【知財高裁平成29年5月17日(平28(ネ)10116号・平29(ネ)10017号・実施料等請求控訴事件、同附帯控訴事件)原審:大阪地裁平成28年11月15日(平27(ワ)7307号・実施料等請求事件)】
【キーワード】
特許法第78条,特許権実施許諾契約,ライセンス契約,瑕疵担保責任
事案の概要
(1)原告(控訴審においては被控訴人)
原告は,建設工事の企画,設計,監理等に関する事業を行うことを目的とする株式会社であり,発明の名称を「汚染土壌の固化・不溶化方法」とする以下の特許権(以下「本件特許」という)を有している。
番 号 特許第4109017号
出願日 平成14年5月21日
登録年月日 平成20年4月11日
発明の名称 汚染土壌の固化・不溶化方法
【請求項1】
700~1000℃で焼成され,粉末度7000cm2/g以上に調整した酸化マグネシウムを,汚染土壌に添加・混合することにより,該汚染土壌を固化して,汚染物質の不溶化を行うことを特徴とする汚染土壌の固化・不溶化方法。
(2)被告(控訴審においては控訴人)
被告は,土木工事用泥土及びヘドロ固化材の製造,販売等を目的とする株式会社であり,平成21年6月1日付けで,原告との間で本件特許について,「特許実施許諾に関する契約書」(以下「本件契約」という)を締結した。被告は,平成21年6月から被告製品1を,平成23年7月から被告製品2を販売しており,両製品は,本件契約第1条に定義される「本件製品」(本件特許のいずれかの請求項に含まれる(1)酸化マグネシウム及び(2)酸化マグネシウムと他の物品の混合物)に該当する。
(3)被告の主張(原審判決より抜粋。下線は筆者による。)
(ア)本件特許には,①冒認又は共同出願違反,②新規性欠如,③進歩性欠如,④詐欺の無効理由が存在するが,これらの無効理由が存在することは「本件契約の目的物の瑕疵」に当たる。
a 本件特許の請求項1は,被告従業員の知見に基づき開発された「エコロック」と同一であり,その発明は被告の職務発明となるところ,原告はそのことを熟知していた。原告と被告の共同開発の経緯からすると,原告は,本件特許について特許を受ける権利を有していないか,それとも共同出願者の少なくとも一人を欠いた状態で本件特許を出願したものであり,特許法38条に反する無効となるべき事由がある。
b 上記「エコロック」は,遅くとも平成13年7月までに発売されていたことから,本件特許発明が本件特許出願前に公然実施されていたもので特許法29条1項1号又は2号に反する無効となるべき事由がある。
c 本件特許発明は,平成12年11月の第4回地盤改良シンポジウムで配付された資料(建設汚泥処理用弱アルカリ性固化材の開発(その2))(乙4)と上記「エコロック」の物性を把握することで容易に想到できるものであるから,特許法29条2項に反する無効となるべき事由がある。
d 被告は,本件特許の出願経過において原告が詐欺行為により特許庁審査官の判断を誤らせたから,本件特許には無効となるべき事由がある。
(イ)そして被告は,平成22年9月,原告に対し,本件特許は無効であるから実施料は支払えない旨を口頭で通知することにより本件契約解除の意思表示をしたから,本件契約に基づく実施料支払義務は負わない。
争点
・瑕疵担保責任に基づく本件契約の解除について
控訴審判決一部抜粋
第1~第2 省略
第3 当裁判所の判断
・・略・・
1 争点(1)(本件契約の瑕疵等の有無)について
・・略・・
控訴人は,本件特許の有効性は,本件契約の根幹をなす部分であり,本件特許に無効理由が存在することは,本件契約の根幹において重大な瑕疵が存することになるから,瑕疵担保責任に基づいて本件契約を解除することができるというべきであり,本件契約に基づく実施料支払義務は負わない旨主張するので,以下,検討する。
ア まず,控訴人は,平成22年9月,被控訴人に対し,本件特許は無効であるから実施料は支払えない旨を口頭で通知することにより,本件契約の解除の意思表示をした旨主張する。
しかしながら,被控訴人は,上記解除の意思表示があったことを否定しており,控訴人が,平成22年9月に本件契約を解除する旨の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。
イ 仮に,本件契約に瑕疵担保責任の規定を適用するとしても,そもそも本件特許権は現時点で有効に存在しており,本件特許について特許無効審判が請求されているわけでもない。本件契約は,本件特許に関する知識を有する事業者(当業者)同士により締結されたものであり,控訴人が主張する本件特許の無効理由についてみても,証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,いずれも,本件契約時に,既に控訴人がその内容を検討していたものか,当然検討していたと考えられるものであると認められるから,本件契約についての瑕疵であると控訴人が主張する本件特許の無効理由について,控訴人は,本件契約時に認識し,又は認識し得たものと認められる。
また,特許発明が技術的に実施不能である場合などには,実施権者が実施料支払義務を負わないと解する余地もあるけれども,控訴人の主張する瑕疵は,本件特許に無効理由が存在するというものであって,本件特許発明の実施が不能であるとか困難であるとかを主張するものではないし,本件においては,本件特許発明が技術的に実施不能であったとは認められず,実際に,控訴人は,本件特許発明を実施し,かつ,本件特許権の有効性を前提として再実施許諾の実施許諾者としてその利益を受けることができているといえるのであるから,控訴人の主張する瑕疵によって本件契約の目的を達することができないというわけでもない。
以上によれば,瑕疵担保責任に基づいて本件契約を解除したから,本件契約に基づく実施料支払義務は負わない旨の控訴人の上記主張は,採用することができない。
・・略・・
検討
本判決は,特許権に無効理由があることを「瑕疵」に該当するかを判断した事案である。
1 瑕疵担保責任
現行民法では,有償契約の目的物である物又は権利に「隠れた瑕疵」がある場合,当該瑕疵を知らず,かつ,当該瑕疵により契約の目的を達することができない場合,契約を解除することができる(現行民法第570条,第566条,第559条)。ここで,「瑕疵」とは,通常有すべき品質・性能の欠陥をいい,「隠れた」とは,取引上必要な注意をしても当該欠陥が発見できないことをいう。なお,「隠れた瑕疵」であることが証明できれば,取引の相手方が当該瑕疵の存在を知らなかったことは,推定される(大判昭和5年4月16日)。そのため,瑕疵担保責任に基づく解除を主張するには,(ⅰ)目的物に通常有すべき品質・性能の欠陥があること(ⅱ)当該欠陥が取引上必要な注意をしても発見できないこと(ⅲ)当該欠陥により契約の目的を達することができないことの主張が必要である。
本件について,特許権実施許諾契約は有償契約であり,瑕疵担保責任の追及が可能であるところ,被告は,特許権に無効理由があることが「瑕疵」に該当すると主張した。本件判示を検討するに,上記の瑕疵担保責任の基準に沿って,(ⅰ)本件特許は有効に存在しており,無効審判が請求されているわけではないため,通常有すべき品質・性能の欠陥があるとは言えず,(ⅱ)契約は事業者同士の締結であるところ,被告は本件特許に無効理由があることは認識しえたと考えられることから,無効理由の存在が仮に瑕疵に該当するとしても,被告は,取引上必要な注意によって,当該瑕疵を発見することができたといえ,(ⅲ)被告は本件特許の発明を実施し,さらに再実施許諾の実施許諾者として利益を受けているため,無効理由の存在によって契約の目的を達することができないとはいえないと判断し,当該主張を退けたものと考えられる。
2 瑕疵として認められる場合
本件判示は,特許権に無効理由があることが「瑕疵」に該当しないとまでは判断しておらず,本件とは異なり,実際に無効審判が請求された場合や,無効理由の存在が認識しえなかった場合は,「隠れた瑕疵がある」と認められる可能性がある。
また,過去の裁判例では,特許権が実施不能である場合又は契約上予定された利用のために必要な性質を具備していなかったような場合,実施料支払い義務は発生しないと解すべき余地があるとされており(東京地判平成10年8月27日(平成6年(ワ)第12070号)),本件も同様の旨を判示している。そのため,実施料許諾契約の対象となる特許権が実施不能であった場合,当該特許権は必要な性質を具備していないとして,「瑕疵」のある特許権であるとして瑕疵担保責任を追及しうる可能性があると考えられる。
3 契約不適合責任に関する私見
民法改正により,瑕疵担保責任は,契約不適合責任へ変更することとなるが,「瑕疵」のある特許権は,「契約の内容に適合しない」といえるため,「瑕疵」が認められる場合は,契約不適合責任を追及することができる。そのため,本件の判決は,今後も一つの指針となると考えられる。
以上
(文責)弁護士 市橋景子