【令和5年12月5日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10011号 )】

【キーワード】

特許法第29条2項、進歩性、除くクレーム

【事案の概要】

(特許庁における手続きの経緯等)

(1) 原告は、発明の名称を「携帯端末の遠隔操作用デバイス」とする発明について、平成31年4月16日(優先権主張:平成30年4月23日)を国際出願日とする特許出願(特願2020-516252号、請求項の数4、甲4)をしたものの、令和3年6月25日付けで拒絶査定を受けた(同年7月6日謄本送達)。

(2) 原告は、令和3年10月4日、拒絶査定不服審判を請求するとともに、手続補正書を提出したところ、特許庁は、同請求を不服2021-13384号として審理した上、令和4年12月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)をし、その謄本は令和5年1月10日に原告に送達された。

(3) 原告は、令和5年2月9日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

 

(特許請求の範囲の記載)(下線は筆者が付した)

以下、請求項1に記載された発明を「本願発明1」という。

【請求項1】

 携帯端末を遠隔で操作するためのデバイスであって、前記デバイスは、ユーザーによるタッチ操作の情報を送信する操作デバイス(A)と、前記情報を携帯端末のタッチパネルに直接入力操作を行う入力デバイス(B)とを備え、

 前記操作デバイス(A)は、ユーザーによるタッチ操作を検知するタッチパネルと、

 ユーザーによる前記タッチパネルのタッチ位置の座標情報を前記入力デバイス(B)に無線信号で送信する無線送信手段と、前記携帯端末に表示されている映像(カメラにより撮影された映像を除く)を表示する表示部とを有し、

 前記入力デバイス(B)は、前記操作デバイスの前記無線送信手段から送信された前記座標情報に基づき、該座標情報に対応する前記携帯端末のタッチパネル上の位置をユーザーがタッチ操作したと判定する操作判定手段と、

 前記操作判定手段によってユーザーがタッチ操作したと判定された前記携帯端末のタッチパネル上の位置で、前記タッチパネルに直接入力操作を実行する操作実行手段と、

 を有し、

 前記操作デバイス(A)は、携帯可能であることを特徴とする、携帯端末遠隔操作用デバイス。

【争点】

 本件の争点(原告の主張する本件審決の取消事由)は、取消事由1(相違点1についての判断の誤り)、取消事由2(相違点2についての判断の誤り)、取消事由3(相違点3についての判断の誤り)、取消事由4(予測できない顕著な効果の看過)である。

 なお、本願発明1と引用発明の一致点及び相違点1~3は、以下のとおりであり、この認定に争いはない。

 本稿では、除くクレームに関係する取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について、取り上げる。

 

(1)一致点

 携帯端末を遠隔で操作するためのデバイスであって、前記デバイスは、ユーザーによるタッチ操作の情報を送信する操作デバイス(A)と、前記情報を携帯端末のタッチパネルに直接入力操作を行う入力デバイス(B)とを備え、

 前記操作デバイス(A)は、ユーザーによるタッチ操作を検知するタッチパネルと、

 ユーザーによる前記タッチパネルのタッチ位置の座標情報を前記入力デバイス(B)に送信する送信手段と、前記携帯端末に表示されている映像を表示する表示部とを有し、

 前記入力デバイス(B)は、前記操作デバイスの前記送信手段から送信された前記座標情報に基づき、該座標情報に対応する前記携帯端末のタッチパネル上の位置をユーザーがタッチ操作したと判定する操作判定手段と、

 前記操作判定手段によってユーザーがタッチ操作したと判定された前記携帯端末のタッチパネル上の位置で、前記タッチパネルに直接入力操作を実行する操作実行手段と、

 を有する、

 携帯端末遠隔操作用デバイス。

 

(2)相違点1

 本願発明1の「ユーザーによる前記タッチパネルのタッチ位置の座標情報を前記入力デバイス(B)に」「送信する」「送信手段」は、無線信号で送信しているのに対し、引用発明の「送信手段」は、「ユーザーによる前記タッチパネルのタッチ位置の座標情報を前記入力デバイス(B)に」対して、どのように送信しているのか特定されていない点。

 

(3)相違点2

 本願発明1の「表示部」は、「携帯端末に表示されている映像」を取得して表示する際に、「カメラにより撮影された映像を除く」と特定されているのに対して、引用発明の「表示部」は、「携帯端末に表示されている映像」をカメラにより撮影して取得して表示している点。

 

(4)相違点3

 本願発明1の「操作デバイス(A)は、携帯可能である」のに対して、引用発明の「操作デバイス(A)」は、車載装置である点。

【裁判所の判断】(下線は筆者が付した)

2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について

(1) 原告は、相違点2(引用発明は表示されている映像がカメラで撮影されている点)に関し、引用発明において端末表示部の表示画面の「撮像」は必須の構成であり、これを置き換える動機がないと主張する。

 しかし、引用文献1(甲1)の記載上、引用発明において「撮像」、すなわちカメラで映像を撮影することが必須の構成であることを示唆する記載は見当たらない。

 また、本件審決が引用する引用文献2(甲2)及び被告が本件訴訟において追加した周知例(乙1、2)によれば、本願の優先日当時、無線通信を用いてスマートフォンなどの携帯端末の画面に表示された画像を別の装置の画面に表示する技術であるmiracastは、android4.2の標準規格としてスマートフォンにおいて広く用いられている技術であり、スマートフォンの画面をmiracastで車載モニタやカーナビゲーション装置の画面に出力することも、普通に行われていたことが認められる。そして、引用発明における「撮像部252」の意義は、「撮像部252が撮像した携帯端末110の表示画面をそのまま装置表示部258に表示することで、ユーザに携帯端末110の表示画面をそのまま認識させることができる。」(甲1【0081】)ことであり、「携帯端末110の表示画面をそのまま装置表示部258に表示する」機能、すなわち「ユーザに携帯端末110の表示画面をそのまま認識させる」作用という点では、「撮像部252」とmiracast等の上記技術は共通するものといえる。

 そうすると、引用発明において「撮像部252」に代えてmiracast 等の周知技術を用いることで、「携帯端末に表示されている映像(カメラにより撮影された映像を除く)を表示する表示部(22)」を備えた構成とすること、すなわち、相違点2に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことであるといえる。

(2) また、原告は、相違点2に関し、引用発明は互換性をもたらす構成として撮像部を利用しており、無線通信方式の規格に制約があるmiracast等に代替する動機付けはないと主張する。

 しかしながら、引用発明における互換性の問題とは、外部から入力される情報に基づいてアプリケーション等を実行する機能が携帯端末110に予め備わっていないことがあることにより生じるものであり(甲1【0064】)、携帯端末110の表示画面をそのまま装置表示部258に表示するとき(いわゆる画面ミラーリング時)の互換性の問題ではないから、miracast等に無線通信方式の規格における制約があることが、引用発明の上記互換性を阻害するものではない。原告が指摘するmiracast等における無線通信方式の規格の制約とは、結局のところ、画面ミラーリング時におけるデバイスの互換性の範囲をどこまでとするかという設計事項の問題であって、阻害要因になるということはできない。

(3) よって、原告の取消事由2に関する主張も採用できない。

【検討】

 除くクレームとは、「請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項」をいうものとされる(特許・実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4))。

 原告は、特許出願の審査の過程において、請求項1の「前記携帯端末に表示されている映像を表示する表示部」を、「前記携帯端末に表示されている映像(カメラにより撮影された映像を除く)を表示する表示部」と補正し、本訴訟においても、この点が、本願発明1と引用発明との相違点(相違点2:本願発明1の「表示部」は、「携帯端末に表示されている映像」を取得して表示する際に、「カメラにより撮影された映像を除く」と特定されているのに対して、引用発明の「表示部」は、「携帯端末に表示されている映像」をカメラにより撮影して取得して表示している点)として認定されている。

 原告は、この相違点2について、「引用発明において端末表示部の表示画面の「撮像」は必須の構成であり、これを置き換える動機がない」と主張した。これに対して、裁判所は、①引用文献1(甲1)の記載上、引用発明において「撮像」、すなわちカメラで映像を撮影することが必須の構成であることを示唆する記載は見当たらない、②「ユーザに携帯端末110の表示画面をそのまま認識させる」作用という点で、引用発明の「撮像部252」と周知技術であるmiracast(無線通信を用いてスマートフォンなどの携帯端末の画面に表示された画像を別の装置の画面に表示する技術)等の技術は共通する、という理由から、引用発明において「撮像部252」に代えてmiracast等の周知技術を用いることにより相違点2に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである、と判断し、原告の主張を認めなかった。

 除くクレームについては、特許・実用新案審査基準において、「「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができる発明は、引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明である。引用発明と技術的思想としては顕著に異なる発明ではない場合は、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどないと考えられる。」と記載されている(特許・実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4))。裁判所も、本願発明1と引用発明とを対比した結果、本願発明1は、引用発明と技術的思想として顕著に異なる発明ではなく、表示画面の「撮像」は、技術的思想として重要(必須)なものではない、と判断したものと思われる。

 除くクレームの補正をする場合、「除く」部分が、引用文献の記載上、引用発明において必須の構成であることを示唆する記載があるか(上記①)、また、本願発明が引用発明と技術的思想として顕著に異なるといえるか(特に、「除く」部分が、引用発明において重要(必須)なものといえるか)(上記②)について検討すべきであると考えられる。本件は、除くクレームの補正をするにあたり参考になる判決である。

 

以上
弁護士・弁理士 溝田尚