【東京地方裁判所平成29年11月29日(平成29年(ワ)第15889号)】

【キーワード】
他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知

【判旨】
 本件告知1によっては,未だ原告の製品が被告の特許権に抵触することが客観的事実として告知又は流布(以下「告知等」といいます。)されているものとはいえず,原告が主張するところの「原告の製品が被告の特許権を侵害する」旨の事実が告知等されたとはいえない。

事案の概要

 本件は,原告が,被告に対し,被告は,原告の国内外の取引先に「原告の製品が被告の特許権を侵害している」旨の告知等をしたと主張した上で,同告知等は,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知等であって,不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)2条1項15号1所定の不正競争行為に該当するとして,同法4条に基づき,損害賠償金等の支払を求めるとともに,不競法14条に基づき,信用回復措置として,謝罪文の送付を求める事案です。
 本件では複数の争点が存在しますが,以下では,同争点のうち,被告が「原告の製品が被告の特許権を侵害する」旨の告知等をしたといえるかについて,以下に記載の本件告知1をとりあげてご紹介します。

判旨

1.告知等の内容(※一部社名の表記を変更しています。)
「被告は,平成27年10月9日付けで,S社に対し,次の具体的内容からなる本件告知1をしたことが認められる。
『…弊社(※筆者注:被告)は株式会社●●●(※筆者注:原告)に対し,弊社の保有する特許第5344105号に基づいて,既に,特許権侵害訴訟を提起しておりますが,さらに,このたび特許第481599号に基づいても特許権侵害訴訟を提起するとともに,併せて,特許権侵害行為の差止めを求める仮処分命令の申立ても行いましたのでお知らせいたします。…弊社は,今後とも自社の保有する知的財産権の侵害または侵害するおそれのある行為に対しては,直ちに適切な措置を講じてまいる所存です。』」

2.告知等の内容の評価
「同告知は,被告が,S社に対し,①被告が,原告を相手方として,105号特許権に基づく侵害訴訟…を提起したこと,②被告が,原告を相手方として,995号特許権に基づく侵害訴訟…を提起したこと,③被告が,原告を相手方として,995号特許権に基づく仮処分命令申立事件…を提起したこと,④被告が,今後も,被告の保有する知的財産権の侵害又はそのおそれのある行為につき,適切な措置を講じていくことを告知等したものであるということができ,また,本件告知1の名宛人であるS社の立場にある者としては,同告知に接することにより,被告が上記侵害訴訟2件を提起し,上記仮処分命令申立てをしたとの客観的事実に加え,被告が原告の製品について被告の上記特許権に抵触するとの見解(原告の製品が被告の上記特許権に係る発明の技術的範囲に属し,当該発明についての特許に無効理由があるなど被告が当該特許権を行使することができないとすべき事情が見当たらないとの見解)を有していることを理解するものといえる。
 しかしながら,本件告知1によっては,未だ原告の製品が被告の特許権に抵触することが客観的事実として告知等されているものとはいえず,原告が主張するところの「原告の製品が被告の特許権を侵害する」旨の事実が告知等されたとはいえない。」

説明

1.信用毀損行為
(1)不競法の規定
 不競法2条1項21号は,「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争行為の一つとして規定しています。本号の定める行為は,信用毀損行為であり,営業誹謗行為とも呼ばれています。
 信用毀損行為は,不法行為(民法709条)を構成することが多く,その場合には,民法上の救済を受けることが可能です。しかし,不法行為責任の成立には,故意又は過失が要件とされるほか,原則として,差止請求をすることが認められていません。本号の実益は,故意及び過失を問うことなく差止請求ができることにあります2

(2)権利侵害の警告等に関する裁判例
 本件の争点自体とは直接の関係はありませんが,権利侵害の警告等に関する過去の裁判例の概要をご紹介します。
 従来の裁判例においては,競争者が自己の権利を侵害している旨を競争者の取引先等に警告・宣伝することは,競争者の製品が自己の権利の技術的範囲に属しない,あるいは自己の権利が無効となったこと等の理由によって権利侵害を構成しない場合には,直ちに虚偽の事実を告知・流布する行為として本号に該当するとされてきました3
 これに対して,近時の裁判例には,権利侵害がないことだけでは本号該当性を認めないものがあります4

2.本判決の内容等
 原告は,本件告知1は,「原告の製品が被告の特許権を侵害する」旨の事実を告知等するものであり,これは,原告の営業上の信用を害する事実の告知等にあたると主張しました。しかし,本判決は,上記引用のとおり,本件告知1はそのような事実を告知等するものではないと判断しています。
 本判決によれば,特許権侵害訴訟の提起や,仮処分命令申立てを行ったことを競争者の取引先等に通知すること自体は,「原告の製品が被告の特許権を侵害する」旨の事実を告知等するものとはいえず,ひいては,原告の営業上の信用を害する事実の告知等には該当しないことになると考えられます。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 現21号
2 茶園成樹編「不正競争防止法」112~113頁
3 茶園成樹編「不正競争防止法」115頁
4 東京高判平14・8・29判時1807号128頁「特許権者が、事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、又は、特許権者として、特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされている事実調査及び法律的検討をすれば、事実的、法律的根拠を欠くことを容易に知り得たといえるのにあえて警告をなした場合には、競業者の営業上の信用を害する虚偽事実の告知又は流布として違法となると解すべきであるものの、そうでない場合には、このような警告行為は、特許権者による特許権等の正当な権利行使の一環としてなされたものというべきであり、正当行為として、違法性を阻却されるものと解すべきである。」