【平成29年(行ケ)第10080号(知財高裁H29・12・25)】

【判旨】
 本件商標に係る特許庁の無効2015-890100号事件について商標法4条1項15号の判断を誤ったことを理由として,取り消した事案である。

【キーワード】
レッドブル,商標法4条1項15号

事案の概要

 原告は,平成27年12月24日,本件商標の登録が商標法4条1項15号,同項19号及び同項7号に該当するから,同法46条1項1号の規定により無効とされるべきものであるとして,本件商標の登録無効審判請求をした(無効2015-890100号)。
特許庁は,平成28年12月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月22日,原告に送達された。

争点

 本件商標の,商標法4条1項15号該当性,である。(なお,そのほかに同項19号該当性及び同項7号該当性が問題となったが,裁判所は,判断を下さなかったため,これらについては省略する。)
【本件商標】

登録番号 第5664585号
商標の構成 上記のとおり
出願日 平成25年10月4日
登録日 平成26年4月18日
指定商品 第1類「洗浄用ガソリン添加剤,燃料節約剤,原動機燃料用化学添加剤,窓ガラス曇り止め用化学剤,不凍剤,ラジエーターのスラッジ除去用化学剤,静電防止剤(家庭用のものを除く),塗装用パテ,内燃機関用炭素除去剤,油用化学添加剤,ガラスつや消し用化学品,タイヤのパンク防止剤」,第3類「家庭用帯電防止剤,さび除去剤,ペイント用剥離剤,埃掃除用の缶入り加圧空気,香料,薫料,自動車用消臭芳香剤,風防ガラス洗浄液,自動車用洗浄剤,自動車用つや出し剤,スプレー式空気用消臭芳香剤」,第4類「塵埃抑止剤,塵埃除去剤,潤滑剤,清掃用塵埃吸着剤,革保存用油,自動車燃料用添加剤(化学品を除く),動力車のエンジン用の潤滑油,点火又は照明(灯火)用ガス,内燃機関用燃料,工業用油用及び燃料用添加剤(化学品を除く)」及び第5類「防臭剤(人用及び動物用のものを除く),防虫剤,虫除け用線香,空気浄化剤,スプレー式空気用芳香消臭剤,殺虫剤,衛生用殺菌消毒剤,くん蒸消毒剤(棒状のものに限る),くん蒸消毒剤(錠剤に限る),中身の入っている救急箱」

【引用商標等】
引用商標(使用商標2)

使用商標1

使用商標3

原告は,レッドブル社の商標に関して多数の登録商標を保有しているところ(甲3,4等),「Red Bull(RED BULL)」・「レッドブル」の文字商標(以下「レッドブル文字商標」という。),突進する雄牛からなる図形商標(以下「シングルブル図形」という。なお,シングルブル図形には,雄牛が左向きのものと,右向きのものとがあり,特に,背景に黄色い略円状の図形を施した上記の左向きの赤いシングルブル図形を「引用商標」といい,左向きと右向きの2個のシングルブル図形を向き合わせた図形商標を「ダブルブル図形」といい,シングルブル図形と併せて「ブル図形」と総称し,レッドブル文字商標及びブル図形とを併せて「レッドブル商標」と総称する。)を使用している。

判旨抜粋(証拠番号等は適宜省略する。下線は筆者による。)

1 取消事由1(商標法4条1項15号該当性判断の誤り)について
原告は,本件商標が商標法4条1項15号に該当しないとした審決の認定判断は誤りであると主張するので,以下,検討する。
(1) 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」は,当該商標をその指定商品等に使用したときに,当該商品等が他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ,すなわち, いわゆる広義の混同を生ずるおそれがある商標をも包含するものであり,同号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は, 当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の関連性の程度,取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁参照)。
(2) 本件商標と引用商標との対比
(中略)
ア 本件商標と引用商標の構成
(ア) 本件商標の構成
本件商標は,前記・・・のとおりの図柄であり,グラデーションが施された薄茶色の盾状の図形を背景にして,当該盾状図形の中央部分に,左向きの,黒の縁取りを有する赤色の雄牛の図形を描き,当該雄牛は,背を丸め,2本の角を描き,顔と顎を含む頭の部分を前向きにして,両前脚は内向きに軽く曲げ,両後脚は後方に突き出して,尾を略S字状になびかせ,全体として左上方に跳躍している姿勢を表しているとの構成からなるものであって,本件商標の基本的な構成は,概ね,審決が認定したとおりであるといえる。そして,本件商標からは,具体的に描かれた牛の形態に相応して,「跳躍する赤い雄牛」との観念が生じるものと認められるものの,特定の称呼が生じるものとは認められない。
(イ) 引用商標の構成
引用商標は,前記・・・の図柄であり,黄色い円図形内の右下部分に頭部を配置し,胴体を同円図形の外に配置した,左向きの赤色の雄牛の図形をシルエットで描き,当該雄牛は,背を「く」の字状に曲げ,顎を引いて頭部を低くし,2本の角を前方に突き出し,両前脚は円図形の縁部分に接して,胸元に掻き込むように内向きに曲げ,両後脚は円図形の下側になるように後方に突き出すように配置され,尾を略S字状になびかせ,全体として上半身をやや持ち上げた状態で,前方へ突進するような姿勢を表しているとの構成からなるものであって,引用商標の基本的な構成は,概ね,審決が認定したとおりであるといえる。そして, 引用商標からは,具体的に描かれた牛の形態に相応して,「突進する赤い雄牛」との観念が生じるものと認められるものの,特定の称呼が生じるものとは認められない。
イ 本件商標と引用商標との異同
本件商標と引用商標とは,黄色系暖色調の無地の背景図形の前に,2本の角を突き出し,前脚を内向きに曲げ,後脚を突き出して,尾を略S字状になびかせた左向きの赤色の雄牛の図形という基本的構成において共通するものである。ただし,本件商標と引用商標とを直接対比した場合,背景図形が,本件商標ではグラデーションが施された薄茶色の盾状の図形であるのに対して,引用商標では黄色の円図形である点,雄牛が,本件商標においては背景の盾状図形の中央部分にほぼ全体が配置されているのに対して,引用商標のそれは,頭部が円図形の中に配置され胴体は円図形の外に配置されている点,さらに,全体の姿勢において,本件商標の雄牛は縁取りされ左上方に跳躍している姿勢であるのに対して,引用商標の雄牛はシルエットで上半身をやや持ち上げた状態で,前方へ突進する姿勢を表している点で,それぞれ差異を有することが認められる。
 しかしながら, 直接対比した場合の上記視覚上の各差異を考慮しても,本件商標及び引用商標の全体的な構図をみると,本件商標と引用商標とは,いずれも,黄色系暖色調の無地の背景図形の前に,左向きに描かれて角を突き出した赤色の躍動感のある姿勢をした雄牛の図形が配置されるなどの基本的構成をほぼ共通にしており,さらに,雄牛自体の図形の構成上,上記のような様々な一致点を有していることに照らすと,外観上,互いに紛れやすいものというべきである。
 しかも, 本件商標からは跳躍する赤い雄牛との観念が生じ,引用商標からも突進する赤い雄牛との観念が生じるから,本件商標と引用商標は,観念においても,ほぼ同一(又は類似)であるといえる。
したがって,本件商標は,引用商標と比較的高い類似性を示すものであるということができる。
(3) 引用商標の周知著名性
(中略)
ア エナジードリンクにおける使用商標の使用
(中略)
イ スポーツ,芸術,文化イベント等における使用商標の使用
(中略)
ウ F1レースにおける使用商標の使用
(中略)
エ ライセンスによる使用商標の使用
(中略)
オ 宣伝広告費
(中略)
キ 以上によれば,本件商標の登録出願時において,使用商標1を使用したエナジードリンクは,我が国で販売が開始されてから8年以上が経過し,売上は約352億円,そのシェアは約60%以上となっており,TVCMその他の宣伝広告が多く行われ(我が国において,宣伝広告費として年間約58億円が費やされている。),その結果,レッドブル社のブランド力は高い認知度を得ていることが認められる。また,使用商標は,自動車レースにおいても使用されるほか,多数開催される各種イベントなどにも広く使用されており(レッドブル社は,多数のアスリートのスポンサーになるなどしている。),また,使用商標を付した商品は,テレビ,雑誌,新聞その他多くのメディアにおいて紹介されるなどして,宣伝広告されてきたことが認められる。
そうすると, 使用商標1については,本件商標の登録出願時においてレッドブル社の商品を表示するものとして,我が国の取引者及び需要者の間で広く認識されており,本件商標の登録査定時から現在に至るまで,その認識は継続しているものということができる。
さらに,引用商標(使用商標2)の構成は,使用商標1の構成部分であり,使用商標1は,著名なものと認められるところ,引用商標(使用商標2)に接した需要者は,引用商標が,使用商標1の構成部分であると容易に認識できるものと推測される。そして,レッドブルレーシングのレーシングカーには,車体のウィング部分に使用商標1がレッドブル文字商標とともにデザインされ,車体の側面に引用商標(使用商標2)又は使用商標3が大きく表示され,ヘルメットの側面,ウェアの袖口やニットキャップにも引用商標(使用商標2)又は使用商標3が表示されるなど,引用商標(使用商標2)も使用商標1とは独立した標章として多数使用されており,車両の両側面にシングルブル図形を大きく表示させた宣伝車両「レッドブル・ミニ」による広告宣伝もされている。また,自動車レース等のイベントには相当数の観客が来場するのみならず,テレビや雑誌等を通じて,引用商標(使用商標2)の付されたレーシングカー等を目にする機会も多く,自動車レース等に関連した様々な場面で,引用商標を付したヘルメットやキャップ等が販売されていることが認められ
る。
そうすると, 引用商標(使用商標2)についても,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,レッドブル社の業務に係るエナジードリンク(飲料)の商品分野のみならず,自動車関連の商品分野において,自動車に関連する商品の取引者,需要者の間に広く認識されており,その著名性は高いものと認められ,その状態が現在においても継続しているものと認めることができる。
(4) 引用商標の独創性について
引用商標は,左向きの赤色の雄牛全身の図形をシルエットで描き,その背後に黄色い円図形を描いてなるものであるところ,・・・左向きの具体的な全身のシルエットで表された牛の商標の登録例は,少なからず存在することが認められるから,引用商標が,赤い雄牛が突進している様子を描いた強い躍動感がある特徴的なものであるとの原告の主張を考慮しても,引用商標の牛の図形について,造語又は特異な図形等による商標に比して高度の独創性を有するものとまでは認め難い。 また,背後に円図形等を配することも普通に用いられる方法であり,牛と円図形の組合せよりなる引用商標が高度の独創性を有するとまではいえない。
(5) 本件商標の指定商品と引用商標に係る商品
引用商標が現に使用されているのは,自動車や自動車レースに関連する商品等であるのに対し,本件商標の指定商品は,第1類・・・,第3類・・・,第4類・・・及び第5類・・・
であり,当該指定商品は,自動車用品関連の商品を含むものであるといえるから, 引用商標の著名性が取引者,需要者に認識されている分野である自動車に関連する商品等と関連性を有するものと認められる。なお,被告は,自動車関連商品の販売等を業とする者であり(甲2),自動車用商品として,洗浄剤,つや出し剤,空気浄化剤(エアーフレッシュナー)等を販売し(甲136~140),本件商標がその商品に使用されている。
(6) 取引者及び需要者の共通性その他取引の実情について
本件商標の指定商品は,日常的に消費される性質の自動車用品関連の商品を広く含むものと認められるところ,そのような自動車用品関連商品を含む本件商標が使用される商品の主たる需要者は,自動車の愛好家を始めとして,自動車の所有者や利用者など広く一般の消費者を含むものということができる。そして,このような一般の消費者には,必ずしも商標やブランドについて正確又は詳細な知識を持たない者も多数含まれているといえ,商品の購入に際し,メーカー名やハウスマークなどについて常に注意深く確認するとは限らないものと考えられる。
また, レッドブル社は,使用商標について,多種多様な企業にライセンスを付与し,自動車や自動車レースに関連する商品を含む多様な商品について引用商標を含む使用商標が付されて販売されていることが認められる。
(7) 混同を生ずるおそれについて
本件商標と引用商標は, 全体的な構図として,黄色系暖色調の無地の背景図形の前に,左向きに描かれて角を突き出した赤色の躍動感のある姿勢をした雄牛の図形が配置されるなどの基本的構成を共通にするものであり,本件商標が使用される商品である自動車用品関連商品等の商品の主たる需要者が,商標やブランドについて正確又は詳細な知識を持たない者を含む一般の消費者を含み,商品の購入に際して払われる注意力はさほど高いものとはいえないことなどの実情や,引用商標が高度の独創性を有するとまではいえないものの我が国において高い周知著名性を有していることなどを考慮すると,本件商標が,指定商品に使用された場合には,これに接した需要者(一般消費者)は,それが引用商標と基本的構成が類似する図形であることに着目し,本件商標における細部の形状などの差異に気付かないおそれがあるといい得る。
また, 引用商標は,自動車関連の分野においても,レッドブル社の商品等を表示するものとして,取引者,需要者の間において著名であり,引用商標をその構成とする使用商標について,多数のライセンスが付与され,自動車関連商品等の多様な商品について引用商標を含む使用商標が付されて販売されているところ, 本件商標の指定商品には,引用商標の著名性が取引者,需要者に認識されている自動車関連の商品を含むものといえるのであるから,本件商標をその指定商品に使用した場合には,これに接する取引者,需要者は,著名商標である引用商標を連想,想起して, 当該商品がレッドブル社又は同社との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある者の業務に係る商品であると誤信するおそれがあるものというべきである。
したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に該当するものとして商標登録を受けることができないというべきであるから,これと異なり,本件商標が同号に該当しないとした審決の判断には誤りがあるといわざるを得ない。

解説

 本件は,商標権に係る無効審決取消訴訟である。特許庁は,本件商標について,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標ではないとして,商標法4条1項15号1に該当しないとの審決をおこなったものであるが,裁判所はこれを取り消した。
 裁判所は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の関連性の程度,取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などを詳細に認定した上で,「本件商標をその指定商品に使用した場合には,これに接する取引者,需要者は,著名商標である引用商標を連想,想起して,当該商品がレッドブル社又は同社との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある者の業務に係る商品であると誤信するおそれがあるものというべきである」と判断した。
被告は,これに対して,本件商標と引用商標等は非類似であることや,使用商標1及びレッドブル文字商標が周知であっても,引用商標(使用商標1)の周知性を立証していない等の主張を行ったが,裁判所は,前者については,類似性のみで「混同を生じる恐れがあるか否かを判断する」ものではなく,後者については,詳細な引用商標の使用状況の認定によって,著名性は高いとし,被告の主張を排斥した。裁判所の事実認定を前提とすれば,裁判所の判断は妥当であろう。
 本件は,裁判所が丁寧な事実認定を行っており,実務的に参考になるため,ここに取り上げるものである。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志

1第四条  次に掲げる商標については,前条の規定にかかわらず,商標登録を受けることができない。
(中略)
十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)