【令和6年4月11日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件)】

 

【キーワード】

商標法3条1項3号、産地表示

 

【事案の概要】

 原告は、次の商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願を行ったところ(商願2021-102626号。以下「本願」という。)、令和4年2月17日付けで拒絶理由の通知がされ、同年3月29日に原告の意見書が提出されたが、同年6月1日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)がなされた。

<本願商標>
Nepal Tiger(標準文字)
<指定商品・役務>
第27類 じゅうたん、敷物、マット、ラグ、ヨガ用マット、織物製壁紙、壁掛け(織物製のものを除く。)

 原告は、原査定について、同年9月2日に拒絶査定不服審判(不服2022-13795)を請求したが、特許庁は、「Nepal Tiger」の文字よりなる本願商標をその指定商品中「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いたラグ」等に使用しても、これに接する取引者、需要者は、単に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと理解するにとどまり、自他商品の識別標識とは認識しないというべきであり、本願商標は、商標法3条1項3号に該当し、また、前記商品以外の「じゅうたん、敷物、ラグ」に使用するときは、商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるから、同法4条1項16号に該当する、として、「本件審判の請求は成り立たない」とする審決(以下「本件審決」という。)を行った。
 原告は、本件審決の取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

 

【争点】

・本願商標が商標法3条1項3号に該当するか

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性に関する判断の誤り)について
⑴ 判断基準
 商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くと規定されているのは、このような商標は、指定商品との関係で、その商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠くものであることによるものと解される(最高裁昭和53年(行ツ)第129号同54年4月10日第三小法廷判決・集民126号507頁)。
 そうすると、出願に係る商標が、その指定商品について商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、審決がされた時点において、当該商標が当該商品との関係で商品の産地、販売又は品質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に、将来を含め、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるか否かによって判断すべきである。そして、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定商品に関する取引の実情を考慮して判断すべきである。
⑵ 本願商標の構成
 本願商標は「Nepal Tiger」の文字を標準文字で表してなる商標である。
 「Nepal Tiger」は「Nepal」の文字及び「Tiger」の文字を組み合わせたものであって、「Nepal」は国家(ネパール)を示す語であり、「Tiger」は「トラ」を意味する語である(乙1~4)。
⑶ 本願商標及び本願の指定商品に関する取引の実情
ア 以下の新聞記事及びウェブサイトには、ネパールで手織りのじゅうたんの生産がされていることや、我が国で開催された展示会等においてネパールで生産された、又はネパールから輸入された手織りのじゅうたん、ラグが展示、販売されたことに関する記載が存在する。
(・・省略・・)
イ 以下の新聞記事、書籍及びウェブサイトには、チベットにおいてじゅうたんの生産が行われている旨の記載、チベットで生産されたじゅうたんを「チベットじゅうたん」又は「チベタンじゅうたん」と称する旨の記載とともに、ネパールで生産されるじゅうたんも「チベットじゅうたん」「チベタンラグ」などと称する旨の記載、又は、チベットからネパールに亡命した者あるいはネパールに居住するチベット難民がネパールにおいてじゅうたんの生産を行っている旨の記載が存在する。
(・・省略・・)
ウ 以下のウェブサイトには、トラの図柄が描かれたじゅうたん又はトラの形状を模したじゅうたんを紹介するに当たって、「アニマルラグマットタイガー」、「タイガーラグ」、「タイガーラグマット」など、「タイガー」の語を用いている記載が存在する。
(・・省略・・)
エ 以下の新聞記事又はウェブサイトには、「チベッタンカーペット」あるいは「チベタン・ラグ」であってトラの図柄が描かれたものを紹介し、その中で、「タイガーボディラグ」又は「タイガー・ラグ」との表現において「タイガー」の語を用いている記載が存在する。
(・・省略・・)
オ 以下のウェブサイトには、ネパールで生産されたチベットじゅうたん又はチベタンラグであってトラの文様又は絵が描かれたものを紹介し、その中で、「チベット絨毯タイガー」、「ラッキータイガーラグ」又は「チベットトラ敷物」との表現において「タイガー」又は「トラ」の語を用いている記載がある。
(・・省略・・)
カ 以下のウェブサイトには、チベットじゅうたんでトラの形状を模したものを紹介し、その中で「チベタンタイガーラグ」の語句を用いている記載が存在する。乙47ないし57のウェブサイトにも同様の記載が存在する。
(・・省略・・)
キ 以下のウェブサイトには、ネパールで生産されたじゅうたん又はネパールから輸入されたじゅうたんでトラの形状を模したものを紹介し、その中で「チベタンタイガーラグ」又は「チベタンタイガーカーペット」の語句を用いている記載が存在する。
(・・省略・・)
ク 上記アないしキに掲げた新聞記事、書籍及びウェブサイトのいずれにも、「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」との記載は存在しない。
⑷ 検討
ア 上記⑶に掲げた新聞記事、雑誌、ウェブサイトの記載によれば、以下の事実が認められる。
(ア)ネパールにおいてじゅうたんの生産が行われていること。
(イ)チベットからネパールに移住した者、あるいはチベット難民がネパールにおいてじゅうたんの生産に従事しているとするウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(ウ)ネパールで生産されたじゅうたんを「チベットじゅうたん」あるいはこれに類する「チベタンじゅうたん」「チベタンラグ」などの名称で表示するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(エ)トラの図柄が描かれたじゅうたん又はトラの形状を模したじゅうたんを紹介するに当たって「タイガー」の語を用いているウェブサイトの記載が複数存在すること。
(オ)トラの形状を模した「チベットじゅうたん」(あるいは「チベタンじゅうたん」「チベタンラグ」)を「チベタンタイガーラグ」又は「チベタンタイガーカーペット」との名称で表示するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(カ)ネパールで生産されたもの又はネパールから輸入したものであるトラの形状を模したじゅうたんを紹介するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
イ しかし、上記⑶クのとおり、上記⑶アないしキに掲げた新聞記事、書籍及びウェブサイトのいずれにも、「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」との記載は存在せず、その他本件の全証拠によっても、本願の指定商品に関連するウェブサイト等の記載において「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」の文字が一体として用いられたものがあるとは認められない。
 したがって、「Nepal Tiger」の語句が、一体として「ネパールで生産された、トラの図柄を描いた、あるいはトラの形状を模した、じゅうたん、ラグ」を意味するものとして、じゅうたんの取引者等によって使用されている取引の実情が存在するとは認められず、その他の本願の指定商品に関連して「Nepal Tiger」の語句が一体として用いられる取引の実情が存在するとも認められない。
 そして、「Nepal Tiger」は、前記⑵のとおりの意味を有する「Nepal」の語及び「Tiger」の語を組み合わせたものであるといえるところ、「Nepal Tiger」の語句が一体のものとして辞書等に採録されているとは認められず、トラに関する亜種の名称や通称名等として「Nepal Tiger」、「ネパールタイガー」又は「ネパールトラ」と呼ばれるものがあるとも認められない。
 そうすると、「Nepal Tiger」の語句は、通常は組み合わされることのない「Nepal」の語と「Tiger」の語とが組み合わされ、まとまりよく一体的に表されたものであるといえることからすれば、これを一体として組み合わされた一種の造語とみるのが相当である。
ウ 本願商標の指定商品は前記第2の1⑴のとおりであり、この指定商品の内容からすれば、本願商標の取引者はじゅうたん類の製造業者及び販売業者であり、需要者は一般の消費者であると認められる。
 そして、前記イのとおり、「Nepal Tiger」の語句は、これが本願の指定商品に関連して用いられる取引の実情があるとは認められず、かつ、一体として組み合わされた一種の造語であるとみるのが相当であることからすれば、本願商標の取引者及び需要者は、「Nepal Tiger」の語句について、指定商品に係る商品の産地、販売地又は品質を表示したものであると直ちに認識するものではないというべきである。
 そうすると、本願商標の取引者、需要者は、「Nepal Tiger」の語句について「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラ形状を模したじゅうたん」、「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物」又は「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」を表示するものであると必ずしも認識するものではないから、本願商標は、その指定商品に使用された場合に、本願商標の取引者、需要者によって、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるとは認められない。
エ 以上によれば、本願商標は、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものとはいえず、指定商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標とはいえないから、商標法3条1項3号に該当するものとは認められない。

 

【検討】

1 商標法3条1項3号該当性の判断基準
 商標法3条1項3号では、商品の「産地」等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は商標登録を受けることができない旨を定めている。このような商標は、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人による独占使用を認めるのを公益上適当としないものであり(独占適応性欠如の観点)、また、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであるため(出所識別力欠如の観点)である(最判昭和54年4月10日判タ395号51頁〔ワイキキ事件〕)。
 そのため、商標法3条1項3号該当性の判断は、必ずしも指定商品が商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず,需要者又は取引者によって,当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されるか否かを基準とされる(最判昭和61年1月23日〔ジョージア事件〕、知財高判平成28年10月12日等)。

2 本判決の意義
 本判決は、商標法3条1項3号該当性について、上記の従来の判断基準を採用しつつも、「商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定商品に関する取引の実情を考慮して判断すべきである」と判示し、具体的な考慮要素として、「商標の構成」と「指定商品に関する取引の実情」を明示した。
 従来の裁判例においても、判決において「商標の構成」と「指定商品に関する取引の実情」を考慮した判断がなされていたが、それを明示したものといえる。

以上
弁護士 市橋景子