【令和3年2月9日(知財高裁 令和2年(行ケ)第10085号)】
キーワード:引用による補充、新規性喪失の例外、意に反する公知

1 事案の概要

 本件は、拒絶査定不服審判の審決取消訴訟である。出願人が、PCTの「引用による補充」という制度を使って国際段階で欠落部分の補充を行ったところ、日本では平成24年10月1日より前に受理官庁に受理された国際出願に対して「引用による補充」を認めていなかったため、当該出願の国際出願日は、日本では、平成23年8月25日ではなく、補充が行われた平成23年9月29日とみなされた。その結果、平成23年9月11日に公開された論文によって本願は新規性を失ったとされ、拒絶された。
 出願人(原告)は、当該事情のもとで新規性を失ったのは、特許法30条の意に反する公知であるとして、新規性喪失の例外適用を求めて本件訴訟を提起した。

2 時系列

平成22年8月27日 アメリカに基礎出願
平成23年8月25日 国際出願
平成23年9月11日 論文公開
平成23年9月29日 米国特許商標庁に対し、PCT(特許協力条約)に基づく規則4.18及び20.6(a)に基づき、本願において欠落していた明細書部分(「本件欠落部分」)を 「引用により補充」することを求める書面提出。
平成23年11月2日 米国特許商標庁が、本件欠落部分が本件基礎出願に含まれているとして、「引用による補充」を認める通知を出した。
平成25年2月27日 日本の特許庁に対して国内書面、翻訳文提出。翻訳文には本件欠落部分は含まれていなかった。
平成25年9月17日 特許庁長官は、平成24年改正前の特許法施行規則38条の2第1項に基づき、本願には「引用による補充」の部分が含まれているので、本願の国際出願日を、「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定する旨の通知をした。原告は、本件通知の指定期間内に意見書や「引用による補充」部分が本願に含まれないものとする請求書を提出しなかった。
平成30年8月31日 拒絶査定
平成31年1月11日 拒絶査定不服審判
令和2年2月17日  不成立審決

3 裁判所の判断

「1 後掲証拠によると,本件の経緯について,以下の各事実が認められる。
・・・
原告の特許管理人は,同年3月28日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,
①本件欠落部分の翻訳文を提出するべきか否かを知らせてほしいこと,
②本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,国際出願日が当初の国際出願日(平成23年8月25日)から同年9月29日に変わるため,優先権の利益を得ることができないこと,
③国際出願日が変更されてはならない場合には,本件欠落部分の翻訳文を提出するべきではないことなどを連絡した(甲14)ところ,
平成25年4月3日,原告の米国代理人から,電子メールで,条約規則では,不注意により脱漏した情報の追加を許しているのに,日本はなぜそれに従わないのかとの質問を受けたため,同日,同人に対し,電子メールで,①特許庁は「引用による補充」を認めているので,本件欠落部分の翻訳文を提出すべきである,②しかし,本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,本願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく同年9月29日に繰り下がる,③この点に関して審査官と面談を済ませていると回答した(甲15,16)。
 原告の特許管理人は,平成25年4月8日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,原告の米国代理人から本件欠落部分を翻訳すべきでないとの指示を受けたと理解していると連絡し(甲17),同月30日,特許庁長官に対し,特許法184条の4第1項所定の本件翻訳文を提出したが,その中に本件欠落部分は含まれていなかった(甲2,3,5)。
原告の特許管理人は,平成25年10月23日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,①特許庁から,本願に関する通知を受け取ったこと,②特許庁は,国際出願日が平成24年10月1日より前であるPCT出願については,条約規則20.6の適用を受けることができないとしており,本願の国際出願日は,特許庁により平成25年(判決注:平成23年の誤記であると認められる。)9月29日であると認定されていることを伝えたが,本件通知の内容や,本件指定期間内に施行規則38条の2の2第4項の請求をすれば,「引用による補充」がなかったとすることができ,そうすれば本願の国際出願日は平成23年8月25日となることは説明しなかった(甲18,19)。
原告は,本件指定期間内に,意見書や請求書を提出しなかった。

2 取消事由1(新規性喪失の例外規定の適用の判断の誤り)について
・・・
イ 前記1のとおり,本願発明と同一の発明である引用発明が掲載された本件学術誌が,本願の出願日の前の平成23年9月11日に公開されたのであるから,本願発明には,新規性が認められない。
 2) 原告は,①出願日が発明の公知日よりも後になることを知らずに,論文発表等により発明を公知にしてしまった場合は,錯誤に陥って発明を公知にしてしまったのであるから,改正前特許法30条2項の「意に反して」に該当する,②改正前特許法30条2項の「意に反して」とは,権利者が発明を公開した後に,権利者の意に反して出願日が繰り下がり,当該発明が遡及的に出願日よりも前の公知発明となってしまった場合も含むとして,本願においては,同項が適用されるべきであると主張する。
 しかし,本件において,原告は,引用発明が掲載された本件学術誌が公開されたことを認識していたことは明らかである。原告は,当初の出願後に「引用による補充」を求めた行為によって出願日が繰り下がることを認識し得たのであり,また,改正前特許法30条4項に規定する手続を,特許法184条の14に規定する期間内に行うことも可能であったといえる。したがって,本件においては,改正前特許法30条2項の「意に反して」には当たらず,同項は適用されないというべきである。
 この点について,原告は,出願日が繰り下がることがあることを知らなかったと主張するが,それは日本の特許法についての知識が乏しかったということにすぎず,上記判断を左右するものではない。」

4 コメント

 パリ条約の優先権を主張して国際出願をする際に、基礎出願に含まれている事項をあえて国際出願の際に削ることはあまり行わないため、「引用による補充」という制度を利用すること自体が珍しいと考えられる。
 したがって、本判決は特殊な事例であるとは思われるが、特許法30条の「意に反する公知」がどのような場合に認められるのかの参考になると考えられる。

以上
弁護士 篠田淳郎