【令和6年7月8日(東京地裁 令和5年(ワ)第70654号)】
第1 事案の概要
原告(株式会社北隆館)は、植物学者・牧野富太郎の著作である「牧野日本植物圖鑑(初版)」を昭和15年に出版し、その後も改訂版等を含む一連の植物図鑑(総称して「本件図鑑」)を出版してきた出版社である。被告(原告の元従業員)は、令和5年4月28日、「三四郎書館」名義で「オリジナル普及版 牧野日本植物圖鑑」と題する書籍(被告書籍)を出版・販売したところ、被告書籍は本件図鑑の初版3刷(昭和18年刊行)を複製したものであった。
原告は、被告書籍に用いられた題号「牧野日本植物圖鑑」(本件題号)が不正競争防止法2条1項1号又は2号の「商品等表示」に当たり、これを付した被告書籍の出版・販売が不正競争行為であるとして、同法3条1項に基づく差止め及び同法4条に基づく損害賠償を求めた。主要な争点は、本件題号の「商品等表示」該当性(出所表示機能の有無)、周知著名性、混同のおそれである。
第2 裁判所の判断
裁判所は、まず「商品等表示」は出所表示機能を有するものに限られるとした上で、書籍取引の実情として、書籍には発行者等の表示が付され、書籍の出所は一般に当該表示で示されるから、題号は原則として内容表示にとどまると位置付けた。すなわち、裁判所は「書籍の題号は、その書籍の内容を示すものにすぎず」と述べ、題号が原則として出所表示機能を欠くとの判断枠組みを明確にした。
その上で本件について、(i) 本件題号は「牧野執筆に係る日本の植物図鑑」という内容を端的に示すにすぎず、題号として「ありふれた」もので顕著な特徴がないこと、(ii) 同一題号でも別々の発行者により発行される例が少なからず存在するという取引の実情から、需要者が題号に接して直ちに出所表示と理解するとはいえないことを認定し、特段の事情は認められないとした。そして、「本件題号は、出所表示機能を有するものとはいえず」として、本件題号の「商品等表示」該当性を否定した。
さらに裁判所は、仮に牧野執筆の植物図鑑が全国的に知られているとしても、原告が本件図鑑を出版していた事実まで全国的に著名といえる証拠はないとした上で、仮に専門家・研究者間で周知であるとしても、被告書籍の表紙に発行所表示(「三四郎書館」)が付されていることから、需要者は出所を誤認しないとして混同も否定した。すなわち、裁判所は「原告ではなく「三四郎書館」であると理解するのは明らかである」と判示し、混同のおそれを明確に排斥した。
以上より、原告請求はいずれも理由がないとして棄却された。
第3 コメント
本判決は、書籍題号の不競法上の保護可能性につき、題号は原則として内容表示であり「商品等表示」に当たりにくいという判断枠組みを正面から示している。とりわけ、長期にわたる出版実績や一定の認知が主張されても、題号自体に顕著な特徴が乏しく、同一題号の併存という取引の実情がある限り、題号単独に出所表示機能を認めるハードルは高いといえる。
また、裁判所が、原告主張を、商品等表示の意義及び書籍の題号の性質を踏まえないものとして退けつつ、著作権存続期間満了を前提に「より安く普及版として…復刻」した被告行為に違法を認め難い旨まで言及した点は、著作権による保護期間経過後に不競法を用いて実質的に保護期間を延長することへの抑制的姿勢を示すものと考えられる。
実務的には、①題号が一般的・説明的な場合には不競法での差止めが困難になり得ること、②出所表示として保護を求めるなら、題号とは別に出版社固有のシリーズ名・ロゴ等を前面に出す態様や、題号についての商標権取得・維持、あるいは題号と結合した表示全体としてのブランド形成を検討すべきことが参考になる。さらに、復刻・普及版ビジネスが生じ得る領域では、混同防止の観点からも、発行所表示や装丁上の識別措置の有無が結論を左右し得る点を再確認させる判例である。
弁護士 多良翔理

