【令和6年4月10日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10141号) 審決取消請求事件(商標)】
【判旨】
本件は、「知財実務オンライン」の標準文字商標について、拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。原審決は、本願商標を指定商品・役務である「知的財産(権)に関する商品及び役務」に使用した場合、需要者は単に「オンラインで提供される知的財産(権)に関する実務についての商品及び役務」すなわち単に商品の品質または役務の質を表示したものと一般に認識するから、商標法3条1項3号に該当し、同条2項の要件も具備しないと判示していた。裁判所は、「〇〇オンライン」のように「オンライン」の文字を末尾に配する標章の一般的な実情に照らせば、需要者は、いずれも「オンライン」の前に示される商品または役務をオンラインで提供すると認識するものと認められるなどとして、審決の判断を維持した。
【キーワード】
商標法3条1項3号、商標法3条2項、商標の識別力
1 事案の概要
本件の商標(本願商標)は、「知財実務オンライン」の文字を標準文字で表してなるものであり、指定商品として第9類「定期的に発行される知的財産に関する電子出版物の閲覧のための電子計算機用プログラム」等、指定役務として第41類「知的財産に関するセミナーの企画・運営又は開催(動画配信プラットフォームを通じて各回異なる内容のものが定期的又は逐次的に提供されるものに限る。)」等が指定されていた。
原審決は、本願商標は、指定商品・役務である「知的財産(権)に関する商品及び役務」に使用した場合、需要者は単に「オンラインで提供される知的財産(権)に関する実務についての商品及び役務」、すなわち単に商品の品質または役務の質を表示したものと一般に認識するから、商標法3条1項3号に該当し、同条2項の要件も具備しないと判断していた。
これに対し、原告は、本願商標は定期刊行物の題号と同様に自他商品役務識別力を認めるべきであるなどと主張していた。具体的な取消事由は以下の2つである。
① 商標法3条1項3号該当性の判断の誤り(取消事由1)
② 商標法3条2項該当性の判断の誤り(取消事由2)
2 裁判所の判断
(1)取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について
まず、裁判所は、本願商標の商標法3条1項1号該当性について、「オンライン」の前に「知的財産に関する実務」を意味する一般的な用語である「知財実務」を結合させた本願商標は、一般的な取引の実情からみて、「知的財産に関する実務の情報をオンラインで提供するもの」、すなわち商品の品質又は役務の質を表示したものと認識されるとともに、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであると認められるなどとして、本願商標が商標法3条1項3号に該当すると判示した。
※判決文より引用(下線部は筆者付与)
(3) 本願商標の構成中の「知財実務」の文字は「知的財産に関する実務」を意味する一般的な用語であり、また、「オンライン」の文字は「コンピューターの入出力装置などが、中央処理装置と直結している状態。また、通信回線などによって、人手を介さず情報を転送できる状態。」を意味する用語であり(大辞泉第2版)、英語の「online」とともに、「インターネットに接続した状態」、「インターネットを利用した」等を意味する用語として一般的に用いられていると認められる(乙1~4、弁論の全趣旨)。 |
原告は、本願商標が商標法3条1項3号に該当しないことの根拠として、①第三者に使用されていない、②商品又は役務の特徴等を間接的に表示するものである、③一定の意味を有しない造語である、④商品、役務名又はブランド名の語尾に「オンライン」の文字を付した標章は、ウェブサイトやYouTubeのチャンネルにおいて出所識別標識として認識される態様で使用されている、⑤本願指定商品役務の性質及び取引の実情は定期刊行物と共通するから、定期刊行物の題号と同様に本願商標の自他商品役務識別力を認めるべき、といった根拠を挙げていたが、裁判所は上記の点について個別に検討の上、原告の主張をいずれも棄却した。
(4) 上記認定と異なる原告らの主張は、以下の理由により、いずれも採用できない。 イ 原告らは、本願商標は商品又は役務の特徴等を間接的に表示するものである、あるいは一定の意味を有しない造語であると主張する。 ウ 原告らは、商品、役務名又はブランド名の語尾に「オンライン」の文字を付した標章は、ウェブサイトやYouTubeのチャンネルにおいて出所識別標識として認識される態様で使用されていると主張する。 エ 原告らは、本願指定商品役務の性質及び取引の実情は定期刊行物と共通するから、本願商標については定期刊行物の題号と同様に自他商品役務識別力を認めるべきである旨主張する。 |
(2)取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について
また、原告は、原告がYoutubeに継続的に投稿してきた動画(約3年4か月間において191件)において本願商標が使用されていたこと等を理由として、本願商標が商標法3条2項に基づく識別力を獲得していると主張したが、裁判所は以下のとおり判示し、本願商標が商標法3条2項に該当しないとした原審決の判断を維持した。
2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について (2) 証拠(甲2、7、18、44、47の1~7、48の1~7、49、50の1・2、53)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、平成2年6月以降、YouTubeにおいて、そのほとんどの動画名に「知財実務オンライン」の文字を付した本件動画を毎週木曜日に継続して投稿し配信していること、各動画は各回ごとに異なるゲストが出演し、知財実務に関する様々な情報を提供する内容で、1回の再生時間は概ね1時間半~2時間程度であり、本件審決日(令和5年10月19日)までの約3年4か月間において191の動画が投稿されていること、ゲスト出演者は国内外の弁理士、知的財産権を扱う弁護士、企業の知財部所属者のほか、内閣府、特許庁の担当職員、WIPO日本事務所所長、知的財産権の分野で著名な弁護士(元知財高裁所長を含む。)、学者も含まれていること、本件動画を表示、配信する本件チャンネルの名称は「知財実務オンライン」であり、上記同日におけるチャンネル登録者数は4100人であって、特許庁のチャンネルを含め知財実務に関する同種の動画を配信するYouTubeチャンネルの中で最も多いことが認められる。 (3) 上記認定によれば、原告らによる本件動画の提供は、指定役務⑦、⑨~⑫に当たるものと認められるから、原告らは、これらの指定役務について本願商標を使用し、一定の認知を得るなど、この指定役務に関する限り、知財分野で一定の地歩を築いているということはできる。 (4) そこで進んで、指定役務⑦、⑨~⑫に関して、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができるもの(自他役務識別力を獲得している)といえるかについて検討する。 ア 3年4か月という使用期間について、原告らは、自他役務識別力を獲得するために必ずしも長期間は必要でなく、動画配信サービス自体歴史が浅いこと、知的財産分野におけるYouTubeチャンネルの中では短いものではないことを主張する。 イ 原告らは、令和3(2021)年度の知財業界の人口は4万3774人であり、本件チャンネルの登録者数はその約10%を占めるから、知的財産分野におけるYouTubeチャンネルの中で登録者数が第1位であることと併せ、本願商標の自他役務識別力の獲得を裏付ける旨主張する。 ウ 原告らは、本件動画に著名な弁護士、学者を含む多数の知的財産関係者や公的機関の担当者等が出演していることは、本願商標の自他役務識別力の獲得を裏付ける旨主張する。 エ 原告らは、第三者が本願商標を使用していない事実は模倣行為に敏感な知財業界における知名度を裏付けると主張するが、そのように解すべき根拠は希薄といわざるを得ない。 オ 以上を総合すると、本願商標は、指定商品①~⑥及び指定役務⑧との関係で使用の事実が認められないだけでなく、指定役務⑦、⑨~⑫との関係においても、需要者の一部から一定の認知を得ているとしても、自他役務識別力を獲得しているとまでは認められない。 (5) したがって、本願商標は、本願指定商品役務との関係において、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものということはできないから、本願商標が商標法3条2項に該当しないとした本件審決の判断に誤りはなく、原告らの取消事由2の主張は理由がない。 |
3 検討
本件は、筆者も視聴したことのある著名なYoutubeチャンネルに係るものであり、約3年4か月間において191の動画が投稿されていること、チャンネル登録者数が4100人と知財系の中では最も多いこと、著名な弁理士・弁護士や専門家が出演していること等、原告側に有利な事情も複数認定され、「この指定役務に関する限り、知財分野で一定の地歩を築いている」「需要者の一部から一定の認知を得ている」といった評価までされていたものの、商標法上の登録要件である識別力は認められなかった事案である。判決の認定はやや原告にとって酷な気もするが、「◯◯オンライン」という商標が一般的に「◯◯」に関する商品・役務をオンラインで提供することを示唆するもので、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであると認められるといった事情に照らせば、当該商標を特定の者に独占させるべきでないとした裁判所の判断も理解できるところではある。
以上
弁護士・弁理士 丸山真幸