【平成29年(行ケ)第10049号(知財高裁H29・9・14)】

【判旨】
 本願商標に係る特許庁の不服2016-1536号事件について商標法4条1項7号の判断を誤ったことを理由として,取り消した事案である。
【キーワード】
Advanced Midwife,アドバンス助産師,保助看法,商標法4条1項7号

事案の概要

 原告は,平成26年12月9日,指定役務を第35類「市場調査又は分析,助産師のあっせん,助産師のための求人情報の提供」,第41類「セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,書籍の制作,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供」,第44類「助産,医業,医療情報の提供,健康診断,調剤,栄養の指導,介護,医療看護その他の医業」及び第45類「乳幼児の保育」を指定役務として,「Advanced Midwife アドバンス助産師」の文字を横書きしてなる商標(以下,「本願商標」という。)の登録出願をし(商願2014-108031号。甲29),平成27年7月8日付けで,本願商標の指定役務から,第45類「乳幼児の保育」を除く補正をした(甲30)が,同年11月6日付けで拒絶査定を受けた(甲31)ので,平成28年2月2日,これに対する不服審判請求をした(不服2016-1536号。甲47)。
 特許庁は,平成29年1月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日に原告に送達された。

争点

本願商標が,商標法4条1項7号に該当するか。

本願商標

Advanced Midwife アドバンス助産師
指定役務は【事案の概要】を参照。

判旨抜粋(証拠番号等は適宜省略する。)

1 認定事実
以下に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
(1) 原告の前身である特定非営利活動法人日本助産評価機構は,平成19年1月に設立され,平成20年4月8日,専門職大学院のうち助産分野の評価を行う認証評価機関として,学校教育法110条の規定によって,文部科学大臣に認証された。
(2) 原告は,平成26年11月25日,「母子を中心とした一般市民を対象として,助産実践及び教育の第三者評価及び認証に関する事業を行うことで,助産教育及び実践の質の向上と利用者の選択の利便を支援すると共に,その成果を助産教育機関・助産所・実践助産師・一般市民に情報開示し,社会における助産サービスの質がより一層向上し,ひいては母子の保健・福祉の向上に寄与すること」を目的として設立された。原告は,引き続き,専門職大学院の評価事業を行うほか,助産師養成機関や助産所の第三者評価事業を行ってきた。
(3) 助産関連5団体は,既に助産師資格を有する者のうち,公益社団法人日本看護協会が開発した助産実践能力習熟段階(クリニカルラダー)のレベルⅢ・・・に到達している者を「アドバンス助産師」と認証する制度を創設し,原告にその認証を行わせることとして,原告は,平成27年8月1日から,認証申請の受付を開始した。原告は,同年12月25日,申請者のうち5562人を「アドバンス助産師」と認証した。
(4) 厚生労働省は,平成27年10月15日,第2回周産期医療体制のあり方に関する検討会を開催し,この中で,アドバンス助産師認証制度が紹介された。
(5) 原告は,平成28年12月24日,申請者のうち5440人を「アドバンス助産師」と認証した。
(6) 厚生労働省医政局地域医療計画課長は,・・・通知において,周産期医療の体制を構築するに当たっての現状把握のための指標例として,「アドバンス助産師数」を挙げた。
(7) 病院によっては,ウェブサイトに「アドバンス助産師」が病院内に存在することを記載し,充実した周産期医療を提供できることを広報している病院がある。
(8) 原告は,「アドバンス助産師」の認証を行う団体として,類似の民間資格等が出現することを防ぐために本願商標の出願をした。
2 判断
(1) 前記1(3),(8)のとおり,「アドバンス助産師」認証制度は,既に助産師資格を持つ者であって,一定の助産実践能力を有する者を「アドバンス助産師」と認証するものであるところ,原告は,「アドバンス助産師」を認証する団体であることから,本願商標の出願をしたものである。そうすると,本願商標は,助産師でない者を「助産師」と称するために出願されたものではないから,本願商標が登録されたからといって,保助看法42条の3第2項の規定に違反する事態が発生するおそれがあるということはできない。
(2) 本願商標のうち「Advanced Midwife」の文字部分の「Advanced」,「Midwife」の各欧文字は,「上級の」,「助産師」をそれぞれ意味する英語である(乙3,4)から,「Advanced Midwife」の欧文字部分からは,「上級の助産師」の意味が生じるものと認められる。また,本願商標のうち,「アドバンス助産師」の文字部分からは,「上級の助産師」という意味が生じるものと認められる。
 そうすると,本願商標は,「上級の助産師」の意味が生じる語を日本語表記及び英語表記で表示したものであって,本願商標全体としても,「上級の助産師」の意味を生じるということができる。
 ところで,①前記1(3)のとおり,「アドバンス助産師」制度は,助産関連5団体によって創設されたもので,「アドバンス助産師」を認証するための指標は,公益社団法人日本看護協会が開発したものであるから,その専門的知見が反映されているものと推認されること,②前記1(1),(2)のとおり,原告は,専門職大学院の評価事業のほか,助産師養成機関や助産所の第三者評価事業を行っており,助産分野の評価を適切に行えるものと推認されること,③前記1(6)のとおり,「アドバンス助産師数」は,厚生労働省により周産期医療体制の現状把握のための指標例とされていること,以上の事実からすると,「アドバンス助産師」認証制度は,一定程度の高い助産実践能力を有する者を適切に認証する制度であると評価されるべきものと認められる。また,前記1(3),(5)のとおり,「アドバンス助産師」認証制度は,平成27年から実施され,既に1万人を超える「アドバンス助産師」が存在すること,前記1(7)のとおり,各病院において,ウェブサイトに「アドバンス助産師」の認証を受けた助産師が存在することを記載し,充実した周産期医療を提供できることを広報していることからすると,「アドバンス助産師」は,国家資格である助産師資格を有する者のうち,一定程度の高い助産実践能力を持つ者を示すものであることが,相当程度認知されているものと認められる。
 そうすると,本願商標に接する取引者,需要者は,「アドバンス助産師」を,助産師のうち,一定程度の高い助産実践能力を持つ者であると認識するということができるところ,その認識自体は,決して誤ったものであるということはない。
(3) 国家資格の中には,知識や技能の難易度等に応じて,同種の資格の中で段階的にレベル分けされているものがあることが認められる(乙21~28)が,上級の資格を「アドバンス」と称する国家資格があるとは認められないこと(甲28参照)や前記のとおり「アドバンス助産師」制度が相当程度認知されていることからすると,「アドバンス助産師」が「助産師」とは異なる国家資格であると認識されるとは認められないし,仮に,そのように認識されることがあったとしても,以上の(1),(2)で述べたところからすると,本願商標が国家資格等の制度に対する社会的信用を失わせる「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」ということはできない。
(4) したがって,本願商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできない。

解説

 本件は,商標権に係る審決取消訴訟である。特許庁は,本願商標について,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるとして,商標法4条1項7号1にもとづいて拒絶査定(及び審決)をおこなったものであるが,裁判所はこれを取り消した。
 裁判所は,出願人の来歴,従前の活動,本願商標に係る標章が従前どのように使用されてきたのかを詳細に認定した上で,「本願商標に接する取引者,需要者は,「アドバンス助産師」を,助産師のうち,一定程度の高い助産実践能力を持つ者であると認識するということができるところ,その認識自体は,決して誤ったものであるということはない」とし,「本願商標が国家資格等の制度に対する社会的信用を失わせる『公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標』ということはできない」と判断した。
 裁判所の認定によれば,「アドバンス助産師」という標章は,国家資格である助産師資格を有する者のうち,一定程度の高い助産実践能力を持つ者を示すものであることが,相当程度認知されているということであり,公序良俗に反するとまでは言えないとの裁判所の判断は,妥当であろう。
 本件は,裁判所が非常に丁寧な事実認定を行っており,また,商標法4条1項7号の公序良俗に係る珍しい事例であることから,実務的に参考になるため,ここに取り上げるものである。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志

1第四条  次に掲げる商標については,前条の規定にかかわらず,商標登録を受けることができない。
(中略)
七  公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標