【知財高判平成29年1月20日(平成28年(ネ)第10046号)】

【キーワード】
存続期間が延長された場合の特許権の効力

【判旨】
 医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である(ただし,延長登録における「用途」が,延長登録の理由となった政令処分の「用法,用量,効能及び効果」より限定的である場合には,当然ながら,上記効力範囲を画する要素としての「用法,用量,効能及び効果」も,延長登録における「用途」により限定される。)。
 もっとも,政令処分で定められた構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。

事案の概要

1.控訴に至る経緯
 本件は,特許第3547755号(本件特許)の特許権者である控訴人(以下「一審原告」という。)が,被控訴人(以下「一審被告」という。)の製造販売に係る別紙被控訴人製品目録記載の各製剤(以下,まとめて「一審被告各製品」という。)は,本件特許の願書に添付した明細書(本件明細書)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し,かつ,存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は,一審被告による一審被告各製品の生産,譲渡及び譲渡の申出(生産等)に及ぶ旨主張して,一審被告に対し,一審被告各製品の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。
 本件特許権は存続期間が延長されており,一審において,存続期間が延長された本件特許権の効力が及ぶ範囲,すなわち,本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否かが争われた。そして,原判決は,その効力が一審被告各製品の生産等には及ばないとして一審原告の請求をいずれも棄却したため,一審原告がこれを不服として控訴した。

2.本件の争点
 本件の争点は,次の4点である。本項では,争点2のみをとりあげて紹介する。
(1) 一審被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か(構成要件C,D,Gの充足性)(争点1)
(2) 延長登録された本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否か(争点2)
(3) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(乙5又は乙9を主引例とする新規性又は進歩性欠如)(争点3)
(4) 本件各延長登録は延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(争点4)

判旨等(-請求棄却-)

1.裁判所の判断
(1)結論
「当裁判所も,存続期間が延長された本件特許権の効力は,一審被告による一審被告各製品の生産等には及ばず,本件請求は理由がないものと判断する。」

(2)特許法68条の2の趣旨
「特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が,「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである」(ベバシズマブ事件最判)ことに鑑み,存続期間が延長された場合の当該特許権の効力についても,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。
 同条は,かかる「政令で定める処分の対象となつた物」(「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。)の範囲内では,延長された特許権の効力を及ぼすことが,政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済するために必要であると認められる反面,その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは,期間回復による不利益の解消という限度を超えて,特許権者を有利に扱うことになり,前記の延長登録の制度趣旨に反するばかりか,特許権者と第三者との衡平を欠く結果となることから,前記のとおり規定されたものである。」

(3)「政令で定める処分の対象となった物」に係る特許発明の実施行為の範囲
「医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である(ただし,延長登録における「用途」が,延長登録の理由となった政令処分の「用法,用量,効能及び効果」より限定的である場合には,当然ながら,上記効力範囲を画する要素としての「用法,用量,効能及び効果」も,延長登録における「用途」により限定される。以下同じ。)。」

「相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には,対象製品は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら,政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず,衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は,政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず,これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり,第三者はこれを予期すべきである(なお,法68条の2は,「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定しているけれども,同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては,「物」についての当該特許発明の文言どおりの実施と,これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。
 したがって,政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。」

(4)本件におけるあてはめの結論
「本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する…差異,すなわち,本件各処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し,一審被告各製品がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は,本件発明の…技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。」

 なお,本件は,最高裁に上告及び上告受理申立てがされているが,上告は棄却され,上告受理申立ては不受理とされている(最高裁判所第3小法廷決定/平成29年(オ)第715号,平成29年(受)第892号)。

検討

1.特許法68条の2
(1)条文の内容及び趣旨
 特許法68条の2は,次のとおり規定している。
「(第67条第4項の規定により存続期間が延長された場合の特許権の効力)
第68条の2 第67条第4項の規定により同条第1項に規定する存続期間が延長された場合(第67条の5第4項において準用する第67条の2第5項本文の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第67条第4項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」
 知財高裁は,特許法68条の2の趣旨について,上記第2の1(2)のとおり述べている。

(2)解釈上の問題
 特許法68条の2の解釈上,問題となるのは,「その延長登録の理由となつた第67条第4項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)」の具体的意義である。

2.裁判所の判断について
(1)上記解釈上の問題に対する裁判所の判断
 知財高裁は,上記の解釈上の問題について,「医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当である。」としつつ,その範囲について,「政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である」として,「医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一」まで,その範囲を広げている。

(2)「実質同一」に含まれる類型
 知財高裁は,上記の実質同一に含まれる類型として,次の4つの類型を挙げている。

  • ①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において,有効成分ではない「成分」に関して,対象製品が,政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合
  • ②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において,対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合で,特許発明の内容に照らして,両者の間で,その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき
  • ③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合
  • ④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども,「用法,用量」も併せてみれば,同一であると認められる場合

(3)均等論の適用ないし類推適用の可否
 特許法の68条の2の実質同一の範囲を定める場合に,均等論が適用ないし類推適用できるかについては争いがあった。第2の1では判旨を引用していないが,知財高裁はこれを否定している。
 もっとも,知財高裁は,「一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば,延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,法68条の2の実質同一が認められることはないと解される」としている。

(4)本件へのあてはめ
 知財高裁は,まず,「延長登録された本件特許権の効力は,本件各処分の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ,本件各処分の「成分」は,文言解釈上,いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないものである。」と指摘した上で,一審被告各製品の「成分」は,いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に,添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含む点に差異があることを述べる。
 そして,知財高裁は,この差異が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるかについて,次のように判断した。すなわち,明細書の記載から,本件発明においては,何らの添加剤も含まないことも,その技術的特徴の一つであると認められるとした上で,当該差異は,本件発明の上記の技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。

以上
(筆者)弁護士 永島太郎