【令和6年7月4日(知財高裁 令和5年(ネ)第10112号) 損害賠償請求控訴事件】

 

【判旨】

 本件は、控訴人がその販売する商品についてウェブページに掲載した表示が、不正競争防止法2条1項20号の品質誤認表示に該当し、これにより被控訴人の営業上の利益が侵害されたものと認めた上で、同法5条2項の推定が一部覆滅されると判断した事案である。

 

【キーワード】

不正競争防止法2条1項20号、同5条2項、品質誤認表示、推定覆滅

 

1 事案の概要

 本件は、生ごみ処理機の製造及び販売を行う被控訴人(第1審原告)が、控訴人(第1審被告)がその販売する業務用生ごみ処理機についてウェブページ上に掲載した表示は、その品質について誤認させるようなものであり、この表示をした行為は不正競争防止法2条1項20号の不正競争に該当し、これにより被控訴人の営業上の利益が侵害されたと主張して、控訴人に対し、同法4条に基づき、損害金1億3605万6823円の一部である9164万3940円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
 具体的に、控訴人は、過去に被控訴人の販売する業務用生ごみ処理機(X商品)の販売代理店であったが、販売代理店契約の終了後、別の会社が製造する業務用生ごみ処理機(Y商品)を、被控訴人商品の名称と同一の名称で販売し始めた。そして、控訴人は、控訴人のウェブページ上にY商品に関する表示を掲載し、その際、①商品の写真としてX商品の写真を表示し、②製造元が被控訴人である旨の表示をし、③販売実績としてY商品の実際の販売数よりも多い台数の表示をした。
 原判決は被控訴人の請求を全て認容したので、控訴人が原判決を不服として控訴した。なお、原審において、控訴人側から推定覆滅の主張はされておらず、この点に関する判断はされていなかった。
 控訴審における争点は、以下の3つである。本稿では主に争点1及び3について述べる。

(1)品質誤認表示該当性(争点1)
(2)控訴人の故意の有無(争点2)
(3)被控訴人の損害発生の有無及び損害額(争点3)

 

2 裁判所の判断

(1)争点1(品質誤認表示該当性)について

 まず、裁判所は、品質誤認該当性に関し、仮に両商品に性能面において大きな差異がない場合や、控訴人による営業努力といった点を考慮したとしても、その製造元について虚偽の表示をすることや、販売実績を偽って表示することは、依然として品質誤認表示に該当すると判示した。

※判決文より引用(下線部は筆者付与)

 控訴人は、前記第2の4⑴〔控訴人の主張〕の(当審における補充主張)のとおり、本件の実態及び実情に照らせば、控訴人表示は品質誤認にはつながらないと主張する。
 しかし、仮に、被控訴人商品が、生ごみ処理機として、控訴人商品その他の同種の商品とその性能に大きな差異がないとしても、それによって、テクノウェーブが製造した控訴人商品の製造者を被控訴人であると表示することや、控訴人商品の販売実績として実際よりも多い数値を表示したことが、品質誤認表示に当たらないことにはならない。すなわち、仮に、控訴人商品が他社の同種の商品と性能に大きな差異がないとしても、需要者が、生ごみ処理機として控訴人商品を購入するか否かを判断する際に、控訴人商品の製造者の実績や当該商品の販売実績を考慮する可能性があることは変わらない。
 たとえ被控訴人商品の売上げに控訴人の営業努力が寄与していたとしても、被控訴人が製造した被控訴人商品が長期にわたって販売されてきた実績が形成されたことには変わらず、生ごみ処理機の需要者はこのような実績も考慮して購入する商品を決定すると考えられるから、控訴人商品の製造者を被控訴人であると表示したことが品質誤認表示に当たるとの結論は左右されず、控訴人商品の販売実績として実際よりも多い数値を表示したことが品質誤認表示に当たるとの結論も変わらない。
 控訴人が、令和元年5月8日から令和3年8月30日まで、控訴人ウェブページにおいて控訴人商品の製造者が被控訴人であると表示していたことからすれば、控訴人が、被控訴人商品の販売代理店であった時期において、生ごみ処理機本体及びウェブページ上において被控訴人商品の製造元が被控訴人と表示していなかったとは認め難い。また、仮に、控訴人が被控訴人商品の販売代理店であった時期において上記表示をしていなかったとしても、そのことによって、控訴人表示が品質誤認表示に当たらないことにはならない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

 

(2)争点3(被控訴人の損害発生の有無及び損害額)について

 一方で、裁判所は、控訴審で初めて主張された損害額の推定覆滅事由に関しては、控訴人及び被控訴人以外に競合他社が存在し、被控訴人の市場占有率が高くないことや、控訴人が独自の営業ルート(保育園業界)を持っていたこと等を根拠として、5割の推定覆滅を認めた。

 ウ 控訴人が推定覆滅の事由として主張するのは、前記第2の4⑶〔控訴人の主張〕イの①ないし⑨(主張①ないし⑨)である(令和6年4月11日付け準備書面(控訴審第2)第1)。
  そこで検討するに、主張⑤及び⑥に関し、まず、控訴人商品及び被控訴人商品の市場においては、前記⑵アのとおり、複数の競業他社が存在し、被控訴人商品はある程度の市場占有率を獲得していると認められるものの、その市場占有率は高いとはいえないから、推定覆滅事由にあたると認められる。
 また、控訴人代表者は保育園業界との人脈を有しており、控訴人は、被控訴人との間で被控訴人商品に関する販売代理店契約を締結していた時期において、この人脈を生かすとともに、保育関係の研修会等において被控訴人商品を展示するなどして、保育園に被控訴人商品を販売するための営業努力を行い、保育園に対して被控訴人商品を販売していたと認められる(乙36、39、71、弁論の全趣旨)。そして、このような営業努力は、被控訴人と控訴人との販売代理店契約が終了し、控訴人がテクノウェーブ製の控訴人商品を取り扱うようになった後も行われており、控訴人が、保育関係の研修会等において控訴人商品を展示したこともある(乙40~44、71、弁論の全趣旨)。これらの事実によれば、控訴人による控訴人商品の販売先には保育園が含まれることが推認される。
 以上によれば、控訴人による控訴人商品の販売については、控訴人の営業努力もこれに寄与したと認められるのであって、品質誤認表示(控訴人表示)のみによってその販売が達成されたとは認められないから、推定覆滅事由にあたると認められる。
 もっとも、控訴人が控訴人商品の販売についてした営業努力については、保育関係の研修会等における控訴人商品の展示以外には、その具体的内容の主張立証があるとはいえない。また、控訴人が営業努力を行った相手である保育園等において、控訴人商品を購入するか否かの判断に当たり、控訴人ウェブページに掲載された控訴人商品に関する情報を確認し、控訴人表示を認識した可能性があるから、控訴人の営業努力があったからといって、控訴人表示が控訴人商品及び被控訴人商品の売上げに影響を与えなかったと認められることにはならない。
 そして、主張①ないし④及び⑦ないし⑨は、覆滅事由に当たるとは認められず、その他、不正競争防止法5条2項の損害の推定を覆滅する事由の主張立証があるとは認められない。
 以上の事情を総合すると、控訴人表示による損害額の算定における推定覆滅の割合は、5割と認めるのが相当である。

 控訴人による推定覆滅の主張に関しては、控訴審において初めて主張されたものであるとして、時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきであるとの反論が被控訴人からされていたが、裁判所は、原神の審理経過に照らせば、当該主張は実質的に原審からされており、また控訴審も一回結審したため訴訟の完結が遅延したとはいえないなどとして、上記主張を却下しなかった。

 イ 控訴人は、本件表示による被控訴人の損害につき、不正競争防止法5条2項による損害の推定が覆滅されると主張する。
 これに対し、被控訴人は、前記第2の4⑶〔被控訴人の主張〕ウ(ア)のとおり、控訴人は原審において不正競争防止法5条2項の損害の推定の覆滅の主張を撤回しており、当審における推定の覆滅の主張は時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして、これを却下するよう申し立てている。
 そこで検討するに、控訴人は、原審及び当審を通じ、第一次的には、被控訴人に損害が発生したことを否認するとともに、損害が発生しているとしても控訴人の行為によって生じたものではないとして、因果関係を否認しており、不正競争防止法5条2項が適用されないとの主張もしていると解されるが、原審で提出した令和5年2月9日付け「準備書面(兼求釈明書)」と題する書面の第1の5の末尾(同書面6頁)において、「『抗弁事由』というも『積極否認』というも、法定要件充足の主張・立証責任分配の問題であり、どちらにせよ被告としてはこれを積極的に主張・立証する意思であることに変わりはない。」と記載するなど、控訴人が原審で提出した準備書面には、同項が適用されることを前提に、推定の覆滅を主張しているものと解される記載がある。原審で令和4年12月22日に行われた書面による準備手続の協議について作成された経過表には、控訴人(第1審被告)の述べた内容として、準備書面⑷に主張した事実は、損害発生の否認の理由であるとともに同項の推定を覆滅する事由である旨の記載がある(当裁判所に顕著な事実)。
 他方、原審で令和5年2月6日に行われた書面による準備手続の協議について作成された経過表には、控訴人の述べた内容として、損害は発生していないので、被控訴人(第1審原告)の主張に対して覆滅事由は主張していない旨の記載がある(当裁判所に顕著な事実)。
 被控訴人が証拠として提出した、同日の協議に関して被控訴人代理人が作成したものであるとする「期日報告書⑺」と題する書面(甲43)には、覆滅事由については主張しない旨控訴人代理人が述べたことを示す記載がある。
 しかし、上記経過表は、口頭弁論期日又は弁論準備手続期日の期日調書と異なり、これに記載された当事者の陳述が法的効果を有することはない。
 また、上記経過表及び上記甲43の書面のいずれにも、控訴人代理人が、同日以前における覆滅事由の主張を撤回すると述べた旨の記載は存在しない。
 そして、上記甲43の記載によれば、控訴人代理人は、損害が発生しているとの心証が開示されたら覆滅事由について主張したい旨述べ、受命裁判官から、裁判所の心証次第で反論することは許されないと言われたのに対し、それであれば覆滅事由については主張しないと述べたとされている。
 そうすると、控訴人代理人としては、損害が発生していると認められるのであれば覆滅事由を主張したいとの考えを有しており、そのことを明らかにしていたと認められる。
 さらに、前記令和5年2月9日付け「準備書面(兼求釈明書)」は、同月6日の上記協議の後に提出されたものである。
 これらの事情を総合すれば、控訴人代理人が、令和5年2月6日に行われた書面による準備手続の協議において、上記甲43の書面に記載された内容の発言をしたとしても、控訴人が、原審において、不正競争防止法5条2項による損害の推定の覆滅を主張していないとか、推定覆滅の主張を撤回したということはできない。
 そうすると、控訴人が当審でした推定覆滅の主張が、時機に後れて提出した攻撃防御方法であるとは認められない。
 また、控訴人は、当審において、令和6年4月11日付け準備書面(控訴審第2)及び同年5月9日付け準備書面(控訴審第3)により推定覆滅の主張をしているが、これらの準備書面が陳述された同月16日の第2回口頭弁論期日において弁論が終結されているから(当裁判所に顕著な事実)、上記各準備書面における推定覆滅の主張によって訴訟の完結が遅延したとは認められない。
 以上によれば、控訴人が当審でした推定覆滅の主張が時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下を求める被控訴人の申立ては、理由がないからこれを却下する。

 

3 検討

 本件は、不正競争防止法2条1項20号(品質誤認表示)の損害賠償請求に関し、同法5条2項に基づく推定の一部覆滅が認められた事案である。問題となった不正競争行為については該当性を争う余地がほぼないと思われるが、控訴審において初めてされた推定覆滅の主張が、所謂時機後れとして却下されなかった点は興味深い。
 被控訴人からは、時機後れであることの証拠として期日報告書等が提出されたようであるが、正式な調書でないことや、それまでの主張を撤回する趣旨のものではなかったこと等から、原審における(事実上の)推定覆滅の主張の存在を否定するまでには至らなかった。
 原告側としては、相手方から推定覆滅の主張がなかなか出てこない場合、当該主張をする意思がない旨をできる限り調書に残すべきであり、逆に被告側としては、推定覆滅事由として主張できる事実がある場合は、損害論に入った時点で早めに(予備的主張としてでも)主張しておくよう留意すべきであると考える。

 

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸