【東京地判令和2年8月21日(平成29年(ワ)27378号)】
【キーワード】
発明者
事案の概要
本件は、京都大学の元大学院生(原告)が、自らも抗PD-L1抗体を用いた抗癌剤に関する特許発明の発明者の一人であるとして、特許権の持分移転等を求めた事件である。
当事者等
ア 原告は,岡山大学工学部を卒業した後,平成12年4月に京都大学大学院生命科学研究科(生体制御学分野)に入学し,Z教授(以下「Z教授」という。)の研究室(以下「Z研」という。)に所属し,平成14年3月まで修士課程に,平成17年3月まで博士課程に在籍し,同月,博士号の学位を取得した。
イ 被告小野薬品は,医薬品の製造,売買及び輸出入等を業とする株式会社であり,がんの免疫療法薬として使用されている「オプジーボ」という商品名の抗PD-1(Programmed cell death 1 の略)抗体に係る薬剤を製造販売している。
ウ 被告Yは,京都大学大学院医学研究科(分子生物学)教授等を歴任し,現在,京都大学医学部内の講座「免疫ゲノム医学」教室において特任教授の地位にある。同被告は,平成30年10月,T細胞上に発現するPD-1の免疫抑制機能を阻害することによるがん治療法を発見したとして,ノーベル生理学・医学賞を受賞した。(甲7,乙B24)
エ Z教授は,原告が京都大学大学院の修士・博士課程に在籍していた時の指導担当教授であり,がん免疫の研究を専門としている。
オ W助手(以下「W助手」という。)は,平成10年10月にZ研にスタッフとして着任し,原告が京都大学大学院の修士・博士課程に在籍していた時,Z研に所属する助手であり,原告を直接指導する立場にあった。
カ A氏(以下「A氏」という。)は,平成10年春から平成14年3月まで,京都大学大学院の博士課程に在籍し,被告Yの研究室(以下「Y研」という。)に所属して研究を行っていた。
キ 上記のとおり,平成12年から平成14年までの間,Y研には被告Y及びA氏(博士課程)等が,Z研にはZ教授,W助手,原告(修士課程)等が所属していた。
経緯等
⑴ 原告の学位の取得
「ア 修士論文及び修士号の取得
原告は,平成14年3月に論文題目を「PD-1/PD-L1システムによるCTL細胞障害性に対する抑制調節」とする修士論文を執筆し,修士号を取得した。(甲12)
イ PNAS論文の発表
A氏,原告,W助手,被告Y及びZ教授は,「Involvement of PD-L1 on tumor cells in the escape from host immune system and tumor immunotherapy by PD-L1 blockade (腫瘍細胞中のPD-L1と宿主免疫システムからの回避との関係及びPD-L1をブロックすることによるがん免疫治療について)」)と題する論文を執筆し,これを米国科学アカデミー紀要(PNAS)平成14年9月17日号において発表した(以下「PNAS論文」という。甲13)。
PNAS論文は,同論文掲載の一連の実験の結果が,「PD-L1の発現が,潜在的に免疫原性のある腫瘍が宿主の免疫反応から免れるための強力なメカニズムとして機能し得ることを示唆し,また,PD-1とPD-L間の相互作用を遮断することが,特定のがん免疫療法のための有望な戦略を提供することを示唆している」(甲13の2(1頁))ことを要旨とするものである。
PNAS論文の脚注1(甲13の1(1頁))には,「AとXは本研究に等しく貢献した。」との記載がある。
ウ 博士論文及び博士号の取得
原告は,平成17年3月,PNAS論文を根拠論文として,博士号を取得した。同博士号の申請に当たり,原告の指導教授であるZ教授は,自ら署名押印した文書(甲1の2)において,原告の行った実験及びその結果を列記した後,「以上のところまでを,equal contribution として,分担担当した。」と記載している。
なお,京都大学大学院生命科学研究科においては,その当時,博士課程修了認定者は,当該学生が筆頭著者となっている国際誌に英文で発表した論文を根拠論文としなければ学位申請をすることができなかった。(乙B3(24頁),乙B13(35頁))
⑵ 原告が修士課程に在籍中に行った実験(以下の実験を総称して「本件実験」という。)
原告は,Z研に入室後,以下の実験を行った。
ア 抗PD-L1抗体の性状確認等
(ア) 抗PD-L1抗体の性状確認等
原告がZ研に入室した平成12年4月当時,抗PD-L1抗体の作製作業は既に開始しており,1-111抗体及び1-167抗体のハイブリドーマは得られていたものの,なお,より良い抗体を作製する抗体スクリーニング作業は続いていた。原告は,Z研に入室後,このスクリーニング作業に参加するとともに,1-111抗体及び1-167抗体の性状解析を行い,これらの抗体がPD-L1分子をしっかり認識できるかどうかなどの確認作業を行った。
その結果,平成12年11月頃には,1-111抗体の方がより高い親和性でPD-L1分子を認識していることが明らかになり,これを超える性能の抗PD-L1抗体は見つからなかったことから,その後は,1-111抗体が抗PD-L1抗体として実験に使用されるようになった。(甲50(5~7頁),乙B13(9頁),乙B14(19~25頁))
(イ) PD-L1の発現の確認
原告は,その後,抗PD-L1抗体を用いて,ランダムに多数のがん細胞におけるPD-L1の発現の有無を調べる実験を行った。
イ ヒトのγδ型T細胞及びNK細胞を使用した実験
原告は,平成12年9月頃から,具体的な実験に従事するようになった。原告は,当初,「PD-1遺伝子のヒトγδ型T細胞に及ぼす影響の検討」,「マウスPD-L1のNK細胞に及ぼす影響の検討」を研究テーマとして与えられ,がん細胞を攻撃するキラー細胞(キラーT細胞,NK細胞,γδ型T細胞)のうち,主として,NK細胞及びγδ型T細胞を使用して実験を行った。
ウ P815/PD-L1細胞に対する2C細胞の細胞傷害性測定実験(実施例1関係)
原告は,平成12年10月から11月にかけての頃,2C細胞とP815細胞とを組み合わせた実験を開始した。2C細胞は,B6系マウスに,H-2Ldという主要組織適合抗原遺伝子複合体(MHC)クラスI分子を認識するT細胞受容体(TCR)をコードする遺伝子を導入した2Cマウスに由来するキラーT細胞である。T細胞にPD-1が発現していることは,上記(7)イのとおり,Int.Immunol論文において既に明らかにされていた。
(イ) PD-L1を発現するP815細胞の樹立
原告は,P815細胞にPD-L1を遺伝子導入する方法としてエレクトロポレーション法を使用し,作製されたP815/PD-L1細胞上にPD-L1が発現していることをフローサイトメトリー法により確認した。
原告は,平成12年12月の時点で1個のクローンを樹立することができたが,一つの細胞株のみで行った実験ではクローナル・バリアナンスの可能性を排除することができないことから,P815/PD-L1細胞株を複数樹立する作業を進めたところ,平成13年4月になって,3個のクローンを取得することができた。
上記実験の結果は,PNAS論文Fig.1B右図に掲載されるとともに,平成14年2月頃に実施した実験の結果(甲34)が同左図に掲載され,本件明細書等の実施例1に関する【図1】(A)にも掲載された。
(ウ) 51Crリリースアッセイによる細胞傷害性測定実験
原告は,平成12年12月頃,樹立されたP815/PD-L1細胞を用い,PD-L1を発現させたP815/PD-L1細胞に対する2C細胞によるキラー活性(細胞傷害性)を測定し,野生型のP815細胞に対するキラー活性と比較する実験を行い,更に,抗PD-L1抗体が存在する状況でのキラー活性の測定も行い,その結果を放射性同位体であるクロミウムを使用した51Crリリースアッセイにより測定した。
(エ) 抗PD-L1抗体からFc部分を切断した抗体を使用した実験
原告は,平成13年2月頃,抗PD-L1抗体のキラー活性増強効果がADCC効果による可能性を排除し,PD-1/PD-L1相互作用の阻害による効果であることを確認するために,抗PD-L1抗体をペプシンという消化酵素を用いて切断し,F(ab’)2型の抗PD-L1抗体を作製する作業を開始した。
F(ab’)2型の抗PD-L1抗体を使用した実験の結果,2C細胞とP815/PD-L1の存在下ではキラー活性は阻害されたが,F(ab’)2型の抗PD-L1抗体を投与すると,キラー活性が2C細胞とP815細胞を混合した場合と同程度まで回復することが明らかになった。これにより,抗PD-L1抗体の効果が,Fc部分を介した細胞傷害に起因するものではなく,PD-1/PD-L1相互作用に基づく2C細胞抑制シグナルの阻害によるものであることが明らかになった。(甲39)
この結果は,PNAS論文Fig.1Cに掲載され,本件明細書等の実施例1に関する【図1】(B)にも掲載された。
エ DBA/2マウスへのP815/PD-L1細胞移植実験(実施例2関係)
(略)
オ P815特異的細胞傷害性T細胞及びP815移植DBA/2マウスに対する抗PD-L1抗体の投与実験(実施例3関係)
(略)
本件特許発明
【請求項1】
PD-1の免役抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。
裁判所の判断
「4 争点2(原告が本件発明の発明者かどうか)について
(1) 発明者の判断基準
発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならない。したがって,発明者と認められるためには,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,仮に,当該創作行為に関与し,発明者のために実験を行い,データの収集・分析を行ったとしても,その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,創作活動に現実に加担したということはできないと解すべきである(知財高裁平成19年3月15日判決(平成18年(ネ)第10074号),同平成22年9月22日判決(平成21年(ネ)第10067号)等参照)。
本件特許請求の範囲の請求項1は,前記のとおり,「PD-1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。」であり,PD-1分子とPD-L1分子の相互作用によりがんの免疫抑制シグナルがPD-1に伝達されることを前提として,抗PD-L1抗体が,PD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより,がん免疫の賦活をもたらすとの知見を見出したものである。
本件発明の技術的思想は上記のとおりであるが,本件発明のような免疫学を含む基礎実験医学の分野において,着想した技術的思想を具体化するためには,先行する研究成果に基づいて実証すべき具体的な仮説を着想し,その実証のために必要となる実験系を設計・構築した上で,科学的・論理的に必要とされる一連の実験を組み立てて当該仮説を証明するとともに,当該仮説以外の他の可能性を排除することなどが重要となる。
これを本件に即していうと,本件発明の発明者を認定するに当たっては,①抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの技術的思想の着想における貢献,②PD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害する抗PD-L1抗体の作製・選択における貢献,③仮説の実証のために必要となる実験系の設計・構築における貢献及び個別の実験の遂行過程における創作的関与の程度などを総合的に考慮し,認定されるべきである。
(2) 本件発明の技術的思想の着想における原告の貢献
ア 本件発明の技術的思想は,上記のとおり,抗PD-L1抗体が,PD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することにより,がん免疫の賦活をもたらすという知見を見出した点にあるところ,原告は,本件実験の開始時点においては,PD-L1は自己免疫疾患との関係で研究されていたにすぎず,これをがん治療と結びつける発想はなく,原告の行った実験を通じて,徐々にPD-1/PD-L1の相互関係ががん細胞に対する細胞傷害性に影響することが認識されるようになったと主張する。
イ しかし,前記前提事実(7)アないしウのとおり,平成4年にY研においてPD-1が単離され,平成8年には,Int.Immunol論文において,T細胞にPD-1が発現していることが発見され,更に,平成11年にはImmunity論文において,PD-1がT細胞の自己免疫寛容の維持に重要であることが明らかにされていたことに加え,従来がんには自己免疫病と同じようなメカニズムが働いていると考えられていたこと(証人Z3頁)に照らすと,その頃までに,被告YとZ教授は,生体内のがんの免疫反応にPD-1が重要な役割を果たしていると考えていたと認めるのが相当であり(乙5 B1(3・4頁),乙B13(3頁)),原告もそのこと自体を否定するものではない。
そして,本件においては,前記認定のとおり,①被告Yはがん免疫を専門とするZ教授に対してPD-L1遺伝子を譲り渡しているところ,PD-L1はがん細胞に発現するものであること,②Y研においては,平成11年頃にはA氏を主担当としてPD-1とがん免疫の実験を開始していたこと,③Z研においては,その頃,PD-L1の研究を開始し,Z教授は,がん免疫を専門とするW助手に抗PD-L1抗体の作製を指示していること,④原告も,Z研の入室後ほどない頃,Z教授の指示により,がん細胞にPD-L1が発現しているかどうかの確認実験をしていることなどの事実が認められ,これらの事実によれば,原告がZ研に入室した平成12年4月までに,Y研及びZ研において,PD-1/PD-L1相互作用とがん免疫の関係についての研究が開始されていたと認められる。
以上によれば,被告Y及びZ教授は,原告がZ研に入室した時点以前から,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすという技術的思想を共有し,これを実証するための具体的な実験に着手していたものというべきである。他方,原告は,本件実験を開始した当時,PD-1/PD-L1の相互作用をがん免疫との関係で研究しているとの認識はなく,その後のグループミーティングにおいて指摘をされて「初めてがんでも使えるのかな」と思ったというのであるから(甲50(3頁),原告本人26,62,65頁),抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすという技術的思想の着想に原告が関与していたと認めることはできない。
(中略)
(3) 抗PD-L1抗体の作製における原告の貢献
ア 原告は,抗PD-L1抗体の作製に関し,原告がZ研に入室した当時は,抗PD-L1抗体を産出する可能性のあるハイブリドーマの作製が終了していたにすぎず,原告の実験により1-111抗体及び1-167抗体が有望であることが判明し,最終的には,平成12年9月29日に1-111抗体を樹立したのであるから,この点に関する原告の貢献は大きかったと主張する。
イ しかし,抗PD-L1抗体の作製経過については,前記前提事実(7)オのとおりであり,モノクローナル抗体は,クローン化されたハイブリドーマが産生する抗体を意味するので,限界希釈作業を経て,ハイブリドーマが得られた時点で,モノクローナル抗体は樹立されたと認めるのが相当である(乙B4(1頁),証人W16頁)。
(中略)
エ 以上によれば,本件発明に係る抗PD-L1抗体の作製・選択に貢献した主体は,Z教授及びW助手であり,原告は,Z教授らの指導も受けつつ,一定の役割を果たしたということはできるものの,その貢献の度合いはごく限られたものであったというべきである。
(4) 本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における原告の貢献
続いて,本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における原告の貢献について,検討する。
(中略)
そして,2C細胞とP815細胞との組合せ実験を構成する個々の実験についても,例えば,P815細胞にPD-L1遺伝子を導入してP815/PD-L1細胞を作製する実験や,抗PD-L1抗体からFc部分を切断した抗体を使用した実験を行うことについて,原告がZ教授から助言を受けたことは,原告も自認するところである。そうすると,Z教授は,2C細胞とP815細胞の組合せ実験を構成する個々の実験について,原告に指導・助言を与えていたものと認められる。
また,原告は,実験の手技の面においても,P815/PD-L1細胞のクローンを複数樹立すること,抗PD-L1抗体からFc部分を切断した抗体を作製すること,2C細胞及びP815細胞を維持・培養することなどに苦労をしていたと認められるところ(甲50(14~16頁),乙B14(26~29,32,36~39頁)),こうした実験の手技に属する細部についても原告がZ教授やW助手から指導・助言を受けていたことは,原告自身が「実験に関する細かなノウハウなどに関する知見に乏しかったので,実験がつまずくと,Z先生やW助手に相談をしてアドバイスをいただいていました。」と陳述するとおりである(甲50(15頁))。
このように,原告は,P815/PD-L1細胞の作製,抗PD-L1抗体からFc部分を切断した抗体を使用した実験など,2C細胞とP815細胞との組合せ実験を構成する個々の実験についても,Z教授らから助言を受け,実際の作業に当たっても,同教授やW助手の指導を受けながら進めたものと認められる。
(ウ) 以上のとおり,仮に2C細胞とP815細胞との組合せ自体を最初に想起したのが原告であるとしても,2C細胞とP815細胞を組み合わせた一連の実験を論理的・科学的な観点から設計・構想し,これに基づく具体的な実験方法を原告に助言するとともに,実際の実験の過程においても原告に助言を与えたのは,Z教授及びW助手であったというべきである。
(中略)
(5) 本件発明の発明者について
上記(2)ないし(4)によれば,①本件発明の技術的思想を着想したのは,被告Y及びZ教授であり,②抗PD-L1抗体の作製に貢献した主体は,Z教授及びW助手であり,③本件発明を構成する個々の実験の設計及び構築をしたのはZ教授であったものと認められ,原告は,本件発明において,実験の実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの,その貢献の度合いは限られたものであり,本件発明の発明者として認定するに十分のものであったということはできない。
したがって,原告を本件発明の発明者であると認めることはできない。」
検討
本件は、発明者の認定について争われた事例である。
原告は、京都大学の元大学院生であり、原告がファーストオーサーとなった論文(PNAS論文)のデータが、本件特許の実施例のデータとしても用いられていた。
特許発明が、「PD-1の免役抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。」であるところ、裁判所は、本件発明の発明者を認定するに当たっては,①抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの技術的思想の着想における貢献,②PD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害する抗PD-L1抗体の作製・選択における貢献,③仮説の実証のために必要となる実験系の設計・構築における貢献及び個別の実験の遂行過程における創作的関与の程度などを総合的に考慮し,認定されるべきである、と判示した。
①については、原告が大学院に入る前に教授らによって発案されており、②については原告が実験を開始する時点で既にハイブリドーマが確立され、抗PD-L1抗体は作製されており、原告の貢献はごく限られたものであり、③については、一連の実験を論理的・科学的な観点から設計・構想し,これに基づく具体的な実験方法を原告に助言するとともに,実際の実験の過程においても原告に助言を与えたのは,Z教授及びW助手であったと認定され、原告が発明者であることが否定された。
原告の執筆した論文のデータが本件特許の実施例に複数用いられており、これが発明者該当性について争いが生じた理由の一つであると想像されるが、「発明者と認められるためには,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,仮に,当該創作行為に関与し,発明者のために実験を行い,データの収集・分析を行ったとしても,その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,創作活動に現実に加担したということはできない」という判断規範からすると妥当な判決であるように思われる。
以上
(筆者)弁護士 篠田淳郎