【平成29年1月25日(知財高裁 平成27年(行ケ)第10230号)[特許「冒認出願」事件]】

【ポイント】
審決取消訴訟における冒認出願に関する主張立証責任のあり方を示した事例

【キーワード】
特許法123条1項6号
冒認出願


第1 事案

 被告が名称を「噴出ノズル管の製造方法並びにその方法により製造される噴出ノズル管」とする発明について特許出願し、その設定登録を受けた。これに対して、原告は、当該発明は原告が発明したものであるとして、無効審判請求をしたが、当該請求は不成立との審決がなされた。本件は、当該審決に対する審決取消訴訟である。

第2 判旨(*下線、省略等は筆者)

3 検討
  本件のように、冒認出願(平成23年法律第63号による改正前の特許法123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、特許権者が負担するものと解するのが相当である。
  もっとも、そのような解釈を採ることが、すべての事案において、特許権者が発明の経緯等を個別的、具体的、かつ詳細に主張立証しなければならないことを意味するものではない。むしろ、先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認させる上でそれなりに意味のある事実であることをも考え合わせると、特許権者の行うべき主張立証の内容、程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容、程度がどのようなものかによって左右されるものというべきである。すなわち、仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し、無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し、その裏付けとなる証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。
  以上を踏まえ、本件における取消事由(発明者の認定の誤り)の有無を判断するに当たっては、特許権者である被告において、自らが本件各発明の発明者であることの主張立証責任を負うものであることを前提としつつ、まずは、冒認を主張する原告が、どの程度それを疑わせる事情(すなわち、被告ではなく、原告が本件各発明の発明者であることを示す事情)を具体的に主張し、かつ、これを裏付ける証拠を提出しているかを検討し、次いで、被告が原告の主張立証を凌ぎ、被告が発明者であることを認定し得るだけの主張立証をしているか否かを検討することとする。
  (1) 原告の主張立証について
                     (省略)
  c まとめ
  以上によれば、原告の上記〈2〉の主張のうち、原告が、平成22年11月3日ころまでに、本件発明1の方法の実施に用いられる本件機器を完成させたこと、ひいては、本件発明1を完成させたことについては、客観性のある証拠等によって裏付けられているということができる。
  しかしながら、前記a(a)で述べたとおり、本件機器は本件発明2の方法に用いられるものとはいえないから、原告が本件機器を完成させたからといって、本件発明2の方法を着想し、完成させたことが認められるものではなく、他にこれをうかがわせる証拠もない。したがって、原告の上記〈2〉の主張のうち、本件発明2に係る部分は、その裏付けを欠くものというほかない(そもそも、原告は、原告が本件発明2の方法を着想し、具体化したことを示す具体的な事情を主張していない。)
  (2) 被告の主張立証について
  ア 本件発明1について
                     (省略)
  (カ) 以上の検討によれば、被告が本件発明1を完成させたものとする被告の主張にはこれを裏付けるに足りる十分な証拠がないというべきであり、被告は、本件発明1の発明者が原告ではなく、被告であることについて、原告の前記主張立証を凌ぐだけの主張立証をしているものとはいえない。
  イ 本件発明2について
                     (省略)
  してみると、被告は、被告が本件発明2の方法を着想しこれを具体化したことについて、その具体的な事情を主張し、これを裏付ける一応の証拠も提出しているものといえるから、少なくとも上記で述べた程度を満たすだけの主張立証をしているものということができる。
  ウ 本件発明3について
  上記ア及びイで述べたところによれば、被告は、本件発明2の方法については、被告がその発明者であることを認めるに足りる主張立証をしているといえるが、本件発明1の方法については、被告がその発明者であることを認めるに足りる主張立証をしているとはいえない。
  しかるところ、本件発明3は、本件発明1の方法により製造されるゲート構造を備えた噴出ノズル管と本件発明2の方法により製造される同様の噴出ノズル管の双方をその内容とする発明であるから、被告は、請求項3によって特定される本件発明3の全体について、被告がその発明者であることを認めるに足りる主張立証をしているとはいえないことになる。
  (3) 以上の検討を総合すれば、本件各発明のうち、本件発明2については、その発明者が被告であると認めることができるが、本件発明1及び3については、その発明者が被告であると認めることはできない。

第3 検討

 本件は、特許無効審判に対する審決取消訴訟における冒認出願の主張立証責任のあり方を示した事案である。
 本判決は、まず、「『特許出願がその特許に係る発明の発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと』についての主張立証責任は、特許権者が負担するものと解するのが相当である」と判示する。その理由は明確に述べられていないが、特許法が発明者主義(法29条1項)を採用していることから、特許権者が「発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者」(以下、「発明者等」という。)であることの主張立証責任を負うべきという判断に基づいていると考えられる。
 もっとも、本判決は、特許権者が発明者等であることの主張立証責任を負うとしても、「先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認させる上でそれなりに意味のある事実である」ことを根拠に、特許権者がどのようなケースにおいても、発明者等であることを個別具体的に主張立証しないといけないわけではない旨を述べる。
 具体的には、「(①)仮に無効審判請求人が冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付けとなる証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りるのに対し、(②)無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的に指摘し、その裏付けとなる証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないものと考えられる。」と判示し、無効審判請求人の主張立証活動の内容等次第により、特許権者の主張立証の程度も変わる旨を述べた。
 これらの主張立証の構造は、従前の裁判例(知財高判平成21年6月29日(平成20年(行ケ)第10427号)、知財高判平成22年11月30日(平成21年(行ケ)第10379号、知財高判平成25年3月28日(平成24年(行ケ)第10280号)で示された内容と同様の内容を踏襲したものである。いかなる場合でも特許権者に発明者等であることを個別具体的に主張立証させることは特許権者に過大な負担をかけることになり、先に特許出願したという事実が、出願人が発明者等であることを推認させる重要な間接事実であることからすれば、上記の主張立証の構造は妥当であると考えられる。
 そして、本判決は、まず原告(無効審判請求人)の主張を検討し、その後に被告(特許権者)の主張を検討して、被告が原告の主張を凌ぐ主張立証に成功したかを判断している。具体的には、本件発明1については、原告が当該発明をしたことを十分に主張立証したのに対し、被告は自らが発明したことを裏付ける証拠がないとして、被告は原告の主張立証を凌ぐだけの主張立証をしておらず、当該発明の発明者は被告ではないと判断した。同様に、本件発明3についても当該発明の発明者は被告ではないと判断した。つまり、本件発明1及び3において、冒認出願であることが認められた。他方で、本件発明2については、被告は、被告が本件発明2の方法を着想しこれを具体化したことをその具体的な事情を主張立証し、原告の主張立証を凌ぐだけの主張立証をしたので、本件発明2の発明者が被告である旨を判断した。
 以上のように、本件は審決取消訴訟における冒認出願の立証立証活動に関して、参考になる事案である。 

以上
(筆者)弁護士 山崎臨在