【令和2年12月1日(東京地裁 平成30年(ワ)第22338号)】
【事案の概要】
原告が被告に対し、被告が原告代表者等と被告の共有に係る特許を受ける権利について単独で特許出願をして本件特許権の設定の登録を受けたところ、原告は原告代表者等から本件特許権の持分を譲り受けたなどと主張して、特許法74条1項所定の移転請求権に基づき、本件特許権の持分2分の1の移転登録を求める事案。
【判決抜粋】
(下線部は筆者)
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」という。)の持分2分の1につき、特許法74条1項を原因とする移転登録手続をせよ。
第2 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、被告が原告代表者等と被告の共有に係る特許を受ける権利について単独で特許出願をして本件特許権の設定の登録を受けたところ、原告は原告代表者等から本件特許権の持分を譲り受けたなどと主張して、特許法74条1項所定の移転請求権に基づき、本件特許権の持分2分の1の移転登録を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証拠は文末に括弧で付記した。なお、書証は特記しない限り枝番を全て含む。以下同じ。)
(1) 当事者等
ア 原告は、編レースの製造及び販売等を目的とする株式会社である。(甲1)
原告代表者の弟であるAⅰ(以下「Aⅰ」という。)は、原告の取締役を務めている。(甲1、56)
イ 被告は、毛織物の製造業等を目的とする株式会社である。(甲6)
ウ 株式会社タカキタ(以下「タカキタ」という。)は、農業用作業機などを製作する株式会社である。(乙47)
Bⅰ(以下「Bⅰ」という。)は、タカキタの開発部長である。(証人Bⅰ)
(2) 事実経過
ア 家畜用飼料である乾牧草を円柱状に成形したものをロールベールといい、その形状を維持した上で運搬及び保管するため、その外周を牧草用ネット(ベールネットないしラップネット。以下専ら「ラップネット」という。)で被覆することが行われている。ラップネットは、専ら高密度ポリエチレンフィルム(合成樹脂系繊維(化学繊維長繊維))を細いテープ状に裁断したスリット糸(スリットヤーン)等で製造されることが一般的であった。
被告は、平成24年10月頃、ポリエチレンと澱粉によって作られた生分解性ポリエチレンフィルムを素材としたラップネットを開発することとし、原告に対し、材料(糸)を提供した上で編布を注文した。
被告代表者、原告代表者及びAⅰは、平成25年1月24日、生分解性ポリエチレンフィルムを素材としたラップネットの試作品を持参して福井県畜産試験場(以下「畜産試験場」という。)を訪れた際、同職員から、牛に飼料として綿実を与えている旨の話を聞いた。
(本項につき、争いがない事実のほか、甲21、弁論の全趣旨)
イ 被告は、平成25年4月26日、被告代表者から特許を受ける権利を譲り受けたとして、ラップネットについて特許出願(特願2013-093805号、以下「先の出願1」という。)をした。(争いがない事実のほか、甲8、弁論の全趣旨)
また、被告は、同年7月22日、被告代表者から特許を受ける権利を譲り受けたとして、ラップネット及びその製造方法について特許出願(特願2013-151430号、以下「先の出願2」といい、先の出願1及び2を併せて「本件各先の出願」という。)をした。(争いがない事実のほか、甲9、弁論の全趣旨)
ウ 被告、原告及びタカキタは、平成25年12月頃、新規なラッピング用ネット(ラップネット)の開発等について、有効期間を同年9月から1年間として、共同開発契約(以下「本件開発契約」という。)を締結した。(甲21、22)
エ 被告は、平成26年4月23日、被告代表者から特許を受ける権利を譲り受けたとして、本件各先の出願に記載された発明に基づき優先権を主張した上、本件特許権に係る特許(以下「本件特許」という。)について特許出願(国際出願による特許出願。以下「本件出願」という。)をし、平成28年3月4日、被告を特許権者、被告代表者を発明者として、本件特許権の設定の登録がされた。
本件特許の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
【請求項1】編地の長さ方向に並列したセルロース系繊維からなる経糸群が、それぞれ、編地の長さ方向に連続したループにより複数の独立鎖編を形成し、
前記独立鎖編の各ループが他の独立鎖編の他のループとセルロース系繊維からなる緯糸によって連結されてなる編地からなることを特徴とするラップネット。
(中略)
【請求項11】経糸送出機構、緯糸供給機構、柄出し機構、編目形成機構、及び、巻取機構を備えた経編機を使用して、請求項1~10に記載のラップネットを連続して編成するラップネットの製造方法において、
前記編目形成機構から連続的に編出される前記ラップネットを前記巻取機構の巻上げローラで巻き取るにあたり、当該巻上げローラをその回転軸方向に所定の振幅で往復運動させることを特徴とするラップネットの製造方法。
(本項につき、争いがない事実のほか、甲7、弁論の全趣旨)
オ 原告代表者及びAⅰは、原告に対し、本件特許権の持分を譲渡する旨の意思表示をした。(甲23)
タカキタは本件特許権の持分を有しない。(争いがない事実のほか、甲39)
カ 織布等の巻取りにおいて、嵩高になる部分が生じることを抑制するため、織布等を左右に所定の振幅で往復させるなどの何らかの動作を行わせながら巻き取ることにより厚さを均一にし巻取径を小さくする「あや振り(トラバース)」は、繊維業界において広く用いられている基本的技術である。(争いがない)
2 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、
〈1〉原告代表者及びAⅰが被告代表者と共同で本件特許に係る発明(以下、請求項番号に応じて「本件発明1」等といい、併せて「本件各発明」という。)をしたか。
〈2〉原告代表者及びAⅰが本件特許を受ける権利の持分2分の1を有していたか。
である。
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、証拠(甲56、57、59、66、乙34、37、39、51、証人Bⅰ、原告代表者及び被告代表者。ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば次の各事実が認められる。
(1) 畜産業においては、従来、夏から秋にかけて収穫した干草や藁などの牧草を乾燥させた乾牧草を家畜の冬用飼料として保管、活用している。干草や藁などを乾牧草にする際には、干草や藁などをロールベーダー装置でロール状に巻き込み、円柱形のロールベールに成形し、その形状が崩れないようにラップネットで被覆し、数日間放置して適度に乾燥した上、ラップフィルムで被覆して運搬、保管する。ロールベールを飼料とする際には、ラップフィルム及びラップネットを切断、除去する。除去されたラップネット等は産業廃棄物として処分される。
ラップネットには、経済性やラップネットの強度維持といった観点から、高密度ポリエチレンフィルムを延伸して裁断した伸度の小さなスリットヤーンが専ら使用されていた(なお、ポリエチレンフィルムスリットヤーンで製造した独立鎖編1本当たりの引張強さは75N程度である。)。そして、ラップネットの除去作業には強い力が必要であるなど困難を伴い、作業時に事故が発生していたほか、除去したラップネットの一部が飼料に混入して家畜に害を与える、ラップネットを産業廃棄物として処分するコストが大きいという問題が生じていた。
(中略)
(19) ラップネットに綿糸を使用するに至った経緯、ラップネットの巻取りにあや振りの技術を用いることになった経緯について(事実認定の補足)
ア ラップネットに綿糸を使用するに至った経緯やラップネットの巻取りにおいてあや振りの技術を用いることになった経緯について、以下の供述等がある。
原告代表者は、畜産試験場の職員から牛に飼料として綿実を与えている旨の話を聞いた際ラップネットに綿糸を使用することを思いつき、平成25年3月中旬に、被告代表者に提案して、経糸にポリエチレンフィルムスリットヤーン、緯糸に綿糸を使用したラップネットの開発に着手したが、同年5月9日に、Bⅰから、強度不足、課題未解決を指摘され、経糸にも綿糸を使用することの提案を受けたことからこれを採用し、その場合には経編機にあや振りの技術が必要になることを指摘した上で、プロトタイプにあや振り機構を備えるため次々と部品を発注してその改造に取り掛かり、同月31日には綿製ラップネットの試作品を提供し、同年6月中旬、同年7月26日、同年9月26日にそれぞれ改良品を提供した旨供述等する(甲56、66、原告代表者(6頁~))。Aⅰは、同年5月9日、Bⅰから経糸にポリエチレンフィルムスリットヤーン、緯糸に綿糸を使用したラップネットの強度不足等を指摘された際、原告代表者において、更に経糸にも綿糸を使用することを提案した等と陳述する(甲57)。
Bⅰは、同人において、同年1月頃、ラップネットに綿糸を使用することを発案し、同年5月9日、雑談の中で、原告代表者ら及び被告代表者に対し、ポリエチレンフィルムスリットヤーンを使用するより全部綿糸で製造した方が安全ではないかと指摘したように思う、また、同月31日に、巻取径を小さくする方法としてあや振りを施して更にプレスをすることについて、少なくとも原告代表者の発言があった旨供述等する(甲59、証人Bⅰ(8頁、11頁~、33頁~))。
被告代表者は、畜産試験場の職員からの指摘をきっかけに落綿を牛に食べさせているとの取引先から聞いた話を思い出し、ラップネットの材料として綿糸を想起してこれをAⅰに指摘した、そして、綿糸を含め従来のポリエチレンフィルムスリットヤーンに代替できる糸の素材や仕様を検討する中で、平成25年3月中旬頃、まずは、経糸に生分解性ポリエチレンフィルムスリットヤーンを、強度を必要とせず飼料に混入しやすい緯糸に綿糸を使用するラップネットを発明して、特許出願の準備をするとともに、原告に編布を依頼した、その後も、引き続き素材や仕様の検討を重ねて経糸にも綿糸を使用するラップネットを発明し、同年5月9日頃までに原告に編布を依頼するとともに、ラップネットの巻取りに関し常識的な技術であるあや振りを指示したが、同年31日に原告から示された試作品にはあや振りが施されていなかったことから、同日、再度あや振りを指示した、被告が従前から所有する整経機にはあや振り機構が備えられており、被告は業務において日常的にあや振りを行っていた旨供述等する(乙34、37、39、51、被告代表者)。
イ ラップネットに綿糸を用いることになったことに関係して、関係各証拠によれば、被告は取引先からの依頼に基づいて生分解性ポリエチレンフィルムスリットヤーンを用いたラップネットを開発することとし、原告に生分解性ポリエチレンフィルムスリットヤーンを提供して編布を依頼して試作品を製造するなどしていたところ(前記(2)、(3))、平成25年1月に被告代表者、原告代表者及びAⅰが訪れた畜産試験場の職員からの指摘があった後、ラップネットに綿糸を使用するようになったことが認められる(同(3)、(5))。
もっとも、原告代表者がラップネットに綿糸を使用することを着想し、同年3月中旬に被告にこれを提案した旨の原告代表者及びAⅰの前記供述等を裏付ける客観的な証拠はない。他方、実際に様々な種類の綿糸の製造を依頼する(前記(5))など当時から綿糸に関する知識を有していたと認められる被告代表者の、畜産試験場の職員からの指摘をきっかけに取引先から聞いた話を思い出してラップネットの材料として綿糸を想起してこれをAⅰに指摘した旨の供述には相応の信用性があり、原告代表者及びAⅰの前記供述等は直ちに採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
したがって、原告代表者がラップネットに綿糸を使用することを着想し、同月中旬に被告にこれを提案したとは認められない。
ウ ラップネットの経糸に綿糸を使用することに関係して、関係各証拠によれば、平成25年3月中旬以降、経糸に生分解性ポリエチレンフィルムスリットヤーンを、緯糸に綿糸を使用したラップネットの試作が開始され、原告は、経糸に市販のポリエチレンフィルムスリットヤーンを、緯糸に綿糸を使用したラップネットを試作したこと(前記(5))、Bⅰが、同年5月9日、この試作品について評価をした際、全部を綿糸で製造した方が安全ではないかとの発言をしたこと(同(7))、被告は、同年3月には、緯糸よりも強度が要求される経糸に使用することを念頭において他の業者に対して複数の種類の綿糸の製造を依頼し(同(5))、同年5月中旬頃までには、経糸に使用するものとして複数の種類の綿糸を原告に提供して、ラップネットの編布を依頼し、原告はこれらの綿糸を使用してラップネットを試作したこと(同(5)、(7))が認められる。
ここで、経糸にも綿糸を使用してラップネットを製造するようになった経緯について、同月9日にBⅰが全部を綿糸で製造した方が安全ではないかとの発言をしたことが認められるのであり、また、同日より前から被告が複数の業者に経糸に使用することを念頭において一定の強度を有する複数の種類の綿糸等の製造を依頼していたことも併せて考慮すると、原告代表者が同日に経糸にも綿糸を使用することを着想し被告に提案した旨のAⅰの前記陳述を直ちに採用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告代表者が、同日にラップネットの経糸に綿糸を使用することを着想し、被告に提案したと認めることはできない。
エ ラップネットの巻取りにあや振り機構を備えることについて、関係各証拠によれば、平成25年5月31日、原告代表者、被告代表者等との間で、今後、ラップネットの巻取りの際にあや振りをするなどの仕様で試作品を製造することなどが確認されたことが認められる(前記(8))。
もっとも、経糸に綿糸を用いる場合には強度を確保する点から糸が太くなってそのままでは巻き取れるラップネットの長さが短くなるところ、そのような太い経糸で効果的に巻取りをするためにはあや振りの技術があり、そのようなあや振り自体は繊維業界において広く用いられている基本的技術であって(前記第2の1(2)カ)、被告が昭和60年頃に導入した整経機にもあや振り機構が備えられていて、被告代表者は従前から、あや振りの技術を認識し上記機構を日常的に用いていたと認められること(乙14~17、34)、他方、原告製造に係る綿製ラップネットの試作品には平成26年5月頃まで巻取り後に凹凸があり(前記(13)、(17))、平成25年5月当時の原告代表者のあや振りの具体的な技術に関する知識経験が必ずしも明らかではないことなどの事情がある。これらに照らせば、同月31日にあや振りの話がされた際に原告代表者があや振りを施して更にプレスすることを発言したことがあったとしても、原告代表者が同日、あや振りの技術を採用すること自体を独自に思い付いたことを認めるに足りず、あや振りの技術を提案した旨の原告代表者及びAⅰの前記供述等を採用することはできない。また、Aⅰがラップネットに綿糸を使用することやあや振りの技術を適用することを着想し被告に提案したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告代表者及びAⅰが、綿製ラップネットの製造に当たりあや振りの技術を適用することを着想して、これを被告代表者に提案等したとは認められない。
2 争点〈1〉(原告代表者及びAⅰが被告代表者と共同で本件各発明をしたか。)について
(1) 本件発明1及び本件発明11の特徴的部分について
ア 原告は、本件発明1及び本件発明11の特徴的部分の完成への関与について、その大部分を担ったのは、原告代表者及びAⅰであると主張する。
イ 前記1(16)によれば、従前の技術的課題を解決する、本件発明1の特徴的部分は、ラップネットにおいて従前、技術的課題であるとされていた作業性、家畜の安全性を確保するために、ラップネットの経糸及び緯糸のいずれにもセルロース系繊維を用いたというものであると認められる。
この特徴的部分は、本件出願において優先権の主張がされた先の出願2(平成25年7月22日出願)の請求項1に含まれるものであった。そして、本件明細書の発明の実施の形態における、本件発明1のラップネットに関する経糸及び緯糸に使用する糸の種類や引張強度等の数値を含めた記載は、先の出願2の明細書の記載とほぼ同様のものである。
これらによれば、本件発明1の特徴的部分は、平成25年7月22日までには完成されていた。
ウ 前記1(16)によれば、本件発明1のように、ラップネットの経糸及び緯糸のいずれにもセルロース系繊維を用いると、特に緯糸に比べて強度が要求される経糸が太くなり、それによって1本のロールに巻き取れるラップネットの長さが短くなるという課題があった。本件発明11は、その課題を解決するため、本件発明1等のラップネットの製造方法において、巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させて巻き取るというあや振り機構を適用したものであり、本件発明11の特徴的部分は、本件発明1から10に係るラップネットの製造方法において上記のようなあや振り機構を適用した部分であると認められる。
この特徴的部分は、本件出願において優先権の主張がされた先の出願2(平成25年7月22日出願)の請求項6に含まれるものであった。そして、本件明細書の実施の形態における、巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させて巻き取るというあや振り機構を用いた場合の往復運動の振幅、その場合の巻き取ったラップトップの長さや直径の数値を含めた記載は、先の出願2の明細書の記載と同じものである。
これらによれば、本件発明11の特徴的部分は、平成25年7月22日までには完成されていた。
(2) 本件発明1の特徴的部分の完成に対する原告代表者及びAⅰの現実の関与について
ア 被告は、平成25年3月中旬頃、原告に対し、糸を提供して、緯糸に綿糸を使用したラップネットの編布を依頼し、同年5月にタカキタ、原告、被告の関係者が集まった場において、Bⅰが全部を綿糸で製造した方が安全でないかとの発言をして、その後、被告は、他の業者に対して依頼して製造していた複数の種類の綿糸を原告に提供して、経糸及び緯糸に綿糸を使用するラップネットの編布を依頼し、原告は経糸にこれらの綿糸を使用してラップネットを試作した。
ここで、ラップネットの緯糸、経糸に綿糸を用いることについて、原告代表者又はAⅰが着想して、これを被告に提案したと認めることはできない(前記1(19)ア、イ)。
イ 原告は、平成25年5月、被告から提供を受けた複数の種類の綿糸を経糸及び緯糸に使用して、ラップネットの試作を行い、タカキタは、その試作品の強度が十分であることを確認した。
もっとも、経糸に使用した綿糸は、被告が平成25年3月頃からラップネットの経糸に使用することを想定して他社に依頼して製造していたものであり、それを原告に提供したものであった。また、ラップネットの編組織は一般的なものであり、その製造には一般的なラッシェル編機を用いることが可能であり(前記1(2))、原告は、従前から保有していたラッシェル編機を用いて編布をした。
ウ 原告(筆者注:「被告」の誤記と思われる。)は、平成25年7月22日、先の出願2をした。その請求項1に記載された発明は、ラップネットにおける経糸及び緯糸がセルロース系繊維であるというものであったところ、その明細書の実施例には、経糸、緯糸に用いる具体的な綿糸の種類や、それを用いて、ラッシェル編機を使用してラップネットを製造した場合の編地の長さ方向に連なるチェーンステッチ1本当たりの具体的な強度(引っ張り強さ)が記載されていた。この強度等の数値は、被告代表者が、その知識、経験に基づき計算したもので、原告から提供されたものはなかった。
また、原告(筆者注:「被告」の誤記と思われる。)は、先の出願2等を優先権の基礎として、平成26年4月23日に本件出願をしたところ、その明細書の実施例には、先の出願2とほぼ同様の、経糸、緯糸に用いる具体的な綿糸の種類や、それを用いて、ラッシェル編機を使用してラップネットを製造した場合の編地の長さ方向に連なるチェーンステッチ1本当たりの具体的な強度(引っ張り強さ)が記載されていた。この強度等の数値は、被告代表者が、その知識、経験に基づき計算したもので、原告から提供されたものはなかった。また、上記の計算や本件明細書の記載に当たり、原告から提供を受けた試験結果等が参考等されたことを認めるに足りる証拠はない。
エ 前記アによれば、本件発明1の特徴的部分について、原告代表者又はAⅰが着想したと認めることはできない。また、前記イのとおり、原告が綿糸を使用したラップネットの編布を行ったことは認められるものの、それは被告が製造して原告に提供した綿糸を使用してされたものであって、ラップネットの編組織が一般的なものであり、上記編布において一般的な編布に必要な技術以外の技術が用いられたことを認めるに足りる証拠はないことなどからすると、そのような編布をしたことのみをもって、原告代表者及びAⅰが直ちに本件発明1の特徴的部分の完成に現実に関与したと認めるには足りない。そして、前記ウのとおりの明細書の記載やその記載に至る経緯に照らせば、原告が編布を行ったり、その後、その試作品の強度試験を行ったりしたことがあったとしても、原告代表者及びAⅰが、本件発明1の特徴的部分の完成に現実に関与したと認めるには足りない。
したがって、本件発明1の特徴的部分の完成に原告代表者又はAⅰが具体的に関与したとはいえず、原告代表者又はAⅰが本件発明1を発明したということはできない。
オ 原告、被告及びタカキタは、平成25年12月、本件開発契約を締結した(前記1(14))。しかし、本件開発契約において、有効期間は同年9月からと定められているのに対し、本件発明1の特徴的部分が同年7月22日までに完成されていたことから、そもそも、本件発明1は、本件開発契約に基づいて開発、発明されたものとはいえない。また、原告もその当事者である本件開発契約においては、その有効期間前の被告の活動等として、被告が、平成25年5月に綿ベールネットの編布を原告に依頼したこと、原告に複数の綿糸を納入したこと、タカキタに綿ネットの試験巻きを依頼したことが特に記載されており、「綿ベールネット」自体は被告が開発したことが前提とされていたともいえる。
また、被告が平成24年に原告に対しラップネットの編布を依頼した後、被告及び原告は、共同で特許出願をしたり、畜産試験場を訪れたり、試作品についての評価をタカキタで受けたり、どのような試作品を製造するかを確認したり、補助金の交付の申請をしたりした(前記1(3)、(5)、(7)ないし(9))。また、原告は、新たに編機を購入するなどした上でラップネットの製造についての開発を行った(同(15))。
しかし、上記各事実は、それ自体は本件発明1の特徴的部分の完成に直接関係するとはいえないものであって、それらの事実をもって直ちに本件発明1の特徴的部分の完成に原告代表者又はAⅰが現実に関与したと認めるに足りるものではない。上記各事実は、前記アないしウに記載した事実に照らすと、本件発明1の特徴的部分の完成に原告代表者又はAⅰが具体的に関与したとはいえないという上記認定を左右するものではない。
なお、被告が、ラップネットに関し、平成25年1月に原告と共同で別件出願1をしたことや、同年12月に原告及びタカキタと本件開発契約を締結したことについて、被告代表者は、別件出願1は、原告からラップネットを量産化するに当たり、生分解性ポリエチレンフィルムのスリット加工等も原告において行った上で編布をしたい旨の申出を受けたことから、経編機の改良における原告の役割を期待して、共同で行うこととしたものであり、また、本件開発契約は、被告において綿製ラップネットの基本的な開発が完了した段階で量産化や生産効率化を図るに当たり、原告及びタカキタにおいて積極的な役割を果たすことが期待されたことから締結したものである等と陳述する(乙34)。この説明は、原告が平成26年1月頃から新しく購入したラッシェル編機を用いてラップネットの製造を行う(前記1(15))など、ラップネットの量産化、生産効率化における役割を果たしたことや、原告と被告は被告が原告に糸代及び加工賃を支払うという態様で継続的に取引を行うようになっていて(同(18))、ラップネットの生産効率化等は被告の利益でもあったことなどを含めた前記認定に係る事実経過にも矛盾せず、相応の合理性があるものである。
カ 以上によれば、本件発明1について、原告代表者及びAⅰが発明者であることを認めるに足りず、同人らが本件発明1に係る特許を受ける権利を有していたとはいえない。
(3) 本件発明11の特徴的部分の完成に対する原告代表者及びAⅰの現実の関与について
ア 原告代表者、Aⅰ及び被告代表者は、平成25年5月31日、タカキタにおいてラップネットの試作品の評価を受け、以後の予定として、巻取りの際にあや振りをするなどの仕様で試作品を製造することが確認された(前記1(8))。
ここで、原告代表者又はAⅰが、綿糸を用いるラップネットの編布においてあや振りの技術を適用することを着想し、被告に提案したとは認められない(前記1(19)エ)。
イ 原告は、平成25年6月以降、巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させるのではなく、巻上げローラの前にあや振り装置を設置するという方法により、あや振りを施すことを試みていた(前記1(10))。なお、それ以前、原告は、巻上げローラを左右に往復運動させる方法を試みたが、所望の結果が得られず、また、上記方法について、被告にその機械の動作等を見せたことはなく(同(2))、同動作等に関する情報を被告に対して提供したことを認めるに足りる証拠はない。
ウ 巻取りに際してあや振りをすること自体は、繊維業界において広く用いられている基本的な技術であり、被告が昭和60年頃に導入した整経機にもあや振り機構が備わっており、被告代表者は、従前からあや振りの技術を認識し、日常的に用いていた。
被告は、平成25年7月22日、先の出願2をした。その請求項6に記載された発明は、経糸及び緯糸がセルロース系繊維からなるラップネットの製造方法において、巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させるというものであった。そして、明細書の実施例には、巻上げローラを回転軸方向に往復運動させる振幅の数値や、1本のロールに巻き取ったラップネットの長さ、その直径の数値が記載されているところ、この数値等は被告代表者が知識と経験に基づいて計算したものであり、原告から提供されたものではなかった。そして、原告は、先の出願2等を優先権の基礎として、平成26年4月23日に本件出願をしたところ、本件明細書の実施例には、あや振りに関して、先の出願2の実施例と同じ記載がされていて、この数値等は被告代表者が知識と経験に基づき計算したものであった。上記の計算や本件明細書の記載に当たり、原告から提供を受けた何らかの情報が参考等されたことを認めるに足りる証拠はない。
エ 上記アによれば、本件発明11の特徴的部分について、原告代表者又はAⅰが着想したと認めることはできない。また、原告が巻上げローラの前にあや振り装置を設置するという方法によりあや振りを施すことを試みていたことは認められるが、本件発明11は、巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させるというものである。そして、前記ウのとおりの明細書の記載やその記載に至る経緯に照らしても、原告代表者やAⅰが本件発明11の特徴的部分の完成に現実に関与したと認めるには足りない。
したがって、本件発明11の特徴的部分の完成に原告代表者又はAⅰが現実に関与したとはいえない以上、原告代表者又はAⅰが本件発明11を発明したということはできない。
オ 原告は、ラップネットの試作を行い、平成25年6月以降は、巻上げローラの前にあや振り装置を設置する方法によりあや振りを施すことを試みるようになり(前記1(10))、平成30年7月には、ネット生地を鎖編組織の間隔の範囲内で幅方向に一定の大きさで振りながら巻き取ることなどの構成を有する製造方法についての特許出願をする(同(18))など、ラップネットの製造においてあや振りに関する開発を行っていたことはうかがえる。しかし、上記各事実は、その内容及び時期から、平成25年7月22日までに完成されていた、本件発明1等のラップネットの製造方法において巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させて巻き取るというあや振り機構を適用するという、本件発明11の特徴的部分の完成に対し、原告代表者及びAⅰが具体的に関与したことの根拠となるものではない。
(4) 以上によれば、原告代表者又はAⅰが本件発明1及び本件発明11を発明し、ひいては本件各発明の大部分を担ったとの原告の主張には理由がない。
なお、本件各発明のうち、本件発明1及び本件発明11以外の発明について、その特徴的部分の完成に対する、原告代表者又はAⅰの具体的な関与を認めるに足りる証拠もない。原告の主張中には、本件各発明の中には本件開発契約の期間中の発明がある旨述べる部分もあるが、その期間中にされた発明であることによって、直ちに特定の発明の特徴的部分の完成に原告代表者及びAⅰが具体的に寄与したと認められることになるものではない(本件開発契約でも発明に係る権利は発明をした当事者に帰属することが定められていた。)。
したがって、原告代表者及びAⅰが被告代表者と共同で本件各発明をしたとは認めるに足りない。
第4 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないから、これを棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
【解説】
本件は、原告が被告に対し、被告が原告代表者等と被告の共有に係る特許を受ける権利について単独で特許出願をして本件特許権の設定登録を受けたところ、原告は原告代表者等から本件特許権の持分を譲り受けたなどと主張して、特許法74条1項所定の移転請求権に基づき、本件特許権の持分2分の1の移転登録を求める事案である。
特許法74条は、平成23年の改正により新設された。特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は他の共有者と共同でなければ特許出願をできないとされており(特許法38条)、これに違反する特許出願は、拒絶理由、無効理由を有する(共同出願違反、特許法49条2号、123条1項)。このような共同出願違反の出願がされた場合、特許法74条が新設される以前は、特許権設定登録前の出願名義人変更は可能とした裁判例があったが、特許権設定登録後の特許権の移転は、真の権利者が自ら出願していたにもかかわらず不当に名義変更されたという特殊な場合でない限り認められないと解されていた。そこで、真の権利者を救済するために、特許法74条が新設された 。
本件においては、原告代表者及びAⅰ(原告代表者の弟)が被告代表者と共同で本件特許に係る発明(以下、請求項番号に応じて「本件発明1」等といい、併せて「本件各発明」という。)をしたか否かが争点となった。
発明者について特許法の条文上定義はないが、裁判例では、「発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を指すというべきである。」とされている(知財高判平20.5.29)。また、共同発明者に関しては、同裁判例では「複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、一体的・連続的な協力関係の下に、それぞれが重要な貢献をなすことを要する」とされている。
本件においては、本件発明1及び11の特徴的部分を認定した上で、その特徴的部分の完成への関与があったか否かで、「原告代表者及びAiが被告代表者と共同で本件各発明をしたか」(=共同発明者であるか)が判断された。本件発明1の特徴的部分(ラップネットの経糸及び緯糸のいずれにもセルロース系繊維を用いたこと)及び本件発明11の特徴的部分(巻上げローラを回転軸方向に所定の振幅で往復運動させて巻き取るというあや振り機構を適用したこと)のいずれも、被告が単独で出願した先の出願2の明細書に記載されていた。被告と原告との間では、先の出願の出願日より前に情報はやり取りされていたため、先の出願2に原告代表者又はAiの着想が反映されていた可能性もあるが、原告代表者又はAiの着想や原告の試験結果等が反映ないし参考にされていたことは、証拠上認められなかった。このため、原告代表者及びAiが、本件発明1及び11の特徴的部分の完成に現実的に関与したとは認められず、原告代表者及びAiが被告代表者と共同で本件各発明をしたとは認められなかった。認定事実からみると、この判断は正当と思われる。
共同発明であるか否かは、他社との共同研究開発を行う際に問題となることが多い。共同開発の中では、自社から情報を開示する際には自社の情報であることを明確にし、会議など他社とのディスカッションの中でも、誰のアイディアや着想であったかを明確にし、発明の完成に自社が関与したことを主張できるように、議事録やラボノート等により記録することが必要であると考える。
以上
(筆者)弁護士 石橋茂