【令和2年9月17日判決(大阪地裁 令和元年(ワ)8916号)】

【事案の概要】

 本件は、別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい、本件商標権に係る商標を「本件商標」という。)を有する原告が、被告に対し、別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告標章」という。)を付した歯科技工用切削、研磨用品を製造・販売等し、また、被告の商品についてインターネット上の広告又は商品説明画面において被告標章を付して提供する行為が本件商標権の侵害に当たるとして、商標法36条1項、2項、37条1号に基づき、歯科技工用切削、研磨用品等の医療用機械器具に被告標章を付すこと及び被告標章を付した医療用機械器具の販売等の差止め、並びに同商品の廃棄を求めるとともに、同法38条2項、民法709条に基づく損害賠償として、2200万円及びこれに対する令和元年10月30日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【判決文抜粋】(下線は筆者)

主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求の趣旨
 1 被告は、医療用機械器具に別紙被告標章目録記載の標章を付し、または同標章を付した医療用機械器具を販売し、もしくは販売のために展示してはならない。
 2 被告は、別紙被告標章目録記載の標章を付した医療用機械器具を廃棄せよ。
 3 被告は、原告に対し、2200万円及びこれに対する令和元年10月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
(中略)
 1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
  (1) 当事者
  原告は、医療用品の輸入及び販売、歯科技工、歯科補綴物の製造、販売等を目的とする株式会社である。
  被告は、歯科用、動物用を含む医療機器全般の輸出入及び売買並びに修理及び保守点検等を目的とする株式会社である。
  (2) 原告の登録商標(甲1、4)
  原告は、本件商標の登録商標権者である。本件商標の出願日、登録日、指定商品等は、別紙商標権目録各記載のとおりである。
  (3) 原告の商品
  原告は、平成27年3月から、商品名を、「歯科技工用カーバイド切削器具 ハーディアロイバー」とする歯科技工用切削、研磨用品(以下「原告商品」という。)を輸入及び販売し、そのパンフレットやウェブサイト(甲3、乙9の2)には、「ジルコニアバー」と表示している。
  (4) 被告の行為等
  被告は、歯科技工用切削、研磨用品を自らのウェブサイトにおいて販売しており、少なくとも平成30年10月末の時点では、販売する商品の分類名又は販売名として、被告標章を同ウェブサイトに表示していた(甲2、被告標章により分類又は販売される被告の商品を以下「被告商品」という。)。
  原告は、同月3日付けの通知書(乙1)により、被告に対し、被告のウェブサイトにおいて被告標章を表示する行為が本件商標権の侵害に当たる旨を通知し、被告は、同月25日付けの回答書(乙3)により、原告に対し、同年11月上旬を目途に被告商品の名称変更を行い、被告標章を使用して被告商品の販売を行わない旨を通知した。
 2 争点
  (1) 被告標章の使用、本件商標及び指定商品との対比
  (2) 被告標章は、商標権の効力が及ばない範囲の表示と認められるか。
  ア 商品の普通名称、原材料、形状等を普通に用いられる方法で表示する商標と認められるか(商標法26条1項2号)。
  イ 需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用(商標的使用)されていない商標と認められるか(商標法26条1項6号)。
  (3) 本件商標は、商標無効の審判により無効とされるべきものと認められるか(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
  ア 商標法3条1項1号の無効事由(普通名称)があるか。
  イ 商標法3条1項3号の無効事由(記述的表示)があるか。
  (4) 本件商標権の行使は、権利の濫用に当たるか。
  (5) 差止の必要性
  (6) 損害の発生及びその額

第3 争点に関する当事者の主張
(中略)

第4 当裁判所の判断
 1 認定事実(前提事実及び後掲各証拠又は弁論の全趣旨から認定できる事実)
  (1) 歯科技工用切削・研磨器具について
  ア 全体の構成及び機能(甲2、5、7、17、乙9の1、2、乙10の1、2、乙12ないし18)
  原告商品及び被告商品は、「ハンドピース」と呼ばれる器具(手に持って使用する部分で、小型モーターを内蔵しており先端が高速回転する。)の先端部分に差し込んで使用される部品(以下「先端部品」という。)であり、これが高速で回転することによって、歯や技工物(金属、陶材、レジン、石膏、セラミックス、樹脂、二酸化ジルコニウム等を素材とする。)を切削、研磨することができる。
  ハンドピースの装着部及び先端部品の大きさや形状には一定の規格があり、その規格に沿った商品であれば概ね適合性があるようになっているため、使用者は、切削、研磨の対象物の材質や特性に応じてハンドピースと先端部品の組み合わせを使い分けることとなる。規格には、大きく分けて、歯科技工士が歯の模型等の技工物を削って形成する際に利用する器具の規格(「HP」)と、歯科医が患者の治療の際に口腔内に入れて歯を削るなどする器具の規格(「FG」)とがあり、原告商品及び被告商品は、いずれもHPの規格に適合するものである。
  イ 先端部品の素材、形状等(甲5ないし8、14ないし17、乙9ないし18)
  先端部品には、研磨剤として、ダイヤモンド、二酸化ジルコニウム、タングステン等の粒子が固着されている。取引者、需要者は、この研磨剤の素材を先端部品全体の素材、材質と捉えるのが通常であり、先端部品の商品説明等には、研磨剤の素材に応じて、「ジルコニア製」(甲3、8、16、乙10の1、2、乙11の2、8)、「材質 ジルコニア」(甲5、7)、「ダイヤモンドを使用」、「タングステンを使用」(乙9の1)などと記載される。
  また、先端部品の根元部分は、ハンドピースの先端に差し込むために細い棒状となっており、反対側の先の部分(「ヘッド部分」とも言われる、研磨剤が使われ対象物と接する部分。)は、切削、研磨する部位や対象物、用途に合わせて、先の尖った円錐状、円柱状、ボール球状、原告商品や被告商品のような中心が膨らんだ砲弾状等、様々な形状をしている。
  美容目的のネイリストが使用する器具にも、歯科技工用のものと形状の類似する先端部品が使用されている。
  (2) 原告商品等について
  ア 原告は、平成26年8月12日に、本件商標の出願を行い、平成27年2月6日、その登録を得た。
  イ 原告は、原告商品を販売するに当たり、パンフレット(甲3)の表題部に、小さめの字で「ジルコニア製レジンマテルアル用バー」、その下に大きめの字で「ジルコニアバー」と表示し、一般的に商標権等の登録済みであることを示す「〈R〉」マークを付し、また、パンフレット表紙の大部分を占める商品写真の右上部分に、小さく「Zirconia Bar」と表示した。同パンフレットの2頁目には、原告商品の刃は白色のジルコニア製であること、ジルコニアは滑りが良く、摩擦熱を持ちにくいこと、切粉が刃に焼き付かず、簡単に清掃できること等を記載し、先端部品の素材がジルコニアであることによる原告商品の特長、利点を訴えた。
  ウ 原告は、原告のウェブサイト(乙9の2)において、原告商品以外にも、「ダイヤモンドバー」、「ラウンドバー」等の名称を付した先端部品を販売している。
  エ なお、被告は、本件商標について無効審判を提起したが、書面審理を経て、令和2年6月24日、本件商標の登録を有効とする旨の審決がなされた(甲22、乙20ないし23)。
  (3) 被告の行為について
  ア 被告の通信販売用ウェブサイト(甲2)には、商品紹介ページの上部及び後ろの方に商品カテゴリーが記載されており、被告標章については、「技工用器材のカテゴリー」のうち、「技工用切削・研磨用品」の中の小カテゴリーとして「ジルコニアバー(HP)」の表示が、また、「切削・研磨のカテゴリー」の中のカテゴリー及びその中の小カテゴリーとして、「ジルコニアバー」の表示があった。
  そして、「ジルコニアバー(HP)」及び「ジルコニアバー」の小カテゴリーに属する商品を表示して、これを購入することのできるページには、被告商品6種類の小さな写真の横に、「ジルコニアバー/HP/FZB0001」、「ジルコニアバー/HP/FZB0002」等の名称が表示され、タイプ、ヘッド長、ヘッド径と共に、販売名がジルコニアバーであることの表示がされていた。
  同ウェブサイトにおいて、カテゴリー名及び商品名は比較的大きめの太字で、小カテゴリー名や販売名は小さめの細字で記載されていたが、被告標章はカタカナ表記の一段であり、英字の表記はなかった。
  イ 被告は、同ウェブサイトにおいて上記記載を始めた時期を明らかにしないが、本件商標が登録された平成27年2月以前に上記記載があったことを示す証拠はないから、上記記載は、早くとも、原告の主張する同年6月以降に開始されたと認めるのが相当である。
  また、被告は、平成30年10月3日付けの原告からの通知(乙1)を受け、同年11月ころ以降、同ウェブサイトにおいて被告標章の表示を行うことを中止したものと認められる。
  ウ なお、同ウェブサイトでは、被告商品以外にも、被告が販売する多数の医療機器、歯科技工用具の宣伝が行われており、技工用切削・研磨用品の中カテゴリーの中に、ダイヤモンドバー(HP)の小カテゴリー11個、カーバイドバー(HP)の小カテゴリー19個、スチールバー(HP)の小カテゴリー2個が存するほか、ダイヤモンドディスク(HP)、カーボンランダムポイント(HP)、研削ホイールといった形で、材質、形状、機能を表す言葉を組み合わせた商品が多数紹介されている。
  (4) 他の先端部品の名称について
  ア 原告及び被告以外の第三者が販売する医療用、歯科技工用の先端部品の名称として、以下のようなものがある。
  主に色、材質、形状等を表すと考えられる名称として、「カーバイドバー」、「ダイヤチットカーバイドバー」、「シリコンバー」、「ダイヤバー」、「ダイヤモンドバー」、「ダイヤモンドポイント」、「ホワイトダイヤモンドバー」、「ホワイトカーバイドバー」「ホワイトポイント」、「ラウンドバー」、「スチールバー」、「チッカバイト」、「ジルカットダイヤバー」等がある(甲5、6、17、乙9の1、2、乙11の3、乙15ないし18)。
  このうち、「スチールバー」、「ダイヤモンドバー」、「ダイヤバー」、「ダイヤモンドポイント」、「カーバイトバー」、「ホワイトポイント」、「ホワイトカーバイトバー」については、平成22年ころ、平成25年8月ころ、平成26年4月ころ、平成26年11月ころに作成されたと考えられるパンフレット等に記載がある(乙9の1、乙15、17ないし19)。
  上記の要素と共に機能や用途も表すと考えられる名称として、「カーバイドカッター」、「カービングダイヤポイント」、「スマートシェイピングバー」、「マイクロフィニッシャー」、「ダイヤモンドグラインダー」、「フィニッシャーバー」等がある(甲6、7、15、乙9の2)。
  その他の造語を含むと思われる名称として、「コメットMIセラバー」、「スマートバー」、「MGフォーミングバー Zr」等がある(甲8、16、乙11の3)。
  イ 原告商品や被告商品と形状の類似する先端部品について、「ジルコニアバー」又はこれを含む名称を使用する例も複数あり、そのうちの2つは平成26年ころに使用されている(乙10の1、2、乙11の2、4、乙15、18)。
  ウ ネイリスト用の器具についても、「ジルコニアバー」など、上記と類似した名称が使用されている(乙10の3、乙11の1、6)。
  エ 本件商標と類似する商標の登録としては、欧文字の「ZIRCONIA」という商標が、「絵の具、絵の具溶き油、謄写版用インキ」、「パレットナイフ」等を指定商品として、平成2年4月23日に登録され(甲9)、標準文字の「ジルコニアメタルバー」、「ブラックバー」、「ホワイトバー」の各商標が、「歯科用又は歯科技工用の切削器具」等を指定商品として、平成27年から平成28年に登録されている(甲10ないし12)。
  また、標準文字の「ダイヤバー」という商標が、「医療用機械器具」等を指定商品として、平成29年6月23日に登録されている(甲13)。
  オ なお、本件商標は、「ZIRCONIA BAR」と「ジルコニアバー」とを二段で表示するものであり、「BAR」の表示を含むことから、原告は、本件商標より、ジルコニアという材質が使用された棒状のものとの観念が生じると主張し、被告も、被告標章は、材料を示すジルコニアと棒状のものを示す「バー(bar)」を結合したものであると主張する。
  これに対し、前記アに記載したとおり、原告、被告以外の第三者が医療用、歯科用器具として販売する先端部品には、名称の一部に「バー」が入るものが多く、原告と被告は、これらの「バー」についても、本件商標は被告標章と同様に、棒状のものを示す「バー(bar)」であると主張する。
  しかしながら、歯科用器具を紹介する英文のウェブサイトでは、「ジルコニアバー」については「Zirconia Bur」と表記されていること(甲18の2)、「bur」については、一般的な英和辞典に、「クリなどのいが、いがをつける植物」のほか、「≪機械≫穴ぐり器、≪医学≫バー:歯を削ったり、骨に穴をあけたりする器具」との訳語が充てられている(公知の事実)。
  前記アないしエで指摘した、「バー」を名称又は商標の一部に使用する商品又は器具が、これを「bar」、「bur」のいずれの意味で用いているのかは不明といわざるを得ない。しかしながら、「歯を削る器具」との意味が辞書に収録されるほど一般的なものであり、上述した歯科用器具の宣伝、案内において、「バー」が何であるかの特段の説明もないまま、カーバイド、シリコン、ダイヤモンドといった素材名とバーを組み合わせた名称が広く使用されている。また、ジルコニアメタルバー、ブラックバー、ホワイトバーについて、いずれも歯科用又は歯科技工用の切削器具その他を指定商品とする商標権を取得している会社は、法人名の中に「バー」を用いているが(株式会社東洋バー、甲10ないし12)、これは、「歯を削る器具」の販売等を業とすることを示す趣旨と考えるのが合理的である。
  以上を総合すると、医療用器具、歯科用器具の名称、商標の一部に「バー」を使用する場合は、「bur(歯や骨を削る器具)」の意味であることが多く、本件商標のように、「bar(棒状のもの)」であることを前提とするものは、むしろ少ないと考えられる
 2 争点(1)(被告標章の使用、本件商標及び指定商品との対比)
  (1) 被告は、被告商標の使用自体を争っており、確かに、歯科技工用の先端部材である被告商品自体、あるいは被告商品の包装に被告標章が付されていた事実を認めることはできない。
  しかしながら、前記1(3)で認定したとおり、被告は、被告商品の宣伝、販売を行うウェブサイトで、少なくとも平成27年6月から平成30年10月までの間、被告商品の名称及び販売名として被告標章を表示したものであるから、被告は、商品に関する広告に被告標章を付して、これを電磁的方法により提供したということができる。
  (2) 本件商標と被告標章の類似性について、被告は具体的な主張をして争うことをしないところ、本件商標と被告標章の外観は、「ジルコニアバー」という横書きのカタカナの文字が共通であり、本件商標はこれと同じ意味・称呼である、「ZIRCONIA BAR」という全て大文字の欧文字を上段にほぼ同じ大きさで配置するものであって、類似しているといえる。
  また、被告は、被告標章の意味を、「ジルコニアという材質が使用された棒状のもの」である旨主張しており、そうであれば、本件商標のうちの「ZIRCONIA BAR」から生じるのと、同一の観念を生じさせることになる。
  以上によれば、被告標章は本件商標に類似するといえる。
  (3) そして、被告商品は、本件商標の指定商品である「医療用機械器具」に当たるから、被告の上記行為は、商標法2条3項8号、37条1号に当たるというべきである。
 3 争点(2)ア(商標法26条1項2号の関係)
  (1) 歯科技工用切削、研磨用品の一般的な名称の付け方について
  前記認定したところによれば、歯科技工用切削、研磨用品の先端部品には、様々な材質、色、形状のものがあり、使用者は、用途や目的、ハンドピースとの適合性等に応じて、複数の先端部品を日常的に使い分けている。
  このような使用態様から、先端部品の名称としては、材質、形状、用途等を分かりやすく表すものが求められており、特に、研磨剤の材質は、前記1(1)のとおり、カタログ等において「○○製」と記載されたり、その特性を説明されたりすることが多く、歯や歯科用技工物を切削・研磨するという使用目的に鑑みて重要かつ需要者の注目度が高い要素であるから、名称に取り入れられることが多い。
  また、先端部品であることを示したり、その形状や用途を表したりするために、「バー」、「カッター」、「フィニッシャー」、「ポリッシャー」、「ポイント」といった単語も、一般的に使用されていた。
  そうすると、被告標章が使用された平成27年から平成30年にかけて、歯科技工用切削、研磨用品の取引者、需要者の間においては、歯科技工に用いるハンドピースの先端部品について、素材、材質を示す言葉と、形状、用途を示す言葉とを組み合わせた先端部品の名称により表示することは一般的に行われており、その意味するところは、取引者、需要者の間では容易に認識、理解されるものと考えられる
  (2) 「ジルコニアバー」という名称について
  ア 「ジルコニア」について
  「ジルコニア(zirconia)」は、ジルコニウムが酸化した「二酸化ジルコニウム」の通称であり、模造ダイヤモンドともいわれる物質である。このことは、化学用語の辞典だけではなく、広辞苑(第7版)や大辞林(第3版)といった一般的な辞書にも記載されており、「ジルコニア」の正確な化学的組成についてはともかく、それが化学的、工業的な物質や材質を意味する単語であることは、一般的な知識であるということができる(乙6の1ないし4、乙7の2)。
  また、平成23年の時点でジルコニアバーの表示が(乙10の3)、平成26年の時点でジルコニアダイヤモンドバーあるいはプレミアタフジルコニアバーの表示がなされていることから(乙15、18)、被告標章が使用された平成27年の時点では、ハンドピースの先端部分の素材を「ジルコニア」と表記することは一般的であったと認められる。
  イ 「バー」について
  前記認定のとおり、遅くとも平成22年以降、医療用歯科技工用の先端部品の名称として「バー」は広く用いられており、本件商標のように「bar」(棒状のもの)の意味で用いられている可能性も否定はできないが、既に検討したとおり、「bur」(歯や骨を削る道具)の意味で使われている場合が多いと考えられ、このことは、「バー」と表記される先端部品の形状が必ずしも棒状のものに限られないこととも整合する。
  そうすると、被告標章が使用された平成27年の時点では、歯科技工用切削、研磨用品の取引者、需要者にとって、「バー」という語は、上記いずれの意味であったとしても、ハンドピースの先端部品を指す一般的な名称として認識されていたと考えられる。
  ウ まとめ
  以上によれば、「ジルコニアバー」という名称は、平成27年の時点において、材質を表す「ジルコニア」と、ハンドピースの先に用いる先端部品であることを指す「バー」という2つの単語を組み合わせた名称であって、そのいずれの意味も一般的に知られていたところ、特に歯科技工用切削、研磨用品の需要者、取引者にとっては、この名称から、ジルコニアを研磨剤として使用する先端部品であることを容易に認識、理解することができるものであったと認められる。
  (3) 被告による被告標章の使用態様について
  被告は、前記認定のとおり、歯科医院向け技工用器材その他を販売する被告のウェブサイトにおいて、ハンドピース用の器材であるとして、被告商品のカテゴリー名、各商品の名称の一部及び販売名として、被告標章を表示していたものであって、他のカテゴリーに属する被告の商品として、「ダイヤモンドバー」、「カーバイドバー」、「スチールバー」その他があることを前提に、普通の字体で表示していたにすぎない
  以上によれば、被告標章の記載は、平成27年の時点において、被告商品の原材料及び用途又は形状を「普通に用いられる方法で表示する」にすぎないものであったと認めることができる。
  (4) まとめ
  そうすると、被告による被告標章の使用は、商標法26条1項2号により、本件商標権の効力が及ばないものであったということができ、前記2の判断にかかわらず、商標権侵害は成立しないというべきである。
 4 結論
  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

【解説】

 本件は、被告の通信販売用ウェブサイトにおいて、「ジルコニアバー」という標章(被告標章)を歯科技工用切削、研磨用品(被告商品)の名称に使用していた被告に対して、「ZIRCONIA BAR ジルコニアバー」(上下2段配置、指定商品:医療用機械器具)の商標権(本件商標)に基づき原告が提起した商標権侵害訴訟である。
 裁判所は、被告標章と本件商標の類似性を認め、被告商品は本件商標の指定商品に当たるので、商標法2条3項8号、37条1号に当たると認めたが、「ジルコニアバー」という名称及び被告による被告標章の使用態様を鑑みると、被告による被告標章の使用は、商標法26条1項2号により、本件商標に係る商標権の効力が及ばないものであるから、商標権侵害は成立しないと判断した。
 商標法26条1項各号は、商標権の効力が及ばない範囲の表示を規定している。これらの条文の趣旨を、登録要件と結び付けて、過誤登録に対応する第三者の救済規定であると把握する考え方もある。しかし、商標法26条1項各号の内容と登録要件の内容が一致していないことから、6号を除き、人の人格的利益の保護や円滑な取引の確保等の観点から、事業者による商標の自由な使用を保障する趣旨と解するのが多数説であると考えられている[1]
 本件で適用された商標法26条1項2号は、商品の普通名称、品質、原材料、形状等を普通に用いられる方法で表示する商標は、商標権が及ばないと規定する。商品の普通名称、品質、原材料、形状、等の表示は購買者に示されないと取引が円滑に行われないことから、円滑な取引を図るために、これらの表示の自由使用を確保したものである[2]
 本件では、裁判所は、歯科技工用切削器具(ハンドピース)の先端部品の名称について、素材、材質を示す言葉と、形状、用途を示す言葉とを組み合わせた先端部品の名称により表示することは、一般的に行われており、その意味は、取引者、需要者の間では容易に認識、理解されていたこと、「ジルコニアバー」という名称について、平成27年の時点において、材質を表す「ジルコニア」と、ハンドピースの先に用いる先端部品であることを指す「バー」という2つの単語を組み合わせた名称であって、そのいずれの意味も一般的に知られていたので、需要者、取引者にとっては、この名称から、ジルコニアを研磨剤として使用する先端部品であることを容易に認識、理解することができるものであったこと、を認定した(なお、医療用歯科技工用の先端部品の名称として「バー」は広く用いられており、本件商標では、「バー」を「bar」(棒状のもの)の意味で用いているが、一般には「bur」(歯や骨を削る道具)の意味で用いることが多いと認定された。ただ、英語でいずれの意味であったとしても、「バー」は、ハンドピースの先端部品を指す一般的な名称として認識されていたと考えられることには変わりがない。)。
 そして、被告は、被告のウェブサイトで、ハンドピース用の器材として、被告商品のカテゴリー名、各商品の名称の一部及び販売名として、被告標章を普通の事態で表示していたにすぎないから、被告標章の記載は、平成27年の時点において、被告商品の原材料及び用途又は形状を「普通に用いられる方法で表示する」ものであったと認められた。したがって、被告による被告標章の使用は、商標法26条1項2号により、本件商標権の効力が及ばず、商標権侵害は成立しないと判断された。
 本件商標のように、素材、材質を示す言葉と、形状、用途を示す言葉を組み合わせた言葉について、商標登録された場合でも、第三者が当該商標を普通に用いられる方法で表示した場合、商標法26条1項2号により商標権の効力は及ばない。登録商標について権利行使する際は、同号をはじめとした、商標法26条1項各号に該当しないかどうかを検討した上で行う必要があることの例として、ご紹介させていただいた。

以上

弁護士 石橋茂


[1] 茶園成樹「商標法(第2版)」(有斐閣、2018年)214頁

[2] 同217頁