【判旨】
 原告が、本件商標につき商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、当該訴訟の請求が棄却されたものである。

【キーワード】
商標法第4条第1項第8号,同項第10号,同項第15号及び同項第19号,「他人」の解釈,戸田派武甲流薙刀術

【手続の概要】
 原告は,平成28年3月24日,本件商標の登録が商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に該当することを理由に,同法46条1項1号の規定により無効とされるべきものであるとして,本件商標の登録無効審判請求をした(無効2016-890023号)。

【本件商標】

登録番号 第5714462号
商標の構成 戸田派武甲流薙刀術(標準文字)
出願日 平成26年1月22日
設定登録日 平成26年10月31日
指定役務 第41類「武術の教授,武術に関するセミナーの企画・運営または開催,武術大会の企画・運営または開催,武術用教習施設の提供,武術に関する放送番組の制作,武術に関する教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。)」

【争点】

争点は,争点は,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号の各該当性判断の誤りの有無である。

【判旨抜粋】

(証拠番号等は,適宜省略する。)
 1 認定事実
 証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴ 本件流派(戸田派武甲流薙刀術)について
 本件流派は,流祖を戦国時代の越前福井の朝倉家の家臣である戸田清源(戸田清眼,富田勢源)とする甲ちゅう武術であり,戸田流(富田流)と称されていたが,その後,本件流派は,関東に移り,戸田派武甲流と称されるようになった。
本件流派は,振興会(昭和10年設立)に当初から加盟し,昭和10年から平成24年にかけて振興会が主催する演武大会及び神社等への奉納のための演武に参加していた。
 本件流派の先代宗家は,平成20年に本件流派の宗家に就任し,その後死亡するまで,本件流派の代表者として,振興会及び協会に届出されており,本件流派の活動は,先代宗家の指導の下に実施されていた。
⑵先代宗家死亡前の経緯について
 ア 原告及び被告は,共に本件流派の門下生である。
外国籍(デンマーク)の原告は,遅くとも平成14年2月頃には師範の地位にあった。また,被告は,平成21年頃,本件流派に入門した。
 イ 先代宗家は,平成23年11月,手術のために入院し,同月20日に,原告に対し,自身の病状と今後の見通し等を知らせ,万が一,自分に何かあった場合には,原告に武甲流宗家を預かってほしい旨,原告から見て本件流派を継ぐにふさわしい日本人が育ったら,先々代宗家の直弟子と相談した上で,その人に宗家を継がせてほしい旨をメールで依頼した。
 ウ 先代宗家は,平成24年5月,本件流派の中野道場において,被告を含む門弟一同に対し,次代宗家は日本人とすること,原告を宗家代理として指名したことを伝えた。
 エ 先代宗家は,「戸田派武甲流薙刀術 文責/並びに武陽館小田原道場を/Yに託す。/益々の精進を希む。」(/は改行を表す。以下同じ。)と記載され,署名捺印がある平成24年7月16日付けの書面を,被告に対し交付した。
 オ 先代宗家は,「戸田派武甲流薙刀術/宗家代理を/Xに託す。」と記載され,署名捺印がある平成24年5月23日付け書面を,平成24年8月,入院していた病院において,原告に対し交付した。
 カ 被告が協会に提出した平成26年5月1日付け顛末書には,先代宗家が,平成24年7月7日,入院していた病院において,先代宗家の妻,原告,被告を含む5名を立会人とし,①宗家は,日本人であること,②宗家は,古武道組織(協会・振興会)に加入を続け,広く交流を図っていくこと,③原告は,宗家代理として,薙刀技術指導を行い,日本人の宗家を育てること,④被告は,対外的文書作成などを担当するほか,本件流派武陽館道場の館長として,その運営に当たること,また,本件流派の歴史的資料収集など本件流派の伝統承継に資する行動をすることを内容とする遺言をしたことが記載されている。
 キ 先代宗家は,平成24年8月29日に死亡した。なお,先代宗家は,本件流派の次期宗家の指名はしなかった。
⑶振興会及び協会への代表者届の提出の経緯について
 ア 被告は,先代宗家死亡後,原告を本件流派の流儀代表者として登録すべく行動し,振興会に対し,原告が代表となることを提案した。被告は,平成24年12月22日,本件流派の次期代表者(宗家)について,振興会から,流儀代表者として登録するためには,代表者本人が日本国籍を有していること(帰化した者を含む。)が必要である旨説明された。その際,原告が日本国籍を取得し,次期代表者(宗家)となる案が検討されたが,原告が日本国籍の取得を固辞したため,実現しなかった。
 イ 振興会及び協会は,被告に対し,本件流派の流儀代表者として,日本人以外を登録することは認めないこと,日本人の流儀代表者が決まらない場合は,本件流派を退会措置とすることもあり得ることを示唆した。
 ウ 被告は,先代宗家の妻から,「戸田派武甲流薙刀目録」及び薙刀を受け取るとともに,平成25年3月13日付けで,振興会へ被告自身を本件流派の流儀代表者とする流儀代表者変更届を提出し,了承された。
 エ 被告は,協会に対し,平成25年4月15日付けで,被告自身を流儀代表者とする流儀代表者変更届を提出した。協会は,平成26年6月2日付けで,先代宗家の妻が代表代行として日本人宗家を指名することとした上で,先代宗家の妻を代表代行として登録した。
⑷被告の活動について
 被告は,本件流派の教授等を行い,振興会が主催する奉納演武に参加し,本件商標の登録査定後においても古武道大会等に本件流派の代表として参加している。
⑸原告の活動について
 原告は,先代宗家死亡後も従前と同様に,本件流派の中野道場において,門下生に指導を行い,大会に参加するなどの活動も行っている。
 なお,原告は,平成25年12月20日,被告に対し,宗家代理の立場として本件流派から破門する旨を通知した。
 

 2 取消事由(商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性判断の誤り)について
⑴商標法4条1項8号,10号,15号及び19号について
 商標法4条1項10号,15号及び19号(以下,併せて「本件各号」という。)は,商品若しくは役務の出所の混同防止を図り,又は出所表示機能の希釈化からの保護を図ること等を目的として,商標登録を受けることができない商標を定めるものである。そうすると,本件各号に規定する「他人」とは,当該商標が出所を表示する主体とは異なる者と解するのが相当である。なぜなら,当該商標が出所を表示する主体と「他人」とが同一である場合には,そのような商標を使用したときであっても,当該使用行為が,出所の混同又は出所表示機能の希釈化を招く余地がないからである。
 また,商標法4条1項8号は,人又は法人等の団体が自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益の保護を図ることを目的として,商標登録を受けることができない商標を定めるものである(最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁,最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁)。そして,同号が「他人」の氏名,名称等の使用を問題とする以上,当該他人と商標が表示する主体とが異なる者であることが当然の前提であると解される。
(2) 本件商標等について
 前記認定の諸事実及び本件商標の登録出願の経緯によれば,本件商標が,その登録出願時及び登録査定時に出所として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであって,原告及び被告もこれに属するものであると認められる(なお,原告が被告に対し本件流派から破門する旨を通知したことは,上記認定を左右するものではない。)。
 そして,本件商標は,その表記に応じて,本件流派(戸田派武甲流薙刀術)を,取引者,需要者に想起させるものであるから,客観的表記に基づく需要者の認識と登録出願の経緯等に基づく出所の主体の間にも齟齬はないものと認められる。
 他方,審判における原告主張の無効理由のうち,商標法4条1項8号に関して主張する「他人」とは,「遅くとも昭和10年以降,代表者として宗家を置き,「戸田派武甲流薙刀術」との名称で薙刀術の教授等をしている社団」であるから,本件流派そのものである。同条1項10号に関して主張する「他人」の商標とは,「「戸田派武甲流薙刀術」の教授等の役務を示すものとして需要者の間で広く認識されている商標」であって,本件流派を出所とする商標である。同条1項15号に関して主張する「他人」とは,「原告が宗家代理を務める本件流派」と記載されるが,実質的には,原告が宗家代理を務める本件流派に限定されるものではなく,遅くとも昭和10年以降,代表者として宗家を置き「戸田派武甲流薙刀術」の教授等を行ってきた本件流派を「他人」として主張するものと善解される。同条1項19号に関して主張する「他人」とは,「需要者の間で著名な「戸田派武甲流薙刀術」」であるから,本件流派そのものである。
 以上のとおり,原告が無効理由として主張する商標法4条1項8号,10号,15号及び19号における「他人」とは,いずれも本件流派を指すものであるところ,本件商標がその出所として表示するのも,本件流派そのものであるから,両者は同一であるといえる。そうすると,前記各号に関して原告が主張する「他人」が,本件商標が出所を表示する主体と異なる者とは認められないから,前記(1)のとおり,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号に基づいて,本件商標が商標登録を受けることができない商標と認めることはできず,原告の主張は,理由がないものといわざるを得ない。

【解説】

 本件は、商標登録無効審判請求¹を不成立とした審決に対する取消訴訟である。
 商標法4条1項8号,10号,15号及び19号²の各該当性判断が問題となった事案である。
 裁判所は,本件流派の特徴,先代宗家の死亡前後に関して,詳細に事実認定した上で,「本件商標が,その登録出願時及び登録査定時に出所として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであって,原告及び被告もこれに属するものであると認められる」のであり,原告の主張する商標法4条1項8号,10号,15号及び19号における「他人」は,いずれも本件流派であると解される(善解される)ことから,「本件商標がその出所として表示するのも,本件流派そのものであるから,両者は同一であ」り,「原告が主張する『他人』が,本件商標が出所を表示する主体と異なる者とは認められない」として原告の請求を棄却した。
 なお,本件の審決では,被告が,本件流派との関係において,本件各号の「他人」に該当しないと判断していた。しかしながら,裁判所は,本件商標がその出所として表示するのは,古武道の一流派である本件流派そのものであることから,当該判断は誤りであり,被告個人が,本件商標について,本件流派との関係において上記「他人」に該当するか否かは,商標法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性の判断に,直ちに影響を及ぼすものではないとして,審決の理由を否定した(但し,結論において,誤りはないとしている。)。
本件は,本件流派の代表者を巡る争いが,商標権の無効を争う形で噴出したものであり,裁判所の判断は,妥当であろう。
 本件は,「他人」に係る解釈を示した事案であり,実務上参考になると思われる。

以上
(文責)弁護士 宅間仁志


¹(商標登録の無効の審判)
第四十六条  商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一  その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条 の規定に違反してされたとき。
(下線は、筆者が付した。)
²(商標登録を受けることができない商標)
第四条  次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)