【平成29年11月28日判決(大阪地裁 平成28年(ワ)第12671号)】

【判旨】
原告が、原告商品の形態が周知の商品等表示であることを前提に、被告による被告商品の販売行為等が不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に当たると主張して、被告に対し、被告商品の譲渡等の差止め、廃棄及び損害賠償を求めた事案。裁判所は、商品の形態に特別顕著性があるといえるためには、その商品の形態が機能・効用に資するだけにとどまらないといえる感覚に訴える独自の意匠的特徴を有し、需要者等が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えていることが必要であるところ、原告主張特徴ⅠないしⅢをもって原告商品の形態に特別顕著性があるとはいえず、またその商品の形態ゆえに原告商品が周知になっているとも認められないから、原告商品の形態が商品等表示性を有するとは認められないとして、請求を棄却した。

【キーワード】
不正競争防止法2条1項1号、商品形態、商品等表示、特別顕著性、周知性

1 事案の概要及び争点

(1)事案の概要
本件で問題となった商品はいわゆる「工具箱」であり、原告商品・被告商品の各形態は以下のとおりである。原告は、昭和54年以降、原告商品を製造販売しており、被告は、平成25年頃以降、被告商品を輸入販売している。

原告商品 被告商品
   

原告は、原告商品が備える形態上の特徴として、下記の原告主張特徴Ⅰ~Ⅲを主張した。

【原告主張特徴Ⅰ】

直方体形状の下段大箱(A)と、その下段大箱(A)の上面開口幅を半分ずつ閉塞する一対の中段小箱(B)、(B)と、その中段小箱(B)、(B)の上面開口を閉塞する一対の上段小箱(C)、(C)と、その上段小箱の上面開口を閉塞する一対の天蓋(D)、(D)とから成る3段の積み重ね形態であること

【原告主張特徴Ⅱ】

上記3段積み重ねの工具箱は、その長手方向の両端部(左右両側面)に並列設置された平行リンク機構を介して、幅方向(前後方向)へ移動することにより開閉するようになっていること。
しかも、その平行リンク機構は下段大箱(A)と中段小箱(B)、(B)とを枢支連結する内側位置の短いリンクピース(1)、(1)と、その中段小箱(B)、(B)と上段小箱(C)、(C)とを枢支連結する外側位置の短いリンクピース(2)、(2)と、その短いリンクピース(1)、(1)同士、(2)、(2)同士の内外相互間(中央)に位置して、下段大箱(A)と中段小箱(B)、(B)と上段小箱(C)、(C)とを枢支連結する長いリンクピース(3)、(3)とから成り、その長いリンクピース(3)、(3)の上端部同士が水平の長い把手(4)、(4)によって連結一本化されており、その把手(4)、(4)だけを長いリンクピース(3)、(3)と別個独立して起伏操作することができないようになっていること

【原告主張特徴Ⅲ】

上記工具箱の天蓋(D)、(D)は、上段小箱(C)、(C)における長手方向の両端部(左右両側面)に枢着されているほか、短い開閉リンク(5)、(5)を介して上記長いリンクピース(3)、(3)の中途部と枢支連結されている。そのため、把手(4)、(4)による工具箱の開閉動作に応じて、その上段小箱(C)、(C)の天蓋(D)、(D)も自ずと追従して開閉することになること(以下「原告主張特徴Ⅲ」という。)。

(2)争点
本件においては、①原告商品の形態の商品等表示性、②原告商品と被告商品の類似性、③誤認混同のおそれ、④損害額、の4点が争点となり、特に①において原告商品の形態の「特別顕著性」及び「周知性」の有無が問題となった。

2 裁判所の判断

まず、裁判所は、争点①の商品等表示該当性について、「特別顕著性」及び「周知性」の双方を備える場合には商品等表示に該当し得るとの一般的な規範を示しつつ、商品の機能・効用に由来する商品の形態については、その性質上、出所表示にはなりにくいものと考えられるから、特別顕著性があるといえるためには、「その商品の形態が機能・効用に資するだけにとどまらないといえる感覚に訴える独自の意匠的特徴を有し、需要者等が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えていること」が必要と判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

 1  争点(1)について

(1)  商品の形態は、商標等とは異なり、本来的には商品としての機能・効用の発揮や商品の美観の向上等のために選択されるものであり、商品の出所を表示する目的を有するものではないが、①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして広く知られるようになっている(周知性)場合には、商品の形態自体が特定の出所を表示するものとして、「商品等表示」性を有するに至るものと解される。

なお、商品の形態の特別顕著性は、商品の機能・効用に由来するからといって直ちに否定されるべきではないが、機能・効用の発揮のために選択される商品形態の要素は、その性質上、出所表示にはなりにくいものと考えられるから、商品の形態に特別顕著性があるといえるためには、その商品の形態が機能・効用に資するだけにとどまらないといえる感覚に訴える独自の意匠的特徴を有し、需要者等が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えていることが必要というべきである。

次に、裁判所は、原告商品と同じ3段積み重ねの工具箱が同業他社から多数販売されていること、原告商品の販売開始当時(昭和54年)より前にも原告により2段積み重ねの工具箱が販売されていたこと、原告商品の販売開始後間もなくして3段積み重ねの工具箱について複数の実用新案出願がされていること、等を根拠として、原告の商品形態は特別顕著性を有しないと結論付けた。

   イ すなわち、原告は、まず原告商品の形態の特徴として、原告主張特徴Ⅰを挙げるが、同主張に係る特徴は、要するに、原告商品が一対の天蓋と下段を一つの箱とし、これに左右に展開する小箱を2段積み重ねて3段に積み重ねた形態であることをいうものにすぎない。しかし、そのような形態の商品は、現在では、複数存在しているし、原告商品の販売開始とされる昭和54年当時であっても、原告においては2段積み重ねの同種工具箱をより多品種販売し、これを一般需要者向けにも販売している様子がうかがえ、さらにその当時、原告以外の者により、3段積み重ねの工具箱の構造についての実用新案の出願が複数されているところからすると(上記(2)ア、ウ)、2段積み重ねの工具箱をさらに3段積み重ねにすることに構造上の技術的課題があったとしても、それだけでは機能・効用に資するだけにとどまらない感覚に訴える意匠的特徴があるとはいえず、これをもって原告商品の形態に特別顕著な特徴があるとは認められない。

また原告主張特徴Ⅱ及びⅢは、工具箱を水平方向に横開きすることを可能にする把手部分及びリンク機構の構成という原告商品の形態の機能的特徴にとどまらず、これにより実現される工具箱の蓋及び各箱の連動した開閉時の動きという原告商品の機能や効用そのものも特徴としていうものと解されるが、原告商品の販売当初から、原告においては、2段積み重ねでリンク機構を用いて水平方向に横開きする工具箱を多品種販売していたし、これを1段多くして3段積み重ねとした工具箱に平行リンク機構を用いて水平方向に横開きにする工具箱は、上記(2)イのとおり、現在においては、多種類が販売されている。特に、被告商品により先に販売されていたTONE工具箱は、把手部分が可倒式である以外は原告商品と構成が同じであって、原告主張特徴ⅠないしⅢを備えるものである。それ以外の3段積み重ねでリンク機構を用いて横開きする工具箱も、①把手部分の開閉操作により工具箱全体を連動した動きで開閉することができるが、蓋は別操作により開閉するもの(FACOM社の工具箱)、②蓋を開閉させるリンクの構造が一部異なるが、原告商品同様の3段積み重ねの工具箱が格納状態でトランクのような外観となるようされたもの(京都機械工具株式会社製の工具箱)、③蓋を連動させるリンクがないほかは、原告商品と同様のリンク機構を備え、蓋については全面を1枚で覆う手で開く片開きの蓋となるもの(株式会社リングスター製の工具箱)、④把手は箱の開閉操作に関係しない門字型をなす1本の部材であり、箱の開閉を規制するリンク機構は、蓋を連動させるリンクがない以外、原告商品と同じもの(HAZET社製の工具箱)というものであって、それぞれ工具箱の小箱部分がリンク機構を介して水平方向横開きに連動して開閉操作できるという基本的機能・効用は原告商品と同じであるが、把手部分やリンク機構の構成を原告商品と異なる構成にすることにより、把手部分の用い方や工具箱の開閉のさせ方などの点で原告商品と少しずつ異なる機能・効用を実現し、もって市場に複数ある3段積み重ねの工具箱のなかでの、それぞれの商品の特徴としているものと認められる。

うすると、原告主張特徴Ⅱ及びⅢは、商品の形態だけにとどまらない要素をもいう点をさておいても、結局、3段積み重ねの工具箱においてリンク機構を用いる場合に考えられ得る設計上の選択のうち、一つの類型の特徴にいうにすぎないものということができ、そのことは、この種の工具箱を購入する需要者であれば容易に理解することができ、またこれら需要者は製品の機能や効用を重視して、その用途目的に合わせた製品を選択すると考えられるから、これらの特徴をもって原告商品の形態に機能・効用に資するだけにとどまらない感覚に訴える独自の意匠的特徴があるとはいえない。

したがって、原告主張特徴Ⅱ及びⅢをもって、原告商品の形態に特別顕著性があるということはできない。

そして、原告主張特徴Ⅰが特別顕著なものといえないことは上述のとおりであり、さらに原告主張特徴Ⅱ及びⅢにかかわる上記判断は、結局、3段積み重ねの工具箱という同Ⅰの形態的特徴を前提にしているものであるから、原告主張特徴ⅠないしⅢはこれを総合考慮しても、原告商品の形態が同種商品にない特別顕著なものであるということはできないことに変わりはなく、そのほか原告商品の形態に特別顕著性を肯定し得る形態的特徴はうかがえない。

また、裁判所は、昭和54年から平成22年まで、訴外第三者から3段積み重ねの工具箱が発売されるまでの期間を含め、原告商品の形態が長期間、原告によって独占されて販売されていた事実を認めつつも、その販売数がそれほど多くないことや、その間に原告商品について特別な宣伝広告がされていた事実がないこと等を踏まえ、原告商品の形態は周知性を獲得していないと結論付けた。

   ウ なお、昭和54年に販売が開始された原告商品(平成14年以降はトラスコ製品としての販売)は、平成22年9月にTONE工具箱(上記(2)イ(ア))が販売されるまで同種機構を持つ3段積み重ねの工具箱が存在しない中で販売され、被告商品が販売されるようになった当時でも、同種機構を持つ3段積み重ねの工具箱は原告商品及びTONE工具箱だけであったというのであるから、原告商品の形態は長期間、原告によって独占されて販売されていたということができる。

しかし、仮に原告商品の形態に弱いながらも顕著性を肯定できるとしても、その売上個数は、金属製工具箱の市場において半分以上のシェアを占める原告においてすら、●(省略)●にすぎず(別紙GT-470売上推移に販売個数の記載のない年度についても、売上の変動から同程度と認められる。)、またこの間に原告商品について特別な宣伝広告がされた事実は認められず、単に横開きできる各種ある複数段を積み重ねの工具箱の一つとして、総合カタログであるオレンジブックに掲載されていたという程度にとどまるというのであるから、原告が金属製工具箱のメーカーとして需要者間で広く知られていることを考慮しても、被告商品が市場で販売されるようになった平成25年当時も、それ以降も、需要者の間で原告商品の形態が広く知られ、その形態から特定の営業主体の商品であると識別されるなどの出所表示機能を有するに至っていたものとはおよそ認められない。

(4)  したがって、原告商品の形態には特別顕著性も周知性も認められないから、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示に該当するとはいえず、その旨の原告の主張は採用できないというべきである。

3 むすび

本件は、商品の形態が機能・効用に由来するものである場合において、不正競争防止法2条1項1号による商品形態の保護を否定した事例として、実務上参考になると思われる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 丸山真幸