【令和7年7月17日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10010号)】

【キーワード】

商標法4条1項11号

 

【事案の概要】

 原告は、指定商品及び指定役務を第30類(菓子(肉・魚・果物・野菜・豆類又はナッツを主原料とするものを除く。)、パン、サンドイッチ、中華まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、ホットドッグ、ミートパイ、穀物の加工品、即席菓子のもと)及び第43類(飲食物の提供)として、次の商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願をしたが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は、これについて「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。本件は、原告が当該審決の取消しを求めて提起した審決取消訴訟である。

 

(本願商標)

【争点】

本願商標が商標法4条1項11号の商標に該当するか。

 

【判決(一部抜粋)】

(下線は筆者が付した。以下同じ。)

第1 請求 省略

第2 事案の概要

1 省略

2 本件審決の理由の要旨

 本願商標は、「珠屋珈琲」の標準文字からなる別紙「引用商標目録」記載の商標(本件審決における「引用商標2」。以下「引用商標」という。)と類似し(その理由の詳細は別紙「本件審決の理由(抜粋)」のとおり)、本願の指定役務である第43類「飲食物の提供」は、引用商標の指定役務中、第43類「コーヒーを主とする飲食物の提供、飲食物の提供」と同一又は類似する役務であるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当する。

3 取消事由

 商標の類否判断の誤りによる商標法4条1項11号該当性判断の誤り

第3 当事者の主張 省略

第4 当裁判所の判断

 1 取消事由(商標の類否判断の誤りによる商標法4条1項11号該当性判断の誤り)について
⑴ 判断枠組み

 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかも、その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決(昭和39年(行ツ)第110号)民集22巻2号399頁参照)。

 また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、みだりに分離観察すべきではないが、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されると解すべきである(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決(昭和37年(オ)第953号)民集17巻12号1621頁、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決(平成3年(行ツ)第103号)民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決(平成19年(行ヒ)第223号)裁判集民事228号561頁参照)。

⑵ 本願商標について

 本願商標は、「珠屋」の漢字を大きく横書きし、その左側に、「珠」の漢字を白抜きで表した円の周囲に図案化された「TAMAYA」の欧文字を配置し、その外側を円で囲んでなる図形を表してなるものであり、これらの文字及び図形がいずれも茶系統の色で表されているものである。

 そして、「珠屋」の文字部分と図形部分とは分離して配置されている上、「珠屋」の漢字が大きくはっきりと表されているのに対し、図形部分は全体が「珠屋」の文字部分の漢字一文字よりも小さく、その構成中の文字はさらに小さく表されているものである。

 そうすると、本願商標の「珠屋」の文字部分は、本願商標に接する取引者、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められ、本願商標の要部に当たるというべきである。

 称呼については、本願商標の要部である「珠屋」の文字部分からは「タマヤ」の称呼が生じ、図形部分からも「タマヤ」の称呼が生じ得る。

 観念については、「珠屋」は辞書類に掲載されている成語ではなく、何らかの屋号等の固有名称であると抽象的に観念し得るとしても、特定の観念が生じるとはいえない。

⑶ 引用商標について
ア 「珈琲」の文字部分について

 引用商標の構成中、「珈琲」の文字部分は、一般消費者に慣れ親しまれ、日常的に摂取されている飲料である「コーヒー」の漢字表記である(乙4)。

 そして、引用商標の指定役務中、「飲食物の提供」の役務を提供する業界にあっては、飲食店の名称に主として提供する飲食物の名称である「ステーキ」「ピザ」「ラーメン」等の語を含めたものとする例は多く(乙5~10)、「コーヒーを主とする飲食物の提供」の役務を提供する業界にあっても、例えば「椿屋珈琲」「寿屋珈琲」などのように、「○○珈琲」との構成からなる文字をもって飲食店の名称とする例が多数あると認められ(乙11~31)、広く一般に定着しているといえる。

 そうすると、引用商標の「珈琲」の文字部分は、引用商標の指定役務中「コーヒーを主とする飲食物の提供、飲食物の提供」との関係では、その役務において主として提供される飲食物が「コーヒー」であること、すなわち、役務の内容を表示したものと認識させるにとどまるものといえ、出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる。
イ 「珠屋」の文字部分について

 引用商標の構成中、「珠屋」の文字部分は、本願商標の「珠屋」の文字部分と同じく、辞書類に掲載されている成語ではなく、何らかの屋号等の固有名称であると抽象的に観念し得るとしても、特定の観念が生じるとはいえない。

 そうすると、「珠屋」の文字部分は、出所識別標識として強く支配的な印象を与えるとまではいえないとしても、一定以上の自他役務識別力を有する部分といえる。

 また、一般に簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては、商標の一部だけによって簡略に称呼、観念されることもしばしばある。「コーヒーを主とする飲食物の提供」の役務を提供する業界においても、例えば「椿屋珈琲」についてのグルメ情報記事(乙11)、「猿田彦珈琲」及び「千成屋珈琲」についての各新聞記事(乙20、23)において、それぞれ「椿屋」「猿田彦」「千成屋」とも記述されているとおり、「珈琲」以外の部分が自他役務識別力を有するような場合には、当該部分のみによって称呼、観念されることがあると認められる。
ウ 分離観察の可否

 以上を踏まえると、引用商標「珠屋珈琲」は、「珈琲」の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないのに対し、「珠屋」の部分は一定以上の自他役務識別力を有し、前記の取引の実情をも考慮すると、「珠屋珈琲」が標準文字の漢字4文字からなるひとまとまりの外観を有し、「タマヤコーヒー」の称呼が無理なく一気一息に称呼し得るとしても、分離観察をすることが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとは認められないから、「珠屋」の部分を抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである

⑷ 本願商標と引用商標の類否について

 本願商標の要部である「珠屋」の文字部分と引用商標の要部である「珠屋」の文字部分とを比較すると、外観においては、引用商標は標準文字であるのに対し、本願商標は別紙「商標目録」記載のとおりの色彩及び書体からなる点が異なるが、これが文字として「珠屋」を表していることは明らかであって、商標の類否が離隔的観察によるべきことをも考慮すると、取引者、需用者に対し、外観上、相当程度近似した印象を与えるものということができる。

 称呼については、いずれも「タマヤ」という同一の称呼が生じる。

 観念については、いずれも特定の観念が生じない。

 以上のとおり、本件商標と引用商標は、それぞれの要部において、外観において相当程度近似しており、その要部の称呼は同一であり、特定の観念を生じないものである。したがって、本願商標及び引用商標を同一又は類似の役務に使用した場合には、通常、役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるということができるから、本願商標と引用商標は、全体として、互いに類似するものと認めるのが相当である

⑸ 原告の主張について

ア 原告は、「飲食物の提供」という役務の場合、需要者は提供される飲食物の内容等の多くの要素を注意深く検討し、商標についても商標全体が表す店の印象等を注意深く観察すること、屋号全体が表示、称呼され、需要者も普通名称を含む全体を一体不可分のものとして認識、記憶することから、引用商標を分離観察することは許されない旨主張する。

 しかし、「飲食物の提供」の需要者は一般消費者であると認められるところ、出所識別標識である商標に向けられるその注意の程度が、「飲食物の提供」という役務の場合と、一般消費者を需要者とする他の商品・役務とで異なるとみるべき根拠はない。

 また、取引の実情において、「珈琲」の文字部分を除いた称呼が生じ得ると認められることは、前記⑶イのとおりである。

イ 原告は、引用商標「珠屋珈琲」は、漢字4文字を同一の書体、大きさ、間隔で一連一体に表示するものであるから、需要者はその外観を一連一体のものとして視認、認識、把握すると主張する。

 しかし、「珈琲」の文字部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められること、「珠屋」の文字部分が一定以上の出所識別力を有すること及び前記の取引の実情を考慮すると、原告の主張する引用商標の外観を考慮しても、「珠屋」の文字部分が要部であり、分離観察が許されるべきことは、前記⑶ウのとおりである。

ウ したがって、前記ア、イの主張を前提に引用商標の称呼の認定及び本願商標と引用商標の類否判断の誤りをいう原告の主張も、いずれも採用することができない。

⑹ 指定役務の類否等について

 本願商標の指定役務中の「飲食物の提供」と、引用商標の指定役務中の「コーヒーを主とする飲食物の提供」及び「飲食物の提供」とは、同一又は類似する役務である。そして、前記取引の実情に照らし、本願商標と引用商標がこれらの役務に使用された場合に、役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがないと認められるような特別の事情は見当たらない。

⑺ 結論

 したがって、本願商標は、商標法4条1項11号に該当するから、本件審決の判断に誤りはない。
2 結論

 以上のとおり、原告主張の取消事由は認められないから、原告の請求は理由がない。

 よって、主文のとおり判決する。

 

【若干の解説】

1 総論

 商標法4条1項11号は、「当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」について、商標登録を受けることができないことを定める。この規定は、先願主義(同一又は類似の商標について、最も先に出願した者に商標権を付与するという考え方。商標法8条)から導かれる帰結を定めるものであり、商品・役務の出所混同を防止することを趣旨とするものである。

 本判決では、本願商標について、「珠屋珈琲」の標準文字からなる登録商標(引用商標)と類似し、かつその指定役務も引用商標の指定役務と同一又は類似するとして、商標法4条1項11号の商標に該当すると判断され、結論として商標登録が否定された。以下、本判決の判断について整理しつつ、適宜若干の補足を行うこととする。

 

2 本件の判断

⑴ 商標法4条1項11号における商標の類否の判断枠組み

 本判決は、まず以下のように述べ、商標法4条1項11号における商標の類否の判断基準を明らかにした。

 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかも、その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決(昭和39年(行ツ)第110号)民集22巻2号399頁参照)。

 

 続いて、本件において、本願商標及び引用商標はいずれも「珠屋」という文字を含む結合商標(複数の構成部分を組み合わせた商標)であったことから、結合商標の分離観察の可否について、次のとおりその判断枠組みが述べられた。

 また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、みだりに分離観察すべきではないが、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されると解すべきである(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決(昭和37年(オ)第953号)民集17巻12号1621頁、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決(平成3年(行ツ)第103号)民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決(平成19年(行ヒ)第223号)裁判集民事228号561頁参照)。

 

 この点について、本判決でも引用されている最高裁昭和38年12月5日民集17巻12号1621頁では、若干敷衍した判示が行われている。すなわち、「商標はその構成部分全体によつて他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されない」。「しかし、簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必ずしもその構成部分全体の名称によつて称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである」。そして、「この場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である」(下線は原告が付した。)。

 本判決では、「みだりに分離観察すべきでない」ことや、一定の場合について「その構成部分の一部を抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許される」ことの詳細な理由は述べられていないが、同最判で述べられる理由が同じく妥当するものと思われる。

 

⑵ 本願商標と引用商標

 上記の判断枠組みのもと、裁判所は、本願商標について以下のとおり認定した。

 本願商標は、「珠屋」の漢字を大きく横書きし、その左側に、「珠」の漢字を白抜きで表した円の周囲に図案化された「TAMAYA」の欧文字を配置し、その外側を円で囲んでなる図形を表してなるものであり、これらの文字及び図形がいずれも茶系統の色で表されているものである。

 そして、「珠屋」の文字部分と図形部分とは分離して配置されている上、「珠屋」の漢字が大きくはっきりと表されているのに対し、図形部分は全体が「珠屋」の文字部分の漢字一文字よりも小さく、その構成中の文字はさらに小さく表されているものである。

 そうすると、本願商標の「珠屋」の文字部分は、本願商標に接する取引者、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められ、本願商標の要部に当たるというべきである。

 称呼については、本願商標の要部である「珠屋」の文字部分からは「タマヤ」の称呼が生じ、図形部分からも「タマヤ」の称呼が生じ得る。

 観念については、「珠屋」は辞書類に掲載されている成語ではなく、何らかの屋号等の固有名称であると抽象的に観念し得るとしても、特定の観念が生じるとはいえない。

 

ここでは、本願商標について、

  • 「珠屋」の漢字の左側に「珠」「TAMAYA」等からなる図形を表し、これらを茶系統の色で表したという本願商標の構成
  • 「珠屋」の文字部分が、需要者に商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められ、本願商標の要部に当たること
  • 「タマヤ」という本願商標の称呼(文字部分と図形部分の双方)
  • 特定の観念が生じないという本願商標の観念

の主に四点が認定されている。

 

 続いて、引用商標については次のとおり述べ、そのうち「珠屋」の文字のみを分離観察することが許されるとした。

ア 「珈琲」の文字部分について

 引用商標の構成中、「珈琲」の文字部分は、一般消費者に慣れ親しまれ、日常的に摂取されている飲料である「コーヒー」の漢字表記である(乙4)。

 そして、引用商標の指定役務中、「飲食物の提供」の役務を提供する業界にあっては、飲食店の名称に主として提供する飲食物の名称である「ステーキ」「ピザ」「ラーメン」等の語を含めたものとする例は多く(乙5~10)、「コーヒーを主とする飲食物の提供」の役務を提供する業界にあっても、例えば「椿屋珈琲」「寿屋珈琲」などのように、「○○珈琲」との構成からなる文字をもって飲食店の名称とする例が多数あると認められ(乙11~31)、広く一般に定着しているといえる。

 そうすると、引用商標の「珈琲」の文字部分は、引用商標の指定役務中「コーヒーを主とする飲食物の提供、飲食物の提供」との関係では、その役務において主として提供される飲食物が「コーヒー」であること、すなわち、役務の内容を表示したものと認識させるにとどまるものといえ、出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる。

イ 「珠屋」の文字部分について

 引用商標の構成中、「珠屋」の文字部分は、本願商標の「珠屋」の文字部分と同じく、辞書類に掲載されている成語ではなく、何らかの屋号等の固有名称であると抽象的に観念し得るとしても、特定の観念が生じるとはいえない。

 そうすると、「珠屋」の文字部分は、出所識別標識として強く支配的な印象を与えるとまではいえないとしても、一定以上の自他役務識別力を有する部分といえる。

 また、一般に簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては、商標の一部だけによって簡略に称呼、観念されることもしばしばある。「コーヒーを主とする飲食物の提供」の役務を提供する業界においても、例えば「椿屋珈琲」についてのグルメ情報記事(乙11)、「猿田彦珈琲」及び「千成屋珈琲」についての各新聞記事(乙20、23)において、それぞれ「椿屋」「猿田彦」「千成屋」とも記述されているとおり、「珈琲」以外の部分が自他役務識別力を有するような場合には、当該部分のみによって称呼、観念されることがあると認められる。

ウ 分離観察の可否

 以上を踏まえると、引用商標「珠屋珈琲」は、「珈琲」の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないのに対し、「珠屋」の部分は一定以上の自他役務識別力を有し、前記の取引の実情をも考慮すると、「珠屋珈琲」が標準文字の漢字4文字からなるひとまとまりの外観を有し、「タマヤコーヒー」の称呼が無理なく一気一息に称呼し得るとしても、分離観察をすることが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとは認められないから、「珠屋」の部分を抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。

 

以上を敷衍すると、次のとおりとなる。

  • 引用商標のうち「珈琲」の部分は、その指定役務との関係では、役務の内容を認識させるにとどまり、出所識別標識としての称呼、観念を生じさせるものではない。
  • 一方で、「珠屋」の部分は、何らかの屋号等の固有名称であると抽象的に観念し得るとしても、特定の観念が生じるとはいえないもので、一定の自他役務識別力を有する。
  • さらに、「コーヒーを主とする飲食物の提供」の役務を提供する業界においては、商標のうち「珈琲」以外の部分が自他役務識別力を有するような場合に、当該部分のみによって称呼、観念されるという取引の実情も認められる。
  • これらの事情から、引用商標について分離観察をすることが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとは認められず、したがって「珠屋」の部分のみを抽出し、その部分だけを他人の商標と比較して商標の類比を判断することが認められる。

 

⑶ 本願商標と引用商標の類否

 以上を踏まえ、裁判所は次のとおり、本願商標の要部である「珠屋」の文字部分と引用商標の要部である「珠屋」の文字部分の外観、称呼及び観念における共通点を述べ、本願商標と引用商標とが類似すると結論した。

 本願商標の要部である「珠屋」の文字部分と引用商標の要部である「珠屋」の文字部分とを比較すると、外観においては、引用商標は標準文字であるのに対し、本願商標は別紙「商標目録」記載のとおりの色彩及び書体からなる点が異なるが、これが文字として「珠屋」を表していることは明らかであって、商標の類否が離隔的観察によるべきことをも考慮すると、取引者、需用者に対し、外観上、相当程度近似した印象を与えるものということができる。

 称呼については、いずれも「タマヤ」という同一の称呼が生じる。

 観念については、いずれも特定の観念が生じない。

 以上のとおり、本件商標と引用商標は、それぞれの要部において、外観において相当程度近似しており、その要部の称呼は同一であり、特定の観念を生じないものである。したがって、本願商標及び引用商標を同一又は類似の役務に使用した場合には、通常、役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるということができるから、本願商標と引用商標は、全体として、互いに類似するものと認めるのが相当である。

 

⑷ 結論

 以上に加えて、裁判所は本願商標の指定商品・役務と引用商標の指定商品・役務が同一又は類似であることも認め、結論として、本願商標が商標法4条1項11号の商標に該当すると判断した。

 

3 所見

 結合商標の類否判断においては、本件と同様、その分離観察が認められるか否かが争いになることが多い。これは、この点に関する結論が、類否判断の結論に大きな影響を与え得るためである。そして、分離観察の可否の判断に際し、本件と同様の判断枠組みが用いられることも多い。

 本件の引用文献「珠屋珈琲」は、そのうち「珈琲」の文言は一般名詞で、かつ役務の内容を表示したものにすぎず出所識別標識としての称呼、観念を生じさせるものではない一方、「珠屋」の文言は一定以上の自他役務識別力を有し、かつ珈琲店業界において店名が「珈琲」以外の部分のみによって称呼、観念されることもあるという事実から、分離観察が認められた。

 引用文献のように、一定の単語に提供する商品・役務に係る文言を組み合わせて成る商標(●●書店、●●酒店、●●食堂等)は一般に多く見られる。本判決は、こうした商標の類否判断において、分離観察が可能かを検討する上で広く参考になるものと思われる。

 

以上

弁護士 稲垣紀穂