【令和7年6月16日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10107号)】

【キーワード】

 商標法4条1項11号、結合商標、要部抽出、著名商標、出所混同

 

【事案の概要】

 本件は、清涼飲料水や酒類等の大手メーカーである原告(キリンホールディングス株式会社)が、被告(有限会社キリンフーズ)の保有する登録商標(以下「本件商標」という。)に対して行った無効審判(無効2023-890060号)において、特許庁が「請求不成立(無効にしない)」とした審決の取消しを求めた訴訟である。

1 本件商標の構成及び経緯
 被告が保有する本件商標(登録第6687612号)は、以下の構成からなる。

  • 構成: 上段に、細い円枠の中に、長い髭と鬣(たてがみ)を持ち、雲の上を駆けるような構図で描かれた「麒麟(想像上の動物)」の図形を配し、その直下に「キリンフーズ」の片仮名文字を一連に配したもの。全体は同色(黒色)で表現されている。
  • 出願日・登録日: 令和3年2月22日出願、令和5年4月7日登録。
  • 指定商品: 第30類「ぎょうざ、しゅうまい、中華まんじゅう、ハンバーガー、ホットドッグ、穀物の加工品」
(本件商標)

2 引用商標の構成及び著名性
 原告が対比として挙げた引用商標(引用商標1〜9)は、原告グループが長年使用してきた「キリン」「KIRIN」の文字商標、及びラベル等に使用されている「麒麟の図形」からなる。

  • 引用商標: 「キリン」、「KIRIN」、「麒麟」の文字、及び原告製品のラベルとして極めて著名な「麒麟の図形」。

引用商標1:登録第4180368号

引用商標2:登録第4486902号の2

引用商標3:登録第4498171号の2

引用商標4:登録第5240430号

引用商標5:登録第6041308号

引用商標6:登録第6200172号

引用商標7:登録第6200173号

引用商標8:登録第6200174号

引用商標9:登録第6200176号の1

  • 著名性: 原告の「キリン」ブランドは、大正時代から続くビール販売等の実績により、日本国内において「ビール、清涼飲料水、及びそれらを提供するグループ企業」を指すものとして、取引者・需要者の間で極めて高い著名性を有している。

3 特許庁の判断(本件審決の内容)
 特許庁(審判官)は、本件商標と引用商標は「非類似」であると判断し、無効請求を棄却した。その理由は以下の通りである。
 本件商標の「キリンフーズ」という文字部分は、全体として一連に把握されるべきであり、また図形部分も特徴的な描写がなされている。「キリン」の文字を含むとしても、文字と図形が組み合わさった全体的な外観が引用商標とは異なる。
 したがって、需要者が本件商標を見て、直ちに原告の「キリン」ブランドと結びつけることはなく、出所の混同を生じるおそれはない。

4 原告の主張と本件訴訟の争点
 原告は、特許庁の判断には「商標の類否判断の誤り」があるとして、知財高裁に訴えを提起した。原告の主張の核心は、「本件商標において『キリン』という部分は極めて強い識別力を有しており、残りの『フーズ』という文字や図形部分は付随的なものに過ぎない」という点にある。つまり、結合商標である本件商標から「キリン」という要部を抽出し、それと著名な引用商標を比較すべきであると主張した。これに対し被告(及び特許庁の審決維持の立場)は、本件商標の各構成要素は不可分に結合しており、分離して観察することは不自然であると反論した。

5 裁判所(知財高裁)の事実認定と判断の枠組み  
 裁判所は、結合商標の類否判断に関する最高裁の基準(複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである(最高裁昭和38年判決、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号 5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・集民228号561頁参照))を引用した上で、本件商標について以下のような認定を行った。
 本件商標の構成を外観上分析するに、上段には雲の上を駆ける麒麟を描いた図形部分、下段には「キリンフーズ」の文字部分が配置されている。裁判所は、図形部分と文字部分が重なり合うことなく上下に明確に分かれており、文字も図形に埋没せず明瞭に認識できることから、これらは視覚的に分離して看取される結合商標であると認定した。これらは不可分に結合しているとは認められず、文字部分のみを抽出して類否を判断することが可能である。文字部分のうち「フーズ」は食品を意味する英語の片仮名表記であり、わが国において周知である。多数の食品会社が企業名の後に「フーズ」を付している実情に照らせば、この部分の自他識別力は「キリン」に比して弱い。
 図形部分については、実在のキリンとは異なる特徴的な動物が描かれているが、文字部分の「キリン」と相まって、想像上の動物である「麒麟」をモチーフにしたものとの印象を与える。裁判所は、この図形が文字部分の「キリン」に看者の注意を集める機能を有していると指摘した。さらに、原告であるキリングループの圧倒的な周知性を考慮すれば、「キリン」の部分は需要者に原告グループを強く想起させる。原告は酒類や飲料事業のみならず、医薬や食品分野でも多角的に活動しており、その連結売上収益は約2兆円に及ぶ。本件商標の指定商品である「ぎょうざ」や「弁当」などの食品は、原告の主力商品であるビール等と相性が良く、需要者も共通の一般消費者である。原告が飲料と食品を連携させたキャンペーン活動を行っている事実も踏まえると、本件指定商品と原告の引用商標に係る商品との関係は希薄ではない。これらの事情を総合すれば、本件商標のうち「キリン」の部分は、需要者に対して商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであり、要部として抽出することができる。
 各引用商標について検討するに、引用商標1、4、9は欧文字「KIRIN」、引用商標2、5、7は漢字「麒麟」、引用商標3、6は片仮名「キリン」等で構成されている。これらはいずれも称呼において「キリン」を生じ、観念において「麒麟(想像上の動物)」を生じるものである。
 本件商標と各引用商標を対比すると、外観においては図形の有無や文字数、文字種に相違がある。しかし、商標の使用においては同一称呼の範囲内で文字種を変換して表記することがあるため、外観上の差異が需要者に与える印象は必ずしも強くない。また、要部である「キリン」と「フーズ」の有無による差異も、指定商品との関係では強い印象を与えるものではない。称呼については、本件商標の文字部分から生じる「キリンフーズ」のほか、要部から「キリン」の称呼も生じるため、引用商標と同一または類似する。観念についても、本件商標からは想像上の動物である麒麟の観念が生じるため、引用商標と類似する。取引者および一般消費者の注意力を踏まえてこれらを総合勘案すれば、本件商標と引用商標は称呼および観念を共通にするものであり、外観の相違はその共通性による印象を凌駕するほど顕著ではない。したがって、両商標は全体として商品の出所について誤認混同を生じるおそれがある類似の商標であると認められる。
 商品の類否に関しても、本件商標の指定商品である「ぎょうざ」や「しゅうまい」等は、各引用商標の指定商品に含まれる「穀物の加工品」や、指定役務の対象となる「加工食料品」と同一または類似する。被告は、「キリンフーズ」は一体的に認識されるべきであり分離観察はできないと主張したが、上述の分析によればその主張は採用できない。
 結論として、本件商標は他人の登録商標である各引用商標と類似し、かつ指定商品等も類似することから、商標法4条1項11号に該当する。これを該当しないとした本件審決には認定判断の誤りがあり、これを取り消すべきである。

 

【争点】

  • 本件商標から「キリン」の部分を要部として抽出できるか。
  • 本件商標と引用商標(特に著名な「キリン」)が類似し、出所混同を生じさせるか(商標法4条1項11号該当性)。

 

【検討・コメント】

 本判決は、結合商標における「要部抽出」の理論を、著名商標が関絡する事案において適用した事例である。

1 要部抽出の合理性
 判決では、「キリンフーズ」の「フーズ」が指定商品との関係で識別力を有しないことを論理的に導いている。需要者が「キリンフーズ」という店名やブランド名を見た際、記憶に残るのは業態を示す「フーズ」ではなく、固有名称である「キリン」であるという実態を重視している。

2 称呼・観念の同一性
 要部として抽出された「キリン」と、引用商標の「キリン」は、称呼(キリン)において完全に一致し、観念(想像上の動物「麒麟」、または原告のグループ企業)においても共通する。図形が含まれていても、それが「キリン」の文字から生じる称呼や観念を打ち消すほどの一体性を有していない限り、類似性は否定できないという原則が貫かれている。

3 著名商標の保護範囲
 本件の背景には、原告の「キリン」が有する圧倒的な著名性がある。裁判所は、著名商標が含まれる結合商標については、需要者が「あのキリンの関連事業だろうか」と連想しやすいことを考慮しており、実質的に著名ブランドの希釈化(フリーライド)を防ぐ姿勢を示したといえる。

4 まとめ
 本判決は、既存の著名商標に「フーズ」や「ショップ」といった記述的な語を組み合わせたり、一般的な図形を添えたりする程度の改変では、商標法4条1項11号違反を逃れることはできないことを示唆している。知財実務においては、ネーミングの際に著名商標の「要部」が含まれていないかを、より慎重に判断する必要があるといえる。

 

以上
弁護士 植竹彩圭