【平成29年10月23日判決(知財高裁平成28年(行ケ)第10185号)】

【判旨】
 原告は、製造委託等の方法により、原告発明の実施を計画しているものであって、その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり、試作品(サンプル)を製作したり、インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ、原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから、本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである。

【キーワード】
無効審判請求,請求人適格,利害関係人

【事案の概要】

 1 特許庁における手続の経緯等
  被告は、発明の名称を「パンツ型使い捨ておむつ」とする特許第5225248号(請求項の数3。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
  原告は、特許権取得のための支援活動等を行う個人事業主であり、自らも特許技術製品の開発等を行っている。原告は,平成27年5月22日にした特許出願(特願2015-104616号)に基づく優先権を主張して、平成28年2月12日、発明(原告発明)の名称を「使い捨ておむつ用外層シート及びこれを備える使い捨ておむつ」とする特許出願(特願2016-24443号・原告出願)をした(甲54)。原告は、自ら発明を実施する能力がないので、ライセンスや他の業者に委託して製造してもらうことなどを考えており、製品化の準備として、市販品のおむつ(被告製品など)に手を加えて試作品(サンプル)を製作していた。実際に上記試作品をおむつの製造業者等に持ち込んだことはまだないが、インターネット上で特許発明の実施の仲介を行う業者や不織布を取り扱う業者に対し、原告発明の実施の可能性について尋ねたことはある。
 その際、原告としては、原告発明を製品化する場合、被告の本件特許に抵触する可能性があると考えていたので、率直にその旨を上記の業者らに伝えたところ、いずれも、その問題(特許権侵害の可能性)をクリアしてからでないと、依頼を受けたり、検討したりすることはできないといわれ、それ以上話が進められなかった。
 原告としては、設計変更等による回避も考えたが、原告発明を最も生かせる構造(実施例)は、被告の本件特許発明の技術的範囲にあると思われたため、原告発明を実施する(事業化する)には、本件特許に抵触する可能性を解消する必要性があると判断し、また、専門家から本件特許に無効理由があるとの意見をもらったことから、平成27年9月3日、本件特許につき、特許無効審判を請求した(無効2015-800170号。以下「本件無効審判請求」という。)。
  特許庁は、平成28年6月24日、下記の理由により「本件審判の請求を却下する。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本は同年7月7日原告に送達された。
  原告は、平成28年8月8日、審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
 2 審決の理由の要旨
   審決の理由は、下記のように請求人である原告は特許法123条2項の利害関係人に当たらず、本件審判の請求人適格を有しないから、本件審判請求は不適法であって却下すべき、というものである。
  (1) 本件審判は、平成27年9月3日に請求されているから、平成26年法律第36号による改正後の特許法(以下「平成26年改正法」ということがある。)123条が適用される。そして、平成15年法律第47号による改正前の特許法(以下「旧法」ということがある。また、改正の年次によって、「昭和62年法」などと略称することがある。)において特許無効審判の請求人について利害関係人に限る旨の明記はなかったが、産業財産権関連法においては、請求人適格について明示的な規定がない場合には利害関係人のみが請求人適格を有するとの解釈が裁判例で蓄積していたところ、平成26年改正法において、利害関係人であることを明確化する規定を確認的に設けたものであり、請求人の適格性の判断については、旧法下における判断と変わらない
  (2) そこで、請求人である原告が特許法123条2項の利害関係人に該当するかについて検討するに、原告が利害関係人というには、原告が本件特許発明にかかるもの(本件特許発明そのものか、あるいは、本件特許発明を利用する関係にあるもの)の実施準備をしており、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることによって原告が不利益を被るおそれがあることを要するところ、原告の行為(事業化の一環としての特許出願、試作品の製作、既存の紙おむつ製造業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ、インターネットサイトへの登録など)は、いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備に該当せず、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることよって原告が不利益を被るおそれがあるとはいえないから、原告は特許法123条2項の利害関係人には該当しない。
  (3) したがって、原告は本件審判の請求人適格を有さず、本件審判の請求は不適法であって、その補正をすることができないものであるから、同請求は特許法135条の規定により却下すべきものである。

【判旨抜粋】

主文
1 特許庁が無効2015-800170号事件について平成28年6月24日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
  主文同旨
第2 事案の概要
1~3中略
 4 取消事由
  (1) 請求人の陳述内容に関する認定の誤り(取消事由1)
  (2) 請求人適格に関する法令解釈の誤り(取消事由2)
  (3) 審理の進め方(審決の時期及び内容)に関する誤り(取消事由3)
第3 当事者の主張 

中略

第4 当裁判所の判断
  本件の事案に鑑み、まず取消事由2(請求人適格に関する法令解釈の誤り)から判断する。
 1 事実関係及び原告本人尋問における原告の陳述内容

中略 (事案の概要参照)

 3 検討
  以上のとおり(事案の概要参照)、原告は、単なる思い付きで本件無効審判請求を行っているわけではなく、現実に本件特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願を行い、かつ、後に出願審査の請求をも行っているところ、原告としては、将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えており、そのためには、あらかじめ被告の本件特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)を解消しておく必要性があると考えて、本件無効審判請求を行ったというのであり、その動機や経緯について、あえて虚偽の主張や陳述を行っていることを疑わせるに足りる証拠や事情は存しない
  以上によれば、原告は、製造委託等の方法により、原告発明の実施を計画しているものであって、その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり、試作品(サンプル)を製作したり、インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ、原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから、本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである。
  被告は、「請求人(原告)が、本件特許発明について、実施の準備をしている者と評価されるためには、例えば、紙おむつを製造販売する事業(物の発明の生産、譲渡等を伴う事業)に必要となる製造設備や資金、販売ルート等を備えた企業等が、本件特許発明の実施に該当する事業の準備(事業の計画)を行うとともに、請求人が、その事業の少なくとも一部において主体的に関与していること」が必要であるとした審決の判断は相当であるから、そのような事情の認められない本件においては、利害関係の存在を肯定することはできないと主張する。しかし、上記のような要求をするということは、原告が製造委託先の企業等を求めようとしても、相手方となるべき企業等が、本件特許との抵触のおそれを理由に交渉を渋るというような場合には、直ちに本件特許の無効審判を請求することはできず、まずは、原告が自ら製造設備の導入等の準備行為を行わなければならないという帰結をもたらすことになりかねないが、このように、経済的リスクを回避するための無効審判請求を認めず、原告(審判請求人)が経済的なリスクを負担した後でなければ無効審判請求はできないとするのは不合理というべきである。
  また、被告は、原告発明と本件特許発明とは何ら関係がない等として、原告による原告発明の実施が本件特許に抵触することはあり得ないという趣旨の主張をする。しかし、原告発明は、主として折り畳み部を有する外層シートに関する発明であるから、それだけで紙おむつを製作することができるわけではなく、他に様々な技術を利用する必要があることは明らかであるところ、そういった、他に利用すべき技術の一つとして、本件特許が無効なのであれば、それに係る技術を利用しようとすることも考え得るところである(原告本人の陳述は、そのような趣旨であると理解できる。)。被告は、本件特許発明以外の技術によっても代替可能であるという趣旨の主張をするものと思われるが、本件特許が無効なのであるとすれば、それにもかかわらず、原告が、本件特許発明の利用を回避しなければならない理由はないというべきであり、被告の上記主張も失当である。
 4 結論
  以上によれば、その余の取消事由について判断するまでもなく、原告の請求は理由がある。
  よって、審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は,特許無効審判請求における請求人適格(特許法123条2項)が争われた事案である。無効審判請求では請求人適格として「利害関係人」であることが要件となっているが,異議申立制度とも関係して下記の表のような変遷がみられる。

無効審判請求の請求人適格 異議申立制度の請求人適格
大正15年法 利害関係人及審査官 何人も可能
昭和34年改正 限定要件削除,東京高裁の解釈は利害関係ある者のみ 何人も可能
平成15年改正 何人も請求できるが,共同出願と冒認出願を理由とする無効審判は利害関係人のみ 制度廃止
平成26年改正 利害関係人 制度復活、何人も可能

 本件の審決では,利害関係人というためには,「原告が本件特許発明にかかるもの(本件特許発明そのものか,あるいは,本件特許発明を利用する関係にあるもの)の実施準備をしており,無効とされるべき特許発明が誤って特許され,保護されることによって原告が不利益を被るおそれがあること」を要するとされた。そして,事業化の一環としての特許出願,試作品の製作,既存の業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ,インターネットサイト等への登録などの原告の行為は,いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備には該当しないと判断された。
 本判決では,上記の原告の行為を指摘した上で,製造委託等の方法により自らの発明を計画している原告は,原告発明の実施に当たって本件特許との接触があり得るというのであるから,本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有する,とした。
 そして,実施の準備をしている者と評価されるためには,例えば,事業に必要となる製造設備や資金,販売ルート等を備えた企業等が,本件特許発明の実施に該当する事業の準備を行うとともに,請求人が,その事業の少なくとも一部において主体的に関与していること,が必要であるとした審決の判断について,原告が製造委託先の企業を求めようとしても,相手方となるべき企業が本件特許との抵触のおそれを理由に交渉を渋るというような場合には,直ちに本件特許の無効審判を請求することができず,まずは,原告が自ら製造設備の導入等の準備行為を行わなければならないことになるので,原告(審判請求人)が経済的なリスクを負担した後でなければ無効審判請求ができないとするのは不合理である,とした。
 本判決が指摘したように,審決での判断を前提とすると,原告のような個人の起業家にも,通常の企業と同等に近い起業準備(経済的リスク)を負担させかねないことになる。一般的に資力に乏しい個人起業家の保護に資するものであり,本判決は正当であると考える。ただ,利害関係人の基準を緩和しすぎると,何人も申立が可能な異議申立制度を復活させた意味がなくなり,無効審判請求に対応する特許権者の負担が増えるというおそれもある。しかし,本件の原告のように,特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願及び出願審査の請求を行い,将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えている,という事情があれば,利害関係人の基準を緩和しすぎたとはいえないであろう。

以上
(文責)弁護士 石橋茂