【令和7年4月23日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10098号)】
【キーワード】
商法法3条1項3号
【事案の概要】
原告は、指定役務を第35類[1]や第41類[2]の役務として、「健康経営EXPO」の文字を標準文字で表してなる商標(以下「本願商標」という。)について商標登録出願を行ったが、拒絶査定を受けた。原告はさらに、当該拒絶査定につき拒絶査定不服審判を請求したが、特許庁は、これについて「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。本件は、原告が当該審決の取消しを求めて提起した審決取消訴訟である。
【争点】
本願商標が商標法3条1項3号の商標に該当するか。
【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)
第1省略
第2 事案の概要
1 省略
2 本件審決の理由の要旨
(1) 法3条1項3号について
法3条1項3号に該当する商標は、指定役務との関係でその役務の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めることは公益上適当でないとともに、多くの場合自他役務の識別力を欠くことによるものと解される。
そうすると、同号に該当するというには、商標が指定役務との関係で役務の質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標が当該指定役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足り、必ずしも当該商標が現実に当該指定役務に使用されていることを要しないと解される(知財高裁令和3年(行ケ)第10100号同4年5月19日判決)。
そして、取引者、需要者によって当該指定役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるかは、当該商標の構成、指定役務に関する取引の実情を考慮して判断すべきである(知財高裁令和3年(行ケ)第10113号同4年1月25日判決)。
(2) 本願商標の法3条1項3号該当性について
ア 本願商標は、その構成文字及び後述する意味合いから「健康経営」と「EXPO」の文字を結合させたものと容易に理解される。
イ 「健康経営」の文字は「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」の意味を有し、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営」程度の意味合いで使用されている実情が把握でき、「健康経営」をテーマ(内容)とする又は「健康経営」に関係する展示会、見本市、展覧会、博覧会やセミナー等が開かれている5 実情が認められる(以下、本件審決が認定したこの実情を「実情1」という。)。
また、「EXPO」の文字は、「万国博覧会、展覧会、展示会」の意味を有し、本願指定役務の対象である「展示会、博覧会、見本市」(以下、これらを併せて「展示会等」という。)そのものを表す語である。そして、対象とする商品、技術、分野等の名称を語頭に配した「○○EXPO」の文字が、展示会等の名称として広く使用されている実情が認められる(以下、本件審決が認定したこの実情を「実情2」という。)。そうすると、「○○EXPO」の構成からなる文字は、全体として「○○をそのテーマ(内容)又は○○に関係するサービス等を展示の対象とする展示会等」を表されたものであると容易に認識、理解されるとみるのが相当である。
ウ 上記本願商標の構成及び取引の実情を考慮すると、「健康経営EXPO」の文字からなる本願商標は、これに接する取引者、需要者に「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営に関する展示会・万国博覧会・国際博覧会・国際見本市」程度の意味合いを認識、理解させるものであるから、これをその指定役務中、展示会等に係る役務に使用しても、これに接する取引者、需要者は、上記の意味に係る役務である、すなわち役務の質(内容)を表示したものと一般に認識させるにとどまるというべきである。
エ したがって、本願商標は、これをその指定役務中、展示会等に係る役務に使用するときは、役務の質(内容)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法3条1項3号に該当する。
第3 原告の主張する審決取消事由(法3条1項3号該当性判断の誤り)
省略
第4 被告の反論
省略
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(法3条1項3号該当性判断の誤り)について
(1) 法3条1項3号について
法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、これらの商標が、指定商品の関係で、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものである(最高裁昭和53年(行ツ)第129号同54年4月10日第三小法廷判決・裁判集民事126号507頁参照)。
そうすると、出願に係る商標が、その指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、審決時において、当該商標が当該役務との関係で役務の質を表示記述するものであり、当該商標が当該役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足りるものと解される。そして、当該商標の取引者、需要者によって当該役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情を考慮して判断すべきである。
(2) 本願商標の構成
ア 前記第2の1(1)のとおり、本願商標は、「健康経営EXPO」の文字を標準文字で書してなるものである。
本願商標の「健康経営EXPO」の文字は、「健康」、「経営」及び「EXPO」の各語を組み合わせたものと認められるが、「健康経営EXPO」自体は辞書等に掲載されている語ではない。
イ 本願商標のうち「健康」の語は「体や心がすこやかで、悪いところのない・こと(さま)。」(乙1:大辞林第4版)、「経営」の語は「方針を定め、組織を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと。特に、会社事業を営むこと。」(乙2:大辞林第4版)との意味をそれぞれ有する。
また、これらの語を組み合わせた「健康経営」という熟語は、「従業員の健康の維持・増進が企業の生産性や収益性の向上につながるという考え方に立って、経営的な視点から、従業員の健康管理を戦略的に実践すること。」(甲1:デジタル大辞泉)、「社員の健康増進を会社の成長につなげようとする考え方。」(甲1:共同通信ニュース用語解説)、「企業の持続的成長を図る観点から従業員の健康に配慮した経営手法のことです。」(甲1:人事労務用語辞典)、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法で、エクセレントカンパニーの要件の一つとされる。」(乙3:現代用語の基礎知識2019)などの意味を有する。
本願商標のうち「EXPO」の語は、「万国博覧会、国際見本市」、「(一般に)展示会、博覧会、見本市」(乙4:ランダムハウス英和大辞典(第2版))との意味を有する英単語であり、これをカタカナ読みした「エキスポ」は、「博覧会。見本市。万国博覧会。エクスポ。」(乙5:大辞林第4版)との意味を有する語として日本語の辞書に掲載されている。
(3) 本願商標の指定役務に係る取引の実情
本願商標は、指定役務を別紙のとおりとし、その中には第35類「商品見本市・商品博覧会・商品展示会の企画及び運営、オンラインによる商品見本市・商品博覧会・商品展示会の企画及び運営」や第41類「展示会・展覧会・セミナー・会議・ビジネス会議及び協議会の企画・運営又は開催並びにこれらに関する情報の提供及び助言、オンラインによる展示会・展覧会・セミナー・会議・ビジネス会議及び協議会の企画・運営又は開催並びにこれらに関する情報の提供及び助言」が含まれているところ、これらの役務の取引者は、当該展示会等を企画し又は出展等する団体及び事業者等であり、需要者は、当該展示会等に参加する法人及び個人であるといえる。そして、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、当該役務に関連する取引の実情として、次の事実が認められる。
ア 経済産業省は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置付けられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取組の一つとして「健康経営」を推進することとし、遅くとも平成26年から、「健康経営銘柄」の選定、「健康経営優良法人認定制度」の創設、「健康経営度調査」等の施策を順次、継続的に実施している。また、株式会社日本経済新聞社(以下「日経新聞社」という。)は、健康経営に関する情報を幅広く発信していくため、健康経営優良法人認定事務局ポータルサイト「ACTION!健康経営」を管理運営している。(甲2)
イ 令和元年から令和6年までに限ってみても、次のとおり、様々な団体及び事業者が、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」という意味合いでの「健康経営」を主題に掲げて、展示会、セミナー、フォーラム、ウェビナー(オンラインセミナー)等を開催している。
(ア) 日経新聞社及び株式会社日経BPは、令和元年5月29日から同月31日にかけて、東京国際フォーラムにおいて、「Human Capital 2019」と題するイベントを実施し、そのプログラムの一部として、「健康経営EXPO」と題するセミナーを実施した。(甲20、乙8、9)
(イ) 株式会社emphealは、令和2年12月8日から同月9日にかけて、「DX×健康経営EXPO」と題する「完全オンラインの展示会イベント」を開催した。(甲5、乙10)
(ウ) 愛知県大府市等は、令和3年10月頃、大府商工会議所の会員事業者等を対象とする「健康経営セミナー」を開催した。(乙20)
(エ) 健康経営優良法人認定事務局(日経新聞社)は、令和4年8月22日から同月26日にかけて、「【ウェビナー】健康経営WEEK2022「働く」を明るく、「組織」を強く。サステナブルな経営へ。」と題するウェビナーを開催した。(甲3)
(オ) 株式会社マイナビは、令和4年9月27日、「マイナビ健康経営フェアONLINE」と題するウェビナーを開催した。(甲4)
(カ) 原告は、令和4年10月12日から同月14日にかけて、幕張メッセにおいて、「第1回 健康経営 EXPO【秋】」と題する展示会を実施し、その後、おおむね半年に1回の頻度で、「第○回 健康経営 EXPO」と題する展示会を実施している。
また、原告は、令和4年11月16日から同月18日にかけて、インテックス大阪において、「第1回 [関西]健康経営EXPO」と題する展示会を実施し、その後、おおむね1年に1回の頻度で、「[関西]健康経営EXPO」と題する展示会を実施している。さらに、令和7年からは、名古屋においても「健康経営EXPO」と題する展示会を実施する予定である。(甲25、乙11)
(キ) 株式会社肉体改造研究所は、東京商工会議所が令和4年12月14日から同月15日にかけて東京ビッグサイトにおいて開催した「東京ビジネスチャンスEXPO」と題する展示会に、東京都内の中小企業に向けた「健康経営サポート事業」を紹介するための出展をした。(甲6)
(ク) 株式会社名古屋銀行は、令和5年3月17日、名古屋市内において、「「女性の健康課題」にどう取り組むか?」と題する「健康経営セミナー」を実施した。(乙19)
(ケ) 沖縄県は、令和6年2月2日、那覇市内において、「2023年度健康経営フォーラム」と題するフォーラムを開催した。(乙17)
(コ) 自由民主党「女性の生涯の健康に関するプロジェクトチーム」は、令和6年3月5日、「フェムテック・健康経営展」と題する展示会を開催した。(乙13)
(サ) 株式会社エムステージは、令和6年7月26日、「第1回 健康経営EXPO 2024夏」と題するウェビナーを開催した。(乙6)
(シ) 大阪府は、令和6年7月26日及び同年9月2日、「令和6年度 健康経営セミナー”健康経営”で従業員の健康と活力アップをめざしませんか?」と題するセミナー(大阪市内の会場及びオンラインのハイブリッド形式)を開催した。(乙18)
(ス) 特定非営利活動法人健康経営研究会は、令和6年10月28日、東京都内において、「健康経営フォーラム2024 健康経営への期待~新しい循環・持続、成長へのイノベーション~」と題するフォーラムを開催した。(乙16)
(セ) 福井商工会議所は、令和6年10月29日、福井市内において、「健康経営フォーラム~企業の健康づくりに向けた第一歩~」と題するフォーラムを開催した。(乙15)
(ソ) 「DXPO事務局(ブティックス(株))」の令和6年12月時点のウェブサイトにおいて、「働き方改革・健康経営展」として、「健康経営支援をはじめ、コミュニケーションツールやペーパーレス化、ワークプレイス戦略など、働き方改革に貢献するサービスが集う専門展」との記載がある。(乙14)
ウ 時期を令和元年以降に限り、また、主題を「経営」や「健康」に関するものに限ったとしても、前記イ(ア)、(イ)、(カ)、(キ)及び(サ)のイベントに加えて、次のとおり、「EXPO」の語頭に主題となる事項を配した名称のイベントが、必ずしも展示会に限られず、セミナーやウェビナーとしても実施されている。
(ア) 健康関連事業者や健康経営のエキスパートが企業の発展に役立つ情報を伝える「健康EXPO2022」という名称のオンライン展示会(乙21)
(イ) 健康に関わる業界の最新情報を得ることができる「第15回健康EXPO」という名称のオンラインイベント(乙22)
(ウ) 乳がんについて学ぶための「健康エキスポ」という名称の展示会(乙23)
(エ) 健康食品、サプリメント等の健康志向食品を一堂に集めた「健康食品・サプリメントEXPO」という名称の専門展示会(乙24)
(オ) 経営の課題を解決するための「経営支援EXPO」という名称の商談展示会(乙25)
(カ) 外食業界における様々な課題をテクノロジーで解決するための「外食経営DX EXPO」という名称の専門展示会(乙26)
(キ) ブランド経営の実践者を招き、実践例から学ぶ「ブランド経営EXPO」という名称の講演・ワークショップイベント(オンライン・オフラインのハイブリッド開催)(乙27)
(4) 法3条1項3号該当性の判断
前記(2)イのとおり、「EXPO」の語は、「万国博覧会」や「展示会」を意味する英単語であり、これをカタカナ読みした「エキスポ」も同様の意味を有する語として日本語の辞書にも掲載されている。
また、前記(3)によると、事業者が企画、出展、参加等する展示会やセミナー(オンラインによるものを含む。)の分野等においては、「健康経営」の文字は、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」という意味を有する熟語として、これを主題とする展示会やセミナー等が、地方公共団体等や、私企業等の事業者によって広く開催されている実情や、「EXPO」の文字が、その語頭に主題となる事項を配して、当該主題に関する展示会やセミナー等のイベントの名称とすることが広く行われている実情がある。
このような本願商標の構成文字の語義及び本願の指定役務に関する取引の実情を踏まえると、本願商標である「健康経営EXPO」は、「健康経営(企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法)を主題とする展示会やセミナー等のイベント」といった意味合いを容易に認識、理解させるものといえる。そうすると、本願商標は、その指定役務との関係で、展示会やセミナーといった役務の質(内容)を表示記述するものであり、本願商標が指定役務に使用された場合に、その取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものであるといえる。そして、本願商標は、「健康経営EXPO」の文字を標準文字で書してなるものであり、特段識別力を獲得するための他の要素が加えられていない。
以上を総合すると、本願商標は、その指定役務、とりわけ前記(3)前文に摘示した指定役務につき、役務の質(内容)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であると認められるから、法3条1項3号に該当するというべきである。
2 原告の主張について
(1) 原告は、セミナーは展示会等とは異なる役務であるから、展示会等に関する取引の実情を認定するに際して、セミナーに関する証拠を用いることはできず、「健康経営」に関する展示会等は、令和元年から令和6年までの6年間を通じて4件が実施されたのみであるから、これを47都道府県にわたって全国に通じる一般的、恒常的な取引の実情であるとは認められないと主張する。
しかし、本願の指定役務は、例えば「展示会・展覧会・セミナー・会議・ビジネス会議及び協議会の企画・運営又は開催並びにこれらに関する情報の提供及び助言、オンラインによる展示会・展覧会・セミナー・会議・ビジネス会議及び協議会の企画・運営又は開催並びにこれらに関する情報の提供及び助言」のように、展示会とセミナーを並列に列挙しているのであって、このような指定役務の取引の実情を認定するに当たり、展示会に関する証拠のみを採用し、セミナーに関する証拠は除外すべきとする理由はない。また、前記1(3)イに認定した事実関係によると、イベントがセミナーの形式であるか展示会の形式であるかによって、そのテーマとなる「健康経営」の意味合いが異なるものとして取り扱われている実情はうかがわれないし、その取引者、需要者が異なるものとも認め難い。そして、前記1(3)ア及びイのとおり、「健康経営」に関しては、経済産業省により遅くとも平成26年から継続的な施策が実施されている上、地方公共団体を始めとする公的団体や、私企業等の事業者が、東京のみならず各地において、またオンラインを通じて全国の取引者、需要者を出展及び参加の対象として、「健康経営」を主題とする展示会やセミナー等を相当の回数にわたり実施している事実が認められるのであるから、47全ての都道府県において展示会等が実施されていたとの証拠が提出されておらず、また、47全ての都道府県において展示会等が実施されていなかったとしても、これらの事実関係を指定役務に関する取引の実情として認定することは妨げられないというべきである。
また、原告は、証拠上、「○○EXPO」の文字は、いずれも特定のイベントの名称を特定する態様で使用されているから、「○○EXPO」の文字が、展示会等の一般名詞や役務の特定表示としてのみ使用されるという実情は存在しないと主張する。
しかし、特定のイベントの名称として使用されているからといって、当然にその名称が出所識別標識としての機能を有するということにはならない。前記1(3)ウのとおり、「EXPO」の語頭に主題を配したイベントが多数開催されている実情に照らすと、「○○EXPO」の文字に接した本願の指定役務の取引者、需要者は、これを「○○」を主題とする展示会やセミナー等のイベントという役務の質(内容)を容易に認識、理解するというべきである。
したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
(2) 原告は、本件審決が、本願商標につき、「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に当たるかの検討を遺脱したと主張する。
しかし、本件審決は、本願商標の構成やその指定役務に関する取引の実情を検討した上で、本願商標が法3条1項3号に該当する旨判断しており、上記の検討を遺脱したとはいえない。そして、本願商標がその指定役務について役務の質(内容)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と認められることは、前記1(4)のとおりである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告は、①本願商標は、その構成上、一種の造語として理解される、②裁判例では、商標から生じる「意味」ではなく、その「文字列」を基準に法3条1項各号該当性を判断している、③原告は「健康経営EXPO」という名称の展示会を継続的に実施しており、本願商標は出所表示として使用されている、④「健康経営EXPO」の文字が一般的に何人もその利用を欲するような状況になることが蓋然的に予測できる事情はないなどとして、本件審決による法3条1項3号の解釈適用に誤りがあると主張する。
しかし、①について、本願商標の構成文字の語義やその指定役務に関する取引の実情を考慮すると、「健康経営EXPO」は、「健康経営(企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法)を主題とする展示会やセミナー等のイベント」といった意味合いを容易に認識、理解させるものであり、これが本願の指定役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質(内容)を表示したものとして一般に認識されるものであるといえることは、前記1(4)のとおりである。
②について、特定の文字列を標準文字で表してなる商標が法3条1項3号に掲げる商標に該当するかを判断するに当たり、当該文字列から、指定商品・役務の取引者、需要者がどのような意味合いを認識、理解するかを検討すべきことは当然であるし、原告の引用する裁判例及び審決例は、本件といずれも事案を異にするものであって、本件に適切でない。
③について、原告が「健康経営EXPO」という名称の展示会を継続的に開催しているとしても、これをもって当然にその名称が出所識別標識としての機能を有するということにはならないことは、前記(1)のとおりである。なお、本件全証拠によっても、原告による使用の結果、需要者が本願商標を原告の業務に係る役務であることを認識することができるものとなったとは認められない。
④について、商標が法3条1項3号に該当するというために、当該商標が一般的に何人もその利用を欲するような状況になることが蓋然的に予測できる事情が常に立証されなければならないわけではない。これまでに認定説示してきたところに照らすと、本願商標は、本件審決時において、その指定役務との関係で役務の質を表示記述するものであり、これが当該役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、「健康経営(企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法)を主題とする展示会やセミナー等のイベント」といった、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであるから、これを法3条1項3号に該当すると認めるのに十分というべきである。
したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
3 結論
以上によると、原告の取消事由の主張には理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法はないから、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
【若干の解説】
1 総論
商標法3条1項3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(いわゆる記述的表示のみからなる商標)につき、商標登録を受けることができないことを定める。これは、このような商標は取引上一般的に使用されることが多いため、自他商品・役務識別力がなく、また取引上何人も使用する必要があるため特定人の独占を認めることが妥当でないことに基づく。
本件では、本願商標について、商標法3条1項3号の商標に該当するとして、結論として商標登録が否定された。以下、本件の判断について整理しつつ、適宜若干の補足を行うこととする。
2 本件の判断
⑴ 裁判所の判断
ア 商標法3条1項3号の趣旨と判断基準
本判決はまず以下のように述べ、商標法3条1項3号の商標が商標登録を受けられないものとされる趣旨を明らかにする。
法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、これらの商標が、指定商品の関係で、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものである(最高裁昭和53年(行ツ)第129号同54年4月10日第三小法廷判決・裁判集民事126号507頁参照)。 |
その上で、裁判所は「指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」であるというための判断基準及び考慮要素について以下のとおり述べた。
そうすると、出願に係る商標が、その指定役務について役務の質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、審決時において、当該商標が当該役務との関係で役務の質を表示記述するものであり、当該商標が当該役務に使用された場合に、取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるものであれば足りるものと解される。そして、当該商標の取引者、需要者によって当該役務に使用された場合に役務の質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情を考慮して判断すべきである。 |
上記では、判断基準としては「取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質を表示したものとして一般に認識されるもの」といえるかどうか、考慮要素としては「当該商標の構成やその指定役務に関する取引の事情」が挙げられることを明らかにしている。
イ 本願商標の構成及び指定役務に関する取引の事情
裁判所は、上記の判断基準及び考慮要素に倣い、まず本願商標の構成について以下のとおり認定した(第5・1・⑵)。
- 本願商標は、「健康経営EXPO」の文字を標準文字で書してなるものである。本願商標の「健康経営EXPO」の文字は、「健康」、「経営」及び「EXPO」の各語を組み合わせたものと認められるが、「健康経営EXPO」自体は辞書等に掲載されている語ではない。
- 「健康」の語は「体や心がすこやかで、悪いところのない・こと(さま)。」、「経営」の語は「方針を定め、組織を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと。特に、会社事業を営むこと。」との意味をそれぞれ有する。また、「健康」「経営」を組み合わせた「健康経営」という熟語は、「従業員の健康の維持・増進が企業の生産性や収益性の向上につながるという考え方に立って、経営的な視点から、従業員の健康管理を戦略的に実践すること。」、「社員の健康増進を会社の成長につなげようとする考え方。」、「企業の持続的成長を図る観点から従業員の健康に配慮した経営手法のことです。」、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法で、エクセレントカンパニーの要件の一つとされる。」などの意味を有する。
- 「EXPO」の語は、「万国博覧会、国際見本市」、「(一般に)展示会、博覧会、見本市」との意味を有する英単語であり、これをカタカナ読みした「エキスポ」は、「博覧会。見本市。万国博覧会。エクスポ。」との意味を有する語として日本語の辞書に掲載されている。
続いて、本願商標の指定役務に関する取引の事情について、その取引者は「展示会等を企画し又は出展等する団体及び事業者等」、需要者は「当該展示会等に参加する法人及び個人である」とした上で、以下の事情を認定した。
- 経済産業省が、遅くとも平成26年から「健康経営」の推進に関する施策を順次、継続的に実施していること、及び日経新聞社が健康経営に関する情報を幅広く発信していくためのポータルサイトを管理運営していること(第5・1・⑶・ア)。
- 令和元年から令和6年に限っても、様々な団体及び事業者が、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」という意味合いでの「健康経営」を主題に掲げて展示会等を開催していること(第5・1・⑶・イ)。
- 時期を令和元年以降に、主題を「経営」や「健康」に関するものに限ったとしても、「EXPO」の語頭に主題となる事項を配した名称のイベントが、必ずしも展示会に限られず、セミナーやウェビナーとしても実施されていること(第5・1・⑶・ウ)。
ウ 商標法3条1項3号該当性
本願商標の構成及び指定役務に係る取引の事情に関する以上の認定を踏まえ、裁判所は以下のとおり判示し、本願商標が「指定役務に使用された場合に、その取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものである」として商標法3条1項3号の商標に該当することを明らかにした。
前記(2)イのとおり、「EXPO」の語は、「万国博覧会」や「展示会」を意味する英単語であり、これをカタカナ読みした「エキスポ」も同様の意味を有する語として日本語の辞書にも掲載されている。 また、前記(3)によると、事業者が企画、出展、参加等する展示会やセミナー(オンラインによるものを含む。)の分野等においては、「健康経営」の文字は、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」という意味を有する熟語として、これを主題とする展示会やセミナー等が、地方公共団体等や、私企業等の事業者によって広く開催されている実情や、「EXPO」の文字が、その語頭に主題となる事項を配して、当該主題に関する展示会やセミナー等のイベントの名称とすることが広く行われている実情がある。 このような本願商標の構成文字の語義及び本願の指定役務に関する取引の実情を踏まえると、本願商標である「健康経営EXPO」は、「健康経営(企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法)を主題とする展示会やセミナー等のイベント」といった意味合いを容易に認識、理解させるものといえる。そうすると、本願商標は、その指定役務との関係で、展示会やセミナーといった役務の質(内容)を表示記述するものであり、本願商標が指定役務に使用された場合に、その取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものであるといえる。そして、本願商標は、「健康経営EXPO」の文字を標準文字で書してなるものであり、特段識別力を獲得するための他の要素が加えられていない。 以上を総合すると、本願商標は、その指定役務、とりわけ前記(3)前文に摘示した指定役務につき、役務の質(内容)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であると認められるから、法3条1項3号に該当するというべきである。 |
以上の判示について、少しかみ砕くと、以下のように説明できる。
すなわち、本願商標の指定役務の分野(事業者が企画、出展、参加等する展示会やセミナーの分野)において、「企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法」という意味を有する「健康経営」を主題とする展示会やセミナー等が、地方公共団体等や、私企業等の事業者によって広く開催されている実情から、当該指定役務に係る取引者及び需要者は、「健康経営」の意義を上記のとおり認識でき、かつ展示会やセミナー等が広く開催される題材であるとも認識できる。加えて、「EXPO」の文字が、その語頭に主題となる事項を配して、当該主題に関する展示会やセミナー等のイベントの名称とすることも広く行われている。
以上を踏まえると、本願商標の指定役務の取引者及び需要者は、本願商標に触れたときに、「健康経営(企業で働く人たちの健康の維持、増進と組織の健全性を高める経営の手法)を主題とする展示会やセミナー等のイベント」といった意味合いを容易に認識、理解できる。よって、本願商標は、本願商標が指定役務に使用された場合に、その取引者、需要者によって、将来を含め、役務の質(内容)を表示したものと一般に認識されるものであるといえる。
⑵ 原告の主張に関する判示
以降、原告の主張が認められないことが粛々と判示される。
一点、裁判所は、原告が「健康経営EXPO」という名称の展示会を継続的に実施していた、という原告の主張に関して、以下のとおり判示した。
(3) 原告は、…(中略)…③原告は「健康経営EXPO」という名称の展示会を継続的に実施しており、本願商標は出所表示として使用されている、…(中略)…として、本件審決による法3条1項3号の解釈摘要に誤りがあると主張する。 しかし…(中略)…③について、原告が「健康経営EXPO」という名称の展示会を継続的に開催しているとしても、これをもって当然にその名称が出所識別標識としての機能を有するということにはならないことは、前記(1)のとおりである。なお、本件全証拠によっても、原告による使用の結果、需要者が本願商標を原告の業務に係る役務であることを認識することができるものとなったとは認められない。 |
上記のとおり、裁判所は「なお、…」として、本願商標が、原告による使用の結果、原告の業務に係る役務であることを認識することができるものになったとも認められない旨判示している。これは、商標法3条2項が、同法3条1項3号に該当する商標でも、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては…商標登録を受けることができる」ことを定めるところ、上記判示は、原告から具体的な主張はなかったものの、本願商標には商標法3条2項が適用されることがないことが予備的に判断されたものと考えられる。
3 その他
以上、商標法3条1項3号の商標に該当するとして、商標登録が否定された事例に係る判決について述べた。本判決では、商標の構成及び指定役務に関する取引の事情が丁寧に認定された上、商標法3条1項3号の該当性が肯定されており、同種の事案においていかなる事実の主張・立証が重要になるか検討する際の参考になるものと思われる。
以上
弁護士 稲垣紀穂
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