【平成30年1月30日判決(東京地裁 平成29年(ワ)第5074号)】

【判旨】
 発明の名称を「自動麻雀卓」とする本件特許権を有する原告が、被告において各被告製品を輸入・販売する行為は原告の同特許権を侵害すると主張して、被告に対し、各被告製品の輸入・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、損害賠償を求めた事案。裁判所は,各被告製品は、本件発明の構成要件I及びKをいずれも充足しないから、被告が各被告製品を製造、販売等することが本件特許権を侵害するものとは認められないとして、原告の請求を棄却した。

【キーワード】
クレーム解釈,特許法70条1項,70条2項

1 事案の概要

(1)本件特許権の内容
 本件特許権の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件

内容

A 各場へ牌を供給するための4つの開口が設けられている天板を有する本体と,
B 磁性体を埋設した牌を攪拌するため前記本体内に設けられた攪拌装置と,
C 前記各場の開口に対応してそれぞれ前記攪拌装置から牌を取り上げる汲上機構と,
D 該汲上機構によって取り上げられた牌を一方向に整列して送り出すための整列機構と,
E 該整列機構から牌を受け取り所定の整列牌を形成して待機させるための形成・待機機構と,
F 該形成・待機機構で形成され待機している前記整列牌を対応する開口から天板上に上昇させる機構とを備えた自動麻雀卓であって,
G 前記攪拌装置は回転するターンテーブルと外壁とが設けられ,攪拌された牌は前記ターンテーブルの回転により外壁に向かって移動させ,
H 前記牌を取り上げる汲上機構は円筒回転体が設けられ,
I 該円筒回転体の周面部位には前記円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面を配設し,
J 前記吸着面の中心には磁石を埋没し,前記吸着面に磁気力により牌を吸着して下方から上方に吸い上げるように円筒回転体を回転させ,
K 前記整列機構は,前記円筒回転体に吸い上げられた牌の方向を揃えるため前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材と,
L 該案内部材の延長上であって前記円筒回転体の頂上付近には前記円筒回転体の吸着面から牌を剥離して前記形成・待機機構に導くための誘導路を設け,
M 前記円筒回転体によって下方位置にて取り上げられたは,前記案内部材にそって牌の向きを揃えながら上方に移動するとともに前記誘導路の一端に捕捉されて前記円筒回転体から離脱するようにした
N ことを特徴とする自動麻雀卓。

 本件特許発明は,円筒回転体による牌の汲上機構を備えた自動麻雀卓であって(構成要件C,H),円筒回転体の吸着面の中心に牌を吸着する磁石が設けられ(構成要件I,J),当該吸着面に吸着した牌の向きを揃えるための案内部材(構成要件K)と,当該吸着面から牌を剥離するための誘導路(構成要件L)とを備えている(参考図1)。

※参考図1

 そして,構成要件Mに記載のように,円筒回転体によって下方位置にて取り上げられた牌は,案内部材にそって牌の向きを揃えながら上方に移動するとともに,誘導路の一端に捕捉されて円筒回転体から離脱する(参考図2)。円筒回転体を縦回転に回転させることで,攪拌装置から牌を取り上げる汲上機構を小型にすることができると共に,自動麻雀卓の全体が小型、軽量、コンパクトとなるため経済的にも有利となる(明細書【0009】段落)。

※参考図2

(2)被告の行為
 被告は自動麻雀卓の販売等を業とする者であり,被告製品の製造・販売を行っていた。なお,被告製品は,上記参考図1,2と同様に磁石が埋没された円筒回転体を備えていたが,①吸着面の幅が比較的広く,牌の横幅(短手方向)よりも縦幅(長手方向)に近い長さとなっていること,②案内部材に相当する突出部が,円筒回転体の側面よりも内側に設けられていること,③円筒回転体にベルトが巻き付けられており,牌が汲み上げられた後はベルトコンベアにより牌が搬送される方式であること,等の構成上の違いがあった。

2 本件の争点

 本件の争点は,ほぼ全て構成要件充足性に係るものであり(本訴訟では無効論は争点となっていない。)下記のとおりである。本稿では,争点1(構成要件I)及び争点2(構成要件K)について採り上げる。

(1) 被告製品が構成要件Iを充足するか否か(争点1)
(2) 被告製品が構成要件Kを充足するか否か(争点2)
(3) 被告製品が構成要件Lを充足するか否か(争点3)
(4) 被告製品が構成要件Mを充足するか否か(争点4)
(5) 構成要件Mについての均等侵害の成否(争点5)

3 裁判所の判断

(1)構成要件I及びKに関するクレーム解釈
 まず,裁判所は,本件明細書の記載等を引用しつつ,構成要件I及びKの技術的意義は,吸着面からはみ出た牌の部分に「案内部材」を当接させることによって,牌の向きを揃えることにあると認定した。

※判決文抜粋(下線部は筆者付与)

  (2) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載に加え,上記(1)の本件明細書の各記載,特に【課題を解決するための手段】として「該円筒回転体の周面部位には前記円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面を配設し,」,「前記円筒回転体に吸い上げられた牌の方向を揃えるため前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」「を設け,前記円筒回転体によって下方位置にて取り上げられた牌は,前記案内部材にそって牌の向きを揃えながら上方に移動する」(段落【0008】)との記載を勘案すると,本件発明の構成要件I及びKは,それぞれ円筒回転体の周面部位に配設された「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面」上で,吸着面からはみ出た牌の部分に「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」を当接させることによって,牌の向きを揃えるという技術的意義を有するものと認められる(なお,本件明細書の「図10及び図11を参照して、吸着面401Bに様々な角度にて吸着した牌10が、整列機構500により縦長方向に整列する動作について説明する。案内部材501の入り口付近で吸着面401Bからはみ出た側面が、案内部材先端502に接触して抵抗を受けるが、牌10に埋設されている磁石11の中心が、円筒回転体401に埋設されている磁石401Cの中心に吸引されて回転しながら向きを変え、当該側面が案内部材501の内壁面501Aと並行状態になって整列機構500の内部に進入する。」との実施例の記載(段落【0033】)も上記認定を裏付けるものといえる。)。

 そして,上記の技術的意義に照らせば,構成要件Iの「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅・・・・・・・・・・・・・・・・・・・をもつ吸着面」とは,吸着面の幅が牌がはみ出る程度に狭くなっていることを意味し,構成要件Kの「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した・・・・・・・・・・・・・・・・・・・案内部材」とは,吸着面からはみ出した牌に当たるように案内部材を配設することを意味し,吸着面よりも内側に配設された案内部材は含まないとした。

※判決文抜粋

 そうすると,本件発明の構成要件Iの「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面」は,吸着面の幅が,牌の横幅(短辺)と同一か,牌の吸着面からはみ出た部分に案内部材を接触させることによって牌の方向を揃えることができる程度に狭くなっていることを意味し,少なくとも牌の縦幅に近似した幅を有する吸着面はこれに含まれないと解するのが相当である。また,構成要件Kの「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」は,吸着面の幅が上記のようなものであることを前提として,吸着面からはみ出した牌の部分に当接して牌の向きを揃えることができる位置に案内部材を配設することを意味し,少なくとも吸着面の外側の軌道に近似する線よりも内側に配設された案内部材はこれに含まれないと解するのが相当である。

(2)あてはめ
 そして,上記のクレーム解釈を前提とすると,被告製品では,吸着面=32.6mm,牌の横幅=24.0mm,牌の縦幅=32.9mmであるから,吸着面の幅はむしろ牌の縦幅に近似しており,また牌のうち吸着面からはみ出た部分を案内部材に当接させることもできないから,被告製品は構成要件Iを充足しないと認定した。

※判決文抜粋(下線部は筆者付与)

  (3) そこで,まず,構成要件Iの充足性について検討するに,各被告製品の吸着面の幅(円筒回転体の一側端からの幅)が32.6mmであるのに対し,牌の横幅は24.0mm,牌の縦幅は32.9mmであって(乙4及び当事者間に争いがない事実),各被告製品の吸着面の幅はむしろ牌の縦幅に近似するものと認められるから,構成要件Iの「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面」を充足しない
 これに対し,原告は,①吸着面の幅は牌の横幅より9mmほど長めであるにすぎない,②本件明細書の段落【0009】の記載からすると,円筒回転体の幅が牌の縦幅と略等しい場合にも構成要件Iを充足することが強く示唆されているなどと主張する。
 しかしながら,まず,上記①について,各被告製品は,吸着面の幅が牌の横幅より9mmも長い一方で牌の縦幅よりわずかに0.3mm短いにすぎないのであるから,円筒回転体の周面部位に配設された「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面」上で,吸着面からはみ出た牌の部分に「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」を当接させることによって,牌の向きを揃えるという本件発明の技術的意義(上記(2))を発揮することができない。また,上記②について,被告が指摘する本件明細書の段落【0009】の記載は,「円筒回転体の幅は牌の縦幅と略等しい寸法でよく」としているにすぎず,吸着面の幅が牌の縦幅とほぼ等しい場合に構成要件Iを充足することの根拠となるものとは認め難い(なお,本件明細書の段落【0021】及び図7には,円筒回転体の幅が牌の縦幅と略等しい長さ(lL )であるのに対し,吸着面の幅が牌の横幅分の長さ(ls )である実施例が開示されている。)。したがって,原告の主張はいずれも採用の限りでない。

 また,構成要件Kについても,下記のとおり,案内部材は吸着面(の外側の軌道)より約5.6mmも内側に配設されているから非充足であると認定した。

※判決文抜粋

  (4) 次に,構成要件Kの充足性について検討するに,乙2の写真3及び4並びに弁論の全趣旨によれば,各被告製品の案内部材は吸着面の外側の軌道から約5.6mmも内側に配設されていると認められるから,前記(2)に説示したところによれば,各被告製品は,構成要件Kの「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」も充足しない

 結果として,構成要件I及びKについて非充足と判断されたことから,その他の構成要件及び均等論の成否については判断がされず,原告の請求は棄却となった。

4 検討

(1)クレーム解釈の妥当性
 あくまで個人的な見解だが,本件特許発明の最も本質的な部分は,磁石を埋め込んだ縦回転の円筒回転体により牌を汲み上げ,上方で誘導路により円筒回転体から剥離させることで,汲み上げ機構の小型化を図った点にあると考えられる。その意味で,案内部材は,あくまで円筒回転体により汲み上げられた牌の向きを揃えるという機能を有していれば良く,実施例のように円筒回転体の外側に配置されて吸着面からはみ出た牌の向きを揃えるものであっても,被告製品のように円筒回転体の内側に配置されて牌の向きを揃えるものであっても,どちらでも良いようにも思える。
 しかし,クレームの表現の中に,「円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ吸着面」「前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材」など,案内部材の配設位置をわざわざ円筒回転体の外側に限定することを示唆する記載があることに加え,実施例にも牌が円筒回転体からはみ出る構成のものしか記載されていない(参考図1,2)ことに鑑みれば,上記「3」「(1)」で述べたクレーム解釈は合理的であるといえる。

(2)実務上の指針(クレーム作成上の注意点)
 上記「(1)」で述べた本件特許発明の本質に鑑みると,クレーム作成の時点で構成要件I及びKをここまで限定する必要はなかったように思える。特に,本件では,従来技術が横回転の円筒回転体を備えた汲み上げ機構で,縦回転により牌を汲み上げるという発想自体が新しかったことに鑑みれば,例えば下記のように,余計な限定を外した上でもう少し広めのクレームで権利化にチャレンジしてみても良かったのではないかと考えられる。

※参考:クレーム記載案(赤字部分が修正箇所

 構成要件I:該円筒回転体の周面部位には前記円筒回転体の一側端から牌の横幅ほどの幅をもつ牌を吸着するための吸着面を配設し,
構成要件K:前記整列機構は,前記円筒回転体に吸い上げられた牌の方向を揃えるため前記吸着面の外側の軌道に沿って配設した案内部材と,

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸