【平成29年(行ケ)第10129号(知財高裁H30・5・24)】

【判旨】本件特許がサポート要件違反として特許庁が行った特許取消決定(異議2016-700420号事件)の取消請求を,裁判所が認めた事案である。

【キーワード】
米糖化食品,サポート要件,課題の認定,特許法第36条第6項第1号

1 事案の概要

(1) 原告は,平成27年3月5日(優先権主張:同年2月4日),「米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品」と題する発明につき特許出願(特願2015-43376号。以下「本件出願」という。)をし,特許査定を受けて,平成27年10月2日,特許第5813262号として特許権の設定登録がされた(以下「本件特許」という。)。
(2) 平成28年5月13日,本件特許につき特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2016-700420号事件として審理した。
同審理においては,同年7月12日付けで取消理由が通知され,同年9月13日に意見書の提出及び訂正の請求がされ,同月30日に上申書が提出され,同年11月14日に特許異議申立人から意見書が提出され,その後,平成29年1月19日付けで取消理由(決定の予告)が通知され,同年3月27日に意見書の提出及び訂正の請求がされた(以下,最後の訂正請求を「本件訂正請求」という。)。
なお,平成28年9月13日付けの訂正請求は,平成29年3月27日付けの訂正請求(本件訂正請求)がされたため,特許法120条の5第7項の規定により,取り下げられたものとみなされた。
(3) 平成29年5月8日,特許庁は,本件訂正請求を認めた上,「特許第5813262号の請求項1~4に係る特許を取り消す。」との決定を行い,その謄本は同年5月19日に原告に送達された(以下,同決定を「異議決定」という。)。
(4) 平成29年6月14日,原告は,異議決定の取消しを求めて本件訴えを提起した。

【本件特許請求の範囲】
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下「本件発明」といい,個別に特定するときは,請求項の番号に従って「本件発明1」などと特定する。また,本件発明に係る明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。
【請求項1】
米糖化物,及びγ-オリザノールを1~5質量%含有する米油を含有するライスミルクであって,当該米油を0.5~5質量%含有するライスミルク。
【請求項2】
さらにイノシトールを含有する請求項1に記載のライスミルク。
【請求項3】
イノシトールを0.01~0.5質量%含有する請求項2に記載のライスミルク。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のライスミルクを含有する食品。

【異議決定の理由の要旨】
異議決定の理由としては,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでない,すなわち,①本件明細書の記載からは,γ-オリザノールを1~5質量%含有する米油全てについて,それぞれライスミルクへの含有量が0.5~5質量%の全範囲にわたって,本件発明1の課題を解決できることまでは認識できず,②本件発明1の特定事項を全て含み,米油について新たな限定を付加するものでない本件発明2~4についても同様であるから,本件発明は,特許法36条6項1号の要件(サポート要件)を満たしておらず,本件発明にかかる特許は,特許法113条4号により取り消されるべき,というものである。

2 争点

本件特許のサポート要件の具備の有無。

以下では,異議決定の理由の要旨の①における,サポート要件における「課題」をどのように認定するかという点についての判断を取り上げる。

3 判旨抜粋

 (2) 以上の記載を総合すると,本件発明に関し,次の事項が認められる。ア 米糖化物含有食品であるライスミルクの製造時に各種酵素を制御することなく加えると,プロテアーゼによりアミノ酸,オリゴペプチドが生成し,うまみ調味料様の雑味がついてしまい,用途が限られてしまう(【0002】)。
 食感が滑らかで雑味がなくすっきりした味を持つ米糖化液としてアミノ酸濃度が一定範囲である米糖化液が開発されたが,甘味,コク(ミルク感)等の風味は十分に改善されておらず,必ずしも満足できるものではなかった。また,グラノーラ,パンケーキ等が流行する一方,牛乳アレルギー,大豆アレルギーの人口は増加傾向にあり,風味が改善された牛乳や豆乳の代用品が求められている(【0003】)。
 そこで,本発明は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することを目的とし,さらに,従来牛乳や大豆を用いて製造又は調理されていた多数の食品を作ることを可能にする食品を提供することも目的とする(【0006】)。
 イ 本発明は,米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品を包含する(【0011】)。本発明における米油は,γ-オリザノールを1~5質量%含有していてもよい。γ-オリザノールを1質量%以上含有する米油は,米油に外部からγ-オリザノールを添加せずに製造されたものであってもよく,外部からγ-オリザノールを添加されたものであってもよい(【0013】)。
 ウ 本発明によればコク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することができるため,産業上有用に用いることができる(【0051】)。
 2 取消事由1(判断手法の誤り)について
 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件(サポート要件)に適合するものでなければならないと定めている。その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するから,そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
 そうすると,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
 (中略)
 3 取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)について
 (1) 課題の認定について
 ア 前記のとおり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
 また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。
 以上を踏まえれば,サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である。
 かかる観点から本件発明について検討するに,本件明細書の発明の詳細な説明には,米糖化物含有食品であるライスミルクの製造時に各種酵素を制御することなく加えると,プロテアーゼによりアミノ酸,オリゴペプチドが生成し,うまみ調味料様の雑味がついてしまい,用途が限られたこと(【0002】),食感が滑らかで雑味がなくすっきりした味を持つ米糖化液としてアミノ酸濃度が一定範囲である米糖化液が開発されたが,甘味,コク(ミルク感)等の風味は十分に改善されておらず,必ずしも満足できるものではなかったこと,さらに,グラノーラ,パンケーキ等が流行する一方,牛乳アレルギー,大豆アレルギーの人口は増加傾向にあり,風味が改善された牛乳や豆乳の代用品が求められていたこと(【0003】)などが背景技術として記載されている。その上で,発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題として,「本発明は,米糖化物含有食品のコク,甘味,美味しさ等を改善するという課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果見出されたものである。すなわち,本発明は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することを目的とする。さらに,従来牛乳や大豆を用いて製造又は調理されていた多数の食品を作ることを可能にする食品を提供することも目的とする。」との記載がある(【0006】)。
 これらの記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。
 イ これに対し,異議決定は,「本件発明1の課題は,本件特許明細書の『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(【0006】)との記載及び実施例(【0031】~【0043】)において,『コク(ミルク感)』,『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから,『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と,一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら,最終的なサポート要件の適否判断に際しては,「本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し,課題の解決手段についても,「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(異議決定12頁16~25行)。
 この点について,被告は,発明が解決しようとする課題とは,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,本件発明1の「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり, したがって,異議決定においては,本件発明1の課題について,「具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって,異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。
 確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。
 しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。
 したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。
 これを本件発明に関していえば,異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から,その課題を「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように,発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから,あえて,「出願時の技術水準」に基づいて,課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない(さらにいえば,異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は,そもそも公知の組成物ではない。)。
 したがって,異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは,発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。
 以上によれば,異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず,被告の主張は採用できない。

【解説】
 本件は、特許異議申立について,特許庁が明細書の記載不備(サポート要件違反)を理由に,異議決定をしたために,原告が,当該決定の取消しを求め,裁判所が,原告の請求を認めた事案である。
 本件では,本件明細書におけるサポート要件違反が問題となった。
 裁判所は、知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号事件平成17年11月11日大合議判決の規範をもとに,「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである」と述べ(なお,下線部は,同大合議判決には記載されていなかった文言である。ただ,この文言は,また以下の「その記載や示唆がなくとも」との文言と整合を取ったものであると思料する。),その上で,「サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である」とした。
 裁判所は,上記を前提に,本件明細書の記載から,本件発明における課題は,「『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』それ自体」であると認定した。
 これに対して,裁判所は,特許庁が,裁判所と同様の認定をしたものの,「最終的なサポート要件の適否判断に際しては,『本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)』とその課題を認定し直し,」たとして,この認定が誤りであると判断した。
 特許庁は,自らの認定について,「出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,本件発明1の・・・課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであ」る旨主張したが,裁判所は,「出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)」として,特許庁の主張を排斥した。
 本件は,サポート要件における課題の認定において,出願時の技術水準の取扱い方(あくまでも補助的なものに過ぎないとの判断。)についての考え方を示した事案であり,実務上参考になると考える。
 なお,裁判所は,本件において,裁判所の認定した課題については,当業者が当該課題を解決できると認識可能な範囲のものであるとして,サポート要件が具備されていると判断した。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志