【東京地判平成29年10月30日平29(ワ)35182号[アメーバピグ事件・第一審]】
【要旨】
本判決は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、特許権者が敗訴した事例である。
【キーワード】
ソフトウェア特許、充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条
1 特許発明1
特許番号 特許第4547077号
出 願 日 平成12年9月14日
登 録 日 平成22年7月9日
A 表示部と,電話回線網への通信手段とを備える携帯端末から,前記電話回線網に接続されたデータベースにアクセスすることによって,
B 前記データベースに用意された複数のキャラクターから,表示部に表示すべき気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを前記表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって,
C その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え,
D 前記キャラクターが,複数のパーツを組み合わせて形成するように構成してあり,
E 気に入ったキャラクターを決定するにあたって,前記データベースにアクセスすることによって,複数のパーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを選択することにより,少なくとも一つ以上のパーツを気に入ったパーツに決定し,複数のパーツを組み合わせて,気に入ったキャラクターを創作決定する創作決定手段を備え,
F 前記創作決定手段に,前記表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ,
G 前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入することにより,前記パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,前記基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える
H 携帯端末サービスシステム。 |
2 充足性に関する争点
① 構成要件Cの充足性
② 構成要件F及び同Gの充足性
③ 均等侵害
3 構成要件Cの充足性
ア 当事者の主張
(原告の主張)
c 所定金額の日本円により予め購入した所定量のコインを,決定したキャラクターに応じた情報提供料として支払い,当該所定金額の日本円を携帯端末の通信料に加算する課金手段を備え,
・・・
前記⑴の【原告の主張】のとおり,被告システムは構成cを備えており,予め購入した所定額のコイン(例えば,300cや500c)を介在させているものの,アイテムを購入するために支払ったコインは,コインの購入代金(例えば,324円や540円)として携帯端末の通信料に加算されるから,結果的に,購入したアイテムに対応する情報提供料が携帯端末の通信料に加算されて携帯端末サービスを提供する事業者に支払われることに変わりはない。
したがって,被告システムは,「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」るものということができ,構成要件Cを充足する。
(被告の主張)
次の各理由により,被告システムは構成要件Cを充足しない。
(ア) 「情報提供料を通信料に加算する課金手段」(構成要件C)は,「携帯端末サービスシステム」(同B,同H)内に存在するものでなければならないと解されるところ,被告システムでは,ユーザーがコインを購入する場合,携帯電話会社等の第三者の運営する決済システムを選択して利用することになり,被告システム自体は当該課金に何ら関与しないから,「情報提供料を通信料に加算する課金手段」(構成要件C)を備えているとはいえない。
(イ) 被告システムでは,ユーザーがサービスの利用を開始する際にピグをデザインするときに何らの対価も発生せず,コインを消費することもないから(乙3),「その決定したキャラクター」(構成要件C)に応じて情報提供料を支払うことはない。
(ウ) 被告システムでは,コインの購入は,ユーザーが購入するアイテムの対価と無関係に予め定められた一定単位数でのみ可能であるから(乙2),その購入代金は,「決定したキャラクターに応じた」(構成要件C)情報提供料に当たらない。
(エ) ユーザーがアイテムの購入を決定してコインを消費しても,サーバーで管理している登録ユーザーごとの保有コイン数のデータ値が減少するだけで,データ値の減少分に応じて日本円が「通信料」に加算されることはないから,「情報提供料を通信料に加算する課金」(構成要件C)は行われていない。
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イ 判旨
構成要件Cは,「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」というものであるが,証拠(乙2)によると,被告システムにおいて,ピグ(キャラクター)はアイテムを組み合わせて構成されるものであり,そのアイテムの購入に係る情報提供料は,ユーザーがあらかじめ携帯電話会社の提供する決済システム上で購入しておいた仮想通貨であるコインで支払われるものであると認められるから,「キャラクターに応じた情報提供料」,すなわち,ピグ(キャラクター)を構成するアイテムの購入に係る情報提供料は,ユーザーがあらかじめ携帯電話会社の提供する決済システム上で購入しておいた「コイン」で支払われるものであり,「通信料」に加える,すなわち,「加算」するものではない。
これに対し,原告は,被告システムにおいて,アイテムを購入するために支払ったコインは,コインの購入代金として,携帯端末の「通信料」に「加算」されると主張するが,上記のとおり,携帯端末の「通信料」に「加算」されるのは飽くまで「コイン」の購入代金であり,また,証拠(乙2)によると,コインの購入代金はアイテムの購入に要するコインの額と無関係にあらかじめ一定額に定められたものであると認められるから,それをアイテムを組み合わせたピグ(キャラクター)に応じた情報提供料ということはできない。
したがって,被告システムは,構成要件Cを充足しない。
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4 構成要件F及び同Gの充足性
ア 当事者の主張
(原告の主張)
(ア) 一般に,「仮想モール(バーチャルモール,サイバーモール)」とは,楽天市場などインターネット上に存在する仮想店舗が集まった商店街のことを意味し(甲18,19),本件発明の「仮想モール」は,これを構成する店舗の間を自由に歩き回ることができる必要はなく,ユーザーが複数の仮想店舗にほぼ同時にアクセスできる仕組みになっていれば足りる。
また,本件発明の課題解決原理,技術的思想は,表示部に「基本パーツ」を組み合わせてなる「基本キャラクター」を表示させ,「基本キャラクター」が店でパーツを購入することによって,気に入ったキャラクターを創作決定するところにあり,「仮想モール」は店の表示形態の例示にすぎないから,本件発明の「仮想モール」は,表示部に「基本キャラクター」と同時に表示される必要はない。
被告システムは,ユーザーが表示画面上で「ショップ」というカテゴリーを選択することによってアイテムを購入する仕組みを備えており,ユーザーが複数の仮想店舗にほぼ同時にアクセスできる仕組みになっているから,「仮想モール」は表示されており,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」る構成を有するものであって,構成要件Fを充足する。
(イ) また,構成要件Gにおいて,「パーツ」の購入主体とされている「基本キャラクター」は,「基本キャラクター」を画面上に表示させて使用するユーザーをいうものであるから,被告システムは「基本キャラクターが,仮想モール中に設けられた店にてパーツを購入する」構成を有するものであり,構成要件Gを充足する。
(被告の主張)
(ア) 一般的な「モール」の字義(乙5)や本件明細書の記載に照らすと,「仮想モール」とは,複数の店舗が存在しており,かつ,キャラクターがそれらの店舗の間を自由に歩き回ることができるような仮想上の遊歩道と解される。
のみならず,本件明細書(以下,【】を付して,発明の詳細な説明の段落番号又は図面の番号を引用する。)の【0006】等の記載に照らすと,【図5】のように,「仮想モール」と「キャラクター」とが画面上に同時に表示されることを要するものと解される。
被告システムでは,ユーザーがアイテムを入手する場合,表示画面上で「ショップ」というカテゴリーを選択することによりアイテム購入画面に移行する仕様となっており(乙4),「仮想モール」に当たる遊歩道のようなものが画面上に表示されることはなく,ましてや,それがピグと同時に表示されることもないから,構成要件Fを充足しない。
(イ) また,被告システムに「仮想モール」が存在しない以上,構成要件Gの「仮想モール中に設けられた店」も存在しない。
さらに,構成要件Gでは,店で「パーツ」を購入する主体はユーザーではなく「基本キャラクター」であるとされているところ,被告システムでは,「基本キャラクター」が「仮想モール中に設けられた店」でパーツを購入することはないから,いずれにしても,構成要件Gを充足しない。
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イ 判旨
(ア) 構成要件Fは,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」と規定し,構成要件Gは,「前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」と規定するものの,「仮想モール」や「基本キャラクター」の意味するところやそれらの表示形態については,本件特許請求の範囲の文言からは,必ずしも明らかでない。
そこで,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すると,「仮想モール」や「基本キャラクター」を直接的に定義する記載は見当たらないものの,上記1⑵エのとおり,発明が解決しようとする課題として,【図5】を例示した上で,構成要件F及び同Gに対応する構成が記載されており(【0005】),また,〔作用効果〕として,「ユーザーは,仮想モールと,基本キャラクターとが表示された表示部を見ながら,基本キャラクターを自分に見立て,さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で,その仮想モール内に出店された店に入り,パーツという商品を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替えて,楽しむことができ,新たな楽しみ方ができて十分な満足感を得ることができる。」(【0006】)と記載されている。さらに,上記1⑵オのとおり,発明の実施の形態として,「図5に示すように,表示部2には,仮想モール10,基本キャラクター11が表示され,店S1~Snが出店された仮想モール10内に基本キャラクター11を出現させ,基本キャラクター11があたかも仮想モール10内の住人であるかのように構成してある。」(【0028】),「よって,ユーザーは,自分自身を仮想モールの中のキャラクターに投影して,あたかも自分が仮想モール中で暮らしているようなゲーム感覚が得られ,種々の店に入り買い物をすることができ,さらに楽しみが倍増される。その上,店に入店して商品(各種キャラクター画像情報)を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替え,変更するので,楽しみながら容易に自分の気に入ったキャラクターを創作することができる。」(【0029】)と記載されている。
本件明細書における発明の詳細な説明及び図面の上記各記載に照らすと,「仮想モール」は,「基本キャラクター」と共に表示されることにより,「さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚」(【0006】)や「あたかも自分が仮想モール中で暮らしているようなゲーム感覚」(【0029】)を得て楽しむことができることができるという作用効果を有するものであり,構成要件Gの「仮想モール中に設けられた店」との文言や,一般に,「モール」に「建物の内部に設計された遊歩のための空間」という字義があること(広辞苑第6版〔乙5〕)にも照らすと,「仮想モール」は,内部に複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されるものをいうと解するのが相当である。
また,「仮想モール」が「基本キャラクター」と共に表示されることに上記のような作用効果があることに照らすと,構成要件Fの「表示部に仮想モールと…基本キャラクターとを表示させ」については,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」とが同時に表示される必要があると解すべきである。
さらに,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入するのは「基本キャラクター」であるとされており(構成要件G),本件明細書の上記各記載に照らしても,ユーザーは,自分に見立てた「基本キャラクター」が「仮想モール中に設けられた店」に入店して買い物等をしている状況が表示されているのを見て,あたかも自分がそのような行動をしているような感覚を得て楽しむことができるというのであるから,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する際にも「基本キャラクター」が表示される必要があると解すべきである。
(イ) これに対し,原告は,①「仮想モール」は楽天市場などインターネット上に存在する仮想店舗が集まった商店街のことを意味し,ユーザーが複数の仮想店舗にほぼ同時にアクセスできる仕組みになっていれば足りる,②本件発明の課題解決原理,技術的思想は,表示部に「基本キャラクター」を表示させ,「基本キャラクター」が店でパーツを購入して気に入ったキャラクターを創作決定するところにあり,「仮想モール」は店の表示形態の例示にすぎないから,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」が同時に表示される必要はない,③「パーツ」の購入主体とされている「基本キャラクター」(構成要件G)は,「基本キャラクター」を表示させて使用するユーザーをいうものである旨主張する。
しかしながら,上記①について,「仮想モール」は「表示部に…表示」される必要があるのであるから,「ほぼ同時にアクセスできる仕組みになっていれば足りる」と解することはできない。
上記②について,そもそも,「仮想モール」は,本件特許請求の範囲中の用語であり,これを例示と解すべき根拠となる記載は,本件特許請求の範囲にはないから,「仮想モール」を「店の表示形態の例示にすぎない」ということはできない。
上記③について,本件特許請求の範囲の文言上,「基本キャラクター」は「データベースに用意された複数のキャラクターから」「気に入った」ものとして決定されるものであるから,これをユーザーをいうものと解することはできない。
(ウ) 証拠(乙4)によると,被告システムにおいて,「ショップ」でアイテムを購入する際の画面表示は,次のとおりであると認められる。
すなわち,①被告システムでは,液晶表示部に,「ショップ」というカテゴリーの表示とピグとが表示されており,②ユーザーが「ショップ」というカテゴリーの表示を選択するなどすると,各種の「ショップ」が,アイテムの種類の記載やアイテムを装着するなどしたキャラクターの表示と共に一覧表示された「ショップ一覧」画面に移行すること,③その中から特定の「ショップ」を選択すると,当該「ショップ」で取り扱われているアイテムが一覧表示された画面に移行すること,④その中から特定のアイテムを選択すると,ピグが当該アイテムを装着した画像が表示された試着画面に移行すること,⑤更に「レジへすすむ」又は「購入する」との表示を選択することで,当該アイテムの購入画面に移行して購入する手順となること,「ショップ一覧」画面(上記②)やアイテムが一覧表示された画面(上記③),購入画面(上記⑤)が表示されているときにはピグは表示されていないことが認められる。
そうすると,被告システムでは,複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されないから,そもそも,「仮想モール」に対応する構成を有しているとはいえない。
この点を措いても,単なる「ショップ」というカテゴリーの表示を「仮想モール」に対応するものということはできないし,さらに,「ショップ一覧」画面の表示を「仮想モール」に対応する構成として特定したとしても,同画面が表示されているときにピグは表示されないから,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」とが同時に表示される構成を有していない。
また,被告システムでは,「ショップ一覧」画面やアイテムが一覧表示された画面に加えて,購入画面が表示されている際にもピグが表示されていないから,試着画面でピグが表示されるとしても,ピグが当該ショップに入店して買い物等をする状況が表示されるものともいえず,構成要件Gの「基本キャラクター」が「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する構成を有するものとはいえない。
(エ) したがって,被告システムは,構成要件F及び同Gを充足しない。
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5 均等侵害(第1要件)
ア 当事者の主張
(原告の主張)
ア 本件明細書の【0002】記載の従来技術,審査過程で特許庁審査官が従来技術として引用した文献(甲20参照)及び原告の意見書(甲22)を参酌すると,本件特許請求の範囲に記載された構成のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分となり得るのは,構成要件E,同F及び同Gであり,構成要件Cは非本質的部分である。
イ また,被告システムに「仮想モール」が表示されないとしても,「仮想モール」が店の表示形態の例示にすぎないことは前記(2)の【原告の主張】のとおりであり,「仮想モール」の表示を本件発明の本質的部分であるとはいえない。
本件発明の本質的部分は,構成要件Eに加えて,「創作決定手段に,前記表示部に基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターを表示させ」(以下「構成要件F’」という。)及び「基本キャラクターが,店でパーツを購入することにより,パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える」(以下「構成要件G’」という。)ところにあり,被告システムは,これらに対応する構成を全て有している。
ウ 以上より,被告システムは第1要件を満たす。
(被告の主張)
ア 構成要件Cは,本件明細書の【0005】記載の課題解決手段と関連する構成要件であると解し得るから,直ちに本質的部分でないとはいえない。
イ 構成要件F及び同Gは,本件特許の願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲(以下「出願当初の特許請求の範囲」という。)の請求項1に対する拒絶理由通知を受け,拒絶理由を指摘されなかった同5から持ち込む形で付加された構成であり,その結果,特許査定に至っているのであるから,本質的部分でないとはいえない。
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イ 判旨
ア 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその作用効果を把握した上で,特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(ただし,明細書の発明の詳細な説明に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書の発明の詳細な説明に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである〔知財高裁平成27年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決・判時2306号87頁参照〕。)。
これを本件について見ると,前記2で詳述したとおり,本件発明は,「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」(構成要件C)ており,また,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」(構成要件F),「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」(構成要件G)構成を有しているのに対し(なお,「仮想モール」は,内部に複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されるものをいい,「基本キャラクター」と同時に表示される必要があると解すべきこと,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する際にも「基本キャラクター」が表示される必要があると解すべきことも,前記2のとおりである。),被告システムは,少なくとも,「キャラクターに応じた情報提供料」を「通信料」に「加算」する構成を備えていない点,「仮想モール」に対応する構成を有していない点において,それぞれ本件発明と相違するところ,以下のとおり,これらの相違部分は,本件発明の本質的部分に当たるというべきであるから,被告システムは,均等の第1要件(非本質的部分)を満たさない。
イ 本件明細書の前記1⑵アないしエの各記載によれば,本件発明は,携帯端末の表示部に気に入ったキャラクターを表示させることができる携帯端末サービスシステムに関するものであって(【0001】),あらかじめ携帯端末自体のメモリーに保存してある複数のキャラクター画像情報から,気に入ったものを選択して,その携帯端末の表示部に表示するなどの従来技術では,携帯端末自体のメモリーに保存できる情報量には限りがあるため,キャラクター選択にあまり選択の幅がなく,ユーザーに十分な満足感を与え得るものではなく,サービス提供者にとっても,キャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であったことから(【0002】,【0003】),同問題点を解決し,「ユーザーが十分な満足感を得ることができ,且つ,サービス提供者は利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供する」ため(【0004】),本件特許請求の範囲の請求項1記載の構成(構成要件Aないし同Hの構成)を備えることにより,ユーザーにとっては,キャラクター選択をより楽しむことができ,また,サービス提供者にとっては,キャラクター画像情報の提供により効率良く利益を得ることができ(【0005】),さらに,ユーザーは,種々のパーツを組み合わせてキャラクターを創作するというゲーム感覚の遊びをすることができ,十分な満足感を得ることができ,また,「仮想モールと,基本キャラクターとが表示された表示部を見ながら,基本キャラクターを自分に見立て,さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で,その仮想モール内に出店された店に入り,パーツという商品を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替えて,楽しむことができ,新たな楽しみ方ができて十分な満足感を得ることができる」(【0006】)というものとされていることが理解できる。
そうすると,本件明細書では,本件発明は,サービス提供者がキャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であったという従来技術の問題点を解決して,サービス提供者が画像情報の提供により効率良く利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供することを目的の一つとするものであって,構成要件Cの「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」るとの構成は,まさに,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決(サービス提供者がキャラクター画像情報により効率良く利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供すること)を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段(課金手段)としての具体的な構成として開示されているものいうべきである。また,本件発明は,ユーザーに十分な満足感を与え得るものではなかったという従来技術の問題点を解決して,ユーザーが十分な満足感を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供することを他の目的とするものであって,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」るとの構成を含む構成要件F及び「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」との構成を含む構成要件Gは,さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で商品を購入するなどして十分な満足感を得ることができるという本件発明に特有な作用効果に係るものであって,構成要件A,同B,同D及び同Eとともに,まさに,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決(ユーザーが十分な満足感を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供すること)を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段(ゲーム感覚の実現)としての具体的な構成として開示されているものというべきである。
他方で,後述する引用例1(乙6)の開示(iモード上に用意された複数のキャラクタ画像を受信し,これを待受画面として利用することができる携帯電話機)及び引用例2(乙7)の開示(画像情報の提供に係る対価の課金を通話料金に含ませるもの)に照らすと,本件明細書において従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは,客観的に見て不十分であるといい得るが,本件明細書の従来技術の記載に加えて,引用例1及び同2の開示を参酌したとしても,本件発明は,ユーザーが十分な満足感を得ることができ,かつ,サービス提供者が利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供するものであり,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための具体的な構成として,構成要件AないしHを全て備えた構成を開示するものであるから,これら全てが従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に当たるというほかない。
以上によれば,本件発明と被告システムとの相違部分は,いずれも本件発明の本質的部分に係るものと認めるのが相当である(なお,上記認定判断は,後述する本件特許の出願経過とも整合するところである。)。
ウ 原告の主張について
原告は,構成要件Cは非本質的部分である旨主張するが,課金手段なくして,サービス提供者が画像情報の提供により効率良く利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供するという本件発明の目的を達成し得ないことは,明らかであるところ,本件明細書では,従来技術には見られなかった新たな課金手段として,構成要件Cの「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」るとの構成を開示したものであることは,既に説示したとおりであるから,同構成が本件発明の本質的部分に当たらないという原告主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,採用することができない。
また,原告は,「仮想モール」は店の表示形態の例示にすぎないなどとした上で,構成要件F及び同Gのうち,本件発明の本質的部分となるのは,「創作決定手段に,前記表示部に基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターを表示させ」との部分(構成要件F’)及び「基本キャラクターが,店でパーツを購入することにより,パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える」との部分(構成要件G’)にすぎない旨の主張もするが,「仮想モール」は本件発明に特有な作用効果に係るものであって,店の表示形態の単なる例示にすぎないとはいえないことは,既に説示したとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,また,本件明細書の記載に基づかないものであって,採用することができない。
エ したがって,「キャラクターに応じた情報提供料」を「通信料」に「加算」する構成を備えておらず,また,「仮想モール」に対応する構成を有していない被告システムは,均等の第1要件(非本質的部分)を満たさない。
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6 均等侵害(第5要件)
ア 当事者の主張
(原告の主張)
被告システムが本件発明の本質的部分に対応する構成を全て有していることは前記⑴のとおりであり,第5要件に関する被告の主張は失当である。
(被告の主張)
本件特許の出願経過(前記⑴イ)に照らすと,原告は,少なくとも,構成要件F及び同Gの構成を有さないものを本件特許請求の範囲から意識的に除外したものと解される。
したがって,構成要件F及び同Gの構成を有さない被告システムは,第5要件を満たさない。
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イ 判旨
上記アの出願経過に照らせば,原告は,構成要件A,同B,同C及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項1に係る発明)及び構成要件A,同B,同C,同D,同E及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項2に係る発明)については,特許を受けることを諦め,これらに代えて,構成要件A,同B,同C,同D,同E,同F,同G及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項1に同2及び同5を統合した発明,すなわち本件発明)に限定して,特許を受けたものといえる。
そうすると,原告は,構成要件F(「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」)及び同G(「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」)の全部又は一部を備えない発明については,本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したか,少なくともそのように解されるような外形的行動をとったものといえる。
したがって,「仮想モール」に対応する構成を有していない被告システムについては,均等の成立を妨げる特段の事情があるというべきであり,同システムは,均等の第5要件(特段の事情)を充足しない。
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7 検討
⑴ ソフトウェア特許の侵害訴訟において、地裁における原告の勝訴率が22%であるのに対し、ソフトウェア特許における原告の勝訴率は1.9%であり、原告にとって勝訴し難いとのデータが存在する2。このような中で、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、裁判所は、他の技術分野に比べて、クレーム解釈が厳格であるとの指摘がある。
一方、本件は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、請求が棄却された事例ではあるが、特に、ソフトウェア特許であるから、クレーム解釈が厳格にされたというものではなく、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載からは、本件において、非充足との判断がされたのはやむを得ないものと考えられる。
⑵ 「キャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段」が非充足であった点については、情報提供料が「キャラクターに応じた」ものであると明確に記載されている以上、被告方法において、情報提供料が汎用的なコインであり、キャラクターと紐づいていなかったことから、非充足と判断されるのは、やむを得ないと考えられる。
⑶ また、「仮想モール」は、抽象的であることから、かかる文言のみから、楽天市場などインターネット上に存在する仮想店舗が集まった商店街に限定して解釈することができるかは明らかでないが、本件では、明細書の実施例及び図面に、「仮想モール」は,ゲーム感覚で、仮想モールを歩き回ることができるようなものである記載が繰り返されており、楽天市場のようなショッピングサイトを意味することを裏付ける記載は何らなかったことから、キャラクターがそれらの店舗の間を自由に歩き回ることができるような仮想上の遊歩道を意味するものと解釈された。
本件では、特許請求の範囲の文言が抽象的であり、かかる文言について、その意味を広く解釈できるような記載が明細書になかったことから、このような解釈になることはやむを得ないと考えられる。
したがって、本件は、ソフトウェア特許であるから、他の技術分野と比べ、厳格な解釈がなされたということにはならないと考えられる。
⑷ なお、本件では、均等論の主張もされている。その適用は否定されているが、文言侵害と同様、ソフトウェア特許であることから、限定解釈されたというものではなく、第1要件、第5要件の通常のあてはめに基づくものと考えられる。
⑸ 控訴審となる、知財高判平成30年6月19日平29(ネ)10096号においても、ほぼ同様の判断がなされ、控訴は棄却された。
以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一
1 請求項1を分節。
2 李思思「侵害訴訟にみるソフトウェア特許‐特許庁と裁判所の『連携プレイ』と裁判所の『単独プレイ』による保護範囲の限定の状況」知的財産法政策学研究51号160-161頁(2018年)。