【平成29年7月20日判決(東京地裁 平成28年(ワ)21346号)】

【判旨】
 発明の名称を「金融商品取引管理装置,プログラム」とする特許権(特許第5941237号)を有する原告が,被告によるFX取引管理方法のためのサーバコンピュータの使用が上記特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき上記使用の差止めを求めたところ,裁判所は,外国為替取引管理サービスである被告サービスが,構成要件Eの「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,・・・高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」を充足しないとして,原告の請求を棄却した。

【キーワード】
特許法70条1項,同2項

1 事案の概要

(1)本件特許発明の内容
 本件特許権の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件

内容

A

金融商品の売買取引を管理する金融商品取引管理装置であって,
B 前記金融商品の注文情報を生成する注文情報生成手段と,前記金融商品の相場価格の情報を取得する価格情報受信手段とを備え,
C 前記注文情報生成手段は,同一種類の前記金融商品を,一の価格について買いの注文をする第一注文情報,及び,他の価格について売りの注文をする第二注文情報からなる注文情報群を生成して該生成した前記注文情報群を注文情報記録手段に記録し,
D 前記注文情報群を形成する前記第一注文情報及び前記第二注文情報は,前記価格情報受信手段が取得した前記相場価格が前記一の価格になった場合,前記第一注文情報に基づいて前記金融商品の約定が行われ,該約定の後,前記価格情報受信手段が取得した前記相場価格が前記他の価格になった場合,前記第二注文情報に基づいて前記金融商品の約定が行われる処理が複数回繰り返されるように構成され,
E 前記注文情報生成手段は,前記相場価格の変動を検出する手段によって前記相場価格が検出され,検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,現在の前記相場価格の変動方向である前記高値側に,新たな一の価格の新たな前記第一注文情報と新たな他の価格の新たな前記第二注文情報とを設定することを特徴とする
F 金融商品取引管理装置

 本件特許発明は,金融商品の取引方法に関するものである。金融商品の注文形態には,注文時の価格で取引を行う成行注文の他に,予め顧客から売買値段の指定を受ける指値注文がある。指値注文において,金融商品の取扱業者は,対象となる金融商品が指定された金額まで下がったときに当該金融商品の買い注文を行い,あるいは,指定された金額まで上がったときに当該金融商品の売り注文を行う。従来,この指値注文をコンピュータシステムを用いて自動で行う発明が知られていたが,所謂「イフダンオーダー」形式の注文(順位のある2つの注文を同時に出し,第一順位の注文が成立したら,自動的に第二順位の注文が有効になる注文形式のこと。)や,複数の注文を連続的に組み合わせる注文形態に対応できないという課題があった。
 本件特許発明は,相場価格の高値側又は安値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,当該相場価格の変動方向である高値側又は安値側に,新たな一の価格の新たな第一注文情報と新たな他の価格の新たな第二注文情報とを設定する構成を備えることを特徴とする。これにより,時間の経過に伴って相場価格の変動する価格帯が変化した場合であっても,変化した後の価格帯において複数の注文を連続的に組み合わせて行う取引を継続させることができ,顧客にとって一層利便性の高い取引システムを提供することができる(下図参照。この図では,変動幅の閾値は予め0.70円に設定されており,相場価格が+0.70円となったところで(①),新たな注文が生成されている(②)。)。

(2)被告の行為
 被告が提供する外国為替取引管理サービス(以下「被告サービス」という。)では,利用者が「iサイクル注文」を選択し,買い注文から入った場合において,平成26年11月5日から同月29日までの間に,下記の取引が自動で行われたことが確認された。
 ①別表1最左列の注文番号114の買いの成行注文(相場価格114.28円)及び同113の売りの指値注文(指定価格114.90円)が同時に注文され,②買いの成行注文の約定(114.3円)を経た後,売りの指値注文が約定すると(注文番号113の約定。①の各注文の約18時間21分後),③その直後に注文番号100の買いの指値注文(指定価格114.28円)及び同99の売りの指値注文(指定価格114.90円)が同時にされ,④更にその直後に,注文番号97の買いの成行注文(相場価格114.90円)及び同96の売りの指値注文(指定価格115.52円)が同時にされ,⑤買いの成行注文(④)の約定(114.91円)を経た後に注文番号96の売りの指値注文が約定すると(④の各注文の約35時間52分後),⑥その直後に注文番号88の買いの指値注文(指定価格114.90円)及び同87の売りの指値注文(指定価格115.52円)が同時にされた。また,⑤’注文番号100の買いの指値注文の約定を経た後,同99の売りの指値注文が約定すると,⑥’その直後に注文番号92の買いの指値注文(指値価格114.28円)と同91の売りの指値注文(指値価格114.90円)がされた(下図参照。図中の各NO.は,注文の成約時点を示す)。

2 本件の争点

 本件の争点は,下記のとおりである。本稿では,主に構成要件Eの充足性について採り上げる。

(1)被告サービスの構成要件充足性
 ア 構成要件Cの「注文情報」,「前記注文情報群を注文情報記録手段に記録し」の各充足性
 イ 構成要件Dの「注文情報」,「前記相場価格が前記一の価格になった場合・・・約定が行われ・・・前記相場価格が前記他の価格になった場合・・・約定が行われる処理が複数回繰り返される」の各充足性
 ウ 構成要件Eの「前記相場価格が検出され」,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,・・・高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」の各充足性

(2)本件特許についての無効理由の有無
 ア 分割要件違反を前提とする乙1文献(特開2015-228267号公報をいう。以下同じ。)に基づく新規性欠如
イ 乙2文献(特開2009-151434号公報をいう。以下同じ。)に基づく新規性又は進歩性欠如
ウ サポート要件違反

3 裁判所の判断

 裁判所は,まず,本件明細書の記載等に基づき,本件特許発明の技術的意義を下記のとおり認定した。

⑶  本件発明の技術的意義
 以上によれば,本件発明は複数の注文を連続的に組み合わせる金融商品の注文についての発明である。この分野において,従前のコンピュータシステムには,指値注文が行われるものの指値注文のイフダンオーダーに対応していないこと,これを複数行うには顧客の操作が必要なことといった課題があった。本件発明は,こうしたイフダンオーダーを自動的に繰り返し行うことができ,更に,相場価格が高値側に変動しても,その変動幅が予め設定された値以上となった場合には,高値側に新たな価格を設定してイフダンオーダーを行うことができるようにすることで,イフダンオーダーによる注文が継続的に可能であるという意義を有するといえる。

 そして,上記の前提に基づき,構成要件Eの「注文情報」「場合」「設定」の意義について,それぞれ下記のとおり認定した。

⑵  まず,構成要件Eの「注文情報」の意義について検討する。
   ア 本件発明の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明において生成される注文情報は,一の価格についての買いの注文をする情報(第一注文情報),他の価格についての売りの注文をする情報(第二注文情報)であって,注文情報記録手段に記録されるもの(構成要件C)である。そして,金融商品の相場価格が上記一の価格又は他の価格になった場合に当該注文が約定するのである(同D)から,上記一の価格又は他の価格は,注文の約定前に決定され,記録されるものであるということができる。これに符合する注文方法は指値注文であるから,本件発明の「注文情報」は指値注文に係る注文情報をいい,このことは構成要件Eの「注文情報」においても同様であると解される。

 

 ⑶  次に,構成要件Eの「・・・検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合・・・」の「場合」の意義について検討する。

    ア 一般に,「場合」は,「その場に出会った時。時。おり。時機」(広辞苑〔第六版〕2210頁),「仮定的・一般的にある状況になったとき」(大辞林〔第二版新装版〕2037頁)という意味を有する。このことに照らすと,本件発明の特許請求の範囲の記載上,「場合」の直前にある「検出された・・・変動幅が予め設定された値以上となった」ことが,その後に定められた「高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」するという動作が行われる条件となることを示していると解される。もっとも,当該記載上,上記とは異なる条件が定められていない一方で,他の条件を付加することを禁じる趣旨の記載も見られない。

・・・(中略)・・・

 そうすると,構成要件Eの新たな注文情報の設定が行われる「場合」の指す条件としては,価格帯の変動時に直ちに新たな注文を行い得るものをいう趣旨ということができるから,当該「場合」において仮に他の条件の付加が認められるとしても,価格帯の変動時にその成就の有無を判断できないものは含まれないと解するのが相当である。

 

⑷  さらに,構成要件Eの「高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」の「設定」の意義について検討する。
   ア 一般に,「設定」は「つくり定めること」(広辞苑〔第六版〕1577頁),「ある目的に沿って,新たに物事をもうけ定めること」(大辞林〔第二版新装版〕1410頁)という意味を有していること,本件発明の特許請求の範囲の記載上,注文情報生成手段が新たな第一注文情報及び第二注文情報を「設定」するとされている(構成要件E)こと,前記の「注文情報」の解釈を踏まえると,「設定」は,売り又は買いの指値注文の注文情報をつくり定めることであると解される。もっとも,設定の内容が,実際に注文情報を生成するものでなく,注文価格その他の注文情報を生成し得るものとして記録しておけば足りるのか否かは必ずしも明らかでない。
   イ そこで本件明細書をみると,前記1⑶のとおり,本件発明は,相場価格の価格帯が高値側に変化しても変化した後の価格帯において複数の注文を連続的に組み合わせて行う取引,すなわちイフダンオーダーの取引を継続させることができる点にその意義があるのであるから,価格帯が変化した際に直ちに注文を行うことが想定されているといえる。また,発明の実施の形態において,注文情報の書換えの後に第1注文を約定させて第2注文を有効な注文情報とするとされていること(段落【0074】~【0081】。前記1⑵)からも,上記書換えの直後に注文を出すことが前提とされていると理解される。そうすると,本件明細書上,本件発明においては相場価格帯が高値側に変化した際に高値側の注文情報をつくり定めた直後に当該注文情報に基づく注文を発する趣旨が表現されているとみることができるから,「設定」は,注文価格その他の注文情報を生成し得るものとして記録しておけば足りるというものでなく,実際に注文情報を生成するものであると解するのが相当である。

 上記のクレーム解釈を前提に,裁判所は,被告サービスについて,注文④は「注文情報」の構成要件を,注文⑥は「場合」及び「設定」の構成要件をそれぞれ充足しないことから,被告サービスは構成要件Eを充足しないと判断した。

    イ  原告は,上記②の売りの指値注文が約定した時点が構成要件Eの「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった」に該当すると主張し,それによって,高値側の「新たな一の価格」及び「新たな他の価格」の注文情報群が生成されているとする(原告第3準備書面17,18頁等)。
 そこで,このことを前提として検討すると,被告サービスにおいては,上記のとおり,上記②の時点の直後に高値側に買いの成行注文及び売りの指値注文(上記④の各注文)の注文情報が生成,発注された。
 もっとも,上記④の各注文のうち,売り注文は指値注文であるが買い注文は成行注文であるところ,前記⑵のとおり構成要件Eの「注文情報」は指値注文に係る注文情報をいい,成行注文に係る注文情報を含まないと解される。そうすると,④の買い注文に係る注文情報は,構成要件Eの新たな「第一注文情報」に該当しないというべきである。
 他方,上記⑥の注文はいずれも指値注文であり,これらの注文に係る注文情報は構成要件Eの「第一注文情報」及び「第二注文情報」に該当し得るものといえる。しかし,⑥の各注文は,②の時点の直後に③の各注文がされた後,③の成行の買い注文の約定価格よりも高値側に価格が変動し,③の売りの指値注文が約定した⑤の時点の後にされるものである。そうすると,⑥の各注文に係る注文情報は,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった」時点である②の時点において,成就の有無が判断できる他の条件の付加なく,また,直ちに生成されたものということはできない。別表1の取引においても,⑥の注文は,②の時点から約35時間50分後にされ,また,その間に⑤の売りの指値注文の約定等がされた後にされている。
 そうすると,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合」に,上記⑥の注文に係る「第一注文情報」及び「第二注文情報」が「設定」されたということはできない。
    ウ  以上によれば,被告サービスは構成要件Eの「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,・・・高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」を充足しない。

4 検討

 本件では,明細書に記載のない成行注文や,時間を置いて売買の注文が行われるケースについての構成要件充足性が争われた。クレームの文言だけを見ると,一見して上記のケースは権利範囲に入るようにも思われるが,裁判所は,明細書その他の記載に基づき,上記のケースは特許発明の技術的範囲に含まれないと判断した。クレーム解釈としては,素直かつ妥当な判断と思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸