【東京地判平成29年7月27日(平成27年(ワ)第22491号)】

【ポイント】
特許権侵害品により特許製品の価格が下落した事案で,同下落分が損害として認定された裁判例

【キーワード】
特許法102条
特許製品の価格の下落
因果関係

事案

 マキサカルシトールの製造方法に関する特許権(特許第3310301号。発明の名称は「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」)を共有する原告が、マキサカルシトール製剤を製造・販売する後発医薬品メーカーである被告ら(3社)に対して損害賠償を求めた事案である。
 主な争点の一つは、特許権侵害品により特許製品の価格が下落したが,同下落分が損害として認められるか否かである。

当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

4 争点(4)(原告製品の取引価格下落による原告の損害額)について
 (1) 原告は,被告製品の存在によって原告製品の薬価は下落し,それに伴い,原告・マルホ間の取引価格も下落したから,同取引価格の下落に対応する部分が原告の損害であると主張する。
 これに対し,被告らは,医薬品については2年ごとに薬価を引き下げる改定が行われるのが原則であり,一定の要件を充たす新薬について,後発医薬品の上市までの間,薬価の引下げを一時的に猶予されているにすぎず,原告が有していた「後発医薬品が上市されるまで先発医薬品の薬価が維持される」との期待は,法的に保護された利益ではないとし,仮にこれが保護されるとしても,薬価自体の下落率は約10.72%であるから,被告らの行為と相当因果関係が認められるのはその範囲に限られる旨等を主張するので,以下検討する。
 (2) 当事者間に争いのない事実に,証拠(甲A2ないし5,8,9,10の1及び2,11の1ないし30,12の3及び4,17,28の1ないし8)及び弁論の全趣旨を併せれば,以下の事実が認められる。
 ア 薬価について
 (ア) 薬価とは,保険医療機関及び保険薬局が薬剤の支給に要する単位当たりの平均的な費用の額として銘柄ごとに定める額をいう。医療機関や調剤薬局は,薬価に基づいて,患者や健康保険組合に対して医薬品の費用を請求しなければならない。他方で,医薬品メーカーや卸会社等の販売代理店が販売する医薬品の価格に規制はないが,医療機関等からの請求額には薬価の規制があるため,医薬品メーカーや販売代理店が販売する医薬品の価格は,事実上,薬価を基準に定められる。
 (イ) 薬価は,厚生労働省が実施する薬価調査の結果に基づき,2年に1回,改定される。薬価の算定は,厚生労働省保険局長が地方厚生(支)局長にあてた「薬価算定の基準について」(保発0212第7号)(甲A3)に定められた基準に基づいて行われる。
 (ウ) 以下のaないしdの要件を全て充たす新薬については,市場実勢価格に基づく算定値に対して,新薬創出・適応外薬解消等促進加算が行われる。
  a 薬価収載後15年以内で,かつ後発品が収載されていないこと
  b 市場実勢価格と薬価との乖離が,薬価収載されている全医薬品の平均を超えないこと
  c 厚生労働省による開発要請品目又は公募品目について開発に向けた取り組みを行う企業が製造販売するもの,又は「真に医療の質の向上に貢献する医薬品」の研究開発を行う企業が製造販売するもの
  d 再算定対象品でないこと
 (エ) 原告製品は,上記(ウ)の要件のうち,aの「後発品が収載されていないこと」を除く各要件を充たしていた。
 (オ) 平成24年12月14日,被告製品が後発品として薬価基準に収載され,原告製品が上記(ウ)aの要件を充たさなくなったことにより,平成26年4月1日,原告製品(オキサロール軟膏及びオキサロールローション)の薬価は,いずれも,それまでの138.00円/g(税込価格)から123.20円/g(税込価格)に改定された。
  なお,消費税率は,平成26年4月1日以前は5%であったが,同日以降は8%となった。
 (カ) 平成26年4月の薬価改定時点において,被告製品以外には,原告製品に係る後発医薬品の市場参入はなかった。
 イ 原告からマルホに対するオキサロール軟膏等の販売について
 (ア) 原告とマルホは,平成13年6月1日付けで,「オキサロール軟膏の独占販売に関する契約書」(甲A9)による契約を締結した。
      (省略)
 (イ) 原告のマルホに対するオキサロール軟膏の販売価格は,以下のとおりであった。
  a 平成24年3月~平成26年2月
    単品製品   (省略)●円/本(税抜き)
    10本組製品 (省略)●円/組(税抜き)
  b 平成26年3月以降
    単品製品   (省略)●円/本(税抜き)
    10本組製品 (省略)●円/組(税抜き)
 (ウ) 原告のマルホに対するオキサロール軟膏の販売数量は,以下のとおりであった(内訳は別紙原告製品販売数量一覧のとおり)。
  (省略)
 (エ) 原告とマルホは,平成18年12月15日付けで「オキサロールローションの独占販売に関する契約書」(甲A17)による契約を締結した。
     (省略)
 (オ) 原告のマルホに対するオキサロールローションの販売価格は,以下のとおりであった。
  a 平成24年3月~平成26年2月
    単品製品   (省略)●円/本(税抜き)
    10本組製品 (省略)●円/組(税抜き)
  b 平成26年3月以降
    単品製品   (省略)●円/本(税抜き)
    10本組製品 (省略)●円/組(税抜き)
 (カ) 原告のマルホに対するオキサロールローションの販売数量は,以下のとおりであった(内訳は別紙原告製品販売数量一覧のとおり)。
     (省略)
 (キ) 原告・A社間の取引価格は,平成26年4月には変更がなかったが,同年10月1日前後で,オキサロール軟膏の単品製品,10本組製品ともに上昇した。
(3) 上記(2)の認定事実を前提として判断する。
 ア 原告は,新薬創出・適応外薬解消等促進加算制度によって,被告製品が薬価収載されるまでは,現に原告製品について薬価の維持という利益を得ていたところ,後発品である被告製品が薬価収載されたことにより,平成26年4月1日に原告製品の薬価が下落したものである。この薬価の下落は被告製品の薬価収載の結果であり,本件特許権の侵害品に当たる被告製品が薬価収載されなければ,原告製品の薬価は下落しなかったものと認められるから,被告らは,被告製品の薬価収載によって原告製品の薬価下落を招いたことによる損害について賠償責任を負うべきである。
 被告らは,そもそも薬価の維持は保護に値する利益ではなく,厚生労働省の薬価政策による結果にすぎないとも主張するが,新薬創出・適応外薬解消等促進加算という制度が実際に存在し,しかも,同制度に基づく加算は厚生労働省が裁量で行うものではなく,所定の要件を充たす新薬であれば一律に同制度による加算を受けられる以上,これは法律上保護される利益というべきであって,被告らの上記主張は採用できない。
 イ 上記(2)イの各事実に加え,上記(2)ア(ア)のとおり,医療機関等からの請求額には薬価の規制があるため,医薬品メーカーや販売代理店が販売する医薬品の価格は,事実上,薬価を基準に定められることからすれば,被告製品の薬価収載によって,原告製品の薬価が下落し,それに伴って原告・マルホ間の原告製品の取引価格が下落したものと認められる。原告・マルホ間の契約を見ても,(省略)が規定されており,この内容は経済合理的なものというべきところ,これによれば,原告製品の薬価が下落すれば,それに伴って原告・マルホ間の原告製品の取引価格も下落することが当然に予想されるものである。現に,後記ウのとおり,原告・マルホ間での原告製品の取引価格の下落率は,薬価の下落率とほぼ同一である。
 以上によれば,原告・マルホ間の取引価格の下落分は,その全てが被告製品の薬価収載と相当因果関係のある損害と認められる。
 そして,原告の具体的な損害額については,別紙損害額計算書2記載のとおりであり,原告の請求額と同額である合計5億7916万9686円となる(平成26年3月から平成27年6月までの損害額は4億4472万8950円,同年7月から平成28年2月までの損害額は1億3444万0736円である。)。
     (省略)
(4) なお,前記3で認定した市場シェア喪失による逸失利益は,被告らの特許権侵害行為によって原告が販売できなかったオキサロール軟膏に関する逸失利益であるのに対し,上記で認定した取引価格下落による逸失利益は,価格下落期間中に原告が実際に販売した原告製品の販売数量に対応する逸失利益であって,両者は別個の損害であるから,原告は,被告らに対し,両方の損害について賠償を請求できる
 また,後発医薬品が一社からでも薬価収載されると,原告製品の薬価の下落が生じるので,被告らの各侵害行為と原告の取引価格下落による逸失利益に係る損害との間に,それぞれ相当因果関係が認められる。したがって,原告は,各被告に対し,薬価下落に起因する損害額の全額の賠償を請求できる。
 もっとも,被告らの各特許権侵害行為によって生じた原告の損害は単一であり,原告が被告らの一社からでも損害賠償金の支払を受ければ,原告の上記損害賠償請求権は消滅するため,同請求権に係る被告らの債務は,いわゆる不真正連帯債務となる。

検討

 本件は,特許権侵害品により特許製品の価格が下落したが,同下落分が損害として認められた事例である。
 特許権侵害行為により特許製品の価格が下落した場合,その下落分を損害として認められるためには,特許権侵害行為(特許権侵害品の出現)と特許製品の価格が下落したことによる損害の間に相当因果関係が必要である。
 そして,通常,製品の価格を下げる場合は,競合品の出現だけではなく,製品の陳腐化,原材料の価格の変化,業界の経済状況や傾向,消費者の嗜好の変化,販売代理店等の取引先との関係等様々な要素により決定されると考えられる。したがって,特許製品の価格が下落した場合に,必ずしも特許権侵害品の出現のみが原因とはいえず,特許権侵害行為(特許権侵害品の出現)と特許製品の価格が下落したことによる損害の間に相当因果関係の立証は困難である。
 しかし,本件では,次の理由で上記相当因果関係が認められた。つまり,上記判旨(特に下線部)のとおり,①医薬品業界の慣習上,医薬品メーカー等が販売する医薬品の価格は,事実上,国が定める公定薬価を基準に定められること,②医薬品の薬価制度上,後発医薬品(特許権侵害品)の薬価収載がなければ,原告製品の薬価は下がらず,原告製品の取引価格を下げる必要がなかったこという特別な事情があったので,上記相当因果関係が認められた。このように,慣習上及び制度上,特許権侵害品の出現により原告製品の取引価格を下げざるを得なかったので,相当因果関係が認めれたのであるが,そのように慣習上ないし制度上,原告製品の取引価格を下げざるを得なかった特別の事情がない限り,相当因果関係が認められることは難しいと思われる。
 なお,本件では,特許法第102条1項に基づき,原告が販売することができなかったことによる逸失利益に係る損害も認められているが,この損害は,上記取引価格下落による逸失利益に係る損害とは別個の損害として両方の損害を認めている。

以上
(筆者)弁護士 山崎臨在