【知財高判平成29年8月8日・平成28年(行ケ)第10269号】

【キーワード】
官能試験、アンケート、サポート要件、食品

1 事案の概要

 本件は、特許第3502587号に対する特許無効審判の一部無効・一部不成立審決のうち一部不成立部分(請求項2)の取消訴訟である。争点は、サポート要件判断の誤りの有無である。 

2 特許請求の範囲の記載

 無効審判において訂正請求がなされており、訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項2は、以下のとおりである。以下、訂正後の請求項2記載の発明を「本件発明」という。

「【請求項2】

甘味料組成物を調製するための羅漢果エキスであって、モグロサイドⅤ、モグロサイドⅠⅤ、11-オキソ-モグロサイドⅤおよびシアメノサイドⅠの合計含有量が、35重量%以上である、羅漢果エキス。」 

3 本件発明の解決すべき課題

 本判決は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の解決すべき課題を、「ショ糖に代わる甘味料、特に低エネルギーで、摂取後に血液中の血糖値及びインスリン濃度に影響を及ぼさない甘味料の提供」と認定した。 

4 本件明細書の実施例の概要

  ⑴ 実施例1・比較例1
  Pauliの全系列法(澱粉糖関連工業分析法(株式会社食品化学新聞社発行))による官能試験により、羅漢果の果実から分画および精製した高味度甘味成分であるモグロサイドV、モグロサイドIV、11-オキソ-モグロサイドVおよびシアメノサイドIの甘味強度を測定した。その結果、モグロサイドV、11-オキソ-モグロサイドV、モグロサイドIV、及びシアメノサイドIが非常に甘味強度が高いことが確認された

   ⑵ 実施例2・比較例2
【表1】
 

 羅漢果から調製したモグロサイドV、モグロサイドIV、11-オキソ-モグロサイドVおよびシアメノサイドIの高純度品を、それぞれ上記表1の実施例2のサンプルA~サンプルDに示す重量で加え、所定量の精製水に十分に溶解させることにより、サンプルA~サンプルDの甘味料水溶液をそれぞれ100g得た。比較例についても同様にしてサンプルを得た。

 熟練した男性の被験者11名および熟練した女性の被験者4名の合計15名の被験者によって、実施例2および比較例2で得られた甘味料水溶液について9要素の味覚に対して官能試験を実施した。ショ糖の10重量%水溶液を基準溶液として、各種甘味料水溶液を試飲し、味覚の9要素、すなわち、「苦み、後引き、しつこさ、くせ、渋味、刺激、すっきり感、まろやかさ、およびこく」のそれぞれについて以下の表のように7段階の点数(0点~6点)で評価した(表は筆者が作成)。 

0点 ショ糖溶液よりもきわめて好評
1点 ショ糖溶液よりもかなり好評
2点 ショ糖溶液よりもやや好評
3点 ショ糖溶液と変わらない
4点 ショ糖溶液よりもやや不評
5点 ショ糖溶液よりもかなり不評
6点 ショ糖溶液よりもきわめて不評

  さらに、各要素別に得られた評価点数を基にしてレーダーチャートを作成した。すなわち、甘味質を構成する9要素を9本の軸で表し、被験者によって評価された順位の平均値をこの軸上にプロットし、このプロットを互いに結んで9角形の曲線を画いた。この9角形に囲まれる面積を算出した。この場合、9要素のいずれも外側に値するほど甘味質が不評であり、内側に値するほど甘味質が好評であることを意味する。したがって、9角形に囲まれる面積は、甘味質が好評であるほど減少する。評価の結果を下記表2に示す。

【表2】
 

⑶ 実施例3、4及び比較例3、4
  下記表3の配合に従ってモグロサイドVなどを混合し、各サンプルにつき甘味強度を確認した後(実施例3、比較例3)、上記実施例2と同様にして各サンプルからなる水溶液の味覚を15人のパネラーにより評価した。結果を下記表5に示す。

【表3】
 

【表5】
  

⑷ 実施例5、比較例5
  下記表6に記載された処方に従って、甘味料水溶液を調製し、実施例2と同様にして15人のパネラーにより味覚を評価した。結果を下記表7に示す。

【表6】
 

【表7】

5 サポート要件についての審決の理由の要旨

 審決は、本件特許の明細書の実施例の結果から、モグロサイドVなどの4成分合計含有量が35重量%以上である羅漢果エキスは、本件明細書に開示されているから、本件発明の「モグロサイドⅤ、モグロサイドⅠⅤ、11-オキソ-モグロサイドⅤ及びシアメノサイドⅠの合計含有量が35重量%以上である」全範囲の「羅漢果エキス」は、本件明細書に記載されており、特許法36条6項1号の規定を満たす、とした。

 

6 サポート要件についての本判決の判示内容

 本判決は、上記「第1 はじめに」に示した偏光フィルム事件が提示したサポート要件の判断規範を示し、本件明細書の実施例1、比較例1、実施例2及び比較例2の記載から、モグロサイドVなどの本件特許の請求項2に記載された4成分について、いずれも、ショ糖に比して甘味強度が強く、本件味覚9要素のいずれにおいてもショ糖との乖離の程度は小さく、ショ糖と類似した優れた甘味質を有することを理解することができる、とした。
 続けて、本判決は以下のように判示した。
「さらに、前記1(1)の本件明細書の記載のうち、実施例3及び比較例3、実施例4及び比較例4並びに実験例2の記載によると、4成分合計含有量が16.00重量%(サンプルK)、29.20重量%(サンプルL)、35.10重量%(サンプルH)、53.00重量%(サンプルI)、60.80重量%(サンプルJ)の羅漢果エキスは、ショ糖よりも少量で、ショ糖と同等の甘味強度を得ることができること、4成分合計含有量が16.00重量%(サンプルK)、29.20重量%(サンプルL)、35.10重量%(サンプルH)、53.00重量%(サンプルI)、60.80重量%(サンプルJ)と増加するにつれ、前記(3)の実験例1と同様にして算出した9角形の面積値は67、63、41、40、37と減少していること、本件味覚9要素の評価点数は、4成分合計含有量が35.10重量%以上のサンプルH~Jでは、いずれの要素に対しても4.00以下を示したのに対し、4成分合計含有量が29.20重量%以下のサンプルK、Lでは、ほとんどの要素に対して4.00又は5.00以上を示したこと、サンプルH~Jは、ショ糖の甘味質(評価点数3.00)と類似した優れた甘味質を示す水溶液であることが開示されている(【0111】~【0127】)。
 そうすると、本件明細書には、4成分合計含有量が35.10重量%~60.80重量%であるサンプルH~Jが、ショ糖の甘味質と類似した優れた甘味質を示す水溶液であることが開示されている上、4成分合計含有量が60.80重量%を超える範囲においては、本件4成分のいずれかを増加させることになるところ、前記(3)のとおり、本件4成分は、いずれも、本件味覚9要素のいずれにおいてもショ糖との乖離の程度は小さく、ショ糖と類似した優れた甘味質を有することが開示されているから、本件明細書に接した当業者は、4成分合計含有量が35重量%以上の羅漢果エキスは、ショ糖よりも少量で、ショ糖と同等の甘味強度を得ることができ、ショ糖と類似した優れた甘味質を示すものと理解することができる。
 したがって、本件特許の請求項2に記載された本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであり、サポート要件に適合するものと認められる。」

 

7 検討

 本判決は、本件特許がサポート要件を満たすと判断し、審決の取消しを求めた原告の請求を棄却した。
 本件特許の実施例で行われた官能試験は、パネラーが15人で、評価項目は味覚について9項目とし、各項目につき0~6点の6段階で評価し、パネラーが出した評点の平均値を導き出している。さらに、その評点の平均値をもとにレーダーチャートを作成し、レーダーチャートから求めた面積を総合評価とした。なお、各パネラーごとの個別の評価結果は開示されていない。
 本判決は、知財高判平成29年6月8日・平成28年(行ケ)第10147号[トマト含有飲料]と同じ知財高裁第2部の事件であるが、トマト含有飲料事件とは異なり、官能試験の条件設定及び方法のいずれについても特に問題視していない。

 

                                   以上
(文責)弁護士 篠田淳郎