【知財高裁令和2年9月24日(令2(行ウ)第10001号・特許料納付書却下処分取消請求控訴事件)】

【キーワード】
特許法112条,特許法112条の2,正当な理由,特許料納付

事案の概要

 控訴人(原審・原告)は,清掃機器等のメーカーであり,3件の特許権(以下,あわせて「本件各特許権」という)を保有していた。控訴人は,平成20年7月から,本件各特許権を含めた控訴人の保有する特許権の管理について,X特許事務所(以下「本件特許事務所」という)から,株式会社デンネマイヤー・ジャパン(以下「デンネマイヤー」という)に移管することを決定した。
 しかしながら,移管後に成立した本件各特許権の特許料納付の管理について,本件特許事務所は,登録時の3年分の登録料を納付した後はデンネマイヤーに管理が移管されると認識していた一方,控訴人は,本件特許事務所が継続して管理するものと考えていた。
 そのため,本件各特許権の第4年分の各特許料及び割増特許料を所定の期限の到来前に注意喚起等がなされず,控訴人は,当該期限までに納付できず,かつ,特許法112条1項により追納することができる期間中にも納付することができなかった。
 控訴人は,特許法112条の2による特許権の回復を求めて,特許庁長官に対し,同条1項に基づいて本件各特許権の第4年分及び第5年分の各特許料及び割増特許料を納付する旨の各納付書(以下「本件各納付書」という。)を提出したものの,特許庁長官は,本件各納付書に係る手続について,いずれも,追納期間内に特許料等を納付することができなかったことについて同法112条の2第1項の「正当な理由」があるとはいえず,本件各特許権は消滅しているため,特許料の納付は認められないとして,それぞれ却下する旨の処分(以下「本件各処分」という。)を行った。
 控訴人は,本件各処分の取消を求めて訴訟を提起したが,原審では,「正当な理由」があるとはいえないとして請求が棄却されたため,控訴人がこれを控訴した。

控訴人の主張

 控訴人は,特許法112条の2が定められることとなった平成23年の特許法改正の趣旨や特許法条約(以下「PLT」という)との関係上,「正当な理由」は緩やかに解されるべきとする主張(以下,判決において「補充主張⑴ないし⑶」とされている主張)の他に,特許権者がその置かれた状況下における然るべき注意を払っていれば,「正当な理由」があると認められるべきであり,この判断においては,特許料等の支払が遅滞した原因となった行為だけではなく,特許権者の会社規模やその能力,日常における管理体制等が問題とされるものであり,また,偶発的な誤りがあったとしても,特許権者は救済されるべきであると主張(以下,判決において「補充主張⑷および⑸」とされている主張)した。(なお,判決中の「A」は控訴人において特許管理室の室長である。)

争点

・特許法112条の2第1項の「正当な理由」が認められるか

判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1・第2 省略
第3 当裁判所の判断
1 省略
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 補充主張(1)ないし(3)について
・・特許法112条の2第1項の改正の経緯や趣旨等を考慮すると,同条項にいう「正当な理由があるとき」とは,原特許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいうものと解するのが相当であり,このように解したとしても,平成23年改正前よりも厳しい要件となるとか,PLTの規定に反するなどということはできない。・・
(2) 補充主張(4)及び(5)について
ア 控訴人は,控訴人の規模や実際の管理体制等を考慮すると,控訴人は中小企業として然るべき管理体制を備えていたものであり,また,Aも担当者として然るべき注意を払っていたものであるから,控訴人には特許法112条の2第1項の「正当な理由」がある旨主張する。
イ まず,Aの対応について検討する。
 平成20年6月頃に行われた控訴人保有の特許権等の管理業務をデンネマイヤーに移管する手続(以下「本件移管手続」という。)においては,・・・管理主体が不明な特許権等が発生する危険性があった上,現に,本件移管手続が行われた後間もなく,本件特許事務所から控訴人に対して,移管後成立権利の管理をすべきか否かについて問い合わせがされたというのであるから・・・,Aは,速やかに,控訴人内において移管後成立権利の取扱いに関する方針を検討した上で,その結果を本件特許事務所及びデンネマイヤーに伝え,三者の間で移管後成立権利の取扱いを明確に取り決めるなどの措置を採る必要があったというべきである。
 しかしながら,Aは,上記問い合わせに対して「少し待ってください。」などと答えたのみで,その後も明確な返答等をしなかったものである上,本件各特許権が消滅していることが判明した平成27年10月頃に至るまで,移管後成立権利の取扱いについて控訴人内で方針を検討したり,本件特許事務所又はデンネマイヤーに対して問い合わせをしたりしたことはなかったものである・・・。
 そうすると,Aは,移管後成立権利の管理主体が不明となる危険性が高い状況にあった上,自らの「少し待ってください。」という発言により,事態を更にあいまいな状況にしていたにもかかわらず,長期間にわたって何らの検討や確認等の作業もしないまま,本件特許事務所が移管後成立権利を管理するものと軽信していたものであり,その結果として,本件各特許権の管理主体が不明となり,控訴人が追納期間内に第4年分の特許料等を納付することができないという事態が発生したものといわざるを得ない。また,上記の検討や確認等の作業は,控訴人内において方針を検討し,その結果を本件特許事務所及びデンネマイヤーに伝えるなど,いずれも容易にすることができるものであったというべきであり,Aがこれらの措置を採ることが困難であったとの事情も見当たらない
 以上の各事情を考慮すると,控訴人が追納期間内に本件各特許権の第4年分の特許料等を納付することができなかったことについて,Aが担当者として然るべき注意を払っていたものとはとうてい評価することはできない
ウ 次に,控訴人の対応について検討する。
 控訴人は,その保有する特許権等を管理するための部署として特許管理室を設置し,全国発明者協会から特許管理者の認定を受けているA外1名を,それぞれ管理室長及び管理室員として配置していたものであり・・・,日常的な特許権等の管理に関し,一定の体制を整えていたものということができる。
 しかしながら,本件移管手続は,当時控訴人が保有していた特許権等のほぼ全てについて管理業務を移管するという大掛かりなものであり,それだけミスが生じやすかった状況にあったことからすれば・・・,通常時とは異なる対応がされるべき状況にあったということができるところ,本件移管手続を実施するに当たって,控訴人が,特許管理室の体制を強化したり,特許管理室による手続の実施を援助する仕組みを構築したりするなど,手続の適切な実施を担保するための特別な措置を採った形跡は見当たらないことからすれば,控訴人において,本件移管手続の実施に関して十分な措置が講じられていたものとはいい難いというべきである。そうすると,上記イのとおり,本件移管手続及びその後のAによる対応の結果として,控訴人が追納期間内に本件各特許権の第4年分の特許料等を納付することができないという事態が発生したことを,控訴人が相応の管理体制を整えていた中で生じた偶発的なミスにすぎないということはできない
 以上の各事情を考慮すると,控訴人が追納期間内に本件各特許権の第4年分の特許料等を納付することができなかったことについて,控訴人が然るべき管理体制を備えていたものと評価することはできない
エ したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
オ なお,控訴人は,中小企業である控訴人が採り得る措置には限度がある旨も主張する。
 しかしながら,控訴人が主張するところによっても,控訴人は,資本金約5億8000万円,従業員約400名,年間売上高約150億円の株式会社であり,また,本件移管手続においては,100件ないし200件程度の特許権等の管理業務が移管されたことからすれば・・・,控訴人は,一定以上の規模の法人であり,少数とはいえない特許権等を保有する法人であるということができる。
 そうすると,控訴人は,これに見合う程度の管理体制を整えるべきであって,少なくとも,特許権等の管理に係る控訴人の責任を通常よりも軽減すべき事情は存しないというべきである。
  したがって,控訴人の規模等を考慮しても,上記の結論が左右されるものではない。
・・・(以下省略)・・・

検討

1.特許法112条の2第1項「正当な理由」
 特許権は,特許査定がなされただけでは発生せず,特許料の納付により,特許権の設定の登録があり発生するものである(特許法第66条1項,2項)。そのため,特許料の納付がない場合,特許権は発生せず,また,発生後に特許料の納付がない場合は消滅する(特許法第112条4項~6項)。
 このように特許料の納付という手続きは,非常に重要な意味を有している。
 としても,何らかの事情によりやむを得ず,期限内に特許料の納付の手続きを行えないという場合も考えられる。そのような場合でも,一律に特許は消滅するとすると,特許出願人または特許権者にとって,不利益となるため,特許法112条の2第1項では,「正当な理由」がある場合,経済産業省令で定める期間内(原則として「正当な理由がなくなった日から二月」,特許法施行規則第69条の2第1項)での特許料の追納を認めている。
 特許法112条の2第1項の「正当な理由」とは具体的にどんな理由をさすのか,という点について,知財高裁令和元年6月17日では,「特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」の意義を解するに当たっては,①特許権者は,自己責任の下で,追納期間内に特許料等を納付することが求められること,②追納期間経過後も,消滅後の当該特許権が回復したものとみなされたか否かについて,第三者に過大な監視負担を負わせることになることを考慮する必要」があるとし,「特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」があるときとは,原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいうものと解するのが相当である」と判示している。

2.本件
 本件では,上記知財高裁判決と異なり,企業における特許管理に関する事案であるが,上記知財高裁判決と同じ規範を適用し,担当者と企業のそれぞれの行為から「正当な理由」が認められるかを判断している。
 本件では,結論として,「正当な理由」は認められないと判断されているが,「正当な理由」の判断において,特許権者の会社規模やその能力,日常における管理体制等を考慮することは否定しておらず,むしろ,当該考慮要素を踏まえて,「正当な理由」が認められるかを判断している。そのため,企業における特許管理に関して,特許法112条の2第1項の「正当な理由」を検討する際には,これらの事項も踏まえて検討を行うことが良いと考える。
 企業では,時に数多くの特許権を保有することがあり,各特許権の期限管理について,個人の場合よりもその対応が難しいといえる。各企業は,期限管理を特許事務所や外部の企業へ委託したり,特許室などの専門部門にて専門的に管理を行わせるなどの体制を整えたりするなど,様々に工夫しているが,本件のように,何らかのミスにより,特許料の納付を期限内に行うことができなかったという事態が生じることはありえるだろう。もちろん,そのような事態を未然に防ぐことが一番だが,やむを得ずに生じてしまった場合,本件での判断を参考にして,自社に「正当な理由」が認められるかを検討し,特許法112条の2による特許権の回復をはかることを検討してみることを推奨する。

3 新型コロナウイルス感染症により影響を受けた場合,「正当な理由」に該当するか
 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い,社会には様々な影響が生じている。特許に関する手続きにおいても,やむを得ず,期限内に手続きを行うことができないという事態が生じていることと考える。
 特許庁では,下記のWebサイトにて,新型コロナウイルス感染症により影響を受けた手続きへの特許法112条の2等による救済について,案内を行っている。
 https://www.jpo.go.jp/news/koho/saigai/covid19_tetsuzuki_kyusai.html
 事例として「出願人、代理人等が新型コロナウイルス感染症に罹患し、手続を行えなかった場合」や「新型コロナウイルス感染症の罹患者の発生等で、出願人、代理人等のオフィスが閉鎖され、手続を行えなかった場合」などが記載されており,「正当な理由」等の判断基準について「新型コロナウイルス感染症のまん延の影響を受けたとは考えにくい場合等を除き、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた旨が記載されている場合は、当面の間、救済を認めることとします。」とされていることから,比較的広い範囲で特許法112条の2等による救済が行われるように考えられる。
 新型コロナウイルス感染症に関連して手続きが遅滞してしまった場合でも,あきらめずに,上記の案内にのっとって手続をおこない,救済を求めることが良いと考える。もし具体的な事情に疑問があり,救済されるのか懸念がある場合は,早めに専門家へ相談することをお勧めする。

以上
(筆者)弁護士 市橋景子