【平成29年1月31日判決(大阪地裁 平成26年(ワ)第12570号)】

【判旨】
トナーカートリッジを製造販売している原告が,原告純正品のリサイクル品に係るトナーカートリッジを製造・販売する被告に対し,被告の行為が不正競争防止法2条1項14に規定の品質等誤認惹起行為に該当するとして,被告商品の製造・販売等の差し止めと損害賠償を求めた事案。裁判所は,被告商品に係るトナーカートリッジを原告プリンターに装着した場合にディスプレイに現れる,「シテイノトナーガソウチャクサレテイマス」との表示が,「商品の・・・品質,内容・・・について誤認させるような表示」に該当するとして,原告の請求を容認した。

1 事案の概要

本件は,トナーカートリッジを製造販売している原告Aと,同トナーカートリッジに付された商標の商標権者である原告Bとが共同原告となって,被告に対し不正競争防止法及び商標法に基づく差止及び損害賠償請求を行った事案である。このうち,原告純正品の製造者である原告Aに対しては,トナーカートリッジの装着時にプリンターのディスプレイに表示される文字との関係で,被告が被告商品につき商品の品質,内容について誤認させる表示をしたといえるかが問題となり(争点1),商標権者である原告Bに対しては,被告商品による商標権侵害の成否が問題となった(争点2)。本稿では,争点1について取り上げることとし,原告Aとの関係で損害額の算定(争点3)についても言及する。

2 原告純正品と被告標品(非純正品)の構成

原告Aは,原告製造に係るプリンターに装着するため,トナーカートリッジを製造販売している。原告純正品には,RFID(近距離の無線通信によってやり取りされる情報を記憶したタグ)が搭載されており。原告プリンターに原告純正品を装着すると,RFIDのデータに基づき,起動時の約5秒間,原告プリンターのディスプレイに,「シテイノトナーガソウチャクサレテイマス」との表示(以下「本件指定表示」という。)がされる。また,原告プリンターの「STATUS PAGE」(以下「ステータスページ」という。)には,トナー残量が0から100%の残量ゲージにより表示される(以下,この表示を「トナー残量表示」という。)。トナーカートリッジを装着したまま使用を継続してトナー残量が不足してくると,原告プリンターのディスプレイには,「トナーガスクナクナリマシタ」,「トナーヲコウカンシテクダサイ」との表示が現れる。
被告は,使用済みの原告純正品のカートリッジに被告において用意したトナーを充填し,そのRFIDをリセットした上,これを被告商品として販売している。被告製品を原告プリンターに装着すると,そのディスプレイには,原告純正品を装着したときと同様に,本件指定表示(「シテイノトナーガソウチャクサレテイマス」)が表示され,また,ステータスページにも,原告純正品を装着したのと同様のトナー残量表示がされる。また,トナーカートリッジを装着したまま使用を継続してトナー残量が不足してきた場合の,原告プリンターの使用中のディスプレイの表示も同じである。
なお,RFIDがリセットされていないリサイクル品を装着すると,原告プリンターのディスプレイに,「シテイガイノトナーガソウチャクサレテイマス」との表示(以下「本件指定外表示」という。)がされ,また,ステータスページには,原告純正品の場合のトナー残量表示はされず,その対応部分に,「印字品質維持のため,純正消耗品(指定トナー)のご使用をお薦めします。純正消耗品以外の消耗品(指定外トナー)が原因の故障については,責任を負いかねますのでご了承下さい。」との表示がされる。ただトナーカートリッジを装着したまま使用を継続してトナー残量が不足してきた場合の,原告プリンターの使用中のディスプレイの表示は,原告純正品の場合と同様,「トナーガスクナクナリマシタ」,「トナーヲコウカンシテクダサイ」との表示が現れる。
以上の製品構成をまとめると,下記表のとおりとなる。

表1:製品構成の比較

ディスプレイ表示 原告純正品 被告商品(RFIDリセット済み) 他者リサイクル品(RFIDリセットなし)
装着時 シテイノトナーガソウチャクサレテイマス シテイノトナーガソウチャクサレテイマス シテイガイノトナーガソウチャクサレテイマス
ステータスページ トナー残量表示有 トナー残量表示有 トナー残量表示なし警告メッセージ表示
トナー不足時 トナーガスクナクナリマシタトナーヲコウカンシテクダサイ トナーガスクナクナリマシタトナーヲコウカンシテクダサイ トナーガスクナクナリマシタトナーヲコウカンシテクダサイ

上記のように,原告純正品のRFIDをリセットしないで再使用した場合,「装着時」及び「ステータスページ」におけるディスプレイの表示が,原告純正品とは異なるものとなる。一方,被告商品ではRFIDがリセットされているため,「装着時」及び「ステータスページ」におけるディスプレイの表示も原告純正品と同じものとなる。

3 争点に関する当事者の主張及び裁判所の判断

(1)争点1(品質等誤認惹起行為の該当性)について
原告Aは,被告商品を原告プリンターに装着するとディスプレイに本件指定表示(「シテイノトナーガソウチャクサレテイマス」)が現れることをもって,被告が不正競争防止法2条1項14号の「商品の・・・品質,内容・・・を誤認させるような表示」をしていると主張した。これに対し,被告は,「シテイノトナー」の表示は「品質,内容」の表示に該当せず,仮にそうだとしても,本件指定表示は機種が適合しているために作動に支障はないという程度の意味にすぎず,被告商品はその意味では「シテイノトナー」の要件を満たすから,品質等の誤認は生じないと反論した。
この点について,裁判所は,純正品と非純正品とで品質が異なるものとして取り扱われているという取引の実態に鑑み,に「シテイノトナー」の表示が「品質,内容」の表示に該当すると判示した。

・・・通常,プリンターにおいては,プリンターメーカーが当該プリンターに用いるものとして製造販売する純正品と,それ以外の非純正品があり,プリンターメーカーは,非純正品がその品質,内容において純正品と異なるものがあり,非純正品を使用した場合,それにより当該プリンターの使用に支障が生じる場合があることを,その需要者に注意喚起しているのであるから,トナーカートリッジの需要者は,プリンターメーカーの製造販売に係る純正品と,それ以外の非純正品で,その品質,内容の違いがあることを当然に認識しているものといえる。
そうすると,需要者は,原告プリンターのディスプレイに現れる「シテイノトナー」とは,「シテイ」の一般的な意味から,ディスプレイに表示する主体であるプリンターメーカーの原告Aが,原告プリンター向けに「シテイ」(指定)したものと理解し,そして「シテイノトナー」とは,原告プリンターに用いられるべきものと定めたトナーカートリッジであると理解するものと考えられる。そして,上記のとおり,プリンターメーカーが純正品と非純正品がその品質により異なるものであると取り扱っている実態からすれば,需要者は,原告プリンターに用いられるべきものとは,プリンターメーカーの原告Aが原告プリンターに相応しい一定の品質,内容を有するものとして定めたトナーカートリッジであると理解するものと認められる。
したがって,本件指定表示は,不正競争防止法2条1項14号にいう「品質,内容」の表示であるということができる。

続いて,裁判所は,仮に商品の客観的な品質は同じであったとしても,需要者は「指定」がされているという外形的事実に基づいて品質を認識している以上,本件指定表示は「誤認させるような表示」に該当すると判示した。

・・・次いで,被告商品を原告プリンターに装着した場合に現れる本件指定表示が,品質,内容を「誤認させるような表示」であるといえるかについて検討すると,被告商品が,原告Aが指定した商品ではない以上,これを「シテイノトナー」として表示することは,これを見た者をして,原告Aによって指定された商品と誤解させるものであって,「誤認させるような表示」であるということができる。
なお,「シテイノトナー」というだけでは,プリンターメーカーが当該プリンターについて定めた品質,内容の具体的条件が特定されているわけではないから,指定の有無だけでは,原告純正品と被告商品の品質,内容が客観的に異なることが明らかにされたわけではないということができる。しかし,上記アで説示したとおり,プリンターメーカー自らによって「指定」がされているという外形的事実が需要者の品質の認識に結びついているのであるから,仮に被告商品が原告Aから指定を受けていないだけであって,客観的な品質,内容では,原告純正品と何ら変わりがないとしても,被告に指定する権限がない以上,被告によりなされた本件指定表示は,なお品質,内容につき「誤認させるような」表示であるといって差し支えないというべきである。

なお,本件指定表示は,被告商品そのものに付された表示ではなく,被告商品を取り付けたプリンターのディスプレイに表示されるものであるため,不正競争防止法2条1項14号における「商品」に「誤認させるような表示をし」ているものといえるかについても問題となったが,裁判所は以下のとおり判示して,被告商品は同要件を充足するとした。

 ウ さらに被告商品を原告プリンターに装着することにより,原告プリンターのディスプレイに現れる本件指定表示をもって,不正競争防止法2条1項14号にいう,「商品・・・その広告・・・取引に用いる書類若しくは通信」に品質,内容について「誤認させるような表示をし」ているといえるかについて検討するが,そもそも上記表示は,被告商品の外観に付されたものではないから,被告商品に接した何人でも認識できるような形で表示されているものではないといえる。
しかし,被告商品は,所定のプリンターである原告プリンターに装着されることが予定された商品であり,原告プリンターに装着された場合に,ディスプレイに現れる本件指定表示が需要者によって認識されることが確実に見込まれているものであるから,被告商品のデータによって原告プリンターのディスプレイに表示が現れる以上,これをもって不正競争防止法2条1項14号にいう「商品」に「誤認させるような表示をし」ているといって差し支えないものと解すべきである(需要者は,肉眼では直接認識できない被告商品に付された本件指定表示を,原告プリンターを道具として認識していると説明できるから,このような表示の在り方も,不正競争防止法2条1項14号の趣旨に照らし,同号にいう「商品」に「誤認させるような表示をし」ていることになるというべきである。)。

(2)争点3 原告Aの損害額について
原告Aは,不正競争防止法5条2項(損害額の推定)に基づく請求を行ったところ,被告からは下記に掲げる推定覆滅事由が主張され,本件指定表示による被告商品の販売数量等の増加への寄与は全くないか,仮にあったとしても極めて小さいと主張された。

・リサイクル品の需要者は,リサイクル品と純正品とを明確に区別した上で,あえてリサイクル品を購入しているのであるから,かかる実情に照らせば,被告商品を含むリサイクル品と純正品とは,そもそも別個の市場を形成し,市場において競合していない。
・モノクロトナーカートリッジ全体の市場のうち,リサイクル品は約35%の市場占有率を有しているから,需要者が,被告商品を選択しない場合に,原告純正品を選択する率は,多くても65%にすぎない。
・被告商品は,原告純正品と同等の品質を有しつつ,環境に対する貢献,あるいは安価であることによって選択されているものであり,その点に優位性を有している。
・被告商品には,リサイクル品であることが一見して明らかになる表示が幾重にも施されているから,被告商品の品質や出所につき需要者が誤認することがあったとしても,それは極めてまれである。
・本件指定表示は,原告プリンターのディスプレイに数秒現れるものにすぎないから,需要者の商品購入の選択に与える影響は全くないか,仮にあるとしても極めて小さい。
・被告商品の販売総数の約86%は特定の会社1社が占めていたところ,同社は,被告商品がリサイクル品であることや,原告らによるお墨付き等がないことを認識した上で,被告商品を購入しており,これまでの販売は被告の営業努力や被告商品の品質に基づいているものであるから,少なくとも同社に対する販売に関して,本件指定表示及び本件商標の寄与は全くない。

裁判所は,上記の被告主張を一部認め,被告の受けた利益の額を50%減じた額が,原告Aが受けた損害の額と推定される

・・・確かに証拠によれば,平成21年から平成27年までの間の,モノクロトナーカートリッジ市場における純正品とリサイクル品の市場占有率は被告主張のとおりであることが認められ,その割合が年度によって大きく変動しないことからすると,純正品のトナーカートリッジを購入する需要者は,純正品のトナーカートリッジを購入することを常としていて,リサイクル品を購入する需要者とは重複せず,市場が分かれているように見受けられる(消耗品であるトナーカートリッジの消費数量は,プリンターの台数の何倍にも及ぶはずであるが,それでも購入されるトナーカートリッジのうち純正品トナーカートリッジが上記割合を占めるということは,純正品を購入する需要者の多くは,純正品だけを購入し続けていることが推認できる。)。
したがって,このことは,リサイクル品であることがその包装箱等で明らかにされている被告商品の販売による損害の額を検討するとき,不正競争防止法5条2項の推定を覆滅させる事情であるといえる。
また本件指定表示は,品質の誤認を需要者に引き起こすものであるが,その表示態様は,被告商品を原告プリンターに装着した後数秒間にすぎない上,この種トナーカートリッジの需要者の多くは,業務用プリンターを使用しているような事業者であろうことが推認できるから,被告商品の販売が品質誤認表示という不正競争と関係なくもたらされていた可能性も大きいと考えられ,これらの事情も不正競争防止法5条2項の推定を覆滅させる事情であるといえる。
そうすると,これらの事情を総合考慮すると,被告の受けた利益の額を50%減じた額が,原告Aが受けた損害の額と推定されるものと認定するのが相当である。

4 コメント

本件は,不正競争防止法2条1項14号に基づく請求という比較的珍しい事案であり,同号の文言解釈及び事実認定の判断手法等について,実務上参考になると思われる。
原告Aは,原告純正品のRFIDに記憶された情報に基づき,リサイクル品に係るカートリッジが非純正品であることを需要者に通知する表示を原告プリンターのディスプレイに表示させるように設計していたところ,本件では被告はわざわざRFIDをリセットして,原告純正品と同じ表示がされるように原告純正品を改変していたものであるから,本件指定表示が「商品の・・・品質,内容・・・について誤認させるような表示」に該当するとする裁判所の判断は妥当なように思える。
他方で,推定覆滅事由で認定されたような取引の実情に鑑みると,そもそも純正品と非純正品(リサイクル品)では市場がはっきりと分かれており,商品の包装等自体からもそもそも品質等の誤認が生じる可能性は極めて少ないように思えるため,争点1(品質等誤認惹起行為)及び争点3(原告Aの損害額)の判断の整合性が若干気になるところではある。しかし,前者は差止請求との関係から,本件指定表示に基づき品質等の誤認が生じる可能性をある程度抽象的に判断しているのに対し,後者は現に発生した過去の損害について判断したものであると考えれば,両者の判断は矛盾するものではないと考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸