【令和3年9月28日(知財高裁 令和2年(行ケ)10038号】

キーワード:進歩性

1 事案の概要

 本件は、特許無効審判における無効審決の取消訴訟である。請求不成立審決が取り消された。

2 本件訂正発明(請求項1)

「【請求項1】
 1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者であり,かつ,他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴がL-アスパラギン酸カルシウム,アルファカルシドール,及び塩酸ラロキシフェンからなる群より選択される1つの薬剤である骨粗鬆症患者を対象とする,
骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤。
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である」

3 引用発明(甲7発明)

 ヒトPTH(1-34)の200単位を毎週皮下注射する,ヒトPTH(1-34)を有効成分として含有する骨粗鬆症治療剤であって,厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳の被検者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,試験開始3ヶ月前から試験期間を通して,骨代謝及び骨粗鬆症の経過に影響を及ぼす可能性のある薬剤(エストロゲン類,カルシトニン類,活性型ビタミンD,ビタミンK2,イプリフラボン,ビスホスホネート類及びアナボリックステロイド類を含む。)の使用を控えさせた患者に対し,投与される,骨粗鬆症治療剤。

4 本件訂正発明と引用発明との一致点・相違点

(1)一致点
1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療ないし予防剤であって,特定の骨粗鬆症患者に投与されることを特徴とする,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤。
(2)相違点1
 本件訂正発明と、引用発明とで、投与対象となる患者の条件が異なっている点。
 すなわち、本件訂正発明は、請求項記載の(1)~(3)を満たし、かつ、L-アスパラギン酸カルシウムなどの他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴がある患者を投与対象とするのに対して、引用発明は、「厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳の被検者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,試験開始3ヶ月前から試験期間を通して,骨代謝及び骨粗鬆症の経過に影響を及ぼす可能性のある薬剤(エストロゲン類,カル
シトニン類,活性型ビタミンD,ビタミンK2,イプリフラボン,ビスホスホネート類及びアナボリックステロイド類を含む。)の使用を控えさせた患者」である点。
(3)相違点2
 骨粗鬆症治療剤ないし予防剤が,本件訂正発明では,「骨折抑制のための」ものであることが特定されているのに対し,甲7発明では,そのような特定がない点。

 5 裁判所の判断

「3 取消事由5(進歩性に関する判断の誤り)の有無について
本件では,本件訂正発明における「PTH1単位量」の測定方法について,明確性要件及び実施可能要件の充足の有無(取消事由2及び3)が,本件訂正発明についてサポート要件の充足の有無(取消事由4)が争われているところではあるが,事案に鑑み,取消事由5から,まず判断する。
・・・
⑵ 相違点1の容易想到性について
ア 本件4条件の技術的意義
(ア) 前記1のとおり,本件明細書には,本件訂正発明が,従来の骨粗鬆症薬であるPTHについて,安全性が高くかつ効能・効果の面で優れた骨粗鬆症治療ないし予防方法を提供すること及び安全性の高い骨折抑制ないし予防方法を提供することを課題とすること(【0012】),骨粗鬆症における骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して本件訂正発明の骨粗鬆症治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいこと及び骨粗鬆症における骨折の危険因子としては,年齢,性,低骨密度,骨折既往,喫煙,アルコール飲酒,ステロイド使用,骨折家族歴,運動,転倒
に関連する因子,骨代謝マーカー,体重,カルシウム摂取等が挙げられることが記載され,その上で,本件3条件を全て満たす骨粗鬆症患者を「高リスク患者」として定義することが記載されている(【0068】)。
そして,実施例1においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回100単位投与群は,同5単位投与群に比べ,有意に高い骨密度の増加,有意に低い新規椎体骨折発生及び有意に低い椎体以外の骨折発生が認められたこと,実施例2においては,本件3条件の全てを満たす高リスク患者について,PTHの週1回200単位投与群は,対照薬(プラセボ)投与群に比べ,新規椎体多発骨折及び増悪骨折の抑制効果が認められたこと,他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴がある患者のプラセボ投与群に対する骨折発生率の割合が,これら薬剤の服薬歴のない患者のプラセボ投与群に対する骨折発生率の割合よりも低かったこと(【表21】),カルシトリオールを除く上記骨粗鬆症治療薬の服用歴のある患者において新規骨折の抑制が見られたことが記載されている。
(イ) 前記(ア)によれば,本件3条件は,骨折の危険性の高まった骨粗鬆症において,骨折の危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者に対して治療剤ないし予防剤を投与することが望ましいとの認識の下,当該危険因子を多く持つ骨粗鬆症患者を特定する条件として設定されたものというべきである。また,本件条件(4)は,他の骨粗鬆量治療薬の服薬歴がある患者の骨折抑制効果がその服薬歴のない患者の骨折抑制効果よりも高いことが観察されたことを踏まえ,更なる骨折抑制効果を図ることを目的として設定されたものであると認められ,本件条件(4)を加えたことによって初めて骨折抑制効果が奏されるとするものではないし,本件4条件の全てを満たす者と本件3条件の全部又は一部を満たさないが本件条件(4)を満たす者との間での骨折抑制効果の対比はされておらず,他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴があると,当該服薬歴がない患者より骨折抑制効果が増強されるのは,本件3条件の全てを満たす患者のみであるとの記載もないから,本件3条件と本件条件(4)の結合関係については明らかでないというほかない。したがって,本件条件(4)は,本件3条件に単純に追加された条件であると理解することが相当である。
被告は,本件4条件が有機的に結合した一体のものである旨主張するが,上記のとおりであるから,その主張を採用することはできない。

・・・
(イ) 本件条件(4)について
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これらの事項を併せ考えると,試験開始3か月前からは骨代謝及び骨粗鬆症の経過に影響を及ぼす可能性のある薬剤の使用を控えさせたと明記された甲7文献の記載に接した当業者であれば,甲7発明の投与対象患者は試験開始3か月より前にはこれらの薬剤の服薬歴を有する患者が相当程度含まれていると認識することは明らかといえる。
さらに,前記ウ(イ)のとおり,骨形成促進剤であるPTHについて他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴がある場合や同治療薬の併用がされた場合の効果の確認をした先行試験があることからすると,甲7発明に接した当業者が,投与対象患者の他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴に着目することは,当業者が自然に行うべきことと理解できる。
・・・
そうすると,甲7発明の投与対象患者について,他の骨粗鬆症治療薬の服薬歴に着目し,上記の記載や示唆等に基づき,L-アスパラギン酸カルシウム,アルファカルシドール及び塩酸ラロキシフェンの服薬歴のある患者を甲7発明の骨粗鬆症治療薬の投与対象とすることは,当業者であれば何ら困難を要しないものである。
c 以上のとおりであるから,甲7発明の骨粗鬆症治療剤の投与対象患者を本件条件(4)を満たす者とすることは,当業者にとって格別困難を要することとはいえない。」

6 検討

 クレームに要件が複数記載されている特許発明の進歩性を検討するにあたっては、一つ一つの要件ごとに容易想到性を検討した方が、進歩性を否定しやすい場面が多いと考えられる。したがって、特許発明の進歩性を主張する側は、それぞれの要件がひとまとまりの一体的なものであると主張し、進歩性を否定しようとする側は、一つ一つの要件は、関連性がなく、個別に容易想到性を検討すべきと主張することになる。
 本件では、訂正発明が、患者選択について(1)~(3)の3要件に加えて、骨粗鬆症治療薬の服薬歴がL-アスパラギン酸カルシウム,アルファカルシドール,及び塩酸ラロキシフェンからなる群より選択される1つの薬剤であるという条件(4)が規定されている。裁判所は、条件(4)について、明細書の記載や実施例などの諸々の事情を考慮として、「本件条件(4)は,本件3条件に単純に追加された条件であると理解することが相当である。」と判断し、条件(4)の容易想到性を、(1)~(3)の3条件と絡ませることなく、個別に判断し、容易想到性を認めた。
 本件は、投与対象者となる人間の条件が複数記載されている医薬の発明という事例についての判断ではあるものの、請求項に記載された複数の要件がそれぞれ独立しているのか、関連したひとまとまりのものであるのかを検討する際の判断手法に関して参考になることがあるものと思われる。

                                   以上
弁護士 篠田淳郎