【東京地裁令和2年1月29日判決(平成30年(ワ)30795号)】

事案の概要

 本件は、原告らが、被告丹青社及び被告ルーセントが制作した別紙被告作品目録記載の「Prism Chandelier」(以下「被告作品」という。)は、原告らが制作した著作物である別紙原告作品目録記載の照明用シェード(以下「原告作品」という。)を改変したものであるから、被告らが被告作品を制作、販売、貸与又は展示する行為は原告らの翻案権及び同一性保持権を侵害すると主張して、著作権法112条1項及び2項に基づき、被告らに対し、被告作品の制作、販売、貸与及び展示の差止めを求めるとともに、被告丹青社及び被告ルーセントによる上記翻案権侵害及び同一性保持権侵害により、原告らは財産的損害及び精神的損害を被ったと主張して、民法709条(財産的損害につき同条及び著作権法114条1項)に基づき、被告丹青社及び被告ルーセントに対し、550万円(財産的損害330万円、精神的損害220万円)及びこれに対する被告丹青社につき平成30年10月6日から、被告ルーセントにつき同月7日から(いずれも不法行為の後である訴状送達日の翌日)、支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、併せて、著作権法115条に基づき、名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求める事案である。

判決抜粋(下線部及び文字の強調は筆者)

主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
(中略)
第2 事案の概要
(中略)}
 2 前提事実
  (1) 当事者
  原告らは、「BIWAHOUSE」の名称でアート作品の発表、プロダクトデザイン、イラストレーション、ロゴなどのグラフィックデザインなどの活動を行っている。(甲9)
  被告丹青社は、商業施設(ショッピングセンター、百貨店、専門店等)、文化施設(博物館、美術館、資料館等)、環境施設(公園、造園等)、観光施設、遊園施設等の企画、設計、監理、施工等を目的とする株式会社である。(甲3)
  被告ルーセントは、インタラクティブアート(観客が参加することで完成する芸術作品)及びライティングアート(特に人工の光を活用した芸術作品)の企画、設計、制作及び販売等を目的とする株式会社である。(甲1)
  被告Yは、被告ルーセントの代表取締役であり、映像、照明、テクノロジー、インタラクションと、美的表現を融合させる光のインスタレーションを手がけるアーティストとして活動している。(甲2の1)
  (2) 原告作品
  ア ミウラ折りとは、東京大学名誉教授・文部科学省宇宙科学研究所名誉教授の三浦公亮氏によって、円筒に丸めた紙を縦に潰したときに表れる皺のパターンなどの自然現象の中から発見された折り方で、折られた状態から最小のエネルギーによって展開状態に変化するため、人工衛星の太陽電池パネルや携帯地図の折り畳み方として実用化されている。具体的には、紙を折り畳む際に直角の折から少しずらして折る折り方で、これにより、横方向の折り線は等間隔の並行直線縦方向の折り線は等間隔のジグザグ線となり、すべて等しい平行四辺形の面ができる折り目の頂点は3つの山折りと1つの谷折り(又は3つの谷折りと1つの山折り)からなり、全ての折りが連動されて、縦方向の屈伸に連動して横方向と幅方向が伸縮する独特の振舞いをする。(甲4)
  イ 原告らは、シート状のものにミウラ折りを施すことにより、強度と立体保持力が増すという特性が、プロダクトやアート作品のキーパーツを成立させる上で有効であることに着眼し、複数の円形孔が設けられたフレームにミウラ折りを応用してシート状の素材を折ったもの(エレメント。甲11の3頁参照)を複数挿入する照明用シェードである原告作品を開発した。
  原告らは、平成22年9月、松屋銀座で開催された「銀座目利き百貨街」の「細江振舞道」のブースに原告作品を展示、販売した。(甲5)
  ウ 原告らは、平成24年12月、原告作品と同様の球形状の照明用シェード(原告作品のようなペンダントタイプのほか、スタンドタイプも含む。)を「umbel」との呼称で展示し(甲6~8、26)、その後、平成27年7月までに原告作品と同様の特徴を有する5弁タイプの照明用シェードを商品化し、その制作、販売をしている。(甲9)
  原告らは、自己のウェブサイトにおいて、「umbel」について、次のような説明を記載している。(乙1)
  「“umbel(アンベル)”は、折り紙を折る要領で1枚のシートからミウラ折りされた「フラワーエレメント」を、独自のフレーム構造により球状に集合させた照明器具のシリーズです。」
  「※“umbel”とは植物学の用語で、小さな花が放射状に密集し、全体として丸く見える花のつき方、「散形花序」の英語名です。」
  「フレーム上に均等配置されたリングに、全て同じ形状のエレメントを挿すという、量産性を考慮したプロダクトでありながら、花弁同士がお互いに居場所を求め合った結果生じた重なりや僅かな捻れによって、本物の植物が見せるのと同様の、自然で美しいフォルムが生まれます。」
  (3) 被告らの行為等
  ア 原告らは、平成24年9月、原告らの作品を見て連絡をしてきた被告Yと知り合い、平成26年4月には、被告Yから協力してプリズムシートを用いた作品を制作することについて打診を受け、これに応じることとした(甲13、14)。その後、原告らは、被告ルーセントとともに、プリズムシートを用いたライティングオブジェ「LUCIS」を制作し、平成26年12月7日に原告X1と被告ルーセントとの間で「デザイン使用に関する合意書」(乙2)を交わした上で、平成27年11月から12月にかけて、これをカッシーナ・イクスシー青山本店等に展示した(甲15、16)。なお、上記合意書の有効期間は3年間であり(同合意書第13条)、更新されることなく、平成29年12月7日の経過により終了した。
  イ 被告丹青社は、コンラッド大阪に設置する被告作品の設計協力業務に関し、被告ルーセントから依頼を受け、平成28年6月3日にエレメントの面付図(展開図、フレーム図)及び建築取合図を、同月8日にエレメントの展開図を改訂したものを被告ルーセントに提出した。これを受けて、被告ルーセントは、被告丹青社に対し、同年9月26日付けの注文書をもって、同業務を発注した。(丙1、3、4)
  ウ 被告ルーセントは、被告丹青社から納品を受けたエレメントの面付図及び建築取合図に基づいて被告作品を制作し(以下、被告作品のエレメントを「被告エレメント」という。)、これを株式会社朝日新聞社及び株式会社竹中工務店に譲渡し、平成29年4月8日、大阪市所在のコンラッドホテルに納品した。(甲2の2、弁論の全趣旨)
  エ 被告ルーセント及び被告丹青社は、平成28年8月29日、被告製品の意匠に関し、意匠に係る物品名を「シャンデリア用笠」とする意匠登録の出願をし、同意匠(以下「本件意匠1」という。)は、平成29年3月17日に登録(意匠登録番号第1574099号)された。(甲17の1)
  また、被告ルーセント及び被告丹青社の従業員であるW(以下「W」という。)は、平成29年3月7日、被告製品の意匠に関し、意匠に係る物品名を「シャンデリア用笠体」とする意匠登録の出願をし、同意匠(以下「本件意匠2」という。)は、同年10月27日に登録(意匠登録番号第1591314号)された。(甲17の2)
  原告らは、平成30年9月28日付けで特許庁に対し、上記各意匠権について無効審判を請求した。(乙22~29)
 3 争点
  (1) 原告作品の著作物性(争点1)
  (2) 被告作品の翻案該当性(争点2)
  (3) 被告丹青社が被告作品の共同制作者といえるか(争点3)
  (4) 差止めの必要性(争点4)
  (5) 原告らの損害額(争点5)
  (6) 謝罪広告の必要性(争点6)
(中略)
第4 当裁判所の判断
 1 争点1(原告作品の著作物性)について
  原告作品は、照明用シェードであり、実用目的に供される美的創作物(いわゆる応用美術)であるところ、被告らはその著作物性を争うが、同作品は後記2(2)記載のとおり、内部に光源を設置したフレームの複数の孔にミウラ折りの要素を取り入れて折ったエレメントの脚部を挿入し、その花弁状の頭部が立体的に重なり合うように外部に表れてフレームを覆うことにより、主軸の先端から多数の花柄が散出して、放射状に拡がって咲く様子を人工物で表現しようとしたものであり、頭部の花弁状部が重なり合うことなどにより、複雑な陰影を作り出し看者に本物の植物と同様の自然で美しいフォルムを感得させるものである。このように、原告作品は、美術工芸品に匹敵する高い創作性を有しその全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているものであって、美術の著作物に該当するものというべきである。
 2 争点2(被告作品の翻案該当性)について
  (1) 著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。
  本件では、依拠性には争いがないことから、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかについて検討する。

原告作品 被告作品

  (2) 原告作品の形態及び製法等
  原告作品の外観は、別紙原告作品目録のとおりであり、証拠(甲11、12、弁論の全趣旨)によれば、その形態及び製法は、以下のとおりであると認められる。
  ア 全体の構成
  原告作品は、フレームとエレメント複数個から構成されている。
  イ フレームの構成、形状等
  フレームの内部には光源が設置される。
  フレームは、棒状部とリング状部とからなる丸みを帯びたものであり、その外表面を覆うように、リング状部位を形成する複数の円形孔が設けられている。
  フレームの孔は21個であり、均等に配置されている。
  フレームの孔には、全て同一形状のエレメントが挿入され、放射線状に光源の外を向くように配置される。
  ウ エレメントの構成、形状等
  エレメントは、シート状の素材を折るという手法を用いて形成されており、脚部と脚基部から放射線状に伸びる花弁状の頭部とからなる。
  エレメントの平面視において、剣先状の6個の花弁と、その内側に配置された12個の頂点を有する大きな星形状の花弁と、さらにその内側に配置された、12個の頂点を有する小さな星形状の花弁から形成される。
  エレメント頭部の各花弁の縦方向中央には折り線が設けられているほか、ミウラ折りの要素を取り入れ、同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられており、この斜め方向の折り線は等間隔のジグザグ線を構成している。
  エレメントの平面視において、大きな剣先状の花弁、大きな星形状の花弁及び小さな星形状の花弁は、いずれも四角形で構成されている。
  エレメントの側面視において、大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面は、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度である。
  エレメントの脚部は、上部から下部に向けて徐々に外側に広がった形状が形成され、リング状部にエレメントの脚部のほぼ全長を挿入して、エレメントの頭部の下端(脚基部)でエレメントが留まり、フレームの外側にエレメント頭部のみが表れる
  エ 輪郭
  原告作品の輪郭は、フレームの孔に挿入されたエレメントの頭部同士が立体的に重なり合うことにより形成される。花弁状部の表面の大部分は、フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり、花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた表面形状となっている。
  (3) 被告作品の形態及び製法等
  被告作品の外観は、別紙被告作品目録のとおりであり、証拠(乙3~5、12~16、弁論の全趣旨)によれば、その形態及び製法は、以下のとおりであると認められる。
  ア 全体の構成
  被告作品は、本体が、フレームと、フレームに取付け可能な複数のエレメントからなる装飾部から構成されている。
  イ フレームの構成、形状等
  フレームの内部には光源が設置される。
  フレームは、上部が切り欠かれた球形状であり、切り欠かれた球形状を鏡に映して球形状に見せている。
  フレームは、フレームの外形を形成する板状部と、板状部同士の間に位置する複数の円形のリング状部から構成される。
  フレームのリング状部は、均等に配置されている。
  装飾部におけるリング状部には、全て同一形状のエレメントが挿入され、放射線状に光源の外を向くように配置される。フレームのリング状部の数は多数あり、そのうち41個のリング状部に、それぞれ1個のエレメントが挿入されている。
  ウ エレメントの構成、形状等
  一つのエレメントは、大エレメントと小エレメントとを組み合わせることにより構成される。大エレメントと小エレメントは、いずれも、脚部及び脚部から放射線状に突出した頭部から構成され、プリズムシートを折って形成されている。
  大エレメントは、大きな6個の大両刃部と小さな3個の小両刃部から形成され、大両刃部の間に小両刃部が配置されている。他方、小エレメントは、小さな3個の両刃部から構成される(以下、大エレメントの大両刃部及び小両刃部並びに小エレメントの両刃部を総称し、単に「両刃部」ということがある。)。
  小エレメントは、大エレメントの上部からその内側に挿入され、両エレメントが組み合わされて一つのエレメントとなる。その際に、小エレメントの両刃部3個は、大エレメントの6個の小両刃部のうち、互いに隣り合わない3個に対応する位置に配置される。
  被告エレメントでは、大パーツの大両刃部及び小両刃部並びに小パーツの両刃部の中央縦方向に折り線が設けられているほか、傾斜角度が異なる複数の斜め方向の折り線が設けられているが、斜め方向の折り線は等間隔のジグザグ線を構成していない
  大エレメントの大両刃部の上端となる面及び付け根部分、大エレメントの小両刃部の付け根部分、及び、小エレメントの両刃部の付け根部分の一部は、三角形で構成され、大エレメントの小両刃部の上端となる面、小エレメントの両刃部の上端となる面及び小エレメントの両刃部の付け根部分の一部は四角形で構成される。
  エレメントの側面視において、大エレメントの大両刃部及び小エレメントの両刃部の上端となる面は、水平方向を基準に上斜め方向に真っ直ぐ伸び大エレメントの小両刃部の上端となる面は、水平方向を基準に下斜め方向に真っ直ぐ伸びている。
  大エレメントの脚部は、中央部近傍に外周径が最も小さくなるくびれが形成され、リング状部に大エレメントの脚部を挿入すると、このくびれのやや上部でエレメントが留まる。
  エ 輪郭
  リング状部にエレメントの脚部が挿入されることにより、エレメント頭部がフレームの外側に表れエレメント同士は、ほぼ隙間なく密に配置されている。両刃部の先端がフレームの表面から離間する方向又はフレーム表面に向かう方向に鋭く突き出しており、凹凸があって刺々しい表面形状となっている。
  (4) 原告作品と被告作品の共通点及び相違点
  上記(2)及び(3)によれば、原告作品と被告作品の共通点及び相違点は、以下のとおりと認められる。
  ア 共通点(以下、符号に従い「共通点A」などという。)
  (ア) 全体の構成
  A 作品がフレームとエレメント複数個から構成されている。
  (イ) フレームの構成、形状等
  B フレームの内部には光源が設置される。
  C フレームは、棒状部とリング状部とからなる丸みを帯びたものであり、その外表面を覆うように、リング状部位を形成する複数の円形孔が設けられている。
  D フレームの複数の孔は、均等に配置されている。
  E フレームの孔には、全て同一形状のエレメントが挿入され、放射線状に光源の外を向くように配置される。
  (ウ) エレメントの構成、形状等
  F エレメントは、シート状の素材を折るという手法を用いて形成されており、脚部と脚基部から放射線状に伸びる花弁状の頭部とから構成される。
  G エレメントを構成する両刃部又は花弁の中央縦方向に折り線が設けられているほか、複数の斜め方向の折り線が設けられている。
  H エレメントをフレームの孔に挿入すると、エレメントの脚部においてエレメントの挿入が留まり、エレメント頭部がフレームの外側に表れる
  (エ) 輪郭
  I 均等に配置されたフレームの孔に同一形状のエレメントを挿入することにより、均等なエレメント頭部の立体的な重なりが表れる
  イ 相違点(以下、符号に従い「相違点A」などという。)
  (ア) フレームの構成、形状等
  A 原告作品は、フレームのリング状部の数は21個であり、リング状部には、それぞれ1個のエレメントが挿入されているのに対し、被告作品のフレームにはリング状部が多数あり、そのうち41個のリング状部に、それぞれ1個のエレメントが挿入されている。
  (イ) エレメントの構成、形状等
  B シートの素材
  原告エレメントには、乳白ポリエステルシートが用いられているのに対し、被告エレメントには、プリズムシートが用いられている。
  C エレメントを構成する部分の数
  原告エレメントは、1つのエレメントから構成されるのに対し、被告エレメントは、大エレメントと小エレメントを組み合わせることにより1つのエレメントが形成される。
  D エレメント全体の構成、形状
  原告エレメントは、大きな剣先状の6個の花弁その内側に配置された12個の頂点を有する大きな星形状の花弁更にその内側に配置された12個の頂点を有する小さな星形状の花弁から形成される。
  これに対し、被告作品の大エレメントは、大きな6個の大両刃部と小さな3個の小両刃部から形成され、小エレメントは、小さな3個の両刃部から構成される。そして、大エレメントの小両刃部は大両刃部の間に配置され、小エレメントの両刃部は、大エレメントの互いに隣り合わない3個の小両刃部に対応する位置に配置される。
  E 花弁又は両刃部に設けられた折り線
  原告エレメントの各花弁に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は平行であり、この斜め方向の折り線が等間隔のジグザグ線を構成しているのに対し、被告エレメントの両刃部に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は、傾斜角度が異なり、等間隔のジグザグ線を構成していない
  F 花弁又は両刃部の形状
  原告エレメントは、平面視において、大きな剣先状の花弁、大きな星形状の花弁及び小さな星形状の花弁が、いずれも四角形で構成される。
  これに対し、被告作品の大エレメントの大両刃部の上端となる面及び付け根部分、大エレメントの小両刃部の付け根部分、及び、小エレメントの両刃部の付け根部分の一部は、三角形で構成され、大エレメントの小両刃部の上端となる面、小エレメントの両刃部の上端となる面及び小エレメントの両刃部の付け根部分の一部四角形で構成される。
  G 花弁又は両刃部が伸びる方向
  エレメントの側面視において、原告エレメントは、大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度となるのに対し、被告エレメントは、大エレメントの大両刃部及び小エレメントの両刃部の上端となる面が、水平方向を基準に上斜め方向に真っ直ぐ伸び大エレメントの小両刃部の上端となる面が、水平方向を基準に下斜め方向に真っ直ぐ伸びている。
  H エレメントの脚部
  原告エレメントの脚部は、上部から下部に向けて徐々に外側に広がった形状が形成され、リング状部にエレメントの脚部のほぼ全長が挿入され、エレメントの頭部の下端(脚基部)でエレメントが留められているのに対し、被告エレメントの脚部は、中央部近傍に外周径が最も小さくなるくびれが形成され、リング状部にその脚部を挿入すると、くびれのやや上部でエレメントが留められている。
  (ウ) 輪郭
  I 原告作品は、フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり、花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた表面形状となっているのに対し、被告作品は、両刃部の先端がフレームの表面から離間する方向又はフレーム表面に向かう方向に鋭く突き出しており、凹凸があって刺々しい表面形状となっている。
  (5) 翻案該当性
  上記(4)で認定した共通点及び相違点を前提に、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかについて検討する。
  ア 原告作品の本質的特徴
  (ア) 原告らは、原告作品の特徴は、〈1〉原告エレメントには脚基部が存在することによりエレメントを確実に保持できること(特徴X〈1〉)〈2〉エレメントの頭部同士が立体的に重なることにより、本物の植物が見せるのと同様の自然で美しい輪郭を有していること(特徴X〈2〉)〈3〉エレメントにミウラ折りの要素を取り入れつつ、それに独自の工夫を加えていること(特徴X〈3〉)〈4〉脚部と花弁状部が、光源の放つ光に対して二重の変化を与えることにより、極めて複雑な陰影の表情が発露されること(特徴X〈4〉)にあると主張する。
  (イ) そこで、検討するに、原告作品と同様の照明用シェードである「umbel」についての原告らの説明(前記第2の2(2)ウ)によれば、原告作品の基本的なコンセプトは、主軸の先端から多数の花柄が散出して、放射状に拡がって咲くという自然界の散形花序の特徴を、人工物である照明用シェードによって表現することにあり、本物の植物が見せるのと同様の自然で美しいフォルムをもった照明シェードを制作することにあると認められる。
  こうしたコンセプトに基づき、上記(2)ウのとおり、原告作品の個々のエレメントは、剣先状の6個の花弁と、その内側に配置された12個の頂点を有する大きな星形状の花弁と、さらにその内側に配置された、12個の頂点を有する小さな星形の花弁から形成され、これにより、自然の花が球状体の中心から放射状に外を向いて開花しているかのような印象を看者に与えるものとなっている。
  また、原告エレメントの各花弁のエレメント頭部の各花弁の縦方向中央には折り線が設けられているほか、ミウラ折りの要素を取り入れ、同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられていることから、花弁1枚1枚の剣先及び剣先に至る部分に角度の変化が生じ、また、花弁同士が表面で重なり合うことにより、複雑で自然に近い陰影の表情が発露されている。
  さらに、原告作品においては、原告エレメントに乳白ポリエステルシートを用いているところ、ポリエステルは光を拡散する光学的特性を有することから、豊かな陰影を形成することができ、また、自然界に存在する白い花に近い柔らかい色合いを同作品に与えているということができる。
  加えて、原告エレメントは、エレメントの側面視において、大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度となっていることから、フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり、自然な散形花序のようなボール状の丸みを帯びた表面形状の形成が可能となっている。
  以上によれば、原告作品の本質的特徴は、エレメントが球状体の中心から放射状に外を向いて開花しているかのような形状をしており、花弁同士が重なり合うなどして複雑で豊かな陰影を形成するとともに、その輪郭が散形花序のようにボール状の丸みを帯びた輪郭を形成していることにあるというべきである。
  上記の原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成、形状は、前記(2)認定にかかる原告作品の構成、形状に照らすと、〈1〉原告エレメントが剣先状の花弁と、その内側に配置された大きな星形状の花弁状と、さらにその内側に配置された小さな星形状の花弁から構成されること、〈2〉エレメント頭部にミウラ折りの要素を取り入れ、各花弁の縦方向中央には折り線が設けられ、更に同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられていること、〈3〉光を拡散する光学的特性を有する乳白ポリエステルシートが使われていること、〈4〉大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度となっていることにあると考えられる。
  (ウ) これに対し、原告は、原告作品の特徴は特徴X〈1〉~X〈4〉にあると主張するが、原告作品は照明用シェードであり、看者は、フレームの内部に設置された光源から光が発出された状態で、フレームの外側から原告作品を見ることになるのであるから、原告エレメントから構成される表面部の輪郭、形状、色、陰影などに最も注意を惹かれることとなると考えられる。このため、特徴X〈1〉の脚基部については、原告作品の鑑賞者にとって同部分は目に入らない部分であり、また、エレメントの保持力の強さはその機能にすぎないので、これを原告作品の本質的特徴であるということはできない。また、特徴X〈4〉に関し、原告作品において複雑な陰影の表情が発露されることは原告作品の特徴であるということができるが、脚部を有すること自体はフレームに挿入するために必要な部分であるにすぎず、その形状が特徴的であるということもできないので、脚部の存在や形状が原告作品の本質的特徴となるものではない
  その他の特徴として挙げられている特徴X〈2〉及びX〈3〉は、上記のとおり、原告作品の特徴点であると認められる。
  イ 共通点について
  以上を踏まえ、原告作品と被告作品の共通点A~Iについてみると、共通点Aは作品全体の構成であり、共通点B~Eはフレームの構成、形状等に関する共通点であり、いずれも、看者の目に入らず、その注意を惹かない部分であって、原告作品の本質的特徴を基礎付けるものではない。
  また、共通点Fは、エレメントが脚部頭部から構成されるとの基本的な構成において共通することを意味するにすぎず、共通点Gについては、後記のとおり、これをもって被告作品にミウラ折りの要素が取り入れられているということはできない共通点Hも、エレメントをフレームの孔に挿入すると、エレメントの脚部においてエレメントの挿入が止まるということはその機能上当然のことということができる。
  さらに、共通点Iについては、フレームの表面上において、エレメント頭部が重なり合う点で共通するにとどまり、原告作品の輪郭に関する特徴を被告作品が有するものではない。
  以上のとおり、共通点A~Iは、いずれも原告作品の本質的特徴を基礎付けるものではなくこれらの共通点から原告作品の本質的特徴を直接感得することはできない
  ウ 相違点について
  次に、原告作品と被告作品との相違点について検討するに、前記判示のとおり、原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成、形状は、〈1〉エレメント全体の構成、形状〈2〉花弁又は両刃部に設けられた折り線〈3〉シートの素材〈4〉花弁又は両刃部が伸びる方向にあるところ、前記(4)イのとおり、原告作品と被告作品にはこれらの点について相違点(順に、相違点D、E、B、G)があると認められる。
  (ア) 上記〈1〉に関し、原告作品と被告作品は、原告エレメントが剣先状の花弁と、その内側に配置された大きな星形状の花弁状と、さらにその内側に配置された小さな星形状の花弁から構成されているのに対し、被告作品の大エレメントは、大きな6個の大両刃部と小さな3個の小両刃部から形成され、小エレメントは、小さな3個の両刃部から構成され、大エレメントの小両刃部は大両刃部の間に配置され、小エレメントの両刃部は、大エレメントの互いに隣り合わない3個の小両刃部に対応する位置に配置されている点で相違する(相違点D)。
  上記相違点により、原告作品のエレメントが、どちらかというと平面的で、実際の花がその中心部から花弁を開いているような印象を与えるのに対し、被告作品のエレメントは、両刃部の先端が鋭利で様々な方向に突き出していること(相違点G)もあいまって、より立体的で人工的な造形物に近い印象を看者に与えるものとなっている。
  (イ) 上記〈2〉に関し、原告作品と被告作品は、原告エレメントでは、ミウラ折りの要素を取り入れ、原告エレメントの各花弁に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は平行であり、この斜め方向の折り線が等間隔のジグザグ線を構成しているのに対し、被告エレメントの両刃部に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は、傾斜角度が異なり、等間隔のジグザグ線を構成していないことから、被告エレメントがミウラ折りの要素を取り入れているとはいえない点で相違する(相違点E)。
  また、これに関連して、原告エレメントは、大きな剣先状の花弁、大きな星形状の花弁及び小さな星形状の花弁が、いずれも四角形で構成されるのに対し、被告作品の大エレメントの大両刃部の上端等が三角形で構成され、四角形で構成されるのはその一部にすぎないという点においても相違している(相違点F)。
  上記のとおり、原告作品のエレメントが、ミウラ折りの要素を取り入れていることを特徴とし、これにより豊かな陰影を形成するとともに、柔らかい丸みを帯びた輪郭を形成しているのに対し、被告作品のエレメントは、大両刃部の上端等が三角形で構成され両刃部の先端が鋭利で様々な方向に突き出していること(相違点G)もあいまって、より立体的で人工的な造形物であるとの印象を看者に与えるものとなっている(特徴Y〈1〉)。
  (ウ) 上記〈3〉に関し、原告作品と被告作品は、原告エレメントには、乳白ポリエステルシートが用いられているに対し、被告エレメントには、プリズムシートが用いられているという点で相違する(相違点B)。原告エレメントに用いられている乳白ポリエステルは、光を拡散させる光学的特性を有することから、光源からの光は拡散し、柔らかく豊かな陰影を形成することになるのに対し、被告エレメントに用いられているプリズムシートは、透過と屈折がその光学的特性であることから、鏡面反射も加わると、クリスタルの塊を思わせる、小さな虹を伴ったまばゆいばかりの光の塊となるという性質を有する。
  このような素材の違いにより、原告エレメントは、光源からの光により乳白色に光り、柔らかく豊かな陰影を形成しているのに対し、被告エレメントは、フレームの内部に設置された光源の光の明るさが均一にむらなく光り、クリスタルのようなまばゆい輝きを放つものであり、原告作品とは全く異なる印象(特徴Y〈3〉)を看者に与えるものとなっている。
  (エ) 上記〈4〉に関し、原告作品と被告作品は、エレメントの側面視において、原告エレメントは、大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度となるのに対し、被告エレメントにおいては、大エレメントの大両刃部及び小エレメントの両刃部の上端が水平より上斜め方向に伸び、大エレメントの小両刃部の上端が水平より下斜め方向に伸びるなど、その端部が様々な方向に突き出している点で相違する(相違点G)。
  このような花弁又は両刃部が伸びる方向の差異により、原告エレメントは、フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり、全体として、原告作品の表面は花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた印象を看者に与えるのに対し、被告エレメントの両刃部の先端はフレームの表面から離間する方向やフレーム表面に向かう方向など様々な方向に鋭く突き出していることから、被告作品の表面は凹凸があって刺々しい印象(特徴Y〈2〉)を与えるものとなっている(相違点I)。
  (オ) 以上のとおり、原告作品と被告作品とは、原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成、形状において相違しており、被告作品は、自然界に存在する花のような柔らかく陰影に富んだ印象を与えるのではなく、より立体感があって、均一にむらなく光り、クリスタルのようなまばゆい輝きを放つものであって、その輪郭も、散形花序のようにボール状の丸みを帯びたものではなく、凹凸のある刺々しい印象を与えるものであるから、被告作品から原告作品の本質的特徴を直接感得することはできないというべきである。
  エ 原告らの主張について
  (ア) これに対し、原告らは、相違点Dに関し、原告作品も被告作品も、複数のエレメントをフレームに挿入し、エレメントの集合体を少し離れた場所から全体として鑑賞するものであり、エレメント同士が重なるため、エレメントの個々の形状の認識は困難であって、看者の印象には残らないので、上記相違点は重要ではないと主張する。
  しかし、原告作品及び被告作品は相応の大きさを有するものであり、その写真に照らしても、エレメントの集合体でありながらも、個々のエレメントの有する形状や構成の特徴や美しさを容易に看取することができることは明らかであるから、エレメントの個々の形状の認識は困難であって、看者の印象には残らないとの原告らの主張は採用し得ない。
  (イ) 原告らは、相違点E及びFに関し、折り方の違いは、多面四角形のミウラ折りか多面四角形の対角線を折って多面三角形にしたものかというだけであり、被告エレメントにおいても、小エレメントの一部に多面四角形のミウラ折りが施され、いずれにしても斜め方向の折りを施したものである上、これによって生じる効果も同一であるので、上記各相違点は重要ではないと主張する。
  しかし、ミウラ折りは、前記第2の2(2)アのとおり、横方向の折り線は等間隔の並行直線、縦方向の折り線は等間隔のジグザグ線となり、すべて等しい平行四辺形の面ができるというものであるところ、被告エレメントの両刃部に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は、傾斜角度が異なり、等間隔のジグザグ線を構成していないことから、被告エレメントがミウラ折りの要素を取り入れているということはできない。
  このため、被告作品のエレメントは、大両刃部の上端等が三角形で構成され両刃部の先端が鋭利で様々な方向に突き出していること(相違点G)ともあいまって、原告作品とは異なり、より立体的で人工的な造形物であるとの印象を看者に与えるものとなっているのであり、相違点E及びFに係る構成、形状の差異は原告作品の本質的特徴に係るものであるというべきである。
  (ウ) 原告らは、相違点Bに関し、原告作品の制作当時、原告作品の素材としてプリズムシートを排していたことはなく、むしろ様々な素材で原告作品を制作することを想定していたのであるから、エレメントの素材の違いは本質的特徴の違いではなく、仮に被告作品がまばゆく光るものであるとしても、それは原告作品の特徴により生まれた光の表情をより強く感じさせる工夫にすぎないので、上記相違点は重要ではないと主張する。
  しかし、原告作品と被告作品は、その素材の差異により、原告作品が自然界に存在する花のような柔らかく陰影に富んだ印象を与えるのに対し、被告作品は、均一にむらなく光り、クリスタルのようなまばゆい輝きを放つものであって、看者が受ける印象は大きく異なるというべきであり、原告作品の特徴により生まれた光の表情をより強く感じさせるかどうかの差異にすぎないということはできない。
  また、原告らが原告作品以外の作品を制作する上でプリズムシートを使用したことがあり、あるいは、プリズムシートが素材として一般的なものであるとしても、そのことは本件における翻案該当性の判断に影響するものではなく、上記結論を左右しない。
  (エ) 原告らは、相違点G及びIに関し、看者が感得できるのは、ほぼ大両刃部の形状のみであり、両刃部の面の向きが下斜め方向に振れ、小エレメントの両刃部の下方に大エレメントの小両刃部が設けられているとしても、鋭く尖った立体的な形状とは認識されず、仮にそのように認識されるとしても、それは原告作品の特徴により生まれた鋭利な外観をより鋭利に見せる工夫にすぎないので、上記各相違点は重要ではないと主張する。
  しかし、被告作品の写真や乙16によれば、被告作品の大エレメントの大両刃部及び小両刃部並びに小エレメントの両刃部は、外部から見ることができるものと認められ、看者が感得できるのは、ほぼ大両刃部の形状のみであるということはできない。
  また、原告らは、原告作品の特徴である鋭利な外観をより鋭利に見せる工夫にすぎないと主張するが、原告作品の外観は、むしろ、花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びたものであって、鋭利ということはできないことは前記判示のとおりである。
  (オ) 原告らは、被告作品の特徴Y〈1〉~Y〈3〉に関し、特徴Y〈1〉(立体感)及びY〈2〉(鋭利な外観)は、原告作品がもともと有している特徴であり、特徴Y〈3〉(光の明るさの均一性)も、エレメント素材をプリズムシートで制作した原告作品がもともと有している特徴であって、原告作品に依拠して制作する過程で加えた枝葉末節の変更にすぎないと主張する。
  しかし、被告作品が有する特徴Y〈1〉~Y〈3〉が、原告作品がもともと有している特徴であるということができないことは、前記判示のとおりである。
  (カ) 以上のとおり、原告らの上記各主張はいずれも理由がなく、採用し得ない。
  (6) したがって、被告作品から原告作品の本質的特徴を直接感得することができるということはできないので、被告作品は原告作品の翻案には該当せず、また、原告らの同一性保持権を侵害するものであるということもできない。
 3 結論
  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、応用美術である照明用シェードの翻案権及び同一性保持権侵害が争われた事案である。
 まず、原告作品の著作物性が争点となったが、原告作品は美術工芸品に匹敵する高い創作性を有し、全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとして、美術の著作物に該当するとされた。
 次に、被告作品の翻案該当性が判断された。江差追分事件上告審の規範が提示されたうえで、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかが判断された。
 あてはめの手順としては、まず、原告作品と被告作品の共通点および相違点を、全体の構成、フレームの構成・形状等、エレメントの構成・形状等、輪郭、の各観点から認定した。次に、これらの共通点及び相違点を前提として、被告作品から原告作品の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるかを検討した。その際には、まず原告作品の本質的特徴を認定し、その後原告作品と被告作品との共通点及び原告作品の本質的特徴の関係を検討し、共通点はいずれも看者の目に入らず、注意を惹かない部分であるから原告作品の本質的特徴を基礎付けるものではないと判断した。
 次に、原告作品と被告作品の相違点を検討し、これらの相違点に基づいて原告作品と被告作品が与える全体的な印象をそれぞれ特定し、被告作品から原告作品の本質的特徴を直接感得することはできないと結論付けた。原告作品と被告作品の写真から受ける全体的な印象は、本判決で特定される印象に近いものであり、結論としては正当と考える。
 江差追分事件は言語の著作物に関する事案であり、その後も言語の著作物の類似性の判断手法については裁判例と学説の積み重ねがある1。しかし、応用美術の著作物である本件では、言語の著作物の判断手法をそのまま適用することは難しいと思われる。しかし、本件で採用された、原告作品と被告作品の共通点と相違点を様々な観点から抽出し、原告作品の本質的特徴を認定した上で、原告作品と被告作品の共通点がその本質的特徴に寄与しているかどうか、及び原告作品と被告作品の相違点から導かれるそれぞれの全体的な印象を判断し対比するという手法は、応用美術の著作物の実態に即しつつ他の著作物の類似性判断手法と共通する部分という点で、応用美術の著作物の類似性判断手法として有効であると考える。いずれにしても、全体の印象から類似性を判断するのではなく、原告作品と被告作品の共通点と相違点を分析的に抽出すること、共通点と原告作品の全体的な本質的特徴とのつながりを検討すること、は必要であると思われる。
 応用美術の著作物については、裁判例が少なく類似性の判断手法が確立しているとは言えないが、本裁判例の具体的な手順が参考になると考え紹介させていただいた。

以上
(筆者)弁護士 石橋 茂


1 たとえば高林龍『標準著作権法(第4版)』(2019年・有斐閣)79頁