【東京地方裁判所令和2年12月18日判決(平成29年(ワ)第18010号)】
 
 特許法102条3項所定の実施に対し受けるべき金銭の額の算定方法については、近年、知財高裁特別部令和元年6月7日判決(平成30年(ネ)第10063号、以下「令和元年大合議判決」という。)によって、判断基準が示されたことろである。本稿では、令和元年大合議判決後において、102条3項に基づく損害額の認定を行った東京地方裁判所令和2年12月18日判決(平成29年(ワ)第18010号、以下「本判決」という。)を取り上げる。
なお、令和元年大合議判決が判示した102条3項の判断基準(以下「大合議基準」という。)は、以下のとおりである。

特許発明の実施許諾契約においては、技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で、被許諾者が最低保証額を支払い、当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し、技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には、侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして、上記のような特許法改正の経緯に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
 したがって、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。

 本事案は、発明の名称を「通信回線を用いた情報供給システム」(特許第3701962号、特許第3701963号)とする特許権(以下「本件各特許権」といい、本件各特許権に係る発明を「本件各特許発明」という。)を有する原告が、被告が提供するシステム(以下「被告システム」といい、被告が被告システムを用いて提供するサービスを「被告サービス」という。)が本件各特許権を侵害するとして、差止請求及び損害賠償請求をした事案である。被告システムは、自宅にドア・窓センサー等の各種センサー、スマートロック、IPカメラ等のデバイスを設置し、自宅外からスマートフォンを利用して、これらのデバイスを介して自宅内の状況を確認したり、施錠の確認・操作をしたりできるシステムであり、使用するデバイスはユーザが任意に選択できるようになっている。

「被告は、平成27年2月頃から、インテリジェントホームゲートウェイ及びサーバーと、各種のデバイスのうち利用者が選択したデバイスを組み合わせた情報供給システムを用いて『インテリジェントホーム』と称するサービスを業として提供している(以下、上記の情報供給システムを「被告システム」という。)。利用者が選択できるデバイスには、ドア・窓センサー、広域モーションセンサー、狭域モーションセンサー(以下、これらのセンサーを「各種センサー」と総称することがある。)、スマートロック、スマートライト、家電コントローラー、IPカメラ等があり、被告システムを利用する際は、インテリジェントホームゲートウェイを必ず使用する必要があるが、上記の各デバイスは利用者の選択により、その種類及び数を自由に組み合わせることができる。」

 本件で、裁判所は、被告システムのうち、IPカメラを使用したものについて、本件各特許発明の構成要件を充足するとし、IPカメラ以外のデバイスを使用した被告システムは本件各特許発明の構成要件を充足しないとした。
本判決は、充足論においてこのような判断をした上で、損害額の算定を以下のとおりに行った。なお、本判決の判示部分では、令和元年大合議判決の判示部分は引用されていないが、同大合議判決の判断基準に沿った検討を行ったものと解される。
 本判決は、被告サービスの売上げについて、以下のとおり認定した(閲覧制限の決定により、公開されている判決文から具体的な金額等を知ることはできない。)

ア 基本利用料(月額単価×延べ世帯数)
     ●(省略)●円
    (計算式)
     ●(省略)●円+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)
   イ 機器レンタル料(月額単価×延べ世帯数)
    ① ホームゲートウェイのレンタル料
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●×9(月)
    ② IPカメラのレンタル料
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円+●(省略)●円×9(月)+●(省略)●円×9(月)
   ウ ライセンス料等収入(月額単価×延べ契約数)
    (ア) ケーブルテレビ局からのライセンス料
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円+●(省略)●円×9(月)
    (イ) ケーブルテレビ局からの加入一時金
      ●(省略)●円
    (ウ) 事業者との契約によるライセンス料等
      ●(省略)●円
      (計算式)
      ●(省略)●円+●(省略)●円×9(月)
   エ 被告システムの販売に係る売上げ
    (ア) IPカメラ単体
      ●(省略)●円
    (イ) スターターキットタイプA
      ●(省略)●円

 上記のとおり認定した被告の売上げに関し、裁判所は、被告システムのユーザは同システムに用いられるデバイスの種類・数を選択できること、充足論においてIPカメラを用いた場合のみ本件各発明の構成要件を充足することを指摘し、「特許発明の実施に対して受けるべき金員の算定の基礎となるのは、本件各発明の技術的範囲に属するIPカメラを組み合わせた被告システムの利用者が被告システムについて支払う金員であるといえる。」とした。IPカメラを用いずに被告システムを利用した場合には本件各特許権を侵害することにはならないので、いわば当然の判断といえる。この判断を前提に、本判決は、IPカメラに関する被告システムの売上げについて、以下のとおり認定した(下線部は執筆者が付した。)。なお、下記認定からすると、IPカメラの利用者の割合は30%であったことが推定される。

ア IPカメラに係る基本利用料関係(月額単価×延べ世帯数)
     ●(省略)●円
    (計算式)
     ●(省略)●万●(省略)●円×0.3(IPカメラの利用者の割合)
   イ IPカメラに係る機器レンタル料関係(月額単価×延べ世帯数)
    ① ホームゲートウェイのレンタル料
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円×●(省略)●(IPカメラの利用者の割合)
    ② IPカメラのレンタル料
      ●(省略)●円
   ウ IPカメラに係るライセンス料等収入関係(月額単価×延べ契約数)
    (ア) ケーブルテレビ局からのライセンス料
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円×●(省略)●(IPカメラの利用者の割合)
    (イ) ケーブルテレビ局からの加入一時金
      ●(省略)●万円
     (計算式)
      ●(省略)●円×●(省略)●(IPカメラの利用者の割合)
    (ウ) 事業者との契約によるライセンス料等
      ●(省略)●円
     (計算式)
      ●(省略)●円×●(省略)●(IPカメラの利用者の割合)
   エ IPカメラに係る被告システムの売上げ
    (ア) IPカメラ単体
      ●(省略)●円
    (イ) スターターキットタイプA
      ●(省略)●円

 以上のとおり、被告システムによる売上げを算定した上で、本判決は実施料率について検討を行った。

 ところで、大合議基準の①には「当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、」とある。本件では、本件各特許発明について第三者との間で実施許諾契約は締結されていないため、上記①の「当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率」に相当する料率は存在しない。本判決は、「特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対して受けるべき料率」を検討する前提として、上記事実を認定してから、実施料率の相場の検討に入った。本件では、当該相場を立証する資料として、
・社団法人発明協会「実施料率」第5版(平成15年9月30日)
・株式会社帝国データバンク「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書」(以下「本件報告書」という。https://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/pdf/honpen.pdf
等が証拠提出されている。

 このうち、本件報告書に「電子計算機」の分野のロイヤルティ料率の平均値が33.2%、最頻値が50.0%、中央値が40.0%と記載されていることについて、裁判所は、同報告書に「電子計算機に関してはソフトウェアのロイヤルティ料率が含まれているため、全体的に高いロイヤルティ料率になっているとされている」と記載されていることを指摘し、特許権のみのライセンス料について記載したものではないとした。本判決が認定した料率は閲覧制限のため不明であるが、該当する判示部分は以下のとおりである(下線部は執筆者が付した。)。

「特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率に関係して、上記(1)カのとおり、本件各発明の実際の実施許諾契約は存在せず、被告が本件各特許についての実施許諾契約を締結している企業等はない。そして、業界における実施料の相場については、同キのとおりの証拠がある。なお、本件報告書に『電子計算機』の分野のロイヤルティ料率の平均値が33.2パーセント、最頻値が50.0パーセント、中央値が40.0パーセントと記載されているが(上記(1)キ(ウ))、本件報告書には『電子計算機に関してはソフトウェアのロイヤルティ料率が含まれているため、全体的に高いロイヤルティ料率になっているとされている』(甲60・94頁、乙132)などと記載されていることに照らし、特許権のみのライセンス料について記載したものではないと認められる。
 そして、上記のような実施料の相場に関する証拠、原告が本件各特許について第三者に対する実施の許諾を拒むという方針を採用しているとは認められないところ、原告と実際に本件各特許について実施許諾契約を締結した企業等がないことその他の本件にあらわれた一切の事情を総合的に勘案すれば、本件において、特許権侵害を前提とした特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率としては●(省略)●パーセントをもって相当と認める。
 したがって、本件における特許法102条3項の損害賠償額は、711万8606円(●(省略)●円×●(省略)●)となる。
 また、本件にあらわれた一切の事情に照らせば、本件訴訟における弁護士費用としては100万円をもって相当であると認める。
 したがって、本件の損害額は、811万8606円であると認められる。」

 上記下線部で示したように、裁判所は、認定した相場に加えて、「原告が実際に本件各特許について実施許諾契約を締結した企業等がないこと」という事情を指摘した上で料率を認定しているが、当該事情が料率認定にどのような影響を与えたのかは認定された料率が閲覧できないため不明である(料率を下げる方向に働いたものと推測する。)。

 以上のとおり、本件は、「被告システム」が、ハード機器のレンタル、ハード機器の販売、他事業者と業務提携をして被告システムを提供する場合等、複数のマネタイズ方法で利益を得ている事案であり、本判決は、これらの異なる売上げ態様を整理して102条3項を適用したものである。本判決は、決して画期的な判示を行ったというものではない。ただ、本事案と同種のビジネスを想定した実施料相当額の損害を検討するに当たって参考になる事案と考える。

                                  以上
(筆者)弁護士 藤田達郎