【東京地判平成29年2月23日平28(ワ)13033号[入力支援コンピュータ・プログラム事件・第一審]】

【要旨】
 本判決は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、特許権者が敗訴した事例である。

【キーワード】
ソフトウェア特許、充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1 本件特許について

⑴ 特許番号等
 特許番号  第4611388号
 出 願 日 平成17年11月30日
 登 録 日 平成22年10月22日

⑵ 特許発明の内容

A1:情報を記憶する記憶手段と,情報を処理する処理手段と,利用者に情報を表示する出力手段と,利用者からの命令を受け付ける入力手段とを備えたコンピュータシステムにおけるコンピュータプログラムであって,
A2:利用者が前記入力手段を使用してデータ入力を行う際に実行される入力支援コンピュータプログラムであり,
B:前記記憶手段は,
ポインタの座標位置によって実行される命令結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示するための画像データである操作メニュー情報と,当該操作メニュー情報にポインタが指定された場合に実行される命令と,を関連付けた操作情報を1以上記憶し,
当該操作情報は,前記記憶手段に記憶されているデータの状態を表す情報であるデータ状態情報に関連付けて前記記憶手段に記憶されており,
C1:前記処理手段に,
D:(1)前記入力手段を介して,前記入力手段における命令ボタンが利用者によって押されたことによる開始動作命令を受信した後から,利用者によって当該押されていた命令ボタンが離されたことによる終了動作命令を受信するまでにおいて,以下の(2)及び(3)を行うこと,
E:(2)前記入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると,当該受信した際の前記記憶手段に記憶されているデータの状態を特定し,当該特定したデータ状態を表すデータ状態情報に関連付いている前記操作情報を特定し,当該特定した操作情報における操作メニュー情報を,前記記憶手段から読み出して前記出力手段に表示すること,
F:(3)前記入力手段を介して,当該出力手段に表示した操作メニュー情報がポインタにより指定されると,当該ポインタにより指定された操作メニュー情報に関連付いている命令を,前記記憶手段から読み出して実行し,当該出力手段に表示した操作メニュー情報がポインタにより指定されなくなるまで当該実行を継続すること,
当該命令の実行により変化した前記記憶手段に記憶されているデータの状態を特定し,当該特定したデータ状態を表すデータ状態情報に関連付いている前記操作情報を特定し,当該特定した操作情報における前記操作メニュー情報を,前記記憶手段から読み出して前記出力手段に表示すること,
C2:を実行させることを特徴とする入力支援コンピュータプログラム。

⑶ 図面

2 被告製品の構成

ウ 被告製品には,「ホーム画面」と呼ばれるソフトウェア(以下「本件ホームアプリ」という。)がインストールされている。本件ホームアプリは,利用者がタッチパネルを使用してホーム画面のショートカットアイコンの並べ替えを行う際に実行されるコンピュータプログラムであり,この並べ替え操作は次のように行われる。(甲3,7,8の1及び2)
(ア)利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指等で長押し(ロングタッチ)すると,当該ショートカットアイコンは指等に追従してタッチパネル上を移動させることができる状態になるので,タッチパネル上の指等を動かすことにより当該ショートカットアイコンを移動させ,並べ替えることができる。
(イ)利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指等でロングタッチすると,その際のホーム画面のページ番号に応じて,当該ページが左端ページであれば「右スクロールメニュー表示」のみが,右端ページであれば「左スクロールメニュー表示」のみが,それ以外のページであればこれらがいずれも表示される。
(ウ)利用者が上記「右スクロールメニュー表示」又は「左スクロールメニュー表示」の上にタッチパネル上の指等の位置を指定すると,それに応じてホーム画面のページが右又は左にスクロールし,上記ショートカットアイコンも右又は左のページに移動する。
(エ)利用者がタッチパネルから指等を離せば,上記ショートカットアイコンを移動させることができる状態は終了し,上記のスクロールメニュー表示も消える。
エ 被告製品においては,「開発者向けオプション」中の「ポインターの位置」及び「タップを表示」の項目を表示する設定を選択すると,指等で画面に触れた際に,触れた箇所の座標位置を示す数値が画面左上に表示されるとともに,座標のX軸を示す水平方向の青い線及びY軸を示す垂直方向の青い線が画面上に表示される。また,これら青い線の交点に白い円形の画像が表示される。そして,利用者が指等を画面に触れた状態で動かすと,上記青い線,交点及び白い円形の画像も指等に追従して移動する。(甲8の1及び2,29の1及び2,31)

3 充足性に関する争点

① 「ポインタ」(構成要件B,E,F)の充足性
② 「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(構成要件E)の充足性
③ 均等論

4 「ポインタ」(構成要件B,E,F)の充足性

⑴ 当事者の主張

(2)  争点(1)イ(「ポインタ」(構成要件B,E,F)の充足性)について
(原告の主張)
ア 本件明細書の段落【0012】には,「「ポインタの座標位置」とは,前記出力手段における画面上での現在位置を示す絵記号である「カーソル(マウスカーソル)」が指し示している画面上での座標位置である。」と記載されている。また,当業者が参照する文献(甲22,24)でも「カーソル」と「ポインタ」は別概念とされており,「ポインタ」は「ポインタの位置(座標位置)を入力する手段全体」という概念として定義されているから,「ポインタ」は,「カーソル」とは異なり,画面上に表示されるものではない。
 入力手段がタッチパネルの場合は,画面上にカーソルが必ずしも表示されないが,タッチパネルにおける「ポインタ」とは「タッチパネルを含む,ポインタ位置を入力するための構成全体」を意味するから,本件ホームアプリは「ポインタ」を用いている。
 そして,被告製品は以下のとおり「カーソル画像」を備えているから,当該「カーソル画像」が指し示している画面上での座標位置が「ポインタの座標位置」である。
(ア) 被告製品に搭載されている「開発者向けオプション」の「ポインターの位置」及び「タップ位置」の表示機能を使用した状態で指等がタッチパネルに触れると,画面上にX軸とY軸を表す青線が表示され,その交点に白い円形の「カーソル画像」が表示される。
(イ) ショートカットアイコンをロングタッチすると,アイコン画像が指等に追従するようになるから,アイコン画像も「カーソル画像」である。
(ウ) 被告製品には座標位置の軌跡を表示する機能があるところ,その軌跡の終端も「カーソル画像」である。
イ 仮に「ポインタ」が「カーソル画像」であるとする被告らの主張を前提としても,上記のとおり被告製品は「カーソル画像」を備えているから,本件ホームアプリは「ポインタ」を用いている。
(被告らの主張)
 本件発明1の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載等を考慮して解釈すれば,本件発明1の「ポインタ」は,出力手段である画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示す絵記号等のデータ要素であり,「座標位置」を有するものであって,入力手段を用いてその位置を移動させることが可能なものをいう。
 被告製品の画面に表示されるX軸とY軸の交点は指の下に隠れており,画面上から指が離れると直ちに消失するものであるから「画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示す絵記号等のデータ要素」ではなく,座標位置の軌跡も「画面上の特定の位置を指し示す絵記号等のデータ要素」ではない。また,これらを移動させる命令を受信すると操作メニュー情報を表示する構成ではない点からしても,これらは「ポインタ」に相当しない。

⑵ 判旨

1  争点(1)イ(「ポインタ」(構成要件B,E,F)の充足性について)
 (1)  本件発明1の特許請求の範囲の記載によれば,ポインタは,座標位置を有し(構成要件B),位置を移動させることができるものである(同E)。また,出力手段に表示された画像データである操作メニュー情報をポインタにより指定するというのであるから(同B,F),ポインタも出力手段である画面上に表示されるものであるということができる。
 これに加え,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の欄には,ポインタに関して,①「ポインタの座標位置」とは,出力手段における画面上での現在位置を示す絵記号である「カーソル(マウスカーソル)」が指し示している画面上での座標位置であり,「ポインタの座標位置によって実行される命令結果を利用者が理解できるように前記出力手段に表示する画像データ」とは,当該ビットマップ形式やベクター形式の画像データにポインタを合わせることで,どのような命令が実行されるのかを利用者が理解できるように構成されている画像データであることを意味する(課題を解決するための手段,段落【0012】),②「操作メニュー情報にポインタが指定された場合」とは,出力手段における画面上に表示された画像データである操作メニュー情報が占める座標位置の範囲に,ポインタの座標位置が合わさった(入った)ことをいう(同,段落【0013】),③「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」とは,入力手段としてのポインティングデバイスから,画面上におけるポインタの座標位置を移動させる命令を処理手段が受信することである(同,段落【0020】),④利用者が命令ボタンを押し続けたままで,入力手段としてのマウス・キーボードを使って出力手段としてのディスプレイの画面上に表示されているポインタの移動命令を行い,処理手段は,利用者によって押されていた命令ボタンが離されたことによる終了動作命令を受信するまでに,入力手段としてのマウス・キーボードから,出力手段としてのディスプレイに表示しているポインタの位置を移動させる命令を受信したか否かを判断する(発明を実施するための最良の形態,段落【0079】)との記載がある。また,発明の実施形態を示す図5~7では,画面上に表示された矢印状の記号が「ポインタ1」であるとされている。
 特許請求の範囲及び本件明細書の上記各記載によれば,本件発明1の「ポインタ」とは,出力手段である画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示す記号等であって,座標位置を有し,入力手段を用いてその位置を移動させることが可能なものをいうと解するのが相当である。
 (2)  これに対し,原告は,本件明細書の段落【0012】ではカーソルとポインタは別のものとして記載されており,文献(甲22,24)においてもカーソルとポインタは別の概念とされているから,ポインタはカーソルのように画面上に表示されるものではなく,「ポインタ位置を入力するための構成全体」を意味すると主張する。しかし,本件明細書全体をみても,ポインタが「ポインタ位置を入力するための構成全体」であることをうかがわせる記載はなく,原告が指摘する本件明細書の段落【0012】は,カーソルが指し示している画面上の座標位置が当該ポインタの座標位置である旨,すなわち,カーソルこそがポインタである旨を記載したものと解される。また,原告が参照する上記各文献には,「ポインタは,カーソルに対応し,画面上を動くポインティングデバイスです」(甲22),「ポインタはマウスやタブレットなどのデバイスと,デバイスに対応して動作するカーソルから構成される」(甲24)と記載されている。これらの記載によれば,ポインタは画面上に表示されるカーソルを構成要素とするものと解されるのであり,画面上に表示される要素を備えないものをポインタと解することは困難である。したがって,原告の主張は採用することができない。
(3)  本件ホームアプリの構成は前記前提事実(3)ウ及びエのとおりであり,これによれば,同ウのショートカットアイコン並びに同エの青い線の交点及び白い円形の画像は,いずれも画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示す記号等であって,座標位置を有し,入力手段であるタッチパネルを用いてその位置を移動させることができるものであるから,構成要件B,E及びFのポインタ」に当たると認められる。

5 「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(構成要件E)の充足性

 ⑴ 当事者の主張

(5)  争点(1)オ(「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(構成要件E)の充足性)について
ア 文言侵害の成否について
(原告の主張)
(ア) 「ポインタの位置(座標位置)の移動」とは,「マウス,キーボード,タッチパネル」等の入力手段からコンピュータプログラムに対して「ポインタの位置(座標位置)の移動を命令する電気信号」が送信され,受信したコンピュータプログラムが対応する情報処理(ポインタの位置(座標位置)の情報の書換え)を行うことをいう。
(イ) 本件ホームアプリでは,タッチパネルに指等が触れると「ポインタの座標位置」の値が変化し,「カーソル画像」もこの位置を指し示すように移動する。ロングタッチはタッチパネルに指等が触れるといった動作を含み,被告製品の処理手段はロングタッチにより『「ポインティングデバイスによって最後に指示された画面上の座標」を移動させる命令』を受信するから,本件ホームアプリは「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」という構成を有している。なお,画面にタッチしてから操作メニュー情報が表示されるまでの時間は,容易に変更できる単なる設計事項である。
(ウ) タッチパネルでは,指等が触れていれば継続的に「ポインタの位置を移動させる命令」である「ポインタの位置を算出するためのデータ」を受信し,「ポインタの位置」が一定時間,一定の範囲内に収まっている場合にはロングタッチであると判断されるから,ロングタッチを識別するために入力されるデータ群には「ポインタの位置を移動させる命令」が含まれる。したがって,本件ホームアプリにおいてロングタッチにより左右スクロールメニュー表示が表示されることは,「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」との構成を充足する。
(被告らの主張)
 被告製品の左右スクロールメニュー表示は,利用者の指等がタッチパネルに触れることで表示されるものではなく,タッチパネルをロングタッチすることにより表示されるものであるから,「ポインタ」に関する原告の主張のいずれを採用しても,本件ホームアプリは「ポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」ものではない。

⑵ 判旨

2 争点(1)オ(「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(構成要件E)の充足性)について
(1) 文言侵害の成否
ア 構成要件Eは,本件発明1の特許請求の範囲の記載によれば,処理手段が入力手段を介して「ポインタの位置を移動させる命令」を受信すると操作メニュー情報を表示するものである。この「ポインタの位置を移動させる命令」につき,本件明細書(甲2)には,①「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」とは,入力手段としてのポインティングデバイスから,画面上におけるポインタの座標位置を移動させる電気信号を処理手段が受信することである(課題を解決するための手段,段落【0020】),②命令ボタンを押し続けたままで出力手段としてのディスプレイの画面上に表示されているポインタの移動命令を行う,例えば,利用者がマウスにおける左ボタンや右ボタンを押したままマウスを移動させる行為がこれに該当する(発明を実施するための最良の形態,段落【0079】)と記載されている。これに加え,本件発明1におけるポインタが画面上に表示され,画面上の特定の位置を指し示すものをいうことに鑑みると,「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令」とは,利用者が画面上に表示されているポインタの位置を移動させる操作を行うことを意味すると解するのが相当である。
 一方,本件ホームアプリにおいて,原告が「操作メニュー情報」に当たると主張する左右スクロールメニュー表示は,利用者がショートカットアイコンをロングタッチすることにより表示されるものであり(前記前提事実(3)ウ),画面上に表示されているポインタ(ショートカットアイコン並びに青い線の交点及び白い円形の画像。前記1)の位置を移動させる操作により表示されるとは認められない。
 以上によれば,本件ホームアプリが構成要件Eを充足すると認めることはできない。
イ これに対し,原告は,「ポインタの位置の移動」とは,ポインタが画面上に表示されるか否かにかかわらず,コンピュータプログラムがポインタの座標位置の情報の書換えを行うことをいうと主張するが,前記1(1)のとおりポインタは画面上に表示されるものであるから,原告の主張は前提を欠き,これを採用することができない。なお,本件ホームアプリにおいては,タップ操作やスライド操作の際にもポインタの座標位置の書換えが行われることが認められるが(甲8の1及び2),これらの操作では左右スクロールメニュー表示は表示されないのであるから,本件ホームアプリが「ポインタの座標位置の書換え」により左右スクロールメニュー表示を表示するものでないことは明らかである。
 また,原告は,タッチパネルでは指等が触れていれば継続的にポインタの位置を移動させる命令を受信しており,ロングタッチを識別するために入力されるデータ群には「ポインタの位置を移動させる命令」が含まれるから,本件ホームアプリは構成要件Eを充足するとも主張する。しかし,この主張は「ポインタの位置を移動させる命令」を受信してもロングタッチと識別されるまでは左右スクロールメニュー表示が表示されないことをいうものにほかならず,失当というほかない。

6 均等論(第1要件)

⑴ 当事者の主張

イ 均等侵害の成否について
(原告の主張)
 仮に構成要件Eの「ポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」という構成が「利用者がタッチパネル上の指等の位置を動かして当該ショートカットアイコンを移動させる操作を行うことによって操作メニュー情報が表示される」ことに限られ,本件ホームアプリの「利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指等でロングタッチする操作を行うことによって操作メニュー情報が表示される」ことがこれを満たさないとしても,以下のとおり,両者は均等であるから,被告製品は構成要件Eを充足する。
(ア) 本件発明1の本質的部分は,利用者がドラッグ&ドロップ操作を所望している場合に画像データである操作メニュー情報を表示し,操作メニュー情報をポインタで指定することによって継続的な操作を提供することであり,ドラッグ&ドロップ操作を開始する操作の条件等は,本件発明1の本質的部分ではない。
 ・・・
(被告らの主張)
(ア) 本件発明1の課題は,利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドのメニューを画面上に表示させ,必要である間についてはコマンドのメニューを表示させ続けられる手段の提供を目的として,システム利用者の入力を支援するためのコンピュータシステムにおける簡易かつ便利な入力の手段を提供することであり,本件発明1はこのような課題を解決する手段として構成要件D及びEの構成を採用している。したがって,「入力手段を介して,前記入力手段における命令ボタンが利用者によって押されたことによる開始動作命令を受信した後から,利用者によって当該押されていた命令ボタンが離されたことによる終了動作命令を受信するまでにおいて,…入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」という構成が本件発明1における本質的部分であり,本件ホームアプリは同構成を有していないから,均等の第1要件を満たさない。
・・・

⑵ 判旨

(2) 均等侵害の成否
ア 原告は,本件ホームアプリにおける「利用者がタッチパネル上のショートカットアイコンを指等でロングタッチする操作を行うことによって操作メニュー情報が表示される」という構成は「利用者がタッチパネル上の指等の位置を動かして当該ショートカットアイコンを移動させる操作を行うことによって操作メニュー情報が表示される」という本件発明の構成と均等であると主張するので,この点について検討する。
イ 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の欄には,以下の趣旨の記載がある。
(ア) GUI環境のコンピュータシステムでは,システム利用者の入力行為を支援するために様々な工夫がされており,例えば,マウスを右クリックすることにより操作コマンドのメニューが画面上に表示される「コンテキストメニュー」や,マウス操作の一種である「ドラッグ&ドロップ」等が存在する。(背景技術,段落【0002】)
(イ) 「ドラッグ&ドロップ」は,ドラッグしたポインタ位置からドロップしたポインタ位置まで画面をスクロールさせるような一時的動作には向いているが,移動させる位置を決めないで徐々に画面をスクロールさせていくような継続的な動作に適用させるのは難しい。(同,段落【0004】)。
(ウ) 本件発明1の解決しようとする課題は,システム利用者の入力を支援するためのコンピュータシステムにおける簡易かつ便利な入力の手段を提供することであり,特に,利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドのメニューを画面上に表示させ,必要である間についてはコマンドのメニューを表示させ続けられる手段の提供を目的とする。(発明が解決しようとする課題,段落【0006】)
(エ) 上記課題を解決するための本件発明1に係る入力支援コンピュータプログラムの構成は,特許請求の範囲の記載のとおりである。(発明を解決するための手段,段落【0008】~【0010】)
(オ) 本件発明1を利用すると,入力手段における命令ボタンが利用者によって押されてから,離されるまでの間に,ポインタの位置を移動させる命令を受信すると,画像データである操作メニュー情報を出力手段に表示し,ポインタの指定により命令が実行される。特に,入力手段における命令ボタンが利用者によって押されてから離されるまでの間は,画像データである操作メニュー情報をポインタが指定することによって命令を何回でも実行するという継続的な操作が可能となる。(発明の効果,段落【0051】)
ウ 本件明細書の上記各記載によれば,本件発明1は,従来の技術においてはドラッグ&ドロップを行うに際して継続的な操作に適用させるのが困難であるなどといった問題点があったことから,①利用者が必要になった場合にすぐに操作コマンドメニューを画面上に表示させ,かつ,②必要である間はこれを表示させ続けられる手段の提供を目的とするものである。そして,上記①を達成するために「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると」操作メニュー情報を表示し(構成要件E),上記②を達成するために出力手段に表示した操作メニュー情報がポインタにより指定されなくなるまで命令の実行を継続する(同F)という構成を採用した点に特徴を有するものと認められる。そうすると,入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信することによってではなく,ポインタがロングタッチされることによって操作メニュー情報を表示するという構成は,本件発明1と本質的部分において相違すると解すべきである。
エ これに対し,原告は,利用者がドラッグ&ドロップ操作を所望している場合に操作メニュー情報を表示することが本質的部分であると主張する。そこで判断するに,原告が操作メニュー情報に当たると主張する左右スクロールメニュー表示は,ショートカットアイコンをホーム画面の別のページへ移動する際の入力を支援するものと解される(前記前提事実(3)ウ)。一方,本件ホームアプリにおいてロングタッチがされた場合に常にショートカットアイコンをホーム画面の別のページへ移動させるドラッグ&ドロップ操作が行われると認めるに足りる証拠はない。そうすると,ロングタッチがされたことをもって上記のドラッグ&ドロップ操作が所望されているとみることはできないから,本質的部分に関する原告の上記主張を前提としても,均等による本件特許権の侵害をいう原告の主張は採用することができない。

7 検討

⑴ ソフトウェア特許の侵害訴訟において、地裁における原告の勝訴率が22%であるのに対し、ソフトウェア特許における原告の勝訴率は1.9%であり、原告にとって勝訴し難いとのデータが存在する1。このような中で、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、裁判所は、他の技術分野に比べて、クレーム解釈が厳格であるとの指摘がある。
 一方、本件は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、請求が棄却された事例ではあるが、特に、ソフトウェア特許であるから、クレーム解釈が厳格にされたというものではなく、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載からは、本件において、非充足との判断がされたのはやむを得ないものと考えられる。

⑵ 本件では「ポインタ」(構成要件B,E,F)が画面に表示されるものであるかどうかが争われた上で、「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信すると…操作メニュー情報を…出力手段に表示する」(構成要件E)をみたすかどうかが争われた。そして、「ポインタ」が画面に表示されるものと解釈されれば、「ポインタの位置を移動させる」ことも画面に表示されるものであることが必要と解釈され、このような解釈がされると、原告は敗訴することとなるという事案であった。
 本件では、「ポインタ」の文言は抽象的な文言であり、「ポインタ」の文言だけから、直ちに、「ポインタ」が画面に表示されるものであるかどうかを断じることは難しいが、特許請求の範囲に、出力手段に表示された画像データである操作メニュー情報をポインタにより指定するという記載があることや(構成要件B,F),明細書にも、「ポインタ」は画面に表示されるものであるということを前提とする記載しか存在しなかったことから、「ポインタ」は画面に表示されるものであるとの解釈がなされた。
 かかる「ポインタ」の解釈は、特許請求の範囲の範囲及び明細書の記載からすると、「ポインタ」が画面に表示されないものも含むと解釈する手がかりがなかった以上、は画面に表示されるものであるとの解釈がされたことについて、ソフトウェア特許であるから、他の技術分野と比べ、厳格な解釈がなされたということにはならないと考えられる。

⑶ 本判決では均等の第1要件において、課題を「ドラッグ&ドロップ」に限定する判断、また、本質的部分を「入力手段を介してポインタの位置を移動させる命令を受信する」(同E)に限定する判断がされた。当事者が「ドラッグ&ドロップ」を前提とする主張をしていることから、判決としては、このような判断となることはやむを得ないが、Eを抽象化した内容を本質的特徴と認定する余地はあったようにも思える。

⑷ なお、控訴審となる、知財高判平成29年11月28日平29(ネ)10038号においても、ほぼ同様の判断がなされ、控訴は棄却された。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


1 李思思「侵害訴訟にみるソフトウェア特許‐特許庁と裁判所の『連携プレイ』と裁判所の『単独プレイ』による保護範囲の限定の状況」知的財産法政策学研究51号160-161頁(2018年)。