を含む自動車メーカーが自ら又は系列ディーラー等を通じて、本願商標の指定商品たる雑誌を発行している事実はないこと
  ③ スズキ社を含む自動車メーカーは、ジムニーのカスタマイズ市場等に係る業務に対して、第三者の活動を側面から援助することはあっても、主体的に関わることは避けていること
 また、Jimny商標の周知著名性及び独創性の程度が高いこと、スズキ社においてJimny商標に係る信用を利用してジムニー関連ビジネスというべき業務を展開する可能性があることを認定しつつも、上記の①~③の取引の事情に加え、以下④の事情も加味して、指定商品に係る業務は「スズキ社又はその系列ディーラー等とは直接関係のない第三者によって提供されているのが実情であり、スズキ社とは抵触関係に立たない『棲み分け』が成立している」として、本願商標を指定商品に使用したとしても「混同を生ずるおそれ」はないと判示した。
  ④ スズキ社は、原告が本願商標の構成と同じ題名の本件雑誌を10年以上にわたって発行していることを知悉しながら、Jimny商標との関係での誤認混同を生じさせるといった警告、クレームを行ったことがないこと

3 検討

 本願商標について、本件審決では商標法4条1項11号及び同項15号該当性が肯定されていたが、本判決ではそれが覆され、同号ら該当性が否定された。
 スズキ社の引用商標及びJimny商標の周知性等を肯定しつつも、本願商標の指定商品における細かな「取引の実情」まで踏み込み、指定商品の取引者・需要者の認識を精緻に判断した判示といえる。商標法4条1項11号及び同項15号該当性の判断を行うにあたり、どの程度の「取引の実情」を考慮する必要があるかを検討する際に参考となる裁判例と考える。

以上
弁護士 市橋景子