【平成29年1月17日(知財高裁平成28年(行ケ)第10087号)】
【判旨】
審決取消訴訟において,「無効審判請求における従たる引用例を主たる引用例とし,無効審判請求における主たる引用例を従たる引用例とする」無効理由の主張について,当事者双方が,当該従たる引用例とされた引用発明を主たる引用例とし,当該審決で主たる引用例とされた引用発明との組合せによる容易想到性について本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされているという本件訴訟においては,上記無効理由の主張について審理判断することは,紛争の一回的解決の観点から許されるとした。
【キーワード】
特許法178条,メリヤス編機事件
事案の概要
被告らは,平成21年7月28日,発明の名称を「物品の表面装飾構造及びその加工方法」とする発明について特許出願(特願2009-174851号)をし,平成22年2月26日,特許権の設定登録(以下「本件特許」という。)がされた。原告は,平成27年3月30日,本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし8に係る特許について無効審判を請求した。特許庁は,平成28年3月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。原告は,平成28年4月8日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
(本件審決の理由の要旨)
本件審決の理由は,本件特許発明は,当業者が,
ⅰ)下記の引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記の引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,
ⅱ)下記の引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。),引用発明1及び引用発明2に基づいて,
容易に発明をすることができたものではないというものである。
ア 引用例1:特開2008-xxxxx号公報
イ 引用例2:特開2002-yyyyy号公報
ウ 引用例3:特開平1-zzzzzz号公報
争点
(本件は他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)
審決取消訴訟において,無効審判請求における従たる引用例を主たる引用例とし,無効審判請求における主たる引用例を従たる引用例とする無効理由の主張について,審理判断することは許されるか。
判旨抜粋(下線は筆者が付した)
第1~第3 ・・・略・・・
第4 当裁判所の判断
1~3,4(1)~(5) ・・・略・・・
(6) 引用例2を主たる引用例とする容易想到性について
ア 引用例2を主たる引用例とする主張の可否について
特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。
しかし,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。
前記のとおり,本件審決は,①引用発明1を主たる引用例として引用発明2を組み合わせること及び②引用発明3を主たる引用例として引用発明1又は2を組み合わせることにより,本件特許発明を容易に想到することはできない旨判断し,その前提として,引用発明2についても認定しているものである。原告は,上記①及び②について本件審決の認定判断を違法であると主張することに加えて,予備的に,引用発明2を主たる引用例として引用発明1又は3を組み合わせることにより本件特許発明を容易に想到することができた旨の主張をするところ,被告らにおいても,当該主張について,本件訴訟において審理判断することを認めている。
引用発明1ないし3は,本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実であり,当事者双方が,本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし,本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について,本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされている本件においては,原告の前記主張について審理判断することは,紛争の一回的解決の観点からも,許されると解するのが相当である。
なお,本判決が原告の前記主張について判断した結果,請求不成立審決が確定する場合は,特許法167条により,当事者である原告において,再度引用発明2を主たる引用例とし,引用発明1又は3を組み合わせることにより容易に想到することができた旨の新たな無効審判請求をすることは,許されないことになるし,本件審決が取り消される場合は,再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。
イ,ウ ・・・略・・・
エ 小括
よって,引用発明2に基づいて本件特許発明1を容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明1をさらに限定した本件特許発明2ないし4についても,同様である。さらに,方法特許である本件特許発明5についても,本件特許発明1と同様,容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明5をさらに限定した本件特許発明6ないし8についても同様である。
解説
本件は,審決取消訴訟において,無効審判請求における従たる引用例を主たる引用例とし,無効審判請求における主たる引用例を従たる引用例とする無効理由の主張について,審理判断することは許されるとした事案である。
審決取消訴訟の審理範囲と無効審判の審理範囲の関係については,メリヤス編機事件判決(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)によれば,特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない。
したがって,無効審判請求における従たる引用例を主たる引用例とし,無効審判請求における主たる引用例を従たる引用例とする無効理由の主張は,無効審判時とは相違点の認定等が当然に異なり,相違点に係る構成の容易想到性の判断も異なるものとなるため,上記「審判で審理判断されなかった公知事実を主張する」ことになりそうである。この考えに沿ったものとして,平成22年12月28日知的財産高等裁判所「熱可塑性樹脂の射出成形方法」が存在する。
一方で,この平成22年以前に,審判段階との主引例/副引例の入れ替えを許容した裁判例も存在した(平成18年7月11日知的財産高等裁判所「おしゃれ増毛装具」)が,上記メリヤス編機事件判決との関係で問題点が多いなどとの指摘があった。
本件訴訟は,結論としては後者(「おしゃれ増毛装具」事件)と同様に審判段階との主引例/副引例の入れ替えを許容したものであるが,「当事者双方が,当該従たる引用例とされた引用発明を主たる引用例とし,当該審決で主たる引用例とされた引用発明との組合せによる容易想到性について本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされている」ことを前提に置いている点で異なっているように思える。(上記「おしゃれ増毛装具」事件では,特許庁において「実質的に審理されていた」と言う点を,主な根拠にしているように読める。)
メリヤス編機事件判決は,「(b)特許の無効審判の請求については,一定の申立及び理由を記載した審判請求書を提出すべく,提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えるものとし,また,審判においては,申し立てられた理由以外の理由についても審理することができるが,この場合には,その理由につき当事者らに対して意見申立の機会を与えなければならないとするとともに,民事訴訟に類似した手続を定め,審判についてもこれらの規定を準用している。法は,特許無効の審判についていえば,そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し,審判手続においては,特定された無効原因をめぐって攻防が行われ,かつ,審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用している。(c)法が,審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし,事実審を一審級省略しているのも,当該無効原因の存否については,すでに,審判手続において,当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならない。(d)このような法が定めた特許に関する処分に対する審判手続の構造と性格に照らすときは,特許無効の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり,それ以外の無効原因については,訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し,裁判所の判断を求めることを許さない。」と判示する。
このメリヤス編機事件判決は,要するに,「審判の審決に対する取消訴訟を知財高裁の専属管轄とし,事実審を一審級省略している」のは,「当該無効原因の存否については,すでに,審判手続において,当事者らの関与の下に十分な審理がされている」ためなので,逆に,審判手続において「当事者らの関与の下に十分な審理がされている」ものでなければ,「訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し,裁判所の判断を求めることを許さない」としたものである。
したがって,本件訴訟のように「当事者双方が,本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし,本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について,本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでいない」というのであれば,当事者双方がいわば「審級の利益」を放棄した状態にあると言えるので,当該当事者の意思に反してまで無効審判を行わせる意義は低いということができそうである。
この場合,一事不再理効との関係が問題となる(当事者の合意で審級の利益を放棄したことが,第三者にとっての不利益にならないかが問題となる)が,平成23年改正により,一事不再理効の範囲が「何人も」から「当事者及び参加人」に限定されたことを踏まえると,当事者の合意で審級の利益を放棄したとしても,第三者への影響は一応回避できていると思われる(「当事者及び参加人」以外の者が「同一の事実及び同一の証拠」で争うことは許されるから)。
以上の点から見て本件の判示は妥当であると考える。今後,「一回的解決」の視点から当事者が望むのであれば(侵害訴訟の控訴審とこれに関連する無効審判の審決取消訴訟が同時期に知財高裁に係るようなケースでは),知財高裁における審決取消訴訟の審理範囲として本件のような審理がなされるケースが増えるかもしれない。
以上
(文責)弁護士 髙野芳徳