【令和5年11月30日判決(知財高裁 令和4年(行ケ)第10124号)】

 1 事案の概要

⑴ 手続の経緯
 被告は、令和元年12月13日を出願日とする特許出願(特願2019-224975号)の一部を分割し、発明の名称を「卵パックを移載するロボットシステムおよび移動式のラックに複数段に積まれた状態の卵パックを生産する方法」とする発明について、令和3年5月28日に特許出願(特願2021-89955号)をし、同年12月7日、特許権の設定登録を受けた(特許第6989989号。以下「本件特許」という)。
 原告は、令和4年3月15日、本件特許の請求項1乃至3に係る発明について、特許法36条4項1号違反(実施可能要件違反)、同条6項1号違反(サポート要件違反)、同項2号違反(明確性要件違反)を理由として、特許無効審判(無効2022-800024号事件)を請求した。これに対し、同年11月8日、特許庁が、いずれの違反もないとして、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をしたことから、原告は、実施可能要件違反及びサポート要件違反に関する判断の誤りを主張して、令和4年12月9日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

⑵ 本件特許
 本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明は以下の通りである。なお、請求項3は請求項1に対応した各ステップを含む生産方法に係る発明である。以下、各請求項に記載の発明を請求項番号に対応して「本件発明1」等といい、これらを併せて「本件発明」という。
【請求項1】
ロボットヘッドとロボットアームと制御部とを備え、展開された使用状態と収納状態との間で状態変更可能な棚板を複数枚有する移動式のラックに前記ロボットヘッドで保持した卵パックを移載するロボットシステムであって、
収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段をさらに備え、
前記展開させる手段は、卵パックを移載するロボット又は卵パックを移載するロボットとは異なる装置であり、
前記ロボット又は前記装置は、卵パックが移載された棚板の上段側にある収納状態の棚板を使用状態に展開させる、ロボットシステム。
【請求項2】
前記展開させる手段は、棚板を把持する手段を含む、請求項1記載のロボットシステム。

2 判決

 本判決は、以下のように述べて、実施可能要件違反及びサポート要件違反に関する原告の主張を否定し、本件審決を維持した。なお、下線は筆者によるものである。
「1 取消事由1(実施可能要件違反に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号の実施可能要件について
 特許法36条4項1号は、特許による技術の独占が発明の詳細な説明をもって当該技術を公開したことへの代償として付与されるという仕組みを踏まえ、発明の詳細な説明の記載につき、実施可能要件を定める。このような同号の趣旨に鑑みると、明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するためには、当該発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、特許を受けようとする発明の実施をすることができる程度の記載があることを要するものと解される
(2) 本件発明について
ア 物の発明である本件発明1は、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」を、方法の発明である本件発明3では「収納状態の棚板を使用状態に展開させるステップ」を備えるものとされ、「前記展開させる手段」は「卵パックを移載するロボット」(A)又は「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)であるものとして、この二種類の選択的な構成を示した上、「前記ロボット(A)又は前記装置(B)」は「卵パックが移載された棚板の上段側にある収納状態の棚板を使用状態に展開させる」ものであるとされる。
 そして、上記の「前記展開させる手段」が「卵パックを移載するロボット」(A)である場合については、本件明細書の発明の詳細な説明には、卵パックPを移載するロボットヘッド1の把持部11で折り畳み式の棚板R1を吸着して手前側に移動させることで棚板R1を展開する構成について具体的に記載されている(【0032】、図6、図7等)。一方で、「前記展開させる手段」が「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)である場合については、「折り畳み式の棚板R1を展開させるステップは、卵パックPを移載するロボットとは異なる装置を用いるなどしてもよい。」(【0043】)としか記載されていない。
 原告は、上記Bの場合に関し、明細書に実施可能な程度の記載がない旨主張するが、本件明細書には、「卵パックを移載するロボット」が「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」としても機能する構成(一台二役の構成)が記載されているのであるから、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」を「卵パックを移載するロボット」とは別個の装置(専用の構成)として実現することは、技術的には容易であり、明細書に具体的な開示がなくても、当業者であれば技術常識に基づいてさほどの困難を伴うことなくこれを実施できるといえる
イ 次に、本件発明2では「前記展開させる手段」は「棚板を把持する手段を含む」と規定しているところ、本件明細書の段落【0021】では、棚板を把持する具体的な方法として、「吸着」による手段を開示している。原告は、この点につき、「吸着以外」の手段についての開示がないから実施可能要件に違反する旨主張するが、「吸着」による場合の具体的な構成、手順、バリエーションが明細書に開示されている以上、本件発明2の構成である「棚板を把持する手段」を実施することに困難性があるとはいえず、「吸着以外」の手段の開示まで要求されると解すべき根拠はない
ウ 以上によると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。」
「2 取消事由2(サポート要件違反に関する判断の誤り)について
(1) サポート要件について
 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に実質的に裏づけられていなければならないというサポート要件を定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される
(2) 本件発明について
ア 本件発明は、「卵パックを移載するロボット」(A)又は「卵パックを移載するロボットとは異なる装置」(B)が、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる」手段を有するロボットシステム(請求項1)又はステップを有する方法(請求項3)に関する発明であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明においては、棚板の展開について具体的に記載されているのはAの場合のみであり、Bの場合に棚板を展開する構成についての具体的な記載がないことは、実施可能要件に関して上述したとおりである。
 しかしながら、上記1(2)ア、(3)イで述べたところに照らすと、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段」が「卵パックを移載するロボット」とは別個の装置によっても実現されることを、当業者であれば容易に理解できるといえる。そうすると、上記Bの場合に着目したとしても、本件発明がサポート要件に違反するということはできない。
イ また、上記1(2)イのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には吸着以外の手段を用いて棚板を展開する構成についての記載はないが、棚板を展開する動作自体が格別複雑なものとはいえないことは上記1(3)ウ記載のとおりである。本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、吸着以外の手段であっても棚板の展開が実現されることは、当業者であれば容易に理解できるといえ、この点でも本件発明がサポート要件に違反するということはできない。」

3 解説

 実施可能要件については、特許法36条4項1号において、発明の詳細な説明の記載に求められる要件として、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定されており、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当該記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を要することなく、特許を受けようとする発明の実施をすることができるものであるかという観点から判断される。
 サポート要件については、特許法36条6項1号において、特許請求の範囲の記載に求められる要件として、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定されており、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かという観点から判断される(知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)10042号))。
 本判決は、実施可能要件、サポート要件のいずれについても、このような従来通りの規範を示した上で、

① 本件発明1及び3では、「収納状態の棚板を使用状態に展開させる手段(ステップ)」について、「卵パックを移載するロボット(を用いたステップ)」又は「卵パックを移載するロボットとは異なる装置(を用いたステップ)」とされているのに対し、発明の詳細な説明において、後者については、「卵パックPを移載するロボットとは異なる装置を用いるなどしてもよい。」としか記載されておらず、具体的開示がない点
② 本件発明2では「前記展開させる手段は、棚板を把持する手段を含む」とされているところ、発明の詳細な説明では、棚板を把持する具体的な方法として、「吸着」による手段しか開示されておらず、他の手段が開示されていない点

の二点に関して、実施可能要件、サポート要件に違反するかを判断し、いずれについても違反は認められないとしたものである。
 本判決は、特に新しい規範を示した判決ではないものの、実施可能要件及びサポート要件の両者について、具体的な判断がなされており、これら二つの要件の充足性を判断するにあたって参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。

以上

弁護士・弁理士 井上 修一