【令和2年11月5日(知財高裁 令和元年(行ケ)第10165号)】

キーワード:訂正、新規事項の追加

 1 事案の概要

  本件は、異議申立の取消決定の取消訴訟である。訂正は新規事項の追加ではないとして取消決定が取り消された。

 2 特許請求の範囲

 ⑴ 訂正前の特許請求の範囲

【請求項1】
a 格納庫へ搬送される車両が載置され,前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって,
b 人による安全確認の終了が入力される入力手段と,
c 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と,
d 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で,前記車両の搬送を実行する制御手段と,
を備え,
e 前記制御手段は,前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後に,前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合,前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
f 機械式駐車装置。

 ⑵ 訂正後の特許請求の範囲

【請求項1】 
A 格納庫へ搬送される車両が載置され,前記車両の運転者が前記車両に乗降可能な乗降室が設けられる機械式駐車装置であって,
B 前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され,人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と,
G 前記乗降室の外側に設けられた操作盤に配置され,前記車両の搬送の許可が入力される許可入力手段と
C 人の前記乗降室への入退室を検知する入退室検知手段と,
D 前記入力手段に前記安全確認の終了が入力されている状態で,前記許可入力手段への操作が行われた後に,前記車両の搬送を実行する制御手段と,
を備え,
E 前記制御手段は,いずれかの前記入力手段に前記安全確認の終了が入力された後から,前記許可入力手段への操作が行われるまでの間に,前記入退室検知手段によって前記乗降室への人の入室が検知された場合,前記入力手段への前記安全確認の終了の入力を解除する
F 機械式駐車装置。

3 異議申立ての取消決定の概要

 構成要件Bにかかる訂正(以下「本件訂正」)について、
・本件訂正による位置の特定では、「安全確認実施位置」及びその「近辺」が、乗降室内か乗降室外のどちらであるか、またその両方であるのか明確でない。

・本件明細書には、実施例(実施形態)1~4の記載がある。うち、実施形態1、2及び4では、確認ボタン34(入力手段)の位置は、乗降室20内である。
・実施形態3では、確認ボタン34は、乗降室内のカメラ82で撮像されたモニタの近辺に配置されることを基本とし、モニタ80とともに、乗降室20の外に設けられた操作盤22に組み入れられることができるとされている。
・よって、「安全確認実施位置」は、カメラ・モニタが無い場合は、乗降室内であり、カメラとモニタがある場合には、乗降室内に加えて、乗降室外の操作盤等を意味する。
・カメラとモニタを介さずに車両の左右を目視により確認する場合において、「安全確認実施位置が乗降室外を含むことは、本件明細書等に記載された事項を超える。
 よって、本件訂正は新規事項の追加にあたる。

 4 本件明細書記載の実施形態

※第1、2及び4実施形態では、確認ボタン34(入力手段)は、いずれも乗降室20の内にある。

【0087】
  本第3実施形態に係る機械式駐車装置10は、確認ボタン34の近辺に配置され、車両12に対して反対側の安全確認を可能とする安全確認手段として、モニタ80A,80B及びカメラ82A,82Bを備える。確認ボタン34Aの近辺に配置されたモニタ80Aは、車両12に対して反対側に配置されたカメラ82Aで撮像された画像を表示する。一方、確認ボタン34Bの近辺に配置されたモニタ80Bは、車両12に対して反対側に配置されたカメラ82Bで撮像された画像を表示する。
【0088】
  従って、本第3実施形態に係る機械式駐車装置10によれば、安全確認者が車両12に対して反対側へ移動しなくても、反対側の安全確認が可能となる。
  例えば、安全確認者である運転者が車いすで移動する場合のように、乗降室20内の移動に困難を伴う場合がある。このような場合には、安全確認者が、一方のモニタ80Aの画像を目視し、確認ボタン34に入力を行うだけで、乗降室20内の安全確認が簡易にかつより広い範囲で行われる。
【0089】
  また、安全確認手段は、車両12に対して反対側を映すことが可能な鏡であってもよい。なお、本第3実施形態では、図7に示されるようにカメラ82A、82Bを車両12の両側に配置したが、カメラ82A、82Bは、安全確認者の目視できない部分を確認できる位置に設けることが好ましい。
【0090】
  また、本第3実施形態では、確認ボタン34とモニタ80を乗降室20内に設けた場合を例示したが、確認ボタン34とモニタ80が操作盤22に組み入れられたり、操作盤22の近傍に設置されてもよいし、さらに確認ボタン34とモニタ80が乗降室20の内、外に複数設けられてもよい

 5 裁判所の判断

「1 取消事由1(新規事項の追加についての判断の誤り)について

 本件決定が,本件訂正は新規事項の追加に当たるとする理由は,本件明細書等においては,駐車装置の利用者(以下「確認者」という。)が乗降室内の安全等を確認する位置(訂正後請求項1の「安全確認実施位置」)及びその近傍に位置する安全確認終了入力手段は,原則として乗降室内にあるものとされ,例外的に,確認者がカメラとモニタを介して安全確認を行う場合にのみ,乗降室外とすることができるものとされているにもかかわらず,訂正後請求項1においては,確認者が直接の目視によって安全確認を行う場合にも,安全確認実施位置と安全確認終了入力手段を乗降室外とする(以下,これを「乗降室外目視構成」という。)ことができることとなり,この点において,本件明細書等には記載のない事項を導入することになるというものであり,本訴における被告の主張もこれと同旨である
 ところで,訂正後請求項1の構成Bは,「前記車両の運転席側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺及び前記運転席側に対して前記車両の反対側の領域の安全を人が確認する安全確認実施位置の近辺のそれぞれに配置され,人による安全確認の終了が入力される複数の入力手段と,」と定めるのみであって,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段の位置を乗降室の内とするか外とするかについては何ら定めていないから,乗降室外目視構成も含み得ることは明らかである
 そこで,本件明細書等の記載を検討してみると,たしかに,確認者が目視で安全確認を行う場合に関する実施例1,2,4においては,安全確認終了入力手段は乗降室内に設けるものとされ,確認者がカメラとモニタによって安全確認を行う実施例3においてのみ,安全確認終了入力手段を乗降室の内,外に複数設けてもよいと記載されている(【0090】)のであって,乗降室外目視構成を前提とした実施例の記載はない。しかしながら,これらはあくまでも実施例の記載であるから,一般的にいえば,発明の構成を実施例記載の構成に限定するものとはいえないし,本件明細書等全体を見ても,発明の構成を,実施例1~4記載の構成に限定する旨を定めたと解し得るような記載は存在しない
 他方,発明の目的・意義という観点から検討すると,安全確認実施位置や安全確認終了入力手段は,乗降室内の安全等を確認できる位置にあれば,安全確認をより確実に行うという発明の目的・意義は達成されるはずであり,その位置を乗降室の内又は外に限定すべき理由はない(被告は,このような解釈は,本件明細書【0055】【0064】を不当に拡大解釈するものであるという趣旨の主張をするが,この解釈は,本件明細書等全体を考慮することによって導き得るものである。)。
 この点につき,被告は,乗降室の外から目視で乗降室内の安全を確認することは極めて困難ないし不可能であると考えるのが技術常識であるから,本件明細書等において,乗降室外目視構成は想定されていないという趣旨の主張をする。しかしながら,乗降室に壁のない駐車装置や,壁が透明のパネル等によって構成されている駐車装置等であれば,乗降室の外からでも自由に安全確認ができるはずであるし(その1つの例が,別紙2の駐車装置である。・・・),仮に乗降室が外からの目視が不可能な壁によって構成されている場合でも,出入口付近の適切な位置に立てば(したがって,そのような位置やその近傍を安全確認実施位置として安全確認終了入力手段を配置すれば),乗降室外からであっても,目視により乗降室内の安全確認が可能であることは,甲19の報告書が示すとおりであり,いずれにせよ被告の主張は失当である。・・・
・・・本件訂正を認めなかった本件決定の判断には上記1のとおり誤りがあり、・・・」

 6 コメント

 訂正が新規事項の追加にあたるか否かについて、特許庁と裁判所で判断が分かれた事例である。新規事項の追加か否かの判断は“甘い”傾向にあるといわれているが、本件も、明細書全体の記載を参酌することによって、新規事項追加ではないと判断されており、訂正要件の判断にあたって参考となる事例である。

                                   以上

弁理士・弁護士 篠田淳郎