【令和2年9月23日判決(知財高裁 令和2年(行ケ)第10014号)】

【事案の概要】

 本件は、「ふふふ」の平仮名を横書きして成る商標(引用商標)の商標権者である原告が、被告を商標権者とする「富富富」の漢字を横書きして成る商標(本件商標)が引用商標と類似するなどとして商標登録無効審判請求をしたところ、不成立審決がされたことを受けて提起した、同審決の取消訴訟である。

【判決抜粋】(下線部は筆者)

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
(中略)
第3 当裁判所の判断
 1 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
 2 本件商標と引用商標の類否について
  (1) 外観について
  本件商標は、「富富富」の漢字を横書きした構成から成るものであり、引用商標は、「ふふふ」の平仮名を横書きした構成から成るものであって、本件商標と引用商標は、外観において著しく異なっている
  (2) 観念について
  ア 本件商標は、「富」を三つ並べたものであるところ、「富」の文字は、「物が満ちたりること。豊かにすること。とむこと。とみ。」、「集積した財貨」などを意味する(「広辞苑 第六版」株式会社岩波書店2033頁・2414頁)平易な漢字であるから、本件商標は、「三つのとみ(富)」など、豊かであることや財産(及びそれが複数あること)に関連する漠然とした意味合いを想起させるものであるといえる。また、本件商標が「フフフ」と称呼されるときには、下記イの引用商標と同様の特定の態様の「笑い」という観念を生ずることがあるということができる。
  イ 引用商標を構成する平仮名である「ふふふ」の語は、「口を開かずに軽く笑う声」(甲3の1)、「口を閉じ気味にして低く笑うときの笑い声」(甲3の2)、「かすかな笑い声」(甲3の3)、「含み笑いをする声」(甲3の5)など、特定の笑い声を示し、また、「含み笑いをするときなどの様子」(甲3の4)を示すものと認められる。したがって、引用商標は、上記のような特定の態様の「笑い」という観念を生ずることがあるものといえる。
  (3) 称呼について
  本件商標は、「富」の漢字の音読みによると「フフフ」の称呼を、訓読みによると「トミトミトミ」の称呼を生じるといえる。もっとも、「富」の漢字には「フウ」という音読みや「ト」(む)という訓読みもあり(甲13)、本件商標の称呼が、必ずしも上記に限定されるものとはいえない
  他方、引用商標が、「フフフ」の称呼を生ずることは、明らかである。
  (4) 検討
  上記(1)~(3)によると、本件商標と引用商標は、外観において著しく異なっており、また、称呼や観念を共通にする場合があるものの、それは、本件商標を「フフフ」と称呼した限られた場合のみである。そして、上記のような差異があるにもかかわらず、本件商標と引用商標が類似しているものと認めるべき取引の実情その他の事情は認められない
  したがって、本件商標は、引用商標と類似するものとは認められない。
 3 原告の主張について
  (1) 原告は、本件商標と引用商標からいずれも「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずる旨主張するが、以下のとおり、この主張を採用することはできない。
  ア 「ふふふ」の語について
  原告は、人が食品を食べたときに軽く笑うのは、その食品に「おいしさ」や「満足感」を感じたときであるということを、誰もが容易に想像できるから、食品分野においては、「ふふふ」の語が、「おいしさ」や「満足感」に関する観念をも生ずると主張する。
  しかし、食品分野において、「ふふふ」の語が、特定の態様の笑い声や笑う様子といった観念を生ずることを前提として、食品について「おいしさ」といった肯定的な評価を示す直接的な表現として用いられている例(「食卓にふふふな時間を」(甲4の5)、「ふふふ~なオヤツ」(甲4の7)、「ふふふなモノたち」(甲4の8)、「ふふふなレアチーズ」(甲4の9)、「ふふふな食べ比べ」(甲4の10)といった用例)があることは認められるものの、それを超えて、「ふふふ」の語が、食品について、「おいしさ」や「満足感」を示すものとして一般的に用いられているものというべき事情を認めるに足りる証拠はない。「ふふふ」の語が、食品について、必ずしも「おいしさ」や「満足感」に関する観念を示すものと直ちに認められない形で用いられている例(甲28~33、36、37、42、43、45)や、一定の態様の「笑い声」や「笑う様子」を示すものとして用いられているにとどまるというべき例(甲4の1~4・11、甲12の2・4・11)も認められるところである。この点、原告が証拠として提出する辞典(甲3の4・5)においても、「ふふふ」の語については、「いたずらっぽく、少々ふざけて、含み笑いをする時などの様子」(甲3の4)を示すものとされたり、「いたずらっぽい笑い、または不敵な笑いを示すことが多い。」(甲3の5)とされたりしているのであって、一般的に、必ずしも常に肯定的な意味合いを示すものとはみられない
  上記のように、食品分野においては、「ふふふ」の語が肯定的な意味合いで用いられることが相応にあるということは認められるものの、それを超えて、「おいしさ」や「満足感」に関する観念が一般的に生ずるとまでいうことはできない
  イ 本件商標から生ずる観念について
  (ア) 原告は、本件商標の使用態様(甲5の2・3、甲6の1~4、甲7~9、甲10の1・2、甲11の1・2)や被告が策定したマニュアルの記載(甲16)から、本件商標が「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずるものであることを被告が自認している旨を主張する。
  しかし、食品分野において、「ふふふ」の語が「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずるという一般的な事情が認められないことは、上記アのとおりである。証拠(甲5の2・3、甲6の1~4、甲7~9、甲10の1・2、甲11の1・2)から認められる本件商標の使用態様や被告の「富富富デザインマニュアル」(甲16)の記載を考慮しても、被告が本件商標に係る「フフフ」という称呼を、そこから生ずる特定の態様の「笑い」という観念を積極的な評価と結びつける形で用いることを超えて、本件商標から「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずるような形で用いているとは認められない
  (イ) 原告は、本件商標に接した需要者の認識についても主張するが、証拠(甲11の2、甲12の1~11)から認めることができる事実は、本件商標が「フフフ」の称呼を生ずることがあることと、「フフフ」の称呼を生じた場合には、本件商標が特定の態様の「笑い」という観念を生じることがあることの各事実にとどまり、本件商標から「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずると認めることはできない
  ウ 引用商標から生ずる観念について
  原告は、引用商標が「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずる旨を主張するが、食品分野において、「ふふふ」の語が「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずるという一般的な事情が認められないことは、上記アのとおりである。原告が指摘する原告のカタログの記載(甲15)についても、あくまで「ふふふ」の語を笑い声や笑う様子を示すものとして用いるものにすぎないということができ、引用商標から上記観念が生ずることを上記記載が裏付けるものとはいえない。
  エ したがって、本件商標と引用商標とからいずれも「おいしさ」や「満足感」に関する観念が生ずるとの原告の主張を採用することはできない
  (2) 原告は、本件商標は、引用商標に富山県の「富」で当て字をしたものにすぎないと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。原告の主張は、引用商標と一般的な擬音語・擬態語である「ふふふ」の語を同一視するものであって相当でない。一般的な擬音語・擬態語である「ふふふ」の語が有する意味を踏まえて被告がそのような称呼を有する商標を登録することが、引用商標が存することで直ちに妨げられるものではない
  また、本件商標と引用商標が「平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標」(商標法38条5項括弧書き)に当たらないことも明らかである。
  (3) 原告は、需要者は、本件商標と引用商標を同一のものと認識していると主張し、事例(甲11の2、甲12の2・5・7~9)を指摘するが、これらの事例は、本件商標が「フフフ」という称呼又は笑い声や笑う様子と結びつけられていることを示すものにとどまり、本件商標と引用商標とが同一のものであるのと誤認等がされた事実があることを示すものではなく、需要者が本件商標と引用商標を同一のものと認識していると認めることはできない
  (4) よって、原告の主張は、いずれも本件商標と引用商標とが類似しないとの上記2の判断を左右するものではない。
 4 結論
  以上によると、本件商標が商標法4条1項11号に該当しないとした本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は認められない。
第4 結論
  以上の次第で、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件の争点は、本件商標「富富富」と引用商標「ふふふ」の類似性(商標法4条1項11号)の有無である。裁判所は、昭和39年最高裁判決の、外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である、との規範を用いた。そして、本件商標と引用商標は、外観において著しく異なり、本件商標を「フフフ」と称呼した限られた場合にのみ証拠や観念を共通にすることがあると判断した。そして、取引の実情を見ても、本件商標と引用商標が類似していると認められないので、結論として本件商標と引用商標は類似するとは認められないと判断した。
本件商標と引用商標は、外観は大きく異なり、本件商標の称呼としていくつか可能性がある中で、「フフフ」という限られた場合にのみ称呼や観念を共通にする、という点から非類似とした裁判所の判断は正当であるといえる。
 本件商標と引用商標が類似していないと判断したうえで、裁判所は原告の主張に対して詳細な検討を行っている。原告は、食品分野において「ふふふ」の語が「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生じること、及び本件商標も引用商標も「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生じるために、本件商標と引用商標は観念において共通すると主張している。しかし、裁判所は、「ふふふ」の語が、肯定的な意味合いで用いられることを超えて、「おいしさ」や「満足感」に関する観念が一般的に生ずるとまではいえないとし、また、本件商標と引用商標に関しても「おいしさ」や「満足感」に関する観念を生ずるとはいえない、としている。また、商標法38条5項括弧書きの社会通念上同一の商標として例示されている「平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標」に当たらないことも「明らか」とされている。これらの判断も正当なものといえる。
 本件は、漢字の表示のうち特定の読み方によって同一の称呼となる漢字と平仮名の商標の類似性の判断という点で参考になると考え、紹介させていただいた。

以上
(筆者) 弁護士 石橋茂