【令和2年9月7日(最高裁第二小法廷 民集74巻6号1599頁)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 ライセンサー(被告)は、発明の名称を「樹脂フィルムの連続製造方法及び装置及び設備」とする特許権(以下「本件特許権」という。日本と米国の特許権が含まれている。)を有していた。ライセンシー(原告)は、ライセンサーから独占的通常実施権の許諾を受けた。なお、この許諾に当たって両者間で締結された実施許諾契約(以下「本件実施許諾契約」という。)では、ライセンシーは同契約に基づき製造する機械装置(以下「本件機械装置」という。)をライセンサーの競合会社に対して販売してはならない旨の特約(以下「販売禁止特約」という。)が付されていた。

 ライセンシーは、本件機械装置を製造し、ライセンサーの競合会社(原告補助参加人、以下「本件競合会社」という。)にこれを販売した。本件競合会社は、本件機械装置を使用して製品(以下「本件製品」という。)を製造販売し、これを日本及び米国に輸出するなどした。なお、ライセンシーと本件競合会社との間には、第三者から特許権の行使より本件競合会社が損害を被った場合には、ライセンシーがその損害を補償する旨の合意(以下「補償合意」という。)をしている。

 ライセンサーは、本件競合会社の米国における本件製品がライセンサーが保有する米国特許権を侵害するとして、米国において損害賠償を求めて提訴した(以下「別件米国訴訟」という。)。この米国訴訟では、本件競合会社による本件製品の製造販売が上記米国特許権を侵害するとして、本件競合会社に対して損害賠償請求を命ずる判決が言い渡された。

 以上の経緯を踏まえて、本件は、ライセンシーが、ライセンサーに対し、

 ①ライセンシーが本件競合会社に本件機械装置を製造販売したことについて、ライセンサーがライセンシーに対して本件特許権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認(以下「確認請求①」という。)

 ②本件競合会社が本件機械装置を使用して本件製品を製造販売したことについて、ライセンサーが本件競合会社本件特許権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認(以下「確認請求②」という。)

 ③ライセンシーが上記通常実施権の許諾時から現在に至るまで本件競合会社に対して本件機械装置を使用させることができる地位にあったことの確認(以下「確認請求③」という。)

 を求めたという事案である。

 なお、ライセンシーは、第1審判決後、ライセンサーに対し、ライセンサーによる別件米国訴訟について、不当訴訟として不法行為に当たる、又は、本件実施許諾契約の債務不履行に当たるとして損害賠償請求訴訟を提起し、本件競合会社は、第1審判決後、ライセンサーに対し、ライセンサーによる別件米国訴訟について、不当訴訟として不法行為に当たるとして損害賠償等請求訴訟を提起した(以下「別件大阪訴訟」という。)。

2 本件の争点

 本件の主な争点は、確認請求①~③が「確認の利益」を有するかである。

 民事訴訟では、原告が提起した訴えについて裁判所が本案判決(訴訟の対象となる権利義務又は法律関係について判断をする判決)をする必要性・実効性が求められ、これを「訴えの利益」という。本件は、法律関係の不存在(確認請求①②)及び存在(確認請求③)の確認を求める確認訴訟という類型に属する。確認訴訟では、対象となる権利義務又は法律関係が無限定であるので、訴訟要件として「確認の利益」が求められる。確認の利益が認められない場合には、裁判所は、本案判決をせずに訴えを却下(いわゆる門前払い)をすることになる。確認の利益は、ⓐ確認訴訟が手段として適切かどうか(方法選択の適否)、ⓑ確認対象の選択が適切かどうか(対象選択の適否)、ⓒ確認判決をすべき必要性が現に認められるかどうか(即時確定の利益)の観点から判断されると説明されるが、本件では特にⓒ即時確定の利益が問題となった。

3 争点に対する裁判所の判断

⑴ 確認の利益に関する判断

 確認請求①~③の確認の利益の有無について、裁判所が示した判断は以下のとおりである(「〇」は確認の利益あり、「×」は確認の利益なし、「-」は判断なし、の意味である。)。

 確認請求①確認請求②確認請求③
第1審(東京地裁)訴え却下
×
訴え却下
×
訴え却下
×
控訴審(知財高裁)
 控訴人(1審原告)
 被控訴人(1審被告)
原判決取消し、差戻し
原判決取消し、差戻し
控訴棄却
×
最高裁(第二小法廷)
 上告人(1審被告)
 被上告人(1審原告)
上告棄却
破棄自判
×

 以下では、確認請求①及び②について、原審から最高裁までの判断を概観する(判決文中の下線は執筆者が付した。)。

⑵ 確認請求①について(ライセンサー・ライセンシー間の法律関係)

 ア 第1審の判断

 東京地裁は、ライセンサー(被告)が、

(ⅰ)本件訴訟提起前に、ライセンシー(原告)に対し、本件特許権に基づく損害賠償請求権を主張・行使したことがないこと、

(ⅱ)本件訴訟の弁論準備手続期日において、ライセンシーに対して上記損害賠償請求権を招来にわたって主張・行使しない旨の一部和解に応じられる旨を述べたこと

 を指摘して、即時確定の利益(必要性)がないとして、確認の利益が認められないとした。

(1)…被告は、別件米国訴訟において、本件実施許諾契約には販売禁止特約が付されており、原告補助参加人による本件各製品の製造販売が本件米国特許権の侵害に当たる旨主張しているところ、この主張を前提にすれば、被告は、原告補助参加人に本件各機械装置を製造販売した原告に対しても、販売禁止特約に違反して本件各特許権を侵害したとして、損害賠償を求め得ることになる。
 しかしながら、…被告は、本件訴訟の提起前に、原告に対して本件損害賠償請求権を主張し、又はこれを行使したことはない上、平成30年4月27日の本件第4回弁論準備手続期日において、原告に対して本件損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられる旨述べているのであるから、被告が原告に対して本件損害賠償請求権を行使するおそれが現に存在するとは認められない。
 したがって、本件不存在確認請求のうち、原告に対する本件損害賠償請求権が存在しないことの確認を求める部分については、即時に確定する必要があるとはいえず、確認の利益は認められない。

 イ 控訴審の判断

 知財高裁は、東京地裁の判断を覆した。すなわち、

(ⅲ)ライセンサーは、第1回口頭弁論期日において、本件特許権に基づく損害賠償請求権を有する旨陳述していることから、ライセンサー・ライセンシー間で上記損害賠償請求権の存否について争いがあり、ライセンシーが上記損害賠償請求権を行使されるおそれがあるとして、即時確定の利益が認められるとした。

 また、第1審が認定した上記(ⅰ)及び(ⅱ)の事実が存在することを前提に、知財高裁は、ライセンサー・ライセンシーとの間には上記損害賠償請求権の存否について争いが存在すること、さらに、ライセンサーは上記損害賠償請求権を行使しないことについて法的義務を負うに至ったものではなく、将来にわたって確実に権利行使しないことの保証はないとして即時確定の利益がないとするライセンサーの主張を退けた。

(1)…被控訴人は、別件米国訴訟において、控訴人補助参加人に対し、控訴人補助参加人が本件各製品を製造販売した行為について、本件米国特許権の侵害を理由として損害賠償請求をしているものである。そして、…本件各製品の製造のために用いられた本件各機械装置を製造し、これを控訴人補助参加人に販売したのは控訴人である。
 また、当審第1回口頭弁論期日において、被控訴人が、被控訴人は控訴人に対し、本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有する旨陳述したことは、当裁判所に顕著である。
 そうすると、控訴人と被控訴人との間に本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権の存否について争いがあり、控訴人は、被控訴人から、上記損害賠償請求権を行使されるおそれが現に存在するというべきである。したがって、被控訴人が控訴人に対し、本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、即時確定の利益を有する。
(2) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は、控訴人による本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を行使しない旨明確にしているから、上記損害賠償請求権の不存在を確認する訴えは、即時確定の利益を欠くと主張する。
  しかし、被控訴人が、本件訴訟の提起前に、控訴人に対し、控訴人による本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を主張し、又はこれを行使したことはなく、さらに、原審第4回弁論準備手続期日において、被控訴人は控訴人に対し、上記損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられる旨述べていたとしても、控訴人と被控訴人の間では、上記損害賠償請求権の存否については争いが存在するものである。また、被控訴人は、上記のとおり述べたとしても、これにより上記損害賠償請求権を行使しないことについて法的義務を負うに至ったものではなく、将来にわたって確実に権利行使をしないことを保証するものとはいえない。
  したがって、前記損害賠償請求権の不存在を確認する訴えについて即時確定の利益を欠くとの被控訴人の前記主張は、採用できない。

⑶ 確認請求②について(ライセンサー・本件競合会社間の法律関係)

 ア 第1審の判断

 東京地裁は、ライセンサー・本件競合会社間の法律関係の不存在を確認する判決が確定した場合であっても、その確定判決の既判力(確定判決の拘束力)は、ライセンシーと本件競合会社との間に及ばないから、後に本件競合会社からライセンシーが求償されるおそれを除去できないとして、確認の利益がないとした。

(2)…別件米国訴訟において原告補助参加人に対して損害の賠償を命ずる判決が確定し、原告補助参加人が被告に対してその損害を賠償した場合には、原告が原告補助参加人から求償されるおそれがあることは否定し難いものの、本件の当事者である原告と被告との間において、被告の原告補助参加人に対する本件損害賠償請求権が存在しないことを確認する判決が確定したとしても、その判決の既判力は原告と原告補助参加人との間には及ばないから、原告が原告補助参加人から求償されるおそれを除去することはできない。
 したがって、本件不存在確認請求のうち、原告補助参加人に対する本件損害賠償請求権が存在しないことの確認を求める部分についても、確認の利益は認められない。

 イ 控訴審の判断

 知財高裁は、ライセンサーが米国において本件競合会社に対し特許権侵害訴訟を提起し勝訴していることから、ライセンシーは補償合意に基づき本件競合会社に対して損害を補償しなければならない可能性が高いことを指摘した。その上で、米国の特許権の関係で、

(α)ライセンシーが補償することになる損害金相当額、

(γ)ライセンサーの本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求等を求め得る権利法律関係を有するか否か

について、ライセンシーに現実の不安が生じているとした。

 そして、日本の特許権の関係でも、今後、ライセンサーが本件競合会社に対して、本件特許権(日本の特許権)を侵害していることを理由に損害賠償請求を提起する可能性も十分に認められるとした。

 以上の検討より、即時確定の利益があるとした。

(2) 即時確定の利益
 被控訴人は控訴人補助参加人に対し、控訴人補助参加人による本件米国特許権の侵害を理由として別件米国訴訟を提起し、その第一審では、控訴人補助参加人による本件米国特許権の侵害を理由として、控訴人補助参加人に対し損害賠償を命ずる判決が言い渡されている。また、その結果、控訴人は、控訴人補助参加人に、損害を補償しなければならない可能性が高い。そうすると、被控訴人が控訴人補助参加人に別件米国訴訟を提起したことにより、控訴人が補償することになる損害金相当額について、控訴人が、被控訴人に対し、本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求等を求め得る権利法律関係を有するか否かについて、控訴人には現実の不安が生じているというべきである。被控訴人は別件米国訴訟を提起しており、今後、被控訴人が控訴人補助参加人に対し、本件日本特許権の侵害を理由とする損害賠償請求を提起する可能性も充分に認められるから、本件日本特許権についても、同様のことがいえる。
 そうすると、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が控訴人補助参加人に対し、本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えについて、即時確定の利益があるというべきである。

 ウ 最高裁の判断

 最高裁第二小法廷は、確認請求①については上告を棄却(知財高裁の判断を維持)し、確認請求②について、原審である知財高裁の判断を覆して、確認の利益がないとした(破棄自判)。

 判決では、ライセンシーが、第三者間(ライセンサー・本件競合会社間)の法律関係の不存在の確認を求める訴えは、ライセンシー自身の権利義務等を確認の対象とするものではないので、仮に上記法律関係の不存在が確認されたとしても、その判決の効力はライセンサー・本件競合会社間には及ばず、ライセンサーが本件競合会社に対して本件特許権の侵害を理由とする損害賠償請求を行使することを妨げることはできないとした。

 そして、補償合意に基づきライセンシーが本件競合会社に対して損害を補償することによって、ライセンシーに損害が発生するかどうかは不確実であるとした。さらに、ライセンサーは、現実にそのような損害が発生したときに、ライセンサーに対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができるとした。このことから、最高裁は、確認請求②は、ライセンシーの「権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない」とした。

 また、上記債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟と確認請求②との間で、一部要件事実に対する認定判断が重複するからといって、同損害賠償請求訴訟に先立ち、確認請求②においてその認定判断を予めしておくことが必要かつ適切であるということもできないとした。

 本件確認請求に係る訴えは、被上告人が、第三者である参加人の上告人に対する債務の不存在の確認を求める訴えであって、被上告人自身の権利義務又は法的地位を確認の対象とするものではなく、たとえ本件確認請求を認容する判決が確定したとしても、その判決の効力は参加人と上告人との間には及ばず、上告人が参加人に対して本件損害賠償請求権を行使することは妨げられない。
 そして、上告人の参加人に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害を被った場合に、被上告人が参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償し、その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることがあるとしても、実際に参加人の損害に対する補償を通じて被上告人に損害が発生するか否かは不確実であるし、被上告人は、現実に同損害が発生したときに、上告人に対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができるのであるから、本件損害賠償請求権が存在しない旨の確認判決を得ることが、被上告人の権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない。なお、上記債務不履行に基づく損害賠償請求と本件確認請求の主要事実に係る認定判断が一部重なるからといって、同損害賠償請求訴訟に先立ち、その認定判断を本件訴訟においてあらかじめしておくことが必要かつ適切であるということもできない。
 以上によれば、本件確認請求に係る訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。

4 若干のコメント

 本件は、最高裁が、「確認の利益」という民事訴訟の一般的ルールに関して判断を下したものであるが、紛争の背景が、特許ライセンス契約や知財保証条項に関連していることから紹介した。特に、契約作成業務の担当者が、ライセンス契約違反や知財保証条項違反が具体的にどのような紛争として現れるのかをイメージする事例として、本件は最高裁まで争われたケースであるため有用である。

 また、権利者に対して債務不存在確認の訴えを検討する際、確認の利益の有無の検討については、本件の控訴審(知財高裁)における判断が参考となる。

以上
弁護士 藤田達郎