【平成29年12月21日(知財高裁 平成29年(ネ)10027号[4H型単結晶炭化珪素の製造方法事件])】

【判旨】

特許権の侵害を理由とする差止請求について、特許権侵が肯定された。

【キーワード】

充足論、文言侵害、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1.事案の概要(特許発明の内容)

A 種結晶を用いた昇華再結晶法により
B 単結晶炭化珪素を成長させる際に,
C 炭素原子位置に窒素を5×1018cm-3以上5×1019cm-3以下導入することを特徴とする
D 4H型単結晶炭化珪素インゴットの製造方法。

2.争点

 構成要件Aの「昇華再結晶法」は,生成物と同じ物質に限定されるか、生成物と異なる物質を含むか

3.判旨(下線部は当職が付した)

(ア) 特許請求の範囲(請求項1)は,「種結晶を用いた昇華再結晶法により」(構成要件A)と規定するのみであり,坩堝に充填する出発原料を特に規定又は限定する記載は存しない。
(イ) 本件明細書の記載
a 本件明細書に記載された実施例では,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末が用いられている(【0017】,【0019】)。
 本件明細書に記載された実施例からは,本件発明が,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末を用いる態様をその技術的範囲に含むものであることは明らかである。
 ところで,前記のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1)には,坩堝に充填する出発原料を特に規定又は限定する記載は存しないから,本件発明の技術的範囲は,実施例として開示された,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末を用いる態様に限られるか否かについて検討する。
b 本件発明は,前記(1)ア(イ)bのとおり,種結晶を用いて昇華再結晶を行う改良型のレーリー法で単結晶炭化珪素を成長した場合でも,4H型単結晶炭化珪素を得るのは困難であるという問題があったことから,窒素が単結晶炭化珪素中で炭素原子位置を置換するという性質を利用して,炭素原子位置に窒素を導入することにより,結晶中の炭素/珪素元素比を実効的に増加させるという手法を採用することで,成長温度等の成長条件を大きく変化させることなく,良質の4H型単結晶炭化珪素の成長を可能とするものであり,種結晶を用いて昇華再結晶を行う従来方法に対し,さらに,「炭素原子位置に窒素を所定範囲内の量導入する」という技術的事項を新たに適用するものであって,種結晶を用いた昇華再結晶法において,上記技術的事項以外の成長条件については,従来の4H型の単結晶炭化珪素の成長方法におけるものを前提としていると認められるものである。
 ここで,本件明細書には,従来から単結晶炭化珪素の成長に用いられている方法である「昇華再結晶法(レーリー法)」(【0003】)や「種結晶を用いて昇華再結晶を行う改良型のレーリー法」(【0004】)に関する記載があるが,これらの方法で出発原料(坩堝に充填される出発原料)として用いられる物質に関する記載はない。また,本件発明についても,「炭化珪素からなる原材料を加熱昇華させ,単結晶炭化珪素からなる種結晶上に供給し,この種結晶上に単結晶炭化珪素を成長する方法」(【0008】)であることが記載されているものの,坩堝に充填される出発原料として用いられる物質に関する記載はないのであって,坩堝に充填されるのが炭化珪素粉末であることが特定されているわけではない。
(ウ) 「昇華再結晶法」に関する文献等
・・・以上の文献等の記載からは,本件特許の出願当時,種結晶を用いた昇華再結晶法においては,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素固体(粉末)を用いるのが一般的態様であったと認められるが,出発原料として珪素と炭素を用い,この両者を反応させて結晶状態の炭化珪素を形成し,この炭化珪素を昇華させることで種結晶上に単結晶炭化珪素を形成する態様も存したことが認められる。・・・
(エ) 小括
 以上によれば,特許請求の範囲(請求項1)には,坩堝に充填する出発原料を特に規定又は限定する記載は存しないにもかかわらず,「種結晶を用いた昇華再結晶法」(構成要件A)を,実施例として開示された,坩堝に充填する出発原料として炭化珪素粉末を用いる態様のみに限定して解釈すべきであるとはいえない。
 したがって,「昇華再結晶法」(構成要件A)には,出発原料(坩堝に充填する材料)として炭化珪素固体(粉末)を用いる態様のみならず,出発原料として珪素と炭素を用い,この両者を反応させて結晶状態の炭化珪素を形成し,この炭化珪素を昇華させることで種結晶上に単結晶炭化珪素を形成する態様も含まれるものと解される。

4.検討

 クレーム解釈は、特許請求の範囲を基準になされ(特許法第70条第1項)、明細書及び図面の記載が参酌される(同2項)。明細書の参酌においては、明細書中の課題(正確には、課題の他に、作用効果、技術的意義、技術的思想も含まれるため課題等)の記載が与える影響が大きいとの指摘がされている[1]
 本判決では、課題等には、原料に関する直接的な記載はなかったところを、出発原料として珪素と炭素を用い,この両者を反応させて結晶状態の炭化珪素を形成し,この炭化珪素を昇華させることで種結晶上に単結晶炭化珪素を形成する態様も存したという技術常識も踏まえて、クレーム解釈がなされた。   
 課題等で示された従来技術の解釈に関し、技術常識を参酌して、クレーム解釈をしているという点で、参考になると思われる。
 また、餅事件(平23 (ネ) 10002号)、金融商品取引管理システム事件(平29(ネ)10027号)、印鑑事件(平成19 年(ネ)第10025号)等では、課題で明確な限定解釈ができないのであれば、限定解釈をしない判断が示されており、これらの裁判例とも整合的であると考えられる。

弁護士・弁理士 杉尾雄一


[1] 「特許権侵害訴訟において本件発明の課題が与える影響」(パテント2020 Vol. 73 No. 10)