【平成29年11月30日判決(東京地裁平28(ワ)39690号)】

【判旨】
被告の100%子会社である本件会社の従業員であった原告が、被告から指揮命令や資源提供を受けて職務発明を行い、同発明に係る特許を受ける権利を被告に承継したにもかかわらず、被告から同承継に係る対価を受領していないとして、被告に対し、同職務発明の相当対価のうち1億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案において、原告は、本件会社が被告から委託を受けた本件会社の業務について、本件会社の従業員の職務として、本件発明をするに至ったものと認められいと判断された。

【キーワード】
充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条、包袋禁反言

1.判旨(争点(1)について)

「争点(1)(本件発明は被告との関係で職務発明に当たるか)について
  (1) 前記前提事実(第2,1)に加え,証拠(甲1,4,5,乙1,2)(ただし,甲1,4のうち後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
   ア 原告は,平成9年7月1日,勤務していた被告(当時の新日本製鐵株式會社から,当時の日鐵テクノリサーチに出向し,平成16年7月1日,同社に転籍した後,平成21年6月30日に同社を定年退職した。原告は,同年7月1日,同社との間で期間の定めを1年とする嘱託雇用契約を締結したが,平成22年6月30日の経過をもって期間満了となり,さらに,同年11月30日,同社との間で雇用期間を1年とするアルバイト契約を締結し,平成23年11月30日,同契約は更新されたが,原告から退職の申出がなされ,同年12月末日をもって,原告は,同社を退職した。
   イ 被告は,平成20年4月16日,当時の日鐵テクノリサーチとの間で,同社に対し,被告の製鉄所に入港する原料船の喫水検定管理実務について,以下の業務等を委託し,所定の対価を支払う旨の本件委託契約を締結し,その後も同様の業務委託が継続した。
 (ア) 原料の検量に関わるデータの収集・解析・管理並びにその課題抽出及び改善活動の実施(第2条(1))
 (イ) 原料の検量に立会同席した上での課題抽出及び改善提案(第2条(2))
 (ウ) 原料の検量等に関する船会社との打ち合せ及び検査会社の指導(第2条(3))
 (エ) 被告の各製鉄所にて喫水検定項目が適切に行われていることの確認及び指導業務(第2条(8))
 (オ) その他上記各号に定める業務に付帯関連する業務(第2条(9))
   ウ バラストタンクは,船舶の安定性を確保するためのバラスト水をためる,船舶内に設置されたタンクである。バラストタンク内のバラスト水の水量は,船舶における貨物の積載量を測定するために用いられており,船舶における貨物の積載量を正確に算出するためには,バラスト水の水量を正確に測定する必要がある。
 原告は,被告に勤務していた頃から,バラストタンク内のバラスト水量を測定する喫水検査に立ち会っており,日鐵テクノリサーチに転籍した後も同様に同業務に関与していたが,喫水検査に立ち会っている際に,「●(省略)●」
   エ なお,原告が平成19年2月20日付けで作成した「豪州定期船における問題点と是正対策の概略(案)」と題する書面(甲5)は,「(株)日鐵テクノリサーチ君津事業部」名義で作成されている。
  (2) 以上の認定事実によれば,①原告は,平成16年7月に,被告の100%子会社である日鐵テクノリサーチに転籍し,本件発明をした平成21年頃も,同社と雇用契約を締結していたこと,②原告は,日鐵テクノリサーチの従業員として,喫水検査等に関する業務に携わった際に,「●(省略)●」にも,「(株)日鐵テクノリサーチ 君津事業部」との肩書が記載されており,かかる原告の行為は日鐵テクノリサーチの業務の一環として行われたものといえること,以上の事実が認められる。
 これらの事情を総合すれば,原告は,日鐵テクノリサーチが被告から委託を受けた日鐵テクノリサーチの業務について,日鐵テクノリサーチの従業員の職務として,本件発明をするに至ったものと認められるから,本件発明が被告との関係で職務発明に当たるとはいうことはできない。
 これに対し,原告は,本件発明に際して,被告が原告に対して直接指揮命令を行い,また,開発費用の負担や物的資源の提供を行っていたから,被告は,特許法35条における使用者に該当する旨をるる主張するが,上記主張に係る事実を認めるに足りる的確な証拠はない(なお,原告は,被告が本件委託契約に基づき委託料を支払ったことや,原告による実地試験が被告の荷物を輸送する船舶上で行われたことが,物的資源の提供に当たる旨も主張するが,そのような事実は職務発明の認定上考慮すべき物的資源の提供に当たらないというべきである。)から,上記主張はいずれも採用できない。
  (3) 以上によれば,本件発明が被告との関係で職務発明に当たるとは認められない。」

2.検討

 出向社員の場合に、出向元と出向先のいずれが特許法35条1項の「使用者」に該当するのかは、様々な要素を考慮しなければならず¹、いずれが使用者に該当するか一概に判断ができない場合もあると考えられる。一方、本件のような転籍出向の場合は、基本的には、出向先と従業員での雇用契約となることから、原則は、出向先が「使用者」に該当するのであり、出向元が「使用者」に該当するというためには、出向元の貢献によって発明が創作されたことを示す多くの事情が積み上げられなければ、出向元が「使用者」に該当することにはならないと考えられる。本件で、原告は、被告が直接指揮命令を行っていたことや、開発費用の負担、物的資源の提供を行っていた事実を主張していたが、的確な証拠がないと判断されている。仮に、これらの事実が立証されていれば、出向元が「使用者」に該当すると判断されていた余地はあるようにも思えるが、原則は、雇用関係がある出向先が「使用者」に該当する以上、これらの事実の立証なしに、出向元が「使用者」になることはないと考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


¹「最も問題となるのは出向社員の場合であろう。親会社から子会社へ,あるいは企業から大学へ出向し,そこで発明をなすことは決してめずらしくないが,その発明の処理には複雑な問題が生ずる。この問題については,当該従業員に給与を与えている者を使用者とすべきであるとの学説がある(吉藤230)。誰が給与を支払っているのか,という点は大きなメルクマールではあるが,それだけですべてを決することはできないであろう。特許法は,資金・資材等の提供者である使用者と技術的思想の提供者である従業員との間の利害調整のための規定である。その場合の資金・資材等には,給与以外の研究費・研究資材・補助員の提供等も含まれるのであり,それらすべてを考慮の上,誰が使用者であるのか決定すべきである。この際の使用者は特許法35条における概念であり,民法の雇用関係,労働法上の労使関係等から生ずる使用者の概念とは必ずしも同一である必要はない。」(中山信弘編著『注解特許法【上巻】』(青林書院、第3版、2005年)337頁~338頁)