【令和6年4月25日(知財高裁 令和3年(ネ)第10086号)】
【要約】 先使用権に係る実施品に具現されている発明は、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。先使用権を主張する者がパラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立は否定されない。 【キーワード】 先使用、パラメータ、技術的思想の認識 |
1 事案
第1審原告・控訴人(グループ会社の関係にある2社X1及びX2が共同原告である。以下、判決を紹介する上で必要のない限り特に区別せずに「X」という。)は、本件特許権1~7を保有している。本判決は、特許7件、被疑侵害品16件を対象とする500頁超(裁判所ウェブサイトで公開されている部分だけでも400頁超)の長大な判決であり、論点は多岐にわたる。本稿では、本件特許権1に基づく請求に係る主要な争点である先使用の抗弁の成否について紹介する。
本件特許1(優先日:平成24年4月25日)の請求項1に係る発明(本件発明1-1)は、以下のとおり分説される。
本件発明1-1
原判決(大阪地判令和3年9月16日・平成29年(ワ)第1390号)は、本件特許1の請求項1、3、14、16及び17に係る発明(以下「本件各発明1」という。)について、被告・被控訴人(以下「Y」という。)による先使用の抗弁の成立を認めた。その概要は以下のとおりである。
Yは、平成24年4月23日頃、韓国で製造された直管型LEDユニットであるRAD-403という製品(以下「403W製品」)を480セット輸入し、同月25日、ミツワ電機株式会社関西支社に対し、403W製品24台を含む商品の見積書を作成、送付し、同月26日、同社関西特機営業所から受注して、同月28日、これを温泉宿「佳泉郷 井づつや」に納品した。403W製品24台は、井づつやのエントランスロビー等において使用されていた(平成30年7月23日までにYがこれを入手)。この被告403W製品には、製造ロット番号として「120416」が表示されているところ、これは、当該製品の製造年月日が平成24年4月16日であることを意味する。
また、Yは、チラシに、平成24年3月初旬発売予定の商品として403W製品を掲載した。
以上の事実を総合すると、被告は、遅くとも本件優先日である平成24年4月25日以前に、403W発明の実施である事業をしていたことが認められる。
原判決は、403W製品が構成要件1-1Dを含むすべての構成要件を充足することを認定した上で、先使用権の範囲に関し、以下のとおり述べた。
「また、403W製品は、x値及びy値の関係性を特定する技術的思想が明示的ないし具体的にうかがわれるものではないものの、実際にはそのx値及びy値の関係性により、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る構成要件に相当する構成を有し、その作用効果を生じさせている。加えて、403W発明につき、照明器具としての機能を維持したまま、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の特定するx値及びy値の関係性を充たす数値範囲に設計変更することは可能と思われる。このため、被告製品1~5及び7~16は、いずれも、403W発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式であるにとどまるものといえる。
そうすると、被告による被告製品1~5及び7~16の製造販売は、被告の上記通常実施権の及ぶ範囲内に含まれる。」
本件(控訴審)において、Xは、先使用権に関し、主に以下のような主張をした。
- 403W製品は、経年劣化しており、初期値においてはy=1.95であり、構成要件1-1K’を充足していなかった。
- 403W製品は、x値及びy値の関係性を特定する技術的思想が明示的ないし具体的にうかがわれるものではなく、本件各発明1及び本件各訂正発明1の技術的思想が存在しない以上、被控訴人は、「その発明」をしたものとはいえず、403W製品に基づき先使用権が発生することはあり得ない。特に、被控訴人は、本件各発明1(本件各訂正発明1)の、「ランプの光拡散性を高めれば粒々感を解消できるが、単に拡散性を高めただけでは、その副作用として光束が低下してしまい、ランプの照度が低下してしまう」という二律背反的な解決課題と、「光束低下を最小限に抑えた上で粒々感を抑制する」という目的のために直線近似論に基づき光源一つの輝度分布をパラメータ化したという特殊な発明を具体的に認識したものではない。
- 仮に403W製品に基づき先使用権による通常実施権が発生するとしても、403W製品により「具現された発明」と同一性を失わない範囲に限られ、その範囲は、あくまでも403W製品のx値=11.7、y値=15.7により算出されるy=1.34xに限定される。
(なお、本件発明1-1について訂正の再抗弁も主張されたが、訂正後のクレームについては、充足論において非充足と認定されたため割愛する。)
2 判決
本判決は、証拠(実験結果等)を検討した上、403W製品に、y/x値の測定値に影響を与えるような劣化等が生じているとはいえないと認定した。その上で、先使用権の範囲について、以下のとおり判示した。重要な判示がなされていると考えられるため、若干長いが、以下に当該判示(6(3))の全体及び当該判示で引用されている1(3)イの一部を引用する(下線を付加した。)。
「1 本件明細書1の記載
…
(3) 本件各発明1に係るパラメータの技術的範囲
…
イ 本件各発明1に係るパラメータの要旨
本件各発明1は、「ランプ」又は「照明装置」に係る発明であって、「物」の発明である。そして、「物」の発明である本件各発明1において、近似式y=αxからなる本件に係るパラメータにおいて、αがとり得る値の範囲を特定するものである。
そうすると、新規性又は進歩性の判断に際しての発明の要旨認定の場面では、y値及びx値(の測定結果)が、各請求項で特定されているy=αxの関係におけるαの範囲内である物を全て含み、これはy値又はx値の具体的な数値のいかんやy値又はx値の設計方法を問わないものと解するのが相当である。…」
「6 403W製品に基づく先使用権の成否(争点10)
…
(3) 先使用権の範囲
ア 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する(特許法79条)。
上記のとおり、先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、ここにいう「実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備していた実施形式だけでなく、これに具現されている技術的思想、すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第454号同年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。
そして、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿うと考えられること(前記最高裁判決参照)からすると、実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。
イ 被控訴人403W製品に具現されている発明
(ア) 証拠(乙388)によると、被控訴人403W製品は、試料No.1とNo.2について、LED99個のうち左から18~35番目、及び、38~50番目までのLED31個についてy/x値を計測したところ、試料No.1については、最小値1.272、最大値1.363、平均値3σが1.271、1.370であり、試料No.2については、最小値1.326、最大値1.381、平均値3σが1.304、1.387であったことが認められる。また、被控訴人403W製品全24本について、左から25番目と50番目のLED2個についてy/x値を計測したところ、左から25番目のLEDについては、最小値1.303、最大値1.388、平均値3σが1.281、1.397であり、左から50番目のLEDについては、最小値1.297、最大値1.381、平均値3σが1.272、1.403であったことが認められる。
ここで、工業製品にあっては、同一生産工程で生産されても、その品質はさまざまな原因によってばらつきが存在するものであり、照明器具においても同様のことがいえると解されるところ、上記のとおり、被控訴人403W製品においても、それぞれ数値範囲にばらつきが生じているものと理解できる。また、品質管理の手法としては、製品の検査結果を要求される品質標準と比較して、この差(製造誤差)を標準偏差の3倍(3σ)の範囲に収めることが一般的に採用される手法の一つであると理解できる(乙388、弁論の全趣旨)。これらを踏まえると、被控訴人403W製品のy/x値は、実測値で1.27~1.38程度、一般的な製造誤差を考慮した場合である3σは、403W製品に要求される品質標準は不明であるものの、一般的な管理手法に照らせば、実測された平均値がそれに該当するといえ、被控訴人403W製品のy/x値は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。
(イ) また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日1前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(乙35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。
そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(乙315)、402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(乙297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y値(半値幅)を固定して、x値(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(乙35)。
ここで、証拠(乙317)によると、カナデンに納品された402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(乙77では1.89)が認められる。
また、証拠(乙90、207)によると、平成23年6月に被控訴人が発売した「THF72L」や「LEDZ TUBEシリーズ(RAD-402など)」は、粒々感のない光源の実現のため、所定の明るさにする制約からX値が決まり、電源内蔵型LED(型番RAD)では、電源を内蔵するためLEDとカバー部材の間隔を大きく取れない制約があるため、数種類のカバー部材を用意して粒々感を目視評価して、カバーを選定していたものであり、「LEDZ LシリーズSLIM TUBE MODULE」は、x値16mm、y値26.2mm y/x値1.64であったことが認められる。
以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。
(ウ) さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。
そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(乙402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度のクラーテ製品②が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。
(エ) まとめ
以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。
(オ) 控訴人PIPMの主張
控訴人PIPMは、本件各訂正発明1は、オールインワンのパラメータとして、y値、更にはy/xの値を評価することで、非常にシンプルなアプローチで、輝度均斉度を制御することを実現しているとの本件発明1の技術的思想を前提とした主張をするが、前記1(3)のとおり、y/x値に関して如何なる設計手法を取るかは、本件発明の技術的範囲とは無関係であり、先使用による通常実施権の判断において、403W製品が、控訴人PIPMがいう本件パラメータに係る技術思想を備える必要はない。かえって公然実施されているような数値範囲を事後的に包含する本件パラメータについては、公平の観点から、特許権の行使が及ばないと解するのが相当である。
(カ) 再訂正発明1-17、1-18は照明装置で、403W製品はランプであるが、当該ランプは、照明器具本体に取り付けて照明装置として使用することが前提である以上、同一性の範囲内であるといえる。
以上によると、被控訴人は、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の内容を知らないで自らこれらに含まれる403W発明をし、本件優先日1の際に、日本国内において、その発明の実施である事業をしている者と認められる。
したがって、被控訴人は、403W発明及び上記事業の範囲内において、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る特許権について、通常実施権を有する。
また、403W製品は、x値及びy値の関係性を特定する技術的思想が明示的ないし具体的にうかがわれるものではないものの、実際にはそのx値及びy値の関係性により、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18に係る構成要件に相当する構成を有し、その作用効果を生じさせている。加えて、403W発明につき、照明器具としての機能を維持したまま、本件各発明1並びに本件訂正発明1-17及び1-18の特定するx値及びy値の関係性を満たす数値範囲に設計変更することは可能と認められる。このため、被控訴人製品1~5及び7~16は、いずれも、403W発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式であるにとどまるものといえる。
そして、控訴人PIPM及び被控訴人が測定した被控訴人製品1~5及び7~16のy/xの値は別添2特許権1充足論一覧表の「y=αx(控訴人測定)」及び「y=αx(被控訴人測定)」欄記載のとおりであり、いずれの値についても、前記(エ)の被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲に含まれているものといえる。
そうすると、被控訴人による被控訴人製品1~5及び7~16の製造販売は、被控訴人の上記通常実施権の及ぶ範囲内に含まれる。」
3 検討
本判決で引用されたとおり、最判昭和61年10月3日・民集40巻6号1068頁(ウォーキングビーム式加熱炉事件)において、「先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲」において先使用権を認めることが特許法79条の文理にも沿うことが述べられている。続けて、同判例においては、「そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。」とも述べられている。
先使用権の範囲について、上記「実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばない」という部分が注目されることも多いが、本判決は、「実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断する」と述べた上、403W製品に具現化されたy/x値を1.27~1.40程度と認定した。また、403W製品が、粒々感の解消を図り、y値を固定してx値を工夫することで粒々感を抑えていること、Yの他の製品においても粒々感を目視評価してカバーを選定していたこと等を具体的に認定した上で、y/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲を、「自己のものとして支配していた」範囲であると認定した。さらに、優先日前の当業者が試行錯誤を通じて粒々感のない照明器具を製造していたことに加え、優先日当時の技術水準・技術常識を踏まえると、y/x値を小さくすることも「402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にある」という理由で、1.27~1.1の範囲についても、「403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式」であるとした。
髙部眞規子弁護士は、昨今、先使用権において技術的思想の同一性が必要とされたものと理解されることも多かったピタバスタチン事件控訴審判決(知財高判平成30年3月3日・平成29年(ネ)第10090号。髙部弁護士が裁判長を務めた。)について、「数値が技術的意義を有するものと先使用者が認識している必要があるとする判例評釈もあるが、同判決は、認識まで要求したつもりではなかったし、そのような判示はしていない。実務的にみても、技術的思想の創作としての発明の完成について、発明者の主観を問うことは、裁判実務上困難であるから、客観的には、発明の内容や事業が一義的に確定していることによって発明の完成(及び事業の準備)を認定すべきである。すなわち、先使用者に直接かつ明確な認識があるとはいえない場合でも、対象製品の技術的仕様を備えた製品が反復継続して製造されていた場合には、特許発明が開示する事項を一定に管理されていたということができるから、特許出願の前に対象製品の技術的仕様が確定しており、当該仕様に基づいて対象製品を製造等していたことを示すことによって、特許発明が開示した事項も一定に管理されていたことを証することができる。数値限定発明の場合も、製法や仕様が理され、全てのロットで数値限定発明の数値を充たすという客観的な状況があれば、実施者がこれを明確に意識しなかった場合であっても、公平の観点から先使用権を認めることができよう。」1 と述べている。
本判決は、上記髙部弁護士のコメントにも親和的であるといえる。先使用品に、特許発明と同一の技術的思想が現れていることを要求するというのは、髙部弁護士が指摘するように、裁判実務上、どのように先使用品に具現された発明の認識を認定するのかという問題があるし、仮にそのような要求をするとすれば、先使用品の後に出願するパラメータ発明において、数値範囲の取り方を工夫することで先使用権を否定し得る余地が大きく、公平でない結論が導かれることが想定される。先使用品に技術的思想が求められるのではなく、一定の管理の下で反復継続して製造されていた場合、すなわち、本判決でいうところの「自己のものとして支配していた範囲」には先使用権が認められるというべきである。本判決は、いかなる範囲が「自己のものとして支配していた範囲」といえるかについて、具体的事情に基づき認定する方法を示した点でも意義が大きいといえる。
1 パテントVol.77(別冊No.30)1頁
以 上
弁護士 後藤直之