【令和3年12月24日(東京地裁 令和2年(ワ)19840号)】

【キーワード】

著作権法、著作物性、美術の著作物、ロゴマークの著作物性、標章の著作物性、文字、書体

【事案の概要】

原告は、商業施設、文化施設等の企画、設計、監理及び施工、陳列用器具・家具の設計、製造、販売及び賃貸などを目的とする株式会社である。対する被告は食料品、健康食品等の企画、製造及び販売、化粧品、美容用品、美容機器等の企画、製造および販売などを目的とする株式会社である。

本件は、原告は被告に対し、①被告が、被告商品などに被告標章1ないし3を付与していることが、原告標章に対する原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして、著作権法112条に基づき、その妨害排除と妨害予防を求めるほか、②被告が不正の目的をもって、原告と同一の称号を使用しているとして、会社法8条2項に基づき、被告商号の仕様の差止と抹消手続を求めるとともに、③被告が、原告の特定商品等表示に類似する被告ドメイン名を使用等していることが不正競争防止法2条1項19号に規定する不正競争に該当するとして、同法3条1項に基づき、その使用の差止を求めた事案である。

原告標章
被告標章1被告標章2被告標章3
 

【争点】

⑴ 原告標章の著作物性の有無

⑵ 被告標章1の依拠性の有無

⑶ 被告標章3による著作者人格権侵害の有無

⑷ 会社法8条1項の「不正の目的」の有無

⑸ 会社法8条2項の「侵害されるおそれ」の有無

⑹ 被告ドメイン名による不正競争行為の有無

  • なお、本稿では⑴の争点に絞って検討の対象とする。

【判決(一部抜粋)】

※以下、下線は筆者による。

第1・第2・第3 省略

第4 当裁判所の判断

1 争点1(原告標章の著作物性の有無)について
(1) 著作物性について
 著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。そして、商品又は営業を表示するものとして文字から構成される標章は、本来的には商品又は営業の出所を文字情報で表示するなど実用目的で使用されるものであるから、それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り、美術の範囲に属する著作物には該当しないと解するのが相当である
 これを本件についてみると、別紙1及び4の記載によれば、原告標章は、一般的なセリフフォントを使用して、大きな文字で原告の商号をローマ字で表記した「ANOWA」の語を「ANO」及び「WA」の上下2行に分け、「A」の右下と「N」の左下のセリフ部分が接続し「W」の中央部分が交差するよう配置した上、その行間(文字高さの3分の1)には、小さな文字で、英単語「SPACE」(空間)、「DESIGN」(デザイン)、「PROJECT」(プロジェクト)の3語を1行に配置し、その全体を9対7の横長の範囲に収めたロゴタイプであると認めることができる。
 上記認定事実によれば、原告標章は、文字配置の特徴等を十分考慮しても、欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず、原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて、これらを特定の縦横比に配置したものにすぎないことが認められる。そうすると、原告標章は、出所を表示するという実用目的で使用される域を出ないというべきであり、それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情を認めることはできない。
 したがって、原告標章は、著作権法2条1項1号にいう美術の範囲に属する著作物に該当するものとは認められない。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 原告は、実用品に使用されるデザインであっても、不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」として保護される場合との均衡を考えた保護を与えるべきであると主張する。しかしながら、不正競争防止法は、事業者間の公正な競争などを確保し、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするのに対し、著作権法は、文化的所産の公正な利用に留意しつつ、文化の発展に寄与することを目的とするものであって、不正競争防止法と著作権法とは、その趣旨、目的を異にするものである。そうすると、不正競争防止法との均衡を考慮すべき旨の原告の主張は、著作権法の趣旨、目的を正解するものとはいえず、前記判断を左右するに至らない。
イ 原告は、原告標章の「ANOWA」というアルファベット5文字を選定したことに創作性があると主張する。しかしながら、「ANOWA」は、原告の商号のローマ字表記であり、我が国では営業表示をローマ字で記載することは一般的に行われているのであるから、原告の主張は、文字の組合せのアイデアを保護すべきことをいうものに帰し、著作権法で保護されるべき法益をいうものとはいえない。
ウ 原告は、原告標章には、多様に選択し得る文字の配列や文字の比率の中から、安定感がある配置が採用されているなどと主張する。しかしながら、原告標章に採用された単語の配置や文字の比率によって、一定の安定感が生じているとしても、その安定感は、ロゴタイプという実用目的に資するのを超えて、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
エ 原告は、原告標章の文字の配置や比率によって、「ANOWA」の部分が強調され、原告の事業がアピールされるとともに、均整のある美観を生じさせていると主張する。しかしながら、原告標章から原告の商号や事業がアピールされたとしても、標章としての実用目的に資するにすぎず、文字の配置や比率も、ロゴタイプのデザインとしては、ありふれたものといえるから、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
オ 原告は、原告標章がV字型(逆三角形)の下方をカットしたような構図を採用することにより、躍動感を感じさせる美観を生じさせているなどと主張する。しかしながら、原告が指摘する構図は、「ANOWA」の文字を2行に分け、中央寄せした配置とする場合に自然に生じるものにすぎず、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
カ そのほかに、原告提出に係る準備書面を改めて検討しても、原告の主張は、上記にいう美的創作性の該当性につき独自の見解に立って主張するものにすぎず、いずれも採用することができない。
 そうすると、その余の点(争点2及び3)について判断するまでもなく、原告の請求のうち、著作権侵害及び著作者人格権侵害に係る部分は、いずれも理由がない。

【考察】

1.関連裁判例

 本件と同じく標章、すなわちロゴマークの著作物性について判断した裁判例として、東京高判平成8年1月25日知的財産権関係民事・行政裁判例集28巻1号1頁(以下平成8年判決)が著名である。平成8年判決はロゴマークの著作物性について以下のように判示し、結論として問題となったロゴマークの著作物性を否定している。

「…言語を表記するのに用いる符号である文字は、他の文字と区別される特徴的な字体をそれぞれ有しているが、書体は、この字体を基礎として一定の様式、特徴等により形成された文字の表現形態である。いわゆるデザイン書体も文字の字体を基礎として、これにデザインを施したものであるところ、文字は万人共有の文化的財産ともいうべきものであり、また、本来的には情報伝達という実用的機能を有するものであるから、文字の字体を基礎として含むデザイン書体の表現形態に著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難であると考えられる。仮に、デザイン書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、それは、当該書体のデザイン的要素が『美術』の著作物と同視し得るような美的創作性を感得できる場合に限られることは当然である。」

 対する本件の判示は「それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り、美術の範囲に属する著作物には該当しない」というものである。語句に若干の相違は見られるが、美術の著作物の該当性は一般に「それ自体が独立して美術鑑賞の対象となりうるか」という基準で判断されているから、両判示は実質的に同様の規範を示すものと言って良い。

2.印刷用書体とロゴマークの相違

 もっとも、平成12年判決の規範が本件にそのまま利用できるかと言えばそうではない。現に、同判決は、印刷用書体について著作物性が肯定されるには「それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である」と判示しているが、本件ではこの下線を引いた部分の判示は用いられていない。これは、ロゴマークと印刷用書体の性質上の違いに根拠があると考える。

 印刷用書体とロゴマークは、文字を改変して創作されたという点では同じ性質を有するが、平成12年判決では、①印刷用書体は小説や論文等の印刷物に使用されることが想定され、こうした書体に著作権を認めると、使用の際書体の創作者の許諾が必要になり権利関係が複雑化するほか、創作者の氏名を表示する必要が生じるといった、不合理な状況が発生する、②既存の印刷用書体に依拠して類似の字体を考案したり、文字の形を改良したりすることができなくなるのは、著作物の公正な利用を図り、文化の発展に寄与しようとする著作権法の趣旨に反する、といった印刷用書体に特有の特徴が示されている。ロゴマークが小説や論文等に使用されることはほとんどないし、既存のロゴマークに依拠して類似のロゴマークを創作することを禁止してもさして問題があるとは考えがたいだろう。

 したがって、ロゴマークについては印刷用書体とは異なり、本件で明示されたとおり、「独立して美術鑑賞の対象になりうる」ものと言えれば、他に特別な要件を満たさなくとも著作物性を肯定できるものと考えられる。

3.検討

 文字を利用した著作物として典型的なものに、掛物に代表される「書」が挙げられる。これを踏まえて日本酒のラベルを想起されたい。もちろん銘柄にもよるが、これらのロゴマークは筆で書かれたもの多く、「書」としての美的価値が認められるものも少なくないと思われる。したがって、これらの中には独立して美的鑑賞の対象になりうるものも含まれると考えられ、そうである場合、そのようなロゴマークは著作物として保護し、本件のような既存の書体を用いたロゴマークは保護しないという差が生じることになる。しかし、果たしてこのような帰結は妥当と言えるだろうか。当該設例について、「書」のロゴマークについても著作権法上の保護を否定できないか、若干の検討を加えてみる。

⑴ロゴマークの特殊性

 そこで、まずはロゴマークに特有の性質から、「書」のロゴマークについて著作物性を否定できないか。

 まず一つ目として、ロゴマークの保護については商標法という法律が存在し、著作権法と商標法の保護範囲を画するため、ロゴマークについて著作権法上の保護は認めないという方針が考えられる。このような構成は、応用美術の著作物性の要件を検討する上で、意匠法による保護と重なることを指摘した神戸地姫路支判昭和54年7月9日無体裁集11巻2号371頁等の理由付けに似ている。もっとも、上記裁判例において、上記の指摘は応用美術の著作物性の要件として「純粋美術に該当すると認めうる高度の美的表現を具有している」ことを導くためにされたものと考えられ、検討の対象となる創作物が「書」として高度の美的表現を有することが前提である上記の設例とは問題状況を異にする。また、商標法第29条は、「商標権者、専用使用権者又は通常使用権者は、指定商品又は指定役務についての登録商標の使用がその使用の態様により…その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権若しくは著作隣接権と抵触するときは、指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない」と規定しており、商標とは一定の要件を満たす標章のことであるところ(商標法第2条1項)、この規定はロゴマーク等の標章に著作権が生じる場合があることを前提としたものということができる。したがって、ロゴマークは商標法の保護の対象になりうるため著作物に該当しない、と考えることは難しそうである。

 次に、ロゴマークは商品や役務に関連して用いられることが多く、頻繁に人の目に触れるものであることから、独立して美術鑑賞の対象となるというためのハードルが高くなる、という根拠づけが考えられる。しかしこれも、上記商標法第29条の規定とは整合しがたいように思えるし、創作物が創作された後の事情を著作物性の判断に利用している点で、果たしてそのような考慮が許されるのか、疑問が残る。

⑵「書」の特殊性

 「書」の著作物について複製権侵害の成否を扱った東京高判平成14年2月18日判時1786号136頁(以下平成14年判決)は概ね以下のように判示し、複製権侵害を否定した。

 すなわち、「書」の著作物性は文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い等にあり、逆に文字であるという特性上、字体や書体そのものにはない。したがって、それが複製されたというためには、単に字体や書体が再現されているにとどまらず、上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現がされている必要がある。上記裁判例で問題になった複製品は、現物の概ね50分の1程度の大きさに縮小されており、炭の濃淡や潤渇等の表現形式までが再現されているとは言えないから、上記美的要素を直接感得できる程度に再現されているとは認められず、現物の「書」に係る複製権を侵害するものとは言えない。

 平成14年判決は複製権侵害について判断したものであるが、判示した内容は他の著作権侵害にも妥当する。なぜなら、著作権侵害を論じる上では類似性が要件であり、それが肯定されるには創作的表現、すなわち上記に言う著作物性が被疑侵害物に認められる必要があるためである。

 「書」がロゴマークとして複製等される場合、ほとんどがプリンター等で印刷されると考えられる。この場合、平成14年判決で述べられたような「書」の著作物性の一部は維持されなくなると言え、その点の著作権侵害は否定されうる。したがって、「書」のロゴマークについては著作物性を認めつつも、実際のところ著作権法上の保護は受けないという状況が生じ、文字のロゴとの差異はかなり縮まると言える。類似性自体が否定されることから、この点は著作者人格権の侵害について考える場合でも同様である。

 しかしこのような構成にも疑問は残る。すなわち、上記で述べられた「書」の著作物性の中には、文字の形の独創性、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、筆の勢い等、印刷した場合でも残りうるものが含まれている。平成14年判例で問題となった複製物は、既に指摘したとおり現物である「書」の50分の1まで縮小されたものであり、その著作物性が維持されていないと言いやすい事例であったと言えるが、プリンター等で複製等された場合に、その著作物性がいずれも維持されていないと判断できる保証はない。

⑶まとめ

  以上から、「書」を利用したロゴマークについて著作権法上の保護を否定することにはやはり障害があるように思われる。

以上

弁護士 稲垣 紀穂