【令和2年11月16日判決(東京地裁 平成30年(ワ)第36168号)】
【事案の概要】
本件は、原告が、被告らに対し、被告らが、原告作成の別紙原告プログラム目録記載のプログラム(以下「本件プログラム」という。)に係る原告の著作権(複製権、公衆送信権、貸与権及び翻案権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害し、これによって利益を受けたと主張して、不当利得返還請求権に基づき、連帯して、利得金合計574万8000円のうち500万円及びこれに対する請求日の翌日である平成25年9月12日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
【判決抜粋】(下線部筆者)
本判決の争点は複数個あるが、本件プログラムに係る職務著作の成否、本件プログラムの著作権の譲渡の有無、本件プログラムに係る著作権の侵害行為の有無、について述べた部分を中心に抜粋する。
主文
1 被告学校法人片柳学園は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成25年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告学校法人片柳学園に対するその余の請求及び被告一般財団法人中東協力センターに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の50分の49、被告学校法人片柳学園に生じた費用の25分の24及び被告一般財団法人中東協力センターに生じた費用を原告の負担とし、原告及び被告学校法人片柳学園に生じたその余の費用を被告学校法人片柳学園の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、500万円及びこれに対する平成25年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告らに対し、被告らが、原告作成の別紙原告プログラム目録記載のプログラム(以下「本件プログラム」という。)に係る原告の著作権(複製権、公衆送信権、貸与権及び翻案権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害し、これによって利益を受けたと主張して、不当利得返還請求権に基づき、連帯して、利得金合計574万8000円のうち500万円及びこれに対する請求日の翌日である平成25年9月12日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、大学卒業後、システムエンジニアとして主に教育・学習支援システムの開発に従事した後、平成14年4月27日、被告学校法人片柳学園(以下「被告学園」という。)に、被告学園が設置する日本工学院八王子専門学校(以下「本件専門学校」という。)の教育嘱託職員として採用された。(甲88、弁論の全趣旨)
イ 被告学園は、本件専門学校のほか、東京工科大学、日本工学院専門学校等を設置する学校法人である。
ウ 被告一般財団法人中東協力センター(以下「被告センター」という。)は、中東・北アフリカ諸国の産業経済の開発、通商の振興に協力し、もって日本と中東・北アフリカ諸国との通商経済に係る国際協力の推進及びエネルギー安定供給に寄与することを目的とする一般財団法人である。
被告センターは、経済産業省資源エネルギー庁の補助対象事業であるサウジアラビア電子機器・家電製品研修所(以下「SEHAI」という。)自立運営への協力事業(以下「本件協力事業」という。)を実施している。
(2) 被告学園と原告との間の非常勤講師委嘱契約
ア 原告は、平成20年4月1日、被告学園から、委嘱期間を約半年として、本件専門学校ITカレッジ情報処理科の非常勤講師を委嘱され、以後、約半年ごとに、同様に委嘱された。(甲88、弁論の全趣旨)
イ 原告と被告学園は、平成25年4月1日、委嘱期間を同日から同年9月30日まで、委嘱内容を担当学科長が依頼する科目の講義、実習等の教育指導、補講及び試験監督、講義料を1時限(50分)につき4600円等とする非常勤講師委嘱契約を締結した。原告と被告学園は、平成24年10月1日にも、委嘱期間を同日から平成25年3月31日までとする、ほぼ同様の契約を締結していた。(甲1、88、弁論の全趣旨)。
(3) 本件協力事業に関する業務の委託
ア 被告センターは、平成24年頃、被告学園に対し、本件協力事業に関する業務を委託した。(甲34、35、弁論の全趣旨)
イ 被告学園は、平成24年12月頃、原告に対し、本件協力事業のうちSEHAIの教務管理システム(学生のプロフィール、出欠、成績、時間割等を一元的に管理することができるシステム。以下「本件システム」という。)の開発を委託した。(甲2、58、88、乙22、弁論の全趣旨)
(4) 原告による本件プログラムの作成等
ア 原告は、平成24年12月以降、本件システムに係るプログラムを作成し、平成25年5月23日、本件専門学校の専任教員であるBに対し、同日までに作成した本件システムを構成するプログラムである本件プログラムのソースコード及びデータベースに係る圧縮ファイルを電子メールに添付して送付した(以下、原告が上記電子メールに添付して送信した圧縮ファイルを「本件圧縮ファイル」といい、Bが、同電子メールを受信し、本件圧縮ファイルから取り出してパソコンに保存した本件プログラムの複製物を「被告学園プログラム」という。甲15、77、弁論の全趣旨)。
イ 本件システムは、海外教育支援として教育現場のICT(情報通信技術)化を支援することを目的として作成した海外向け教務支援システムであって、出席管理、成績管理、学生カルテ管理、教務管理の4つのモジュールによって構成され、インターネットを経由して利用可能な総合Webパッケージとなっており、本件システムに係るプログラムの言語には、PHP(Hypertext Preprocessor)、JavaScript、HTML、CSSが使用され、データベースを管理するMicrosoft Accessの操作には、ODBCドライバが使用されている。(甲88、弁論の全趣旨)
ウ 本件プログラムは、「プログラムの著作物」(著作権法10条1項9号)である。(弁論の全趣旨)
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実、証拠(甲88、乙22、23、証人C、証人B、原告本人のほか後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告学園は、平成24年12月頃、原告に対し、本件システムの開発を委託した。原告は、その頃、本件システムに係るプログラムの作成に着手し、原告が契約するレンタルサーバー(以下「原告サーバー」という。)に同プログラムをアップロードし、被告学園の非常勤講師としての業務時間以外の時間に、原告所有の機器を用い、原告自宅を作業場として、被告ら及びSEHAIの担当者から要望を聞きながら開発作業を行った。(甲2)
(2) 被告センターは、平成25年1月8日、原告に対し、本件システムが完成したときは、被告センター、本件専門学校及びSEHAIが成果物の著作権を持つことになると伝えたところ、原告は、同日、被告センターに対し、まだ契約には至っていないが、有償で開発したものに関しては成果物の著作権を譲渡する予定であると答えた。(甲3、4)
(3) 原告は、平成25年3月19日から同月22日まで開催された電子情報通信学会において、被告学園のCほか1名とともに、本件専門学校の教員として、本件システムの開発について報告した。(乙16)
(4) 原告は、平成25年3月19日、被告学園に対し、平成24年12月以降、本件システムの開発を行ってきたが、開発費用が支払われていないと伝えた。被告学園は、平成25年3月21日、原告に対し、開発費用として105万円を来月に支払う予定であると伝え、同年4月15日、これを支払った。(甲31、42、乙4)
(5) Bは、平成25年4月以降、本件システムの開発に関わるようになったところ、同年5月23日、原告に対し、本件システムを理解できていないので、本件システムに係るプログラム及びデータベースのコピーを送付してほしいと伝えた。そこで、原告は、同日、Bに対し、同日までに作成した本件システムを構成する本件プログラムのソースコード及びデータベースに係る本件圧縮ファイルを電子メールに添付して送付した。同日時点で、本件プログラムは、本件システムのうち半分程度を完成させたものであった。(甲14、15)
(6) 原告は、前記(5)の後も、本件システムの開発を続けた。
Bは、平成25年6月5日、原告に対し、再び、現時点で完成した本件システムに係るプログラム及びデータベースを送付してほしいと伝えた。しかし、原告は、同月6日、Bに対し、データベースのみを送付した上、被告学園プログラムで同データベースを利用しようとすると一部誤作動が生じる、被告学園から開発費用が支払われることが確定すれば上記プログラムを送付すると伝えた。(乙5)
(7) 原告は、平成25年7月26日、被告学園に対し、一身上の都合により、本件システムの開発業務を辞退すると伝え、本件システムの開発を中断した。(乙1)
(8) Bは、平成25年8月31日からSEHAIで実施される研修で本件システムのデモンストレーションを行う必要があったことから、同月11日、原告から本件圧縮ファイルの送付を受けて取得した被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードし、同月19日頃から、同プログラムについて、原告から送付されたデータベースを読み取ることができるようにしたり、原告が本件圧縮ファイル送付後に付加した機能(月毎出欠データ登録機能、期間毎集計機能及び科目毎集計機能)を実装したり、原告において実施することが予定されていた作業(インストラクターリストの表示、インストラクターの登録情報の更新、登録解除及び新規登録並びに学生の在籍等の情報入力及び新規登録)を行ったりした(以下、これらの変更等の前後を問わず「被告学園プログラム」という。)。
被告学園ウェブサイト(被告学園サーバー上の被告学園プログラムに基づくウェブサイト)のトップページは、インターネット上で閲覧することができたが、本件システムの機能を使用するためには、ID及びパスワードを用いてログインする必要があった。ID及びパスワードの保有者は、SEHAI、被告センター又は被告学園に所属する者であり、その人数は、平成25年5月23日時点で57名、同年9月16日時点で67名、同年10月3日時点で70名であった。(甲68、74ないし76)
(9) 本件専門学校ITカレッジ学科長であったDは、平成25年8月25日、原告に対し、Bに本件システムの内容を引き継ぎ、現時点で完成した本件システムに係るプログラムを送付してほしいと伝えた。しかし、原告は、同日、Dに対し、BがSEHAIでの研修において被告学園プログラムを修正することに同意していないし、同年4月以降の本件システムの開発に係る開発費用も支払われておらず、被告学園の行為は著作権、著作者人格権等を侵害するものであると答え、プログラムの送付を拒んだ。(甲16、17)
(10) 被告学園は、平成25年8月31日から同年9月5日までの間、SEHAIにおいて研修を実施し、被告学園サーバー上の被告学園プログラムを使用して、本件システムのデモンストレーションを行った。同研修には、Bを含む被告学園の関係者3名、被告センターの関係者1名、SEHAIの関係者2名が出席した。Bは、同研修中に、出席者に対して被告学園プログラムにより実現される本件システムの機能の一部を紹介するとともに、新たな機能を追加するために被告学園プログラムに変更を加えた。
(11) 本件専門学校教育・学生支援部次長であったCは、平成25年9月11日、本件専門学校において、原告と面談した。その際、Cが、原告に対し、著作権等について原告と書面を取り交わすべきであった、開発費用のみならず、講義の時間を開発に充て、この時間に相当する講義料も支払うので、本件システムの開発を再開してほしいなどと述べたところ、原告は、開発を再開する意向を示した。そこで、Bは、同日、原告に対し、被告学園サーバーのURL、パスワード等を伝えた。(甲18、19)
(12) 原告は、平成25年9月16日、その時点までに作成した本件システムに係るプログラムのファイルを原告サーバーにアップロードした上、被告学園ウェブサイトを閲覧しようとすると自動的に原告サーバー上のウェブサイト(以下「原告ウェブサイト」という。)に移動するようにし、Bに対し、その旨伝えた。(甲22、49)
原告は、同月17日、本件システムの開発を再開した。(甲24、乙6)
(13) 原告は、平成25年9月25日、Bに対し、おそらく被告学園と本件システムの開発に係る契約を締結することはできず、被告学園から連絡がなければ、同月30日24時00分に本件システムの稼働を一時停止すると伝えた。Cは、同月25日、原告に対し、本件システムの開発に係る契約書を作成するに当たり、打ち合わせたいことがあると伝え、同月30日、本件専門学校において、原告と面談した。(甲23、24、45)
(14) その後も、Cは、原告との間で、本件システムの開発に係る条件等について協議し、平成25年10月14日、原告に対し、残りの開発費用として合計120万円を支払うことを提案し、本件システムに係るプログラムの著作権を原告から被告学園に譲渡するとの内容を含む著作権譲渡契約書案及び業務委託に関する覚書案を送付した。(甲24ないし26、乙6)
しかし、原告は、同月18日、Cに対し、被告学園と信頼関係に基づく契約を締結することができないので、本件システムの開発に係る業務委託を辞退し、今後の交渉には一切応じかねると伝えた。また、原告は、同月25日、Cに対し、支払われた開発費用に相当する成果物はBに渡しており、被告学園との間で契約を締結していないので、その後の開発費用等の支払は必要ないと伝えた。(乙7)
(15) 被告学園は、本件システムの開発が中断したことから、兼松に対してこれを委託することとし、平成25年12月1日、兼松との間で、本件システムの開発に係る業務委託契約を締結した。被告学園は、同契約を締結する際、兼松に対し、被告学園プログラムのファイルを渡した。(乙9)
(16) Cは、平成25年12月8日、原告に対し、原告が作成したプログラムに基づくシステムの完成度が高く、SEHAIで活用したいので、著作権の譲渡等について相談したいと伝えた。(甲27)
しかし、原告は、平成26年1月22日、Cに対し、著作権譲渡契約を締結することができない理由は被告学園にあり、被告学園プログラムを無断で改変したり、不正に使用したりすることを続けるのであれば、法的措置をとると伝えた。(甲28)
(17) 原告は、平成26年6月5日、被告学園に対し、被告学園は、原告が作成した本件システムを被告学園ウェブサイトにてインターネット上で公開しているが、被告学園が原告に対して正当な対価を支払うまで、これを利用し、変更しないことを求める旨の通知書を送付した。(乙2)
これを受けて、被告学園は、被告学園サーバーに保存された被告学園プログラムのファイルを削除し、同年7月14日、原告に対し、その旨回答した。(乙3)
2 争点1(本件プログラムに係る職務著作の成否)について
(1) 前記前提事実(4)のとおり、原告は、プログラムの著作物である本件プログラムを作成した。
したがって、原告は、「著作物」である本件プログラム「を創作する者」として、「著作者」(著作権法2条1項2号)に該当するというべきである。
(2) この点、被告らは、本件プログラムは被告学園の「業務に従事する」原告が被告学園の「発意に基づき」「職務上作成」したものであるから、著作権法15条2項により、本件プログラムの著作者は被告学園であると主張するので、以下検討する。
ア 本件プログラムは、平成25年5月23日までに作成された本件システムの一部に係るプログラムであるところ、本件システムの開発は、被告センターが被告学園に対して委託した本件協力事業に関する業務の一つとして、被告学園が原告に対して委託したものである(前記前提事実(3)、(4))。
上記委託当時、原告は被告学園と非常勤講師委嘱契約を締結していたが、これは本件専門学校において講義や実習等の教育指導等を行うことを業務内容とするものであり(前記前提事実(1)イ、(2))、被告学園からの委託を受けてSEHAIの教育管理システムを開発することを直接の業務内容とするものではなかったと認められる。
イ 原告は、被告学園から、非常勤講師としての給与(講義料)とは別に、本件システムの開発費用として105万円を受領し、さらに、被告学園との間で、平成25年4月以降の開発費用について協議したものであるから(前記1(4)、(9)、(11))、原告による本件プログラムの作成は、報酬の点でも、被告学園の非常勤講師としての職務とは区別されていたものと認められる。
ウ 原告は、被告学園の担当者から要望を聞きながら本件システムの開発を行ったが、それは、本件システムに付する機能についての意向を聴取したにとどまるものであり(前記1(1))、原告が被告学園の担当者に本件プログラムに係る圧縮ファイル(本件圧縮ファイル)を送付した平成25年5月23日までに、本件システムの開発に関して、被告学園が原告に対して具体的に指揮命令したことを認めるに足りる証拠はない。
エ 原告は、本件プログラムの作成作業を、自己がレンタル契約した原告サーバーに同プログラムをアップロードした上で、被告学園の非常勤講師としての業務時間以外の時間に、自己の機器を用い、自宅を作業場として行ったものであるから(前記1(1))、その作成行為は、被告学園の非常勤講師としての業務とは場所的にも時間的にも独立していたものと認められる。
オ 原告は、電子情報通信学会において、被告学園が設置する本件専門学校の教員として、本件システムの開発について報告したが(前記1(3))、本件専門学校の非常勤講師であった原告が、自らが経験した内容を基に発表したにすぎず、これをもって原告が被告学園の職務上本件システムの開発を行ったとはいえない。
カ 以上の事情を総合すれば、原告による本件プログラムの作成は、原告が被告学園の非常勤講師として従事していた業務に含まれていたとはいえず、その業務として予定又は予期されていたものともいえず、本件プログラム作成についての被告学園の関与の程度、本件プログラムの作成が行われた場所、時間、態様等に照らしても、原告が被告学園の職務上本件プログラムを作成したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告らの上記主張は理由がない。
(3) よって、本件プログラムの著作者は原告であると認めるのが相当である。
3 争点2(本件プログラムの著作権の譲渡)について
被告学園は、原告が、本件システムの開発当初から、被告学園に対し、同開発に係る成果物の著作権を譲渡することを承諾しており、平成25年5月23日に原告が被告学園に本件プログラムを引き渡し、被告学園が原告に対して開発費用を支払ったので、原告から被告学園に対して本件プログラムの著作権が譲渡されたと主張する。
しかし、原告は、本件システムの開発当初の平成25年1月の時点において、被告学園に対して本件システムの開発に係る成果物の著作権を譲渡する意向を示していたが(前記1(2))、その後、原告と被告学園との間で、本件システムの開発費用や著作権の取扱い等について話合いがされ、著作権譲渡契約書案が作成されたものの(前記1(11)、(13)、(14))、契約書が取り交わされるには至らず、交渉は決裂した(前記1(14))。このような交渉経緯に鑑みると、同月の時点において、原告が本件プログラムの著作権を譲渡することを承諾していたと認めることはできない。
また、被告学園は、原告に対して開発費用として105万円を支払い、原告から本件システムを構成する本件プログラムに係る圧縮ファイル(本件圧縮ファイル)を受領したが(前記1(4)、(5))、その当時、本件システムは完成しておらず、本件プログラムは作成途中のものであり、原告がその時点で本件圧縮ファイルを送付したのは、Bの便宜のためにすぎない(前記1(5))。そうすると、上記105万円は、原告が本件プログラムの開発作業に従事した労務の対価として支払われたものと考えるのが自然であって、これが本件プログラムの著作権の対価を含むと認めることはできない。
以上によれば、原告が被告学園に対して本件プログラムの著作権を譲渡したとは認められないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告学園の上記主張は理由がない。
4 争点3(本件プログラムの著作権又は著作者人格権の侵害行為)について
(1) 争点3-1(被告学園プログラムをサーバーにアップロードしたことによる著作権侵害)について
ア 前記1(8)によれば、被告学園のBは、平成25年8月11日、被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードし、これによって、本件システムの機能を利用するためのID及びパスワードを保有する約60名が、被告学園ウェブサイトからログインし、被告学園プログラムにより実現される本件システムの機能を使用することができるようになった。
そうすると、被告学園は、本件プログラムの複製物である被告学園プログラムのファイルを被告学園サーバーに保存することにより、本件プログラムを有形的に再製し、かつ、被告学園ウェブサイトにログインすることができる者だけでも約60名という多数の者に対して本件プログラムについて無線通信又は有線電気通信の送信を可能としたということができる。
したがって、被告学園は本件プログラムに係る原告の複製権及び公衆送信権(送信可能化権)を侵害したと認めるのが相当である。
イ 被告学園は、本件プログラムの複製物である被告学園プログラムの所有者であるから、著作権法47条の3第1項によりこれを複製することができると主張する。
しかし、平成25年4月以降、本件システムの開発に関わるようになったBは、これを理解するために、原告に対して本件システムに係るプログラム等のコピーを送付してほしいと要望し、原告は、これに応じて、開発途中の本件プログラムのソースコードを含む本件圧縮ファイルを送付したものである(前記1(5))。そうすると、Bがその使用に係るパソコンに保存した本件プログラムの複製物(被告学園プログラム)は、本来、B自身が本件システムを理解するために利用されることが予定されていたものと認められる。
にもかかわらず、Bは、SEHAIで実施される研修で本件システムのデモンストレーションを行うために、被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードしたものであって(前記1(8))、この行為は、原告がBに対して許諾した本件プログラムの複製物の利用範囲を超えるものであるといわざるを得ない。そして、被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードしなければ、Bがこれを利用することができなかったことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、Bによる上記の行為は、「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度」(著作権法47条の3第1項)の複製とは認められないから、被告学園の上記主張は理由がない。
ウ 原告は、前記アの被告学園の行為について、被告センターも共同して本件プログラムの著作権を侵害したと主張するものと理解でき、被告センターと被告学園との間の本件協力事業に関する業務委託契約においては第三者に業務を再委託することは禁止されており、被告センターは悪意により原告と契約を締結しなかったとも主張する。
しかし、被告センターは、被告学園に対し、本件協力事業に関する業務を委託し(前記前提事実(3))、本件システムに付する機能について要望を述べたといえるものの(前記1(1))、いずれにしても被告センターが被告学園に対して前記アの各行為を行うことを指示したり、被告学園と共同してこれを行ったりしたと認めるに足りる証拠はなく、悪意により原告と契約を締結しなかったと認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告センターが被告学園と共同して本件プログラムに係る原告の複製権及び公衆送信権を侵害したと認めることはできない。
エ 以上によれば、被告学園のBが平成25年8月11日に被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードした行為に係る原告の主張のうち、被告学園によって本件プログラムに係る原告の複製権及び公衆送信権(送信可能化権)が侵害されたとの主張は理由があるが、被告センターによってそれらの権利が侵害されたとの主張は理由がないというべきである。
(2) 争点3-2(被告学園プログラムを改変したことによる著作権等侵害)について
ア 前記1(6)、(8)、(10)のとおり、被告学園のBは、平成25年8月19日頃から、同年5月23日に取得した本件プログラムの複製物である被告学園プログラムについて、原告から送付されたデータベースを読み取ることができるようにしたり、同日以降に原告が本件システムに付加した機能を実装したり、原告において実施することが予定されていた作業を行ったり、同年8月31日からのSEHAIでの研修において新たな機能を追加したりした。
そうすると、被告学園は、本件プログラムの複製物である被告学園プログラムについて、同プログラムが有する本来的な機能は維持しつつ、新たな機能を追加するため、同プログラムのソースコードに付加的な変更を加えたものと認められる。
したがって、被告学園は、本件プログラムに依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、これに変更を加えて、新たな著作物を創作し、本件プログラムを改変したものであるから、本件プログラムの翻案権及び同一性保持権を侵害したと認めるのが相当である。
イ 被告学園は、被告学園プログラムを改変したことがあったとしても、被告学園は本件プログラムの複製物である被告学園プログラムの所有者であるから、著作権法47条の3第1項によりこれを翻案することができるし、著作権法20条2項3号、4号によりこれを使用することができる状態にしたにすぎないから、同一性保持権の侵害に当たらないと主張する。
しかし、前記(1)イのとおり、被告学園プログラムは、本来、B自身が本件システムを理解するために利用されることが予定されていたものと認められるところ、Bが被告学園プログラムに加えた前記アの変更は、その内容からして、上記の目的に沿ってB自身がこれを使用することができる状態にしたにとどまらず、本来予定されていない新たな機能の追加を行うものであったというべきであるから、著作権法47条の3第1項に定める「必要と認められる限度」の翻案であるとも、著作権法20条2項3号、4号に定める「必要な改変」ないし「やむを得ないと認められる改変」とも認められない。
したがって、被告学園の上記主張は理由がない。
ウ 原告は、前記アの被告学園の行為によって、被告センターも共同して本件プログラムの著作権等を侵害したと主張するものと理解できる。
しかし、上記の行為について、被告センターによる本件プログラムの著作権等侵害が認められないことは、前記(1)ウと同様であり、原告の上記主張は理由がない。
エ 以上によれば、被告学園のBが平成25年8月19日から同年9月12日頃までの間に被告学園プログラムに機能を追加した行為に係る原告の主張のうち、被告学園によって本件プログラムに係る原告の翻案権及び同一性保持権が侵害されたとの主張は理由があるが、被告センターによってそれらの権利が侵害されたとの主張は理由がないというべきである。
(中略)
(6) 小括
以上によれば、被告学園は、〈1〉被告学園プログラムを被告学園サーバーにアップロードしたことにより、本件プログラムに係る原告の複製権及び公衆送信権(送信可能化権)を侵害し(前記(1)ア)、〈2〉原告から送付されたデータベースを読み取ることができるようにすることなどのために、被告学園プログラムに変更を加えたことにより、本件プログラムに係る原告の翻案権及び同一性保持権を侵害し(前記(2)ア、(3)ア)、〈3〉原告の氏名を表示することなく被告学園ウェブサイトをインターネット上で閲覧することができるようにしたことにより、本件プログラムに係る原告の公衆送信権(送信可能化権)、公表権及び氏名表示権を侵害し(前記(4)イ)、〈4〉兼松に被告学園プログラムを渡すに当たり、被告学園プログラムを電磁的記録媒体に保存したことにより、本件プログラムに係る原告の複製権を侵害した(前記(5)ア)。
他方で、被告センターについては、本件プログラムに係る著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為があったとは認められない。
5 争点4(被告らの利益及びこれと因果関係のある原告の損失)について
(中略)
6 原告の文書提出命令の申立てについて
(中略)
第4 結論
前記第3の1(11)によれば、原告が、平成25年9月11日、Cと面談し、本件システムに係るプログラムの著作権の取扱いや被告学園が支払う本件システムの開発費用全体について協議したと認められることからすると、原告は、同日、被告学園に対し、本件プログラムの著作権の利用料相当額を請求したと認めるのが相当である。
したがって、原告の被告学園に対する請求は、不当利得返還請求権に基づき、利得金20万円及びこれに対する請求日の翌日である平成25年9月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから同限度で認容すべきであり、被告学園に対するその余の請求は理由がない。
また、前記第3の4のとおり、被告センターが本件プログラムに係る原告の著作権又は著作者人格権を侵害したとは認められないから、被告センターに対する不当利得返還請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
【解説】
1.本件プログラムの職務著作性について
プログラムの著作物が職務著作となる要件を定めた著作権法15条2項によれば、法人等の「①発意に基づき」その法人等の「②業務に従事する者が」「③職務上作成する」プログラムの著作物の著作者は、その作成の時における「④契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り」、その法人等、である。本判決では、主に③の「職務上作成する」の充足性について検討している。そして、非常勤講師としての原告の業務は、本件専門学校において講義や実習等の教育指導等を行うという内容であったこと、原告は非常勤講師としての給与とは別に本件システムの開発費用を被告学園から受領していたこと、原告は本件プログラムの作成作業を、自己がレンタル契約したサーバー上で、非常勤講師としての業務時間外に、自宅を作業場として行ったこと、を指摘し、業務内容の点、報酬の点、非常勤講師の業務と本件プログラムの作成行為との場所的・時間的独立性の点、から本件プログラムは、原告が本件専門学校の非常勤講師として、「職務上作成した」とはいえない、と判断した。非常勤で業務に従事する者の著作物であっても直ちに「職務上作成する」に該当しないわけではなく、業務内容、報酬、場所的・時間的独立性を具体的に検討した結果であり、正当な結論と考える。
2.本件プログラムの著作権の譲渡について
本件プログラムが職務著作でないとしても、本件プログラムの著作権の譲渡を受けたと被告は主張していた。しかし、裁判所は、本件プログラムの著作権譲渡契約は締結されておらず、被告学園から原告に支払われた開発費用は、本件プログラムの開発作業に従事した労務の対価であり、著作権の対価を含むものではないから、原告が被告学園に本件プログラムの著作権を譲渡したとは認められないと判断した。原告が元々は本件プログラムの著作権を被告学園に譲渡することを考えていたといっても、具体的な交渉の経緯に照らせば著作権譲渡契約は締結されていないと解される。そうすると、開発費用も著作権譲渡の対価は含まないとの判断は正当と考えられる。
3.本件プログラムの著作権又は著作者人格権の侵害行為について
本件プログラムの複製権、翻案権及び同一性保持権の侵害に関しては、被告学園は、自らは本件プログラムの複製物である被告学園プログラムの所有者であるから、著作権法47条の3第1項によりこれを複製ないし翻案することができるし、著作権法20条2項3号、4号によりこれを使用することができる状態にしたにすぎないから、同一性保持権の侵害にあたらないと主張した。しかし、裁判所は、訴外Bが被告学園プログラムを複製した行為及び被告学園プログラムに加えた改変は、著作権47条の3第1項の「必要と認められる限度」の複製ないし翻案や、著作権法20条2項3号、4号の「必要な改変」ないし「やむを得ないと認められる改変」とも認められないと判断した。原告が訴外Bに本件プログラムを送付した趣旨は、途中から本件プログラムを含む本件システムの開発に関わるようになった訴外Bが本件プログラムを理解するためだったことから、被告学園プログラムに対する複製ないし翻案は、上記の著作権法の各条文の「必要と認められる限度」などを超えているとの判断は、正当と考えられる。
4.時系列から判断すると、本件プログラムは、著作権の所在や著作権譲渡契約などが固まる前に開発が開始されたものと思われる。実務上は、システムのリリース時期との関係で、開発行為そのものが契約よりも先行することは、それほど珍しいことではないかもしれない。しかしながら、著作権の帰属が明らかでない状態での開発は、本判決のように、委託者に著作権が移転していないことによる著作権侵害のリスクがあるため、できる限り早い段階で契約を締結して、対価や帰属の問題を明確にすることが望ましい。
以上
(筆者)弁護士 石橋茂