【東京地裁令和2年10月22日判決(平成30年(ワ)第35053号)商標権侵害差止等請求事件】

【キーワード】
並行輸入、商標権侵害

【概要】
 本件は、並行輸入を適法として認めた一例である。
 カナダ法人であるハリスウイリアムズデザイン(原告ハリス)は、代表取締役を同じくするランピョンエンタープライゼスリミテッド(ランピョン社)を通じて、シンガポールの販売代理店であるMST GOLF PTE(Mゴルフ社)に男性用下着(2UNDR商品)を販売した。
 Mゴルフ社は、その後ランピョン社から代理店契約を解除され、同解除後に株式会社ブライト(被告ブライト)がMゴルフ社から2UNDR商品を購入し、日本で販売した。
 原告ハリスが本件訴訟を提起したところ、被告ブライトは真正輸入の抗弁を主張し、裁判所はこれを認めた。
 我が国の商標権者だけでなく、外国商標権者自身が訴訟を提起し、敗訴した事案であり、並行輸入の適否について検討する上で参考となる。

判旨抜粋

 商標権者以外の者が、我が国における商標権の指定商品と同一の商品につき、その登録商標と同一又は類似の商標を付したものを輸入する行為は、許諾を受けない限り、商標権を侵害する。しかし、そのような商品の輸入であっても、1当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり(以下「第1要件」という。)、2当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって(以下「第2要件」という。)、3我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合(以下「第3要件」という。)には、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害としての実質的違法性を欠く(最高裁平成14年(受)第1100号同15年2月27日第一小法廷判決・民集 57巻2号125頁)。

 本件商品は、ランピョン社から2UNDR商品の販売代理店であったMゴルフ社に販売されたものであった。・・・代理店契約の解除後の販売代理店における販売や在庫の処分等についての定めはなく、また、本件代理店契約の解除後、ランピョン社又は原告ハリスがMゴルフ社に対して在庫の処分等について指示をしたことはなかった。他方、各国の販売代理店に対して同じ2UNDR商品のカタログや注文のための商品のリストが送付されていたこと・・・から、我が国で販売される2UNDR商品が他国で販売される2UNDR商品と比べて格別の品質等を有していたとは認められず、2UNDR商品の販売代理店の販売地域の制限が、販売政策上の合意を超えて、2UNDR商品の品質の維持や管理等と関係することをうかがわせる事情は見当たらない。また、本件商品は箱型のパッケージに包装された男性用下着であり、通常は流通の過程でパッケージ内の商品自体の品質が劣化するものではなく、また、本件で、流通の過程で商品の品質を変化させるおそれが存在したことを認めるに足りる証拠はない。そして社と原告ハリスとは実質的には一体であるともいえる。

第1要件について
 本件標章が付されていた本件商品は、ランピョン社が代理店契約に基づいてMゴルフ社に販売したものであった。本件商品を被告ブライトがMゴルフ社から購入したのは、上記・・・のとおり本件代理店契約の解除後であるが、ランピョン社がMゴルフ社に販売した2UNDR商品に対する・・・ランピョン社の管理内容等に照らし、このことによって、原告商標の出所表示機能が害されることになるとはいえない。また、本件代理店契約では、Mゴルフ社の販売地域はシンガポールに限定されていたが、・・・そもそも我が国で販売される2UNDR商品が他国で販売される2UNDR商品と比べて格別の品質等を有していたとは認められず、販売地域の制限が本件商品の品質の維持や管理等と関係していたとも認められないから、Mゴルフ社の販売地域が限定されていたことによって原告商標の出所表示機能が害されることになるとはいえない。
・・・したがって、本件輸入行為は第1要件を具備するものと認められる。

第2要件について
(省略)

第3要件について
 本件商品が被告ブライトによりMゴルフ社から購入されたのは、本件代理店契約の解除後であるが、ランピョン社がMゴルフ社に販売した2UNDR商品に対する・・・ランピョン社の管理内容等に照らし、このことによって、原告商標の品質保証機能が害されることになるとはいえない。また、本件代理店契約では、Mゴルフ社の販売地域はシンガポールに限定されていたが、・・・そもそも我が国で販売される2UNDR商品が他国で販売される2UNDR商品と比べて格別の品質等を有していたとは認められないこと、Mゴルフ社の販売地域の制限が本件商品の品質の維持や管理等と関係するとも認められないこと、本件商品が運送中に品質が直ちに劣化するものではない男性用下着であることなどから、そのことによって原告商標の品質保証機能が害されることになるとはいえない。
 これらによれば、我が国の商標権者である原告ハリスは、直接的に又は少なくともランピョン社を通じて本件商品の品質管理を行い得る立場にあって、本件商品と2UNDR商品の日本における販売代理店が販売する商品とは登録商標の保証する品質において実質的に差異がないといえる。
 したがって、本件輸入行為は、第3要件を具備するものと認められる。

・・・原告らは,被告ブライトの広告に「訳あり/パッケージ汚れ」などという表示があり,本件商品の包装が汚れており,シールをはがしたような跡があり,本件商品は原告アイインザスカイが販売する2UNDR商品に比して著しく安価であることから,本件輸入行為は原告商標や本件標章の出所表示機能及び品質保証機能を害すると主張する。しかし,本件商品の需要者は,本件標章が付されることによる通常期待される品質を前提として,安価になっているのは上記事情によるものであると認識すると考えられ,上記事情によって原告商標の出所表示機能や品質保証機能が害されるとはいえず,上記主張は採用できない。

・・・原告らは、Mゴルフ社は本件代理店契約の解除により正規の販売代理店ではなくなったため、本件商品は欠陥等があっても原告ハリスから保証を受けられないから、原告商標の出所表示機能や品質保証機能が害されると主張する。しかし、商標権者から保証を受けられるか否かが並行輸入の場面における商標の出所表示機能や品質保証機能に直ちに影響するとはいえないし、本件において、特定の商品について欠陥等の保証をすることについて原告ハリスが日本国内で独自の信用を構築していたと認めるに足りる証拠もない。原告ら主張の事情によって原告商標の出所表示機能や品質保証機能が害されるとはいえず、原告らの主張は採用できない。

考察

 フレッドペリー事件は、ライセンシーが、商標権者の同意なく、契約地域外である中国の工場で下請製造を実施した事案であったところ、最高裁は「許諾の範囲を逸脱して製造され本件標章が付されたものであって、商標の出所表示機能を害するものである」と述べて、契約違反を根拠として第1要件の充足を否定した。同事件では、更に契約上の制限と品質保証機能との関係について、「製造国の制限及び下請の制限は、商標権者が商品に対する品質を管理して品質保証機能を十全ならしめる上で極めて重要である。これらの制限に違反して製造され本件標章が付された本件商品は・・・本件登録商標が保証する品質において実質的に差異を生ずる可能性があり、商標の品質保証機能が害されるおそれがある」とも述べられている。
 そのため、フレッドペリー事件は、契約により適法にブランド管理を行っている商標権者について、契約で保護される限りにおいて、商標の保護を及ぼすことを認めたものと理解される。
 本件では、ランピョン社とMゴルフ社との間の代理店契約において、Mゴルフ社の販売地域をシンガポールに限る旨の定めはあったものの、ランピョン社がMゴルフ社に販売した後の在庫管理や、代理店契約解除後の在庫処分等についての定めがないことが認定されている。
 本件とフレッドペリー事件とでは、共に商標権者の許諾した範囲を超えた実施行為が行われたことには変わりがないが、本件では、代理店契約における販売地域制限が、商標の保護する品質保証機能とは関わりのない販売政策上のものであると判断されたことから、並行輸入は適法とされた。
 本判決からは、①少なくとも販売地域制限だけで並行輸入を禁止することはできない、②契約解除後の意図しない並行輸入を禁ずるために、在庫処分の規定が有効である、といった、実務上重要な示唆が導かれる(①に関し、東京地裁平成15年6月30日判決(平成15年(ワ)第3396号)も結論同旨)。
 なお、本判決は、第3要件を認めるにあたり、「我が国の商標権者である原告ハリスは、直接的に又は少なくともランピョン社を通じて本件商品の品質管理を行い得る立場にあって」と述べるが、ランピョン社はMゴルフ社と代理店契約を解消しており、その後の品質管理をできる立場にはない。本判決の論旨は、結局のところ、商標権者が商品販売後の品質管理を行っているとは認められないことから、販売後の品質管理が及ばなくても第3要件を満たすと判断しているに等しい。
 一方、本判決は、被告ブライトがパッケージの劣化した商品を安価で販売したことにより、品質保証機能が害されることはないとも述べる。しかし、一般論として、商標の品質保証機能には、消費者保護に加えて、商標に化体する商標権者のブランド価値の保護(意図しない販売経路により劣化品を廉価販売されないこと)も含まれるはずであるから、商品自体の品質に問題がなければ品質保証機能を満たすと考えることは疑問である。
 本判決の論旨によって第3要件を判断するのであれば、その前提として、商標権者である原告ハリスがどのような「品質管理」を行い得る立場にあったものであるのかを明確にすべきであり、そのためには、代理店契約その他の事情を検討し、パッケージの劣化やそれに伴う廉価での販売を防止するような施策を講じていなかった(この点が、品質管理権限の内容となっておらず、したがって商標の保証する品質ともなっていなかった)ことについても、積極的に認定することが望ましかったものと思われる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 森下 梓