【平成29年12月14日判決(平成26年(ワ)第6163号) 特許権侵害行為差止等請求事件】

【キーワード】進歩性、新規事項追加、除くクレーム

【判旨】

株式会社カプコンが、株式会社コーエーテクモゲームスに対し、ゲーム装置の特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を提起した事案である。
 株式会社カプコンは、2件の特許に基づいて特許権侵害を主張したが、1件は進歩性がないものとして無効とされ、1件については請求が一部認容された。本稿では、進歩性がないものとされた特許権に係る判断を取り上げる。

第1 事案の概要(判決抜粋) 

 以下、訂正要件及び進歩性判断に係る判旨を抜粋する。

(1)訂正要件についての判断

 訂正事項は、「記憶媒体を」を、「記憶媒体ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。を」に限定する、いわゆる除くクレームとする訂正であるところ、被告は、本件特許Aの当初明細書の記載の範囲を超えて訂正したものであると主張する。 

 この点、訂正は、特許がされた「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲 又は図面・・・に記載した事項の範囲内において」しなければならない(特許法126条5項、134条の2第9項)ところ、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。そして、明細書又は図面に記載されていない事項を訂正事項とする訂正も、明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。 

 そこで、本件特許Aの当初明細書を通覧すると、「所定のキー」に関して、「なお、上記第1、第2および第3キーC1、C2、C3は、狭義には、ゲームのタイトル、バージョンNo.リリース時期、仕向先等、ゲーム内容に直接関係しない情報であってよいが、ゲーム結果等のゲームデータやプログラムの一部を含むことを 妨げない。」(【0032】)との記載があり、「記憶媒体」に関して、セーブデータを記憶可能ではない書換え不可能な記憶媒体であるCD-ROMを使用しても、セーブデータを記憶できる書換え可能な記憶媒体であるフロッピーディスク、ハードディスク、光磁気(MO)ディスクを使用してもよいという記載がある(【0042】)。そうすると、本件特許Aの当初明細書においては、「所定のキー」を記録する「記憶媒体」には、セーブデータを記憶可能なものも記憶可能でないものも含まれていたと認められ、訂正事項2は、「記憶媒体」をそのうちの「セーブデータを記憶可能な」ものを除くものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められる。

 この場合、本件特許の当初明細書には、「記憶媒体」を「セーブデータを記憶可能な」ものを除いたものとすることの技術的意義については何ら記載がないから、そのことに特段の技術的意義があるのであれば、それにより明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し新たな技術的事項を導入するものであることになる。しかし、「記憶媒体」をセーブデータの記憶が不可能なものに限定しても、第の記憶媒体を有しているユーザのみが第の記憶媒体中の拡張ゲーム機能を楽しむことができるという作用効果を奏することに変わりはなく、他方、そのような限定をすることに特段の作用効果や技術的意義があるとは認められないから、訂正事項は、新たな技術的事項を導入するものではないと認められる。したがって、訂正事項2に関する訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるといえるから、被告の上記主張は採用できない。

(2)進歩性についての判断

) 本件訂正発明A-1
a 公知発明との相違点 
(a) 相違点1-1 
 本件訂正発明A-1は、「記憶媒体(ただし、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」であるのに対し、公知発明1は「セーブデータなどを記憶可能なディスク」(RWM-Read/Write Memory)である点。 

(b) 相違点1-3 
 本件訂正発明A-1の「第1の記憶媒体」は、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除くから、「所定のキー」はセーブデータを含まないのに対し、公知発明1では、魔洞戦紀DDIに包含される「所定のキー」が、魔洞戦紀DDIに記憶されたセーブデータであって、魔洞戦紀DDIにセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報である点。

(イ)相違点に係る構成の容易想到性
 
前記認定事実によれば、ゲームソフト業界においては、本件特許の出願前からゲームソフトの大容量化が進められており、ゲーム内容や音楽効果をより多彩にするためにゲームソフトの記憶媒体に大容量のCD-ROMを用いることは、本件特許の出願前の時点で周知技術であったと認められる。そうすると、ゲームプログラム等の記憶媒体としてCD-ROMを採用すること相違点1-1)は、それ自体としては、当業者が容易に想到し得たものであるといえ、その場合には、CD-ROMは読出し専用の記憶媒体であることから、セーブデータを記憶できない記憶媒体であることになる(なお、CD-ROMも、ゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体である。)。     

 もっとも、公知発明のゲームプログラム等の記憶媒体として、RWM(ディスクに代えてCD-ROMを採用することの容易想到性については、それにより所定のキーもセーブデータでなくなること相違点1-3)から、別途の検討が必要であり、原告は、公知発明RWMをセーブデータを記憶できない読出し専用の記憶媒体に変更することには阻害要因があると主張する

 確かに、前記認定のとおり、公知発明1に係るディスクシステムは、ゲームのデータをセーブする機能を有するようになったことや、ディスクに書き込まれたゲームプログラムの書換えができることを大きな特徴としているから、公知発明1の記憶媒体をRWMからCD-ROMに変更したときには、これらの機能が損なわれることが想定される。

 しかし、まず、公知発明1や前記のMSX規格の複数のゲームソフトの存在からすると、連作もののゲームソフトにおいて、続編のゲームソフトのみでもその標準ゲーム機能を楽しむことができるが、前編のゲームソフトを有しているユーザであれば、それに記録されたキー・データを用いて続編のゲームソフトの拡張ゲーム機能を楽しむことができるようにするという技術は、本件特許の出願前で、ゲームソフトの記憶媒体としてCD-ROMが普及する以前の、セーブ機能がないROMカセットの時代から既に当業者の間で周知であったと認められる以下「上記の周知技術」という。。そして、複数の大手ゲームソフト企業からその技術を採用したゲームソフトが発売されていたことからすると、その技術がゲームソフトを販売する上で有用であるとの認識が、当業者の間で共有されていたものと推認される。

 そうすると、ゲームソフト業界がソフトの大容量化を進める状況下で、ゲームソフトの記憶媒体として新たに普及してきたCD-ROMという大容量の記憶媒体についても、既に公知発明や前記のMSX規格のゲームソフトにおいて採用されていた上記の周知技術を適用していくことについて、当業者には十分な動機付けがあったと認めるのが相当である。 

(中略)

 さらに、そもそも本件訂正発明A-1において、記憶媒体をセーブデータを含まないものに限定し、それに伴い所定のキーもセーブデータを含まないものとすることは、先に訂正要件について検討したとおり特段の技術的意義を有しないものである。これらからすると、当業者において、上記の周知技術をCD―ROMという記憶媒体に適用するという動機付けに基づき、公知発明1の所定のキーを上記の1のデータのみに変更し、セーブデータを含まないものとすることは、当業者が適宜選択可能な設計変更にすぎないというべきである。

第2 考察

 公知発明1によって本件発明A−1に新規性がないものと判断されたため、特許権者は、本件発明A−1の記憶媒体からセーブデータを記憶可能な記憶媒体を除くとする除くクレームに係る訂正の再抗弁を主張し、無効理由の解消を試みた。

 本件明細書には、記憶媒体としてCD−ROMが列記されていたが、それを用いることによる技術的意義が記載されていなかった。そのため、裁判所は、CD−ROMを記憶媒体として用いる点は、明細書に開示された内容に対して新たな技術的事項を導入するものではないとして、訂正を適法とした。

 一方、公知発明1に対する進歩性判断においては、記憶媒体からセーブデータを記憶可能な記憶媒体が除かれたため、本件発明A−1と公知発明1との間に、新たに相違点1−1及び1−3が生ずることとなった。しかし、裁判所は、これらの相違点について特段の技術的意義を有しないものと判断し、本件発明A−1を進歩性違反により無効と判断した。裁判所は、かかる判断に際して、除くクレームとする訂正が新たな技術的意義を導入するものでないことを理由として挙げている。

 理論的には、新規事項の追加にかかる判断と、訂正された発明が公知発明に対して進歩性を有するか否かの判断とは無関係であるが、裁判所は、結局のところ、訂正によって追加された構成について明細書に特段の技術的意義が挙げられていなかったことから、公知発明に対して進歩性を肯定するだけの特徴と見ることはできないと評価したものと思われる。

 公知発明1は、セーブデータを利用する態様のみを開示していたものであるから、阻害要因の主張が成り立つ余地も十分にあると考えられる。もっとも、本件では、セーブデータを記憶可能な記憶媒体を利用しない周知技術が多く認定されており、これらの周知技術も進歩性を否定する材料として評価されているため、結論としては妥当な判断である。

以 上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓