【平成29年9月14日(大阪地裁 平成27年(ワ)第12265号 不当利得返還請求事件)】
1 事案の概要
K社と原告は、平成7年4月14日、甲1契約書に基づくコイルボビン式巻鉄心変圧器用コイルボビン及びK社が同変圧器用に開発したフレーム等の製造・販売に関し、契約(以下「本件契約2」という。)を締結した。本件契約2の内容は以下のとおりである。
(ア)甲1契約書「にいうK社・原告共有の工業所有権とは、出願中の下記の特許および意匠をいう。」(1条) ・種別 特許 ・種別 意匠 ・種別 意匠 (イ)「K社は、原告に、K社の承認を受けた先への、前条の工業所有権に基づくコイルボビンの販売および第3条に規定するフレームの製造・販売を委託する。」(2条) |
原告は、被告(本件契約2におけるK社の地位の譲渡を受けた者。)から変成器用のフレームの製造、販売を委託され、本件契約2第3条に基づき、被告に対して販売価格の3%に相当する実施料を支払っていた。当該フレームは、巻鉄心をコイルボビンに巻き付けた状態で保持して固定し、WBトランスを変圧器を要する機械の内部等に取り付けるための器具である。
K社は、本件契約2の締結前の平成6年7月4日、発明の名称を「変成器用のフレーム」とする特許出願を行い、同出願は、平成9年4月4日に登録された(特許第2622502号。以下、「フレーム特許」という。)。原告が、本件契約2に基づき製造・販売するフレームにはフレーム特許の実施品が含まれていた。
K社は、平成13年3月ころ、被告との間で、甲1契約及び本件契約2に基づく一切の契約上の地位を被告に移転することを合意し、原告はこれを承諾した。
一方、フレーム特許に係る特許権は、平成21年4月4日、特許料の不納により消滅した。原告は、その後も、本件契約2に基づきフレームを製造、販売し続け、被告に対して、平成27年2月21日まで、本件契約2に基づくフレーム実施料を支払った。ところが、原告は、当該実施料に係る金員が被告が有していたフレーム特許の実施料であったとして、不当利得返還請求権に基づき、その特許権が消滅した後に支払った実施料に相当する利得の一部の返還及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
本件で取り扱われた争点は複数あるが、それらのうち、本稿では、
・原告は本件契約2において、フレーム特許の実施料を支払う合意をしたか(フレーム実施料がフレーム特許の実施料を含んでいるか)(争点4)
・原告が本件契約2においてしたフレーム実施料を支払う合意は公序良俗に反して無効か(争点5)
の2点について取り上げる。
2 判示内容
⑴ 争点4について
裁判所は、本件特許2第3条の実施料に関し、フレーム実施料はフレーム特許の実施料を含むものではない、すなわち、原告が本件契約2において、フレーム特許の実施料を支払う合意をしたとは認められない、と判示した。
裁判所は、本件契約2に係る契約解釈について、以下のとおり、詳細な検討を行った。
ア 確かに、本件契約2が締結されるよりも前にフレーム特許の出願がされており、本件契約2に基づき製造、販売されるフレームにはフレーム特許の実施品が含まれていた。 |
まず、裁判所は、本件契約の契約書の記載に関し、
・対象特許の不記載→契約書の文言上、フレーム特許には何ら触れられていない。
・法律行為の性質の不記載→特許権者であるK社が原告に対してフレーム特許の実施を許諾する旨が明記されているわけではない
・対価の性質の不記載→フレーム実施料がその実施許諾の対価であるともされていない。
といった事情に言及しているが、これは、実施許諾契約において一般的に記載される内容が記載されていないことを指摘したものと考えられる(「また、フレーム特許の存続期間…」以下も同様の指摘と考えられる。)。これらに加えて、裁判所は、同一の契約書において、変成器・コイルボビンについては特許発明の実施品との関連性が記載されている反面、フレームについてはそのような記載がないという事情も考慮し、「フレームは特許の実施品に限らないと解するのが自然であり、整合的である」とした。
さらに、裁判所は、(実施許諾の対価ではない)フレーム実施料の性質について、以下のとおり判示し、原告が事実上、独占的にフレームを製造・実施できることに対する対価であるとした(下線部は執筆者が付した。)。
イ 他方で、被告は、フレーム実施料が、他企業と競合することなくフレームを販売して利益を得ることができる地位に就けてもらったことの対価である旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をしていることから、この点についても検討しておく。 (ア)確かに、原告代表者はコイルボビンの設計に当たって製造効率のよい方法を考案するなどし(甲34、乙5、原告代表者6頁、7頁)、WBトランスの開発に当たって原告代表者が果たした役割は小さくなかった。また、証拠(甲34、原告代表者3頁、43頁)及び弁論の全趣旨によれば、原告代表者は近畿変成器工業会の事務局長を務めていたところ、同会に加盟する企業がWBトランスの製造トランスメーカーとなるに際して、相当尽力したことも認められる。 (イ)もっとも、上記認定事実によれば、WBトランスの製造、販売事業に関与する業者やトランスメーカーは、いずれもK社や被告と契約を締結した上で事業に関与しており、原告や日本磁性材工業が製造したコイルボビン、フレーム及び鉄心の販売先に加え、日本磁性材工業が製造する鉄心の材料の購入先に至るまで、K社や被告が承認・指定することとされていた。 (ウ)以上の認定・判断を踏まえてフレームについて検討すると、フレームは巻鉄心をコイルボビンに保持して固定し、WBトランスを機械の内部等に取り付けるための器具であるから、WBトランスを製造、販売するのに必要不可欠な物である。そして、その性質上、フレームが独立の商品として一般ユーザーに販売されることは想定し難く、事実上、フレームを購入するのはWBトランスの製造トランスメーカーに限られ、上記認定のとおり、そのメーカーは、少なくとも変成器・コイルボビン特許と巻鉄心特許の存続中、事実上、独占的にWBトランスを製造、販売することができる立場にあった。そうすると、フレームの製造、販売業者に選定されると、少なくとも変成器・コイルボビン特許と巻鉄心特許の存続中、K社及び被告の下で、事実上、独占的にフレームを製造、販売することができることとなる。 (エ)さらに、被告代表者の上記供述は原告の行動とも整合的である。 ウ 以上の認定・判示を踏まえると、原告代表者の上記供述を採用することはできず、他方で、被告代表者の上記供述は採用することができ、これによると、フレーム実施料は、フレーム特許の実施許諾に対する対価ではなく、原告が事実上、独占的にフレームを製造、販売することができることに対する対価と認められる。 (2)以上より、原告が本件契約2において、フレーム特許の実施料を支払う合意をした(フレーム実施料がフレーム特許の実施料を含んでいる)とは認められない。 |
裁判所は、
・変成器(トランス)の構成要素であるコイルボビン、巻鉄心については、これらに関する特許(原告とK社(被告)との共有特許)及び原告・K社(被告)との契約(甲1契約)から、原告が独占的にコイルボビン、巻鉄心の製造・販売をすることができていたこと、
・原告は、K社(被告)とともに、コイルボビンに関する特許権を有しているが、K社(被告)に対し、実施料を支払っているが、原告はコイルボビンを独占的に製造・販売できるのであるから、特許法上は支払う必要のない実施料を支払ったとしても十分合理性が認められること、
・フレームは巻鉄心をコイルボビンに保持して固定し、WBトランスを機械の内部等に取り付けるための器具であり、その性質上、フレームが独立の商品として一般ユーザーに販売されることは想定し難いことから、原告は、少なくとも変成器・コイルボビン特許と巻鉄心特許の存続中、K社及び被告の下で、事実上、独占的にフレームを製造、販売することができること
等を指摘し、フレーム実施料の性質を、「原告が事実上、独占的にフレームを製造、販売することができることに対する対価」とした。
⑵ 争点5について
原告は、フレーム実施料を支払う合意は公序良俗違反であり無効(民法90条)である旨主張したが、その根拠は、フレーム実施料がフレーム特許の実施料でないならば、これを支払う合意は独占禁止法の禁止する拘束条件付取引(独占禁止法19条、一般指定12項)に該当するとの主張である。
裁判所は、フレームの製造・販売業者に選定されれば、少なくとも変成器・コイルボビン特許等に係る特許権の存続中は、事実上、原告が独占的にフレームを製造・販売することができることとなる事情に着目し、原告が被告に対し、安定的な収益を得られることに対する対価としてフレーム実施料を支払うことは経済的に合理的なことと認められるとし、原告がフレーム実施料を支払うことが原告の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に該当するものではないとした。
(1)原告は、本件契約2のフレーム実施料がフレーム特許の実施料でないならば、これを支払う合意が独占禁止法の禁止する拘束条件付取引に該当すると主張している。 |
3 若干のコメント
本件において、裁判所は、特許発明の実施品を含む物品の製造・販売等に係る実施料の性質検討に関し、契約書の文言間の整合性のみを検討するのではなく、取引実態の具体的事情を詳細に認定した上で、契約書の文言を、認定した具体的事情と整合的に解釈することによって、フレーム実施料は、フレーム特許の実施料ではなく、「原告が事実上、独占的にフレームを製造、販売することができることに対する対価」である旨の結論を導き出した。
本件はあくまで個別の事例に過ぎないが、契約解釈の手法に関して参考になる例と思われるため紹介した。
以上
(筆者)弁護士 藤田達郎