【令和2年2月26日判決(知財高裁 平成31年(行ケ)第10059号)】

【ポイント】
メールデータ等を根拠に商標の使用事実が認められ,不使用取消審決が取り消された事例

【キーワード】
商標法2条
商標法50条
不使用取消
メール デジタルデータ

第1 事案

請求人(本件の被告)が,平成27年4月9日に,登録第1493277号の商標(以下,「本件商標」という。)の指定商品中,第14類「貴金属製のがま口及び財布」及び第18類「かばん類,袋物」について,商標法50条1項に基づいて,本件商標の商標登録の商標登録取消審判(取消2015-300258号事件。以下,「本件審判」という。)を請求したところ,特許庁が,平成31年3月29日に,被請求人(本件の原告)の使用事実の証明を認めず,商標登録を取り消す旨の審決(以下,「本件審決」という。)をした。
本件は,平成31年4月23日に,被請求人であった原告が本件審決に対して,本件商標の使用事実に係る判断の誤りを取消事由として提起した審決取消訴訟である。
なお,原告は,本件審判係属中の平成29年4月4日に,第三者から本件商標権を譲り受け,その旨の移転登録を経由した。
本件の主な争点は,原告が訴訟段階で本件商標の使用事実を証明するために証拠として提出したメールデータ及びそのメールに添付されたデータ等の信用性の有無である。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 (1) 前記第2の1の事実と証拠(甲3,4,24,32,35,89ないし93,107ないし148(いずれも枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

     (省略)

(イ) 原告は,平成25年10月29日,韓国のミラクル社(甲124の2,3)に対し,「2013.10」,「COC-BGT01」,「COC-CV01」,「COC-BGT02」,「COC-CV02」との表示の下に,「COCO」の欧文字が付されたトートバッグのデザイン及び寸法等を記載した画像データ(甲91の2,3,136の1,2)を添付した,「COCOバッグサンプル作成のお願いになります。」,「指示書添付致します。」,「大,中2サイズでWHITE(生成り)とBLACKで作成お願いします。」などと記載したメール(甲91の1)を送信した。
(ウ) 原告は,平成25年12月4日,ミラクル社に対し,「Re:商品発注になります:COCOバッグ発注」との件名で,「商品発注の件」と題する書面2通(甲93の2,3,137の1,2)を添付した,「発注書2件添付しております。」,「COC-BGT」,「COC-CV」,「納期が確定しましたら教えて下さい。」などと記載したメール(甲93の1)を送信した。上記添付書面中には,「(COC-BGTビッグトート)1st」として品番「COC-BGT01」のカラー5色を3500枚,品番「COC-BGT02」のカラー5色を3500枚の合計7000枚を単価US4.8ドルで発注(甲93の2,137の1)し,「(COC-CVキャンバストート)1st」として品番「COC-CV01」の5色を2500枚,「COC-CV02」の5色を2500枚の合計5000枚を単価US4.0ドルで発注(甲93の3,137の2)する旨の記載がある。

     (省略)

ウ(ア) 原告は,平成26年3月25日,日本PMSに対し,「※再送です【COCO 商品のご案内】【E-COME】」との件名で,「Cocoバッグ BIGトートNo.1」のファイル名及び「CocoバッグキャンバストートNo.1」のファイル名のPDFデータ(甲127の2)等を添付した,「再送致します。現状では,圧倒的にトート・ミニトートの方が予約段階での付きは良い状況です。」,「早速ではございますが【COCO絵型】を添付しております。何卒よろしくお願い致します。」などと記載したメール(甲127の1)を送信した。

     (省略)

(イ) 原告は,平成26年4月23日,埼京三喜に対し,「【COCO絵型】【イーカム】」との件名で,「Cocoバッグ BIGトートNo.1」のファイル名及び「Cocoバッグ キャンバストートNo.1」のファイル名のPDFデータ(甲128の2)等を添付した,「早速ではございますが【COCO絵型】を添付しております。」,「こちらの商品の中の,トート2アイテムに関しましては5月GW明け納期商品となっております。」などと記載したメール(甲128の1)を送信した。

「Cocoバッグ BIGトートNo.1」のファイル名のPDFデータ(甲128の2の1枚目)には,「Coco ビッグトートNo.1」,「Coco ビッグトートNo.2」との表題の下に表が記載され,表の枠内には,「STYLENO」欄に「COC-BGT01」,「COC-BGT02」,「納期」欄に「5月中旬頃~随時発送予定 下代@1134-」とする「COCO」の欧文字が表示されたそれぞれカラー5色のトートバッグの写真が掲載され,表の枠外にはトートバッグを持った女性の写真とともに,「商標:COCO 商標登録番号:第1493277号」,「この商品は,(株)イーカムが(株)ダンエンタープライズの所有する,商標:COCOの使用,販売許諾を独占契約した正規国内ライセンス商品です。販売許諾地域:日本国内限定 商品可能化アイテム:かばん,小物類」との表示があった。

また,「Cocoバッグ キャンバストートNo.1」のファイル名のPDFデータ(甲128の2の2枚目)には,「Coco キャンバストートNo.1」,「Coco キャンバストートNo.2」との表題の下に表が記載され,表の枠内には,「STYLENO」欄に「COC-CV01」,「COC-CV02」,「納期」欄に「5月中旬頃~随時発送予定 下代@1026」とする「COCO」の欧文字が表示されたそれぞれカラー5色のトートバッグの写真が掲載され,表の枠外にはトートバッグを持った女性の写真とともに,「商標:COCO 商標登録番号:第1493277号」,「この商品は,(株)イーカムが(株)ダンエンタープライズの所有する,商標:COCOの使用,販売許諾を独占契約した正規国内ライセンス商品です。販売許諾地域:日本国内限定 商品可能化アイテム:かばん,小物類」との表示があった。

   (省略)

オ 原告は,平成26年10月14日,ユニーから,「ディズニー,COCO,スクールの発注明細を添付します。確認をお願いします。本日,伝票発行しました。」,「10/19までに納品をお願いします。」などと記載したメール(甲107の1)を受信した。上記メールの添付ファイル(甲107の2)には「COCOキャンバストート COC-CV01 各色20」,「COCOキャンバストート COC-CV02 各色20」との記載があった。

原告は,同月15日,ユニーに対し,上記発注の内容を確認し,商品確保が完了した旨のメール(甲108)を送信し,同月18日,ユニーに対し,「COCOキャンバストート COC-CV01 各色」及び「COCOキャンバストート COC-CV02 各色」を納品(甲110の1ないし20,111の1ないし20)した。

 

(【原告が使用事実を証明するために証拠として提出したデータ等に対する被告の反論】)

 (2) これに対し被告は,前記(1)掲記の証拠に関し,〈1〉甲91の1ないし93,107の1,2,110の1ないし20,111の1ないし20,112,127の1,2,128の1,2等は,原告が所持し,その提出も極めて容易であったにもかかわらず,4年の審理がされた本件審判の段階では提出されずに,本件訴訟に至って初めて提出されたのは極めて不自然であるから,そもそも信用することができない,〈2〉甲91の1,116の1,117の1,127の1,128の1の各メール等に添付されていたファイルであるとして,当該メールと合わせて提出された書面(甲91の2,3,116の2ないし4,117の2,127の2,128の2等)について,実際に当該メールに添付されたファイルの中身と同一のものであることについての立証がない,〈3〉原告提出のUSBメモリ(甲148)に保存されたメールデータについては,メールの作成日について,インターネットヘッダーの「Received from」の表示時刻は容易に変更可能であり,当該変更を反映する形で,メール自体の送受信日時も同様に変更されることになるから,上記メールデータによっても,各メールが表示されたとおりの日時に送受信されたとは限らない,〈4〉甲148に保存された甲127の1,128の1のメールデータのインターネットヘッダーには「Received from」の項目が存在しておらず,このことは,当該メールが実際に送信された形跡が存在しないことを意味するなどと主張する。

(【被告の上記反論に対する裁判所の判断】)

しかしながら,上記〈1〉の点については,本件審判の経過及び本件訴訟の審理経過に照らすと,原告は,本件審決を踏まえて,本件訴訟において,本件審判段階では主張していなかった本件商標の使用の事実を新たに主張し又は主張を補充し,新たな証拠を提出したものと認められ,被告主張の上記甲各号が本件審判段階で提出されていなかったことから直ちにその信用性がないということはできない。

次に,上記〈2〉の点については,甲89ないし91,93,107,116,117,120ないし122,124,126ないし128,132(いずれも枝番を含む。)の各メールのメールデータを保存したUSBメモリ(甲148)によれば,印刷された各メールの本文(甲89ないし91,93,107,116,117,120ないし122,124,126ないし128,132の各1)にそれぞれの添付ファイルを印刷した書面(甲89の2,3,90の2,3,91の2,3,93の2,3,107の2,116の2ないし4,117の2,120の2,121の2,122の2,124の2,3,126の2ないし5,127の2,128の2,132の2)が添付されていた事実を確認することができるから,上記〈2〉の点は理由がない。

さらに,上記〈3〉の点については,アプリケーションを用いて電子メールデータ自体を編集することで,各メールの送受信日時を変更することが可能であるとしても(乙37,38),甲148から,上記のとおり各メールに記載された添付ファイルが添付されていることを確認することができ,これらのメールが送受信されたことが認められることに照らすと,原告において各メールの送受信日時のみの変更を行ったものと認めることは困難である。

また,上記〈4〉の点については,Received from」の項目は,メールを受信した際の項目であるから,原告が送信した甲127の1,128の1のメールに上記項目が存在しないことは何ら不自然なことではない。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

他に前記(1)の認定を左右するに足りる証拠はない。

     (略)

そうすると,原告は,本件商標の通常使用権者であった原告が,要証期間内に,日本国内において,本件審判請求に係る指定商品である第18類「かばん」を輸入及び販売することによって,本件商標と社会通念上同一の商標の使用をしていることを証明したものと認められる。

したがって,原告主張の取消事由は理由がある。

3 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由があるから,本件審決は取り消されるべきものである。

よって,主文のとおり判決する。

第3 検討

本件は,訴訟段階で提出されたメールデータ及びそのメールに添付されたデータ等を根拠に商標の使用事実が認められ,不使用取消審決が取り消された事案である。

原告は,商標の使用事実を証明するためのメールデータ及びそのメールに添付されたデータ等を,本件審判(4年間の審理)の段階では提出せずに,本件訴訟の段階で提出した。これに対して,被告は以下の反論を主張した。

① 原告が使用事実の証明として提出したメール等は,原告が所持し,その提出も極めて容易であったにもかかわらず,4年の審理がされた本件審判の段階では提出されずに,本件訴訟に至って初めて提出されたのは極めて不自然であるから,そもそも信用することができない。

② 原告が提出したメールの添付ファイルと原告が主張する書面は,実際に当該メールに添付されたファイルの中身と同一であることの立証がない。

③ 原告提出のUSBメモリーに保存されたメールデータにつき,メールの作成日とされるインターネットヘッダーの「Received from」の表示時刻は容易に変更可能であり,当該変更を反映する形で,メール自体の送受信日時も同様に変更されることになるから,各メールが表示されたとおりの日時に送受信されたとは限らない。

④ 原告が提出したメールのインターネットヘッダーには「Received from」の項目が存在しておらず,このことは,当該メールが実際に送信された形跡がないことを意味する。

 

これらの被告の主張に対し,裁判所は被告の各主張は採用できないと判断した。

 まず,①については,「原告は,本件審決を踏まえて,本件訴訟において,本件審判段階では主張していなかった本件商標の使用の事実を新たに主張し又は主張を補充し,新たな証拠を提出したものと認められ,被告主張の上記甲各号が本件審判段階で提出されていなかったことから直ちにその信用性がないということはできない」と判断した。この判断は妥当であり,被告としては原告の各証拠が偽造や改ざんされたと推測される事情を挙げていくことで,各証拠の信用性がないことを主張する必要があると思われる。なお,関連論点として,不使用取消審判において立証のなかった使用事実を審決取消訴訟において立証することの可否に関する論点があるが,その立証は事実審の口頭弁論終結時まで許されると判断した最高裁判決がある(最判平成3年4月23日(昭和63年(行ツ)第37号審決取消請求事件))。本件の被告は特にこの論点については主張していない。

 次に,②については,裁判所は,「各メールの本文…にそれぞれの添付ファイルを印刷した書面…が添付されていた事実を確認することができる」と判断した。原告が各メールを保存したUSBメモリーも証拠として提出していたため,裁判所はその事実を確認できたのである。このことから,添付データが付されたメールを証拠として提出する際には,当該メールや当該添付データを印刷した書証だけではなく,生のデジタルデータをUSBメモリーに保存して提出することが立証の観点から重要であることが分かる。

 そして,③について,裁判所は,「アプリケーションを用いて電子メールデータ自体を編集することで,各メールの送受信日時を変更することが可能であるとしても(乙37,38),甲148から,上記のとおり各メールに記載された添付ファイルが添付されていることを確認することができ,これらのメールが送受信されたことが認められることに照らすと,原告において各メールの送受信日時のみの変更を行ったものと認めることは困難である」と判断した。最後に,④については,裁判所は,「「Received from」の項目は,メールを受信した際の項目であるから,原告が送信した甲127の1,128の1のメールに上記項目が存在しないことは何ら不自然なことではない。」と判断した。まず,メールデータの信用性がないことを主張する側としては,メールデータを編集することができる可能性を指摘するだけでは不十分であることが分かる。また,被告としては,具体的に不自然な点として,原告のメールに「Received from」の項目がない点を主張したが,原告が送信するメールにおいてはそれがないことは何ら不自然でないとして,被告の当該主張は排斥された。

 本件では被告の主張が認められなかったが,相手方から提出された証拠の信用性を疑う側としては,当該証拠が偽造や改ざんされたと推測される事情(他の証拠との不整合性や各証拠自体の不自然さ等)を主張する必要がある。もっとも,技術が発展し,デジタルデータを容易に巧妙に偽造,改ざんすることができるようになった場合には,証拠自体の不自然さを主張することは非常に難しくなる。この場合には,偽造・改ざんされたか否かを判断するためにデジタル・フォレンジック技術を利用することが有益になるが,現状では,デジタル・フォレンジック技術を利用するのに一定程度高額な費用がかかるとされている。

以上のように,本判決は,現状において,証拠として提出されたデジタルデータの信用性に関する立証活動として実務上参考になる事案である。なお,技術の発展や技術利用の費用の低減等の事情によりデジタルデータを用いた立証活動は大きく変わってくるかもしれない。

 以上

弁護士 山崎臨在