令和2年5月27日(大阪地裁 平成30年(ネ)第10016号)

【判旨】
発明の名称を「液体を微粒子に噴射する方法とノズル」とする本件特許の特許権者(控訴人)が、被控訴人会社らによる被告各製品の製造及び販売が本件特許権の侵害又は間接侵害に該当する旨主張して、被控訴人会社に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求及び不当利得返還請求として合計3億2505万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたところ、原審が請求を棄却したことから、控訴人会社が控訴した事案。知財高裁では、被告各製品は本件発明4又は本件発明6の技術的範囲に属し、また、本件特許に無効理由は認められないなどとして、控訴人会社の請求は2189万8823円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとし、原判決を変更して、請求を一部認容した。

【キーワード】
特許法102条2項、推定覆滅事由、損害賠償

1 争点

本控訴審における争点は以下のとおりである。本項では、本件発明4の技術的範囲の属否(争点1-1)。及び損害額(争点4)について取り上げる。なお、原審判決については筆者執筆の別記事
https://www.ip-bengoshi.com/archives/3682 )を参照されたい。

【争点】

(1)  イ号製品及びロ号製品の本件発明4の技術的範囲の属否(争点1-1)

(2)  ハ号製品及びニ号製品の本件発明4の技術的範囲の属否(争点1-2)

(3)  イ号製品及びロ号製品の本件発明6の技術的範囲の属否(争点2)

(4)  無効の抗弁の成否(争点3)

   (5)  被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等(争点4)

2 裁判所の判断

(1) 本件発明4の技術的範囲の属否(争点1-1)について
原審では、本件発明における「微粒子」の意義について、その作用効果から「粒子径を10μm以下の微粒子」に限定されるとした上で、被告製品は当該構成要件を充足しないとした。これに対し、控訴審では、本件発明4の特許請求の範囲(請求項4)において「微粒子」の粒子径を特定の数値範囲のものに限定する記載はなく、明細書の記載からもそのような限定をする趣旨は伺えないこと等を理由として、原審の判断を覆し、構成要件充足性を認めた。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

b 上記②について
本件発明4の特許請求の範囲(請求項4)には,「微粒子」の粒子径を特定の数値範囲のものに限定する記載はない。
 次に,本件明細書には,微粒子の粒子径に関し,「図1に示すノズル」について「この構造のノズルは,液体を10μm以下の微細な粒子に噴射できる。」(【0003】),「図3に示すノズル」について「粒子径を5μmとする微粒子を得ることに成功した。しかしながら,この構造のノズルは,液体を噴射する供給口5の調整が極めて難しく,調整がずれると微粒子の粒子径は20~30μm以上に急激に大きくなった。」(【0011】),「図4に示すノズル」について「この構造のノズルは,アトマイズエアーとスプレッディングエアーの衝突角を25度に設計すると,10μm以下の微粒子が得られる。」(【0012】),「図11の拡大図に示すノズル」について「この構造のノズルは,液体を極めて微細な,たとえば1~5μmの微粒子として噴射できる特長がある。」(【0052】),「ちなみに,本発明者が試作したノズルは,1分間に1000gの液体を噴射して,粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに成功した」(【0072】)との記載があるが,これらの記載から,本件発明4の「微粒子」の粒子径を「10μm以下」に限定する趣旨を読み取ることはできず,また,本件明細書には,本件発明4の「微粒子」の粒子径を「微粒子」の粒子径を特定の数値範囲のものに限定する記載はない。
 さらに,本件意見書には,「内部混合タイプのノズルは,閉鎖された空間内で液体の微粒子として噴霧します。このため,ノズルの内部で極めて目詰まりしやすい欠点があります。…にもかかわらず,内部混合タイプの噴霧ノズルが多用されますのは,外部混合タイプでは,安定して液体を極めて小さい微粒子に噴霧できないからです。外部混合タイプの噴霧ノズルであって,液体を微粒子として安定して噴霧できます優れたノズルは実用化が困難です。」,「本願発明は,外部混合タイプのノズルを改良したものです。本願発明の噴射方法とノズルは,前述の独特の構成で,液体を極めて小さい微粒子に安定して噴射できる特長があります。本発明の噴射方法とノズルは,液体を,10μm以下の極めて小さい微粒子として,安定して噴射することが可能です。…それは,本発明の噴射ノズルが,液体を極めて小さい孔や,極めて小さいスリットから噴射して微粒子に噴射するのではなく,平滑面を極めて速い速度で高速流動する空気流で,液体を薄く引き伸ばして微粒子にして噴射するからです。」(以上,6頁16行~7頁2行)との記載がある。上記記載中には,「液体を,10μm以下の極めて小さい微粒子として,安定して噴射することが可能です。」との記載があるが,上記記載全体として読めば,「本発明」は,「平滑面を極めて速い速度で高速流動する空気流で,液体を薄く引き伸ばして微粒子にして噴射する」構成により,液体を微粒子として安定して噴霧でることを説明したものであって,「本発明」が「10μm以下」の粒子径の微粒子を噴射できることに格別の作用効果があることを述べたものではない。
 以上によれば,構成要件オの「微粒子」とは,小さな粒子径の粒子を意味するものであって,粒子径の数値範囲に限定はなく,「10μm以下」の粒子径のものに限定されるものでもない。
そして,イ号製品においては,外側傾斜領域(7A’)に沿って進む,液滴を含む薄膜流は,外側傾斜領域(7A’)から離れるときに小さな粒子径の液滴(微粒子)となっていることは,前記(ア)b認定のとおりである。
したがって,被控訴人の上記②の主張は理由がない。

(2) 損害額等(争点4)について
また、裁判所は、損害額等の点について、特許法第102条第2項に基づく限界利益として、売上高から製造原価及び日当宿泊費を控除した金額を認定した上で、推定覆滅事由に基づき30%を控除した損害額を認定した。ここで、推定覆滅事由としては、①被告製品(ノズル)が本件噴霧乾燥機(スプレードライヤー)の一部品にすぎないこと、②競合他社製品の存在、が主張されたが、裁判所は①の事由に基づく推定覆滅のみを認め、②については原告の請求を棄却した。

   ウ 推定覆滅事由について

被控訴人は,①イ号製品は本件噴霧乾燥機(1)の一部品であること,②本件噴霧乾燥機(1)が控訴人の製品より高品質であること,被控訴人の本件噴霧乾燥機(1)の受注に至るまでの営業努力及びブランド力,競合他社及び競合品の存在は,前記イの控訴人の受けた損害額の推定(以下,この推定を「本件推定」という場合がある。)を覆す事情に該当し,かかる事情を考慮すると,本件噴霧乾燥機(1)の購買動機の形成に対する本件発明4及び6の寄与率は3%以下であるから,上記寄与率を超える部分について本件推定は覆滅される旨主張するので,以下において判断する。
 (ア) イ号製品は本件噴霧乾燥機(1)の一部品であることについて
 被控訴人は,イ号製品のノズルは本件噴霧乾燥機(1)の一部品であって,本件発明4及び6は当該ノズル部分にのみ実施されていること,ノズルは他社製品に取り換え可能な部品であること,本件噴霧乾燥機(1)全体の売上高が●●●●●●●円であるのに対し,ノズル部分の販売価格は●●●●円で全体に占める割合が極くわずかであることは,本件推定を覆す事情である旨主張する。
a そこで検討するに,①噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,液体原料を微粒化し,熱風中に噴霧して液滴の水分を蒸発させて乾燥粉体を得る装置であり,液体原料を噴霧する微粒化装置,熱風を発生させて微粒子を乾燥させる乾燥室,乾燥した粉体を回収するバグフィルタ等の複数の設備から構成され,ノズルは,微粒化装置の部品の一つであること(甲52,53,56),②本件噴霧乾燥機(1)のノズル部分(イ号製品)は,これと同様に位置付けられる交換可能な部品であるところ(前記ア(イ)),乙55には,「ノズル」の販売価格が●●●●円と記載されており,この販売価格は,本件噴霧乾燥機(1)の販売価格全体(●●●●●●●円)の約5.4%に相当することに照らすと,本件噴霧乾燥機(1)の限界利益中には,ノズル以外の設備又はその部品に対応する部分が大部分を占めていることが認められる。
b 次に,証拠(甲56,乙59)及び弁論の全趣旨によれば,噴霧乾燥機(スプレードライヤ)には,食品,医薬品,セラミックス,化成品の様々な乾燥粉体を得るための用途があり,噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,顧客の求める乾燥粉体の仕様,装置の性能等に応じて設計製作されるオーダーメイド製品であること,その装置の性能等には,噴霧する微粒子の粒子径及びその粒度分布,噴霧量等の微粒化装置に関するもののみならず,乾燥室,バグフィルタ等や装置全体の性能に関するものがあり,Advanced社が要求した本件噴霧乾燥機(1)の仕様においても,平均粒子径のほかに,処理量,水分蒸発量等や機器の電気アセンブリ,ガス及び液体パイプラインアセンブリの基本要件等の微粒化装置以外の装置に関する事項が含まれていたことが認められる。
c 本件発明4及び6は,本件噴霧乾燥機(1)のノズル部分に関する発明であって,装置置全体の発明ではない。
一方で,証拠(甲52,53,乙12,41)及び弁論の全趣旨によれば,①噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,微粒子を噴射する微粒化装置の噴霧方式により,ディスク方式とノズル方式に分類され,さらに,ノズル方式は,「加圧ノズル」,「二流体ノズル」,「四流体ノズル」などに分類され,ノズルが選定された上で,当該ノズルに適合させた液体流や気体流の供給構造が構築され,噴霧乾燥機全体が設計されるのが一般的であり,ノズルは噴霧乾燥機における中核的な装置であること,②控訴人及び被控訴人のカタログ(乙12,41)に各種ノズルの構造や特徴が詳細に記載され,被控訴人のウェブサイト掲載の顧客向けの「Q&A集」には,「液体を噴霧する装置を「微粒化装置」と呼び,スプレードライヤでもっとも重要な部分です。」との記載(甲53)があることが認められる。
そして,本件発明4及び6は,空気口から平滑な傾斜面に加圧空気を噴射して,供給口から傾斜面に供給される液体を,傾斜面に沿って高速流動する空気流で傾斜面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし,薄膜流は空気流で加速されて傾斜面の先端から気体中に噴射されるときに微粒子の液滴となる構造を採用し,この構造により種々の液体を詰まらない状態で長時間連続噴射することができるようにしたことに技術的意義があり(前記1(2)イ),微粒化の基本的技術に係る発明であることが認められる。
  d 前記aないしcのとおり,本件噴霧乾燥機(1)の限界利益中には,ノズル以外の設備又はその部品に対応する部分が大部分を占めており,Advanced社の本件噴霧乾燥機(1)の購入動機の形成には,ノズル以外の設備及びその性能も寄与又は貢献しているものと認められること,本件発明4及び6は,本件噴霧乾燥機(1)のノズル部分に関する発明であって,装置置全体の発明ではないことに鑑みると,イ号製品のノズルが本件噴霧乾燥機(1)の一部品であることは,本件推定を覆す事情に該当するものと認められる。
  (イ) 本件噴霧乾燥機(1)が控訴人の製品より高品質であること,競合他社及び競合品の存在等について
a 被控訴人は,本件噴霧乾燥機(1)は,ディスク式とノズル式を兼用する噴霧乾燥機である上,ジェット流同士を外部衝突点で衝突させて微粒化する外部衝突型の外部混合方式という独自の技術(被控訴人保有の特許第3554302号(乙57),特許第4718811(甲10))を採用し,粗大粒子径の発生を抑制して粒子径を揃えること(粒子径の均一化)が可能であるのに対し,控訴人の製品には,上記兼用機が存在せず,粒子径の均一化が困難であった点において,本件噴霧乾燥機(1)は,控訴人の製品より高品質であることが顧客の購買動機の形成に大きな要因となり,これに付加して被控訴人の本件噴霧乾燥機(1)の受注に至るまでの営業努力やブランド力も購買動機の形成に貢献したから,これらの事情は本件推定を覆す事情となる旨主張する。
  しかしながら,Advanced社が本件噴霧乾燥機(1)がディスク式とノズル式を兼用する噴霧乾燥機であることや本件噴霧乾燥機(1)のノズルがジェット流同士を外部衝突点で衝突させて微粒化する外部衝突型の外部混合方式であるという技術に着目し,それらが本件噴霧乾燥機(1)の購買動機の形成に大きな要因となったことを認めるに足りる証拠はない。
  また,控訴人の製品は,「四流体ノズル」であって,気体路と液体路から出た流体が一点に集まる衝突焦点を形成させるためのノズルエッジを持った構造で液体を高速気体流で薄く引き伸ばし,エッジ先端の衝突焦点で発生する衝撃波でミストを造る「外部混合式ノズル」であるところ(甲47の3,乙41),控訴人の製品においては粗大粒子径の発生を抑制して粒子径を揃えること(粒子径の均一化)が困難であったことを認めるに足りる証拠はない。
  さらに,被控訴人のブランド力が本件噴霧乾燥機(1)の購買動機の形成に寄与ないし貢献したことを認めるに足りる証拠はない。同様に,被控訴人が本件噴霧乾燥機(1)の受注に至るまでに通常の範囲を超える顕著な営業努力をしたことが本件噴霧乾燥装置(1)の購買動機の形成に寄与ないし貢献したことを認めるに足りる証拠はない。
  したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。
b 被控訴人は,微粒化用ノズルは,ノズル単品の販売を行う多数のメーカーが存在し,他社製品に取り換え可能な部品であるから,被控訴人が本件噴霧乾燥機(1)を受注しなければ,控訴人が受注したであろうという推定はおよそ成り立たず,このような競合他社及び競合品の存在は,本件推定を覆す事情となる旨主張する。
しかしながら,微粒子化用のノズルについては,スプレーイングシステムジャパン合同会社,株式会社いけうち,株式会社共立合金製作所,新倉工業株式会社,GEAプロセスエンジニアリング株式会社,SPX社,アトマックス社,中国BTR等の他社製品が存在することが認められるが(乙37ないし40,62,63等),一方で,噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,顧客の求める乾燥粉体の仕様,装置の性能等に応じて設計製作されるオーダーメイド製品であり,ノズルが選定された上で,当該ノズルに適合させた液体流や気体流の供給構造が構築され,噴霧乾燥機全体が設計されること,Advanced社において,控訴人及び被控訴人以外の他社のノズルを使用した噴霧乾燥機の購入を具体的に検討していたことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと,他社製品の存在は,本件推定を覆す事情となるものと認めることはできない。
  したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ) まとめ
以上を前提に検討するに,前記(ア)d認定の本件推定を覆す事情,前記(ア)c認定の噴霧乾燥機における微粒化装置(ノズル)の技術的位置付け並びに本件発明4及び6の技術的意義を総合考慮すると,Advanced社の本件噴霧乾燥機(1)の購買動機の形成に対する本件発明4及び6の寄与割合は30%と認めるのが相当であり,上記寄与割合を超える部分については本件噴霧乾燥機(1)の限界利益の額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって,本件推定は上記限度で覆滅されるから,特許法102条2項に基づく控訴人の損害額は,本件噴霧乾燥機(1)の限界利益の額(●●●●●●●●●円)の30%に相当する●●●●●●●●●円と認められる。

3 検討

本件は、原審が行ったクレームの限定解釈を覆し、一部の被告製品について侵害を認定した事案であるが、原審認定の限定事項(微粒子系が10μm以下)がクレームの文言として記載されていた訳ではないことや、当該粒子径以下でなければ本件発明に係る作用効果を発揮することができないと記載されていた訳でもないこと等に鑑みれば、限定解釈を伴わない控訴審のクレーム解釈の方が妥当であると考えられる。

推定覆滅事由の認定においては、本発明が製品の一部(部品)に係る発明であることが考慮された一方、競合製品の存在については具体的事情の詳細(例:被告製品はノズルが選定された上でそれに合わせて製品全体が設計されるオーダーメイド製品であること)にまで踏み込んで推定覆滅を否定した点が興味深い。特許法第102条第2項に基づく損害額の認定に際し、実務上参考になると思われる。

                                                                                                                                                                                                                         以上
(筆者)弁護士・弁理士 丸山真幸